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大きさはそこらへんのコンビニと大差ない。だから、定番の棚や平台に入っている商品も最低限に絞られてある。規格は地方ごとに決まっているため、その基準からブレることもほとんどゼロに等しい。
品出しやら、検品やら、価格チェックやら、日付チェックやら、レジ対応やら、掃除やら。
朝から夜まで、やることはシフトを問わずに掃いて捨てるほどある。素人玄人問わず、下っ端であれば一日の業務の大体がそんなところに落ち着く。これまでがそうだったのだから、これからもそうなのだろう。昇格でもない限り。お客に「ありがとう」と言われるのも大変結構。金の巡りと共に、気持ちの巡りもある。そこにやりがいを感じて、次も頑張ろうってはりきることもできる。
そう、思っていた。
なのに。
「キズぐすりをみっつ、モンスターボールをいつつください」
どーすりゃいいんだよこいつ。
レジ台にしがみつくちっこい手。かぶり始めてから日の浅い、新品同様の帽子。そんなに汚れていないスニーカー。まだまだまだまだまだまだ入りそうなリュックサック。笑顔に刻まれた決意は、ちょっとやそっとでは一向に揺らぐ気配を見せない。おれの目の前にいるがきんちょは、相棒と思われるフシギダネ(こいつもまた若ぇ!)を連れて、いつもこうして注文してくる。
かかとを引いて回れ右。棚を見ろ棚を。自分で探してくれ。おれに直接頼むな。あくまでもここはレジであって、つまりは会計をする場所であって、そこで棒を飲んだようにつったっているおれはレジ係真っ最中なんだ。
以上のことをがきんちょにも理解できるよう柔らかく二度も三度も説明したはずなのに、こいつは頭の中がヤドンで出来ているのか、ビタいちと懲りちゃあいない。毎回毎回、入ってきたと同時にレジ直行だぜ。フレンドリィショップ強盗かっつの。だとしたら前代未聞、かつてないハイリスクローリターンだぞ。お前の後ろ、ポケモングッズのある棚は背景じゃねえんだ。財布と相談して、自分の欲しい物をここまで持ってきて、そこで初めておれの仕事が始まんの。おれはおまえお抱えの店員じゃねえの。「あのフレンドリィショップは注文するだけで商品を取ってきてくれる」って口コミが広がって、他の客までレジでこいつと同じように頼んでくる始末だ。頼まれた以上、同じように接しないとクレームになる。客数がちょっと増えたのはいいことだが、手間がかかる分だけ処理が追いつかず、売上は変わらない。忙しさだけが増加され、踏んだり蹴ったりである。
なんでこんなことになっちまったんだろうな。
こころあたりは、ある。
初めてこいつが入店してきた時だ。
オーキド博士に配送するためのブツがあったせいで、おれのほうから、こいつと接点を持ってしまったんだ。まあ、素直そうだし、見るからに駆け出しトレーナーっぽいし、フシギダネを連れているいうことはオーキド博士と関係ありそうだしと、勝手に推測して一方的に依頼したおれにも確かに非はある。また、すべて的中したという点で言えば、おれの観察眼もなかなか大したものであった。
どうやら、あの日親切に接客した時から、みょーに懐かれちまったようだ。店員として頼りにされているのは仕事上この上ない喜びなのだけれど、こうもあれこれとパシられちゃあなあ。こんなしょうもない町にいつまでもぐだってないで、はよニビ行け。でもって勝ち進んでくれ。万が一、億が一、おまえが有名トレーナーになったら、初めて接客した店員として銘打たれて、おれも多少は救われるかもだし。
泣かれちゃ困るし、だだをこねられても困る。
ここはひとつ、おれが大人にならなくては。おれはこの仕事をそれなりに楽しんでやっているし、店長もいい人だ。地元ではないとはいえ、店員としてのプライドがある。このトキワシティのフレンドリィショップそのものに泥を塗るような行為は、おれとしてもさすがにごめんだった。
というわけで、今日もいつものような接客をすることとした。商売用の笑顔を取り繕い、とりあえずは雰囲気のいいお兄さんを演じる。おぼっちゃんの今日のメニューは、キズぐすり三つとモンスターボール五つ。やっぱりすぐそこの商品じゃねえか。
あれ。
待てよ。
ふと気づいたんだが、そういえばこいつ、どくけしを注文してきたことは一度もなかった。今回も前回も前々回もそれよりもっと前も、子供の小遣いでも買える商品ばっかりだったが、どくけしだけは憶えがない。トキワのもりまで行ってないってことか。
あれ。
待てよ。
そもそもトレーナーという観点が間違いなのかもしれない。こいつはオーキド博士からもらったフシギダネを連れているだけで、まさに単なるがきんちょ止まりという説はどうだ。こいつがおれをパシるのと同様、初めておれが相手したときのようにこいつもオーキド博士にパシられているだけの、トキワとマサラを行ったり来たりの配達ボーイを満喫しているだけじゃねえのか。
あれ。
待てよ。
その説はあんまりだよな。買ってくれるのはやっぱりトレーナー向けの小物系統に限られているし、見るからに子供向けの財布で、つまりは自分の金で買っていた。オーキド博士のお使い役ではないだろう。果たしてこいつは新米トレーナーだ。
あれ。
待てよ。
だとしたらますます変だぞ。ここ二、三週間は毎日のように相手してきた。どうしてトキワに居座りっぱなしなんだ。先へ進む気があるんなら、今後に備えてどくけしくらい買いだめするだろう。まだ進むべきではないと修行でもしてんのか? それほどにこいつは才能ゼロの青二才なのか? そんなこいつに毎日接客しているおれは浮かばれないのか?
微妙に混乱してきた。相反する可能性が、おれの中で拮抗している。
考えあぐねたおれは、思い切ってがきんちょに訊ねてみる。
「ところできみ、トレーナーだよね? 結構前からうちで買ってくれるけれど、どうしてニビへ行かないんだい?」
がきんちょは、キャタピーの集団に一匹だけまぎれているビードルを見つめるような顔となった。
「ニビに行ってもいいの?」
いいのって。当たり前だろ。おれに訊いてるのか。立派なポケモントレーナーになりたいんなら、誰もおまえを止めないって。マサラから来たんなら、むしろこっからがスタートだぞ。
がきんちょの説明はこっちがイライラしてしまいそうになるくらいたどたどしかった。構成力ゼロなのか、おれがそんなに話しにくい存在なのか。
「えっと、えっと、タウンマップを見ながら、ここから西にあるポケモンリーグに行こうとしたんだけど、なんだか怖そうな警備員のおじさんに止められちゃって。ポケモンジムのバッジ? っていうのが必要だって言われて。で、ここに戻ってくるのにしばらくかかっちゃって」
そりゃそうだ。バッジが無ければ門前払いだもんな。こいつ、どこまでもとことん初心者か。
「だから、待っているんだ」
「誰を?」
「トキワシティのジムリーダー」
…………………………………………ああ、そういうことね……………………。
そういやトキワシティにもジムってあったんだっけ。おれ自身カントー出身ではないからそれほど意識しなかったし、ここ最近ずっと閉鎖されているせいで、頭の底から忘れていた。何かあったのかな。ジムリーダーが誰かもさっぱり知らないし。すっげー実力だとは風の噂で聞いている。トレーナーではないおれでも、ジムリーダーとこいつでは勝負は見えている。向こうにしてみれば、サンドとの腕相撲で勝つくらい簡単なことだろう。
バッジを入手してからでないと先へ進めないっていう22ばん、23ばんどうろの話と、ごっちゃごちゃになっているんだろうな。今のこいつの頭ん中。
話が見えてきたおれは、絵本を読むように、ゆっくりと言い聞かせた。
「ジムはね、順番通りじゃなくてもいいんだよ。自分の好きな順番で攻略していってもいいんだ。『ここのジムリーダーになら勝てそう!』ってところから、行ってみてもいいんじゃないかな」
案の定、がきんちょはタネマシンガンをくらったハトーボーのように目を丸くさせた。
「え、でもバッジがなければ、」
「ああいやいや、それはだね、22ばんどうろとかのお話。ポケモンリーグに行くためには、もちろんバッジが必要だよ。それをひとつずつ順番に、怖そうなおじさんに見せなくちゃいけない。だけど、そのバッジをどのルートでゲットしに行くか。そこまであれしろこれしろだなんてことを決める権利は、おじさんにはないんだ。それは、お兄さんが絶っ対に保証する。きみは、きみの行きたいようにポケモンと進んで、これからどんどんと強くなっていけばいい。ここへ戻ってくる頃には、多分トキワのジムリーダーも帰ってきているかもしれないよ」
いつもの日々が生還した。
風の様に去って、がきんちょはニビシティへと行った。一応、お礼は聞き届けた。今どこまで旅しているのかまでは知らん。
「あれっきり、あの子は顔を見せずか」
店長と二人、レジに並びながら、商品を観察するお客を観察する。あの客は買う、買わないといった、実にくだらない賭け事をすることも稀にある。
「ええ。ようやっと重荷が降りた気分す」
「かといって、案外気になっているんじゃないか?」
「やめてくださいよもーこりごりです」
「楽しんでいるようにも見えたんだがなあ」
だったら助けてくれよ、と声ではなく息で返事する。
「近所のクソガキ思い出すんすよ、あの手合い」
店長は苦笑し、軽く肩をすくめる。
「そんなきみにふたつ、ニュースがある」
「はあ、なんでしょうか」
あのがきんちょのことじゃねえだろうな。てめーのせいでこっちのフレンドリィショップは、って文句じゃねえだろうな。だとしたら勘弁してくれよ。面倒見きれねえ。
レジだというのにあからさまに苦々しそうな顔を作るおれに対して、店長は人差し指をピンと立てて、
「ひとつ目は、あの子のこと。昨日、クチバのショップに来たらしい。ひょんなことから向こうの店員と電話してて、その話を聞いた」
うげ。どこでもあんな様子で注文されちゃたまらんぞ。おれはクチバの店員へ、謝罪と同情の念を静かに送る。強く生きてくれ。
でも、なあ。
あれからあんまり時間が経っていないのに、もうクチバか。さすがにここらへんで何日もぐるぐると下積みし続けてきた甲斐はあったってか。こりゃ本当に期待できそうだな。それともおれの言ったとおり、ニビとかハナダとかを無視していきなりクチバに向かってたりして。
「もうひとつはなんすか」
店長は中指もピンと立てて、
「ふたつ目は、きみに人事異動の辞令。イッシュのカラクサへ転勤となったよ」
え。
「地元、っつか、おれの故郷じゃないすか。いいんですか戻っちまっても」
「まあ、上の決めることはよくわかんないから。一ヶ月後だから、今のうちに準備しておくように」
「うはー、ひでえ話。急いで引越しの手続きしなくちゃ。ここ居心地良かったから正直戻りたくな」
あれ。
待てよ。
「ここ数年、年末年始の時しか帰省していないからアレなんですけど、イッシュの店舗規格ってまた変わったんでしたっけ」
「そうそう。ここのような簡素なショップは、ポケモンセンターと統合されたんだ」
おいおいおいおい。
ってことはだぞ、もしかして。
おれの嫌な予感を先回りして、店長が告げた。
「商品はすべてバックヤードに保管されてある。名義上はポケモンセンターだからな、商品をどかどかと棚に並べて売るための施設ではない。お客の希望する商品を、裏から取ってこなくちゃいけないぞ」
ま、なんだ。
店長はそう言って、間抜けに口を開けたままのおれにとどめを刺した。
「向こうでも、頑張ってくれよ」