NIGELOMANIA
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 東に行こうと思った。


   NIGELOMANIA(にげろマニア)


 幼なじみは、あなたをかばって死んだ。
 あなたは、とりあえずそういうことに決めた。
 そうでもしないと、やってられないと思った。
 ジョウト地方の心臓部を成すコガネは、文字通り背骨のような大通りによって北南を貫かれている。左右へ身を寄せあった町並みにはやはりそれぞれ左肺、右肺といった俗称で通されており、左肺にはコガネひゃっかてんが、右肺にはゲームコーナーやポケモンセンター、ラジオとうが突き立てられてある。どちらを失おうとも、今日までのコガネの輝かしい発展はありえなかっただろう。この都会で無機質な空気を吸い込む者たちには欠かせない臓物だからというのが元々の由来であったはずだが、事情を知らないままに名を呼ぶ層のほうが、今の時代はずっと多い。
 そしてあなたは、左肺、つまり東側へと行こうと決心した。右肺に長く滞在しすぎて、なんだか怖くなってきたというのも原因のひとつである。体力を温存したい気持ちはあったが、何もしないのも嫌だった。行くといったら行く。決めたと同時に即行動。やつらに見つからないよう身を屈め、押し寄せる人の波を突っ切り、背骨を横断。コガネひゃっかてんの巨塊を間近で認める。
 ――ひとつ。建物に入ってはならない。一般人の混乱を招く。
 自分だけを逃がしてくれた幼なじみのことがまた思い出される。余計な感情といい加減に処理し、即座に締め出した。泣くに泣けない。
 場合が違えば、今よりいくらか上品な展開があなたを良い方向へ駆り立てることに一役買ったであろうが、あいにくこんな状況ではセンチな気分にはこれっぽっちもなれそうになく、そんな自分を薄情だとも思わない。
 ポケギアに電気を通し、時計機能をオン。10時37分。予定の時刻まであと63分。随分と右肺を駆けずり回った気がするが、残念なことにまだ時間がありすぎる。幼なじみに託された小袋をそっと握りしめる。これを持って逃げろと言われたからには、従うほかはない。
 場合が違えば、この手の時間制限は多いほうが有利だったろう。味方は自分の足だけ。敵は複数。とにかく、幼なじみの言うとおり、なんとしてでもこれを死守せねばならない。左肺へ逃げると決めた以上、自分に嘘をつくわけにもいかず、もしも右肺へ戻るのであれば、しばらく後の話だ。
 左肺の果ては遠い。今もなお自分を捜しているに違いない追跡者と出くわした際、すぐに動けなければならない。できるだけ駆け足で移動し、足をほぐす。まばらに立ち尽くす高層ビルの定礎を目でなぞり、隙間へめがけてあなたは体を滑り込ませた。墨を流したような暗さが視界に広がる。どこにでもある話で、イッシュ地方のヒウンシティも、針山のような鉄筋ビルが表と裏の通りを著しく分け隔てる町らしい。が、このような無秩序さをたたえた裏通りを持つのはコガネ以外ありえないとあなたは思う。足下にあったポリバケツの群れを豪快に蹴り飛ばし、反響音と凄みでコラッタたちを追い払う。倒れたポリバケツからゴミ袋が転がり出てきて、あなたの靴底に踏み抜かれ、詰め物が一撃でぶちまけられる。それでもあなたは足を止められず、縄張り荒らしもかくやとばかりに闇間の奥へと潜り、興奮する脈をいったん整えることにした。あなたは壁に背を当て、そのままこすりつけるように虚しく腰を落とす。照りつける太陽の暑さから免れた冷気に、火照った体を慰められる。
 さて、どうしてこんなことになってしまったのか。
 全てを失い、あなたは孤独にさいなまれる。視界の隅っこ、ぐるぐるとエアを吐き出し続ける排気ダクトのように、あなたは再び考え始める。自分は日々をただ平穏に過ごしたいだけだった。楽しい時間とつらい時間の混ぜこぜでもいいから、ポケモンとともに生活し、たまには戦績に一喜一憂し、友達とともに将来を語り合いたい。それだけで十分だった。その気持ちは今も昔も変わらない。だのに、あなたは現在、コガネの左肺、高いビルに挟まれ、生臭い空気の中でみじめに息を潜めている。こんなことに巻き込んでくれた天国の幼なじみを、ほんのりと憎む。今からでも遅くないから、行き先を地獄に変更してみようか。
 さて、次はどうすべきなのか。
 このままシェルダーのようにやりすごすことには、賛同も否定もしかねる。遅かれ早かれ物事に終わりはやってくるのだし、自分がどうあがこうとも、捕まるか逃げきるか、結末はその二つしか残されていない。
 相談のできる相手が欲しかった。
 ――ひとつ。他の誰にも、何も話してはならない。
 そのときだった。あなたのズボン裾とスニーカーの間にある足首、むき出しの白い肌に、柔らかいものがしゅわりと触れた。
 あなたは結構雰囲気に飲まれるタイプらしい。過剰反応もいいところで、心臓が飛び跳ねた。あなたは正体を確かめるよりもまず叫びかけて、自分の左手がそれを慌てて制した。指の間から空気が漏れるに済み、改めてあなたは何事かを目でうかがう。
 野良ニューラだった。
 普段立ち入られることの少ない路地へ人間が迷い込んできたことが珍しいようだった。殺気だった自分の前に堂々と現れるとは、なかなか肝が据わっているのか、都会で人慣れしている面の厚さから来るものなのか。赤い双眸を揺らめかせるニューラはあなたのそばに座り込み、先刻ゴミ袋を踏んづけた右足をすんすんと嗅ぎ、この惨状はお前の仕業かとばかりの好色そうな目を向けてきた。
 ――ひとつ。他の誰にも、渡してはならない。
 額の脂汗を袖でぬぐい、あなたは冷静さを装って、ニューラの鼻先に指を近づけてみる。足下よりこちらのにおいが気に入ったらしく、紙ヤスリのような舌でひと嘗めしてくれた。当然か、とあなたは思う。手を引っ込め、ウェストポーチの中からポケモンフードを2粒だけ取り出すと、いよいよニューラは闇の中の目を一層赤く光らせた。路地の向こうへ軽く投げてやると、ニューラはあなたに興味を無くし、ポケモンフードを追って正体をくらました。
 闇の向こう、ニューラの鳴き声を、あなたは一度だけ聞いた。


   ― ‡ ―


 しばらくその場でやり過ごした後、結局は行動に移すことを決定。あなたは更なる東へ行くことにした。時間を確認。萎えかけた気持ちを奮い立たせ、重い腰をなんとか持ち上げる。背で壁を這い、クラブさながらのがに股でずるずると歩く。ビルの斜影に完璧に潜伏し、片目だけ光にさらして外界を見渡す。闇に慣れた目には、日差しの鋭さは拷問のような痛さである。眉間にしわ寄せ、慎重に敵を探る。人、ポケモン、人、人、ポケモン、人、ウソッキー、
 いた。
 見間違えようがない。
 息が詰まり、後悔に目がくらむ。追われる身だという自覚があなたの両肩にひどくのしかかってきた。アドレナリンが頭の中を急激に満たし、心音が高鳴る。ニューラなどにかまっている余裕が、自分のどこにあったというのか。ポリバケツを蹴り、ゴミ袋を踏み、たとえ無様にすっころんででも、一秒とその場にとどまらずに移動すべきだった。あなたは即座に顔を引っ込め、脳裏に焼き付いたウソッキーの周囲を懸命に思い出してみる。
 ヘルガーはいなかった。
 リングマはいなかった。
 つまり、敵は集団行動をとらず、単独でこちらを捜索している。左肺だけでもかなりの規模を誇る町並みだというのに、どうしてこれほどまでに接近されているのか。敵にとって、あなたはそれほど分かりやすい性格なのか。
 しかし、これはこれで、またとない好機だった。
 ――ひとつ。ポケモンは技を使えない。
 衣服までひん剥かれなかったのは不幸中の幸いだったが、手持ちのポケモンとほぼ全ての荷物をポケモンセンターに置き去りにしてしまった。だから、あなたにはウソッキーと真っ向勝負する方法がない。
 ならば、真っ向勝負しなければいい。
 やられる前に、やる。
 あのウソッキーに、町中で技を放つ度胸は、まさかない。
 やると決心した途端、スリルと恐怖が同時に背筋を襲ってきた。思考回路が白熱の白に染まり、口の端がゆがみかけるのを必死で噛み潰す。武者震いに体を刻まれつつ、自身を勇気で鼓舞した。この土壇場で逃げるのは、あなたのプライドが邪魔をする。ヘルガー、リングマ、ウソッキー。幾度となくあの三匹に苦戦を強いられてきた苦い過去が、頭にうっすらと蘇る。だからこそ言える。格好も性分もまるで違うあの三匹に、それぞれどんな手段で立ち向かうのが善策かなんて、あなたは自分の顔よりもよく知っていた。そう、今こそ復讐の時。
 腰に蓄えられたボールのひとつに手をあてがう。現時点で自分が扱える、唯一の武器。本来、他人のポケモンを強奪することは倫理に反するものだが、今回ばかりは話が違う。小袋同様に幼なじみから託されたこの特別なモンスターボールは、倫理や道徳、理屈をも超越し、あいつらを問答無用で封印できる魔法の道具だった。
 固唾を飲み下し、もう一度顔を出してみる。ウソッキーは擬態せず、自分の足でこちらを探している。あなたを見つけだし、さっさと飯にありつこうと考えているのが、遠目にもはっきりとしていた。こちらのにおいは瀝青(れきせい)の熱と雑踏によってかき消されているはず。気配を殺し、視界に映らなければ、不意をつける。
 どうやら神様も、たまには仕事をしてくれるらしい。そんな願いが天に届いたのか、ウソッキーがきびすを返した。あなたは歩みを頭の中で数える。一、二、三、四――
 五歩目で、あなたは飛び出した。
 腰を沈めた猪突。筋肉の深みに疲労を残さない、粘りのある勇み足。通行人の間をかいくぐり、視線で標的をとらえる。背後に迫り来る存在感に気づいたのか、ウソッキーが上体を旋回。それにあわせて、あなたも体の重心を傾ける。振り向きざまの両目から逃れ、左へ弧を描いて移動。優位に立てたものの、相手はポケモン。ウソッキーの反応速度は、ややもすれば人間のあなたの反応速度に追いつくだろう。その随意につけ込み、初手を打ち出される前に小袋を放ってやった。瞬間、こちらへ飛びかかろうとしたウソッキーの上体が泳いだ。元来、ウソッキーたちの目的はあなた自身ではなく、小袋の中身。ウソッキーの困惑をあなたは王手とみなし、右手に隠し持っていたボールも思い切り投げた。


   ― ‡ ―


 ――ひとつ。小袋をどこかへ隠してはならない。肌身離さず持っていること。
 でもまあ、このくらいなら大丈夫だろうと、あなたは高をくくる。ウソッキーをひっとらえたボールを持ち上げ、腰に装着。小袋の無事も確認。安堵のため息を深々とついた。
 ちょっとだけ、有利になった。
 張り切りすぎて、結構疲れた。
 熱さが喉元を過ぎたからこそ思えるのだが、逃げきるのもそれほど難しい話ではないかもしれない。残る敵は二匹。ウソッキーよりいくらか頭が回る分、同じ手の一本槍が通用するとは限らないし、危険を省みぬ行為だ。ポケモン相手に出し抜けていい気になれたものの、最後まで賢明さを忘れてはならない。
 ウソッキーが孤立して左肺にいたということは、そう近い距離にはヘルガーもリングマもいないはず。右肺にいる可能性が高い。また、三匹同時にこちら側でそれぞれあなたを探していたというのも否定できない。
 思考の5分が過ぎ、推測の10分が過ぎ、判断の15分が過ぎた。
 考えてもきりがない。右肺へ戻ることにした。
 いいだろう。こうなったら、とことん逃げきってみせる。りゅうせいぐんでもはかいこうせんでもいい。そのときには、あの幼なじみをあの世で思いきり罵倒すれば済む話だ。あと二匹を封じさえすれば、追っ手はなくなる。晴れて自由の身だ。
 大通りの背骨へ戻り、南北を伝うのは無謀一辺倒。あなたは右肺の方角を軽く指さし、しかし回れ右。東へ3分だけ走った。突如直角に折れて南へ抜け、行方をくらます。なんとなく、誰かに後をつけられている気がしたので、曲がれる角はなるべく曲がり、光の射し込まれる道を嫌い、己の方向感覚をひとまず狂わせることとした。毛細血管のような経路をこなし、いい加減どこかに抜け出せるかもしれないと思い始めた矢先、左肺の南に位置する地下通路入り口までやってきた。
 ――ひとつ。地下通路は通れない。
 のだろうか。あなたは、そこまでは知らない。使っていいものか考えるのは、敵も同じのはず。万が一この先にヘルガーかリングマが待ちかまえているとすれば、一気に虎口へと変化する。
 あなたは吟味する。危険を冒してまで、右肺まで移る意味はあるのか。一応、地下通路で開かれている店どもを頭に並べてみた。散髪屋、道具屋、薬屋、写真屋――機材に紛れて身を潜めるには十分だが、道幅は制限されている。もし、あの二匹がここにいるのだと仮定したら、悟られず、すれ違いざまに逃げるという解となる。この解と、今までのように表で逃げ回るのと、どちらが正し
 背後の小さな物音。
 悩みがバーストした。あなたは吹っ飛ばされるように路地から脱出。足が絡み合って大げさに転びそうになる、本能が転倒を恐れる、たたらを踏みつつもなんとか腰を維持、人と衝突しそうになって慌てて避けあう、一言も謝れずにひたはしる。
 いる。
 背後に、間違いなくいる。
 四つ足の音にあなたは確信する。正体はヘルガーかリングマのどちらか一匹だと思う。距離は遠すぎず近すぎず。振り向いたら最期、その隙にやられるだろう。あなたは地下通路入り口をあえて無視し、向かい側の路地へ入り、敵を誘い込む。どちらにせよ体格差は明白、歩幅の競り合いではいずれ負ける。道を選ぶ権利はこちらにあるため、曲がれる角はなるべく曲がり、光の射し込まれる道を嫌い、己と敵の方向感覚を狂わせることとした。今度こそ全速力だった。もっとも恐れている窮地は行き止まり、すがらせる希望はそれ以外の全て。側溝の蓋を踏み、小石を蹴り、立ち入り禁止の看板を無視、はさすがにできない、左を選択、細い用水路を飛び越え、先ほどのコラッタたちのねぐらに違いない空間を突破、背中に刺さるコラッタの痛罵、それでもあなたはまだ走る。光、
 道が開けた。2分前に入った路地の、ひとつ隣のそれに出た。
 その事実を理解する間も感じる、後方からの、飢えた魔物のような妖気。
 地下通路に追い込むつもりで、外でどちらか一匹が見張っていたのかもしれない。ままよ、尾行も挟み撃ちも返り討ちにしてくれようと、あなたは即席の勇気を振る舞う。こうなってしまえば、あえて罠にかかって、二匹をボールに回収するしかない。爪がアスファルトを噛む音、それを否定するあなたの足音。
 奔走するあなたはついに地下通路に飲み込まれた。普段なら絶対しないだろう、階段の五段飛ばし。手すりを手放して着地した際、体重が耳にまで跳ね返ってきた。痛みをこらえつつ、地下通路を一直線。隠れる場所が豊富でも、見られてしまえば意味がない。焦燥感をあおられ、体力がどんどん削られていく。もうすぐトの字に裂けた脇道が見えるはず。曲がり角にそれてボールを用意し、出会い頭に捕まえるしかない。
 その作戦は、一瞬で白紙に戻った。
 あなたは、ヘルガーとリングマは、お互いの存在に同時に気づいた。
 勇気が狂気に化けて、今度こそ全身で叫んでしまった。雄叫びに驚いたのか、向こうも叫んだ。地下通路の天井が崩れるほどの大声が、地下通路に乱反射する。
 天地の感覚が失われたような錯覚に陥った。逃げることを考えすぎたあまり、妄想に取り憑かれたか。背後に接近していたはずの気配はいつの間にか消滅していた。両耳を押さえる一般人を押し退け、ヘルガーとリングマは我先にと空間を潰してくる。
 あなたは小袋を取り出す。しなくてもいいのに、わざわざモーションを取り入れ、二匹の頭上向こうへとぶん投げるふりをしてみた。どちらか一匹だけでも引きはなせることを切に望んだが、あいにく二匹とも、あなたが小袋を手放せないことを忘れていなかったらしい。一向に速度を緩めてくれそうにない。投げる動作を大げさにアピールしただけ、あなたはあっけなく距離を縮められる。
 なりふりかまっていられない。とっさの思いつきで、腰のボールを着脱。足を引き、半身となって肩を開く。懐を開いて間合いを推測。矢頃を計らって、ウソッキーの入ったボールを投げつけてやった。狭い通路ということも作用し、これは多少の効果を見せた。三匹は三つ巴となって絡まりあい、5秒だけ時間を貰った。三匹の思考が混線した隙に、あなたは地下通路脱出を敢行。小袋を握りしめつつ、今来た道を転回。ヘルガーが最初に判断力を取り戻したのを、背中で確認。地上へ出る前に追いつかれるかもしれない。太陽を目指すコイキングのごとく、今度は三段飛ばしで階段を駆け登る。息が切れる、足が重くなる。降りた数だけ登ればいいだけなのに、地上への遠さは果てしない。
 途方も無い気力を尽くし、ようやっと地上へ躍り出た。
 瞬間、頭上にヘルガーがいるのを、あなたは足下の影で知った。
 こんなやつにのしかかられたら本当に死んでしまうと、心底思った。
 そんな刹那も逃避行は終わらない。逃げと追いの足が引き算され、ヘルガーがしがみついたのはあなたの下半身。逃げ足を封じ、意気揚々とじゃれついてきた。例のものはどこだと湿っぽい鼻先で体中をくすぐってきて、あなたはとうとう観念して笑い声をあげる。リングマもウソッキーもあなたを取り囲み、いよいよ絶体絶命のピンチだった。
 ふと、三匹の気配が静まる。
 あなたも、手の中の空に気づく。
 そのときには、全てが遅かった。
 ヘルガーに捕まった際、小袋はあなたの手から放れ、人間の足で言う五歩先にまで飛んで、どこからともなく現れたニューラがそれを追いかけて、
 あ、とあなたは思った。
 あ、とヘルガーは思った。
 あ、とリングマは思った。
 あ、とウソッキーは思った。

 ――ひとつ。無関係の第三者に盗られた場合は、

 そんなことまで決めていなかった。
 後になって分かったことだが、どうやらニューラは、あなたと出会った瞬間から小袋の中身を見破っていたらしい。それだけにとどまらず、ヘルガーとリングマがあなたを探していると察し、地下通路へそそのかしたようだ。企みの成功にニューラは目を細める。小袋を宙へやり、ご自慢の爪を閃かせて引き裂くと、その中からこぼれ出たオレンのみを口でキャッチ。あっという間に食べ尽くした。


   ― ‡ ―


 というわけで、先ほど勝手に殺したつもりの幼なじみが生き返った。
 コガネのポケモンセンターへ連行されたあなたは、報告の()()に難渋する。勝ったのか、負けたのか、それ以外なのか。
 なんてことはない。それはいつものごとく、幼なじみからの突発的な提案だった。
 誤解を招かないよう念のため断っておくが、あなたは別に裏社会を暗躍する組織から抜け出した重要参考人でもなければ、上流階級に愛想を尽かして邸宅から抜け出してきた温室育ちでもない。
 場所はコガネシティ全域。ポケモンセンターから一足先にあなたが出発、そして10分後からゲームの火蓋は切って落とされる。建物内へ入ってはならないし、ポケモンは町中で技を使ってもならないし、誰かに話すことも明け渡すこともできない。どこかへ隠すことも、もちろん禁止。
 あなたが守り抜くのはただひとつ。小袋に入った木の実、オレン。
 追跡者は、幼なじみの放つ相棒たち。ヘルガー、リングマ、ウソッキーの三匹。あなたに許された対抗手段は、それぞれのモンスターボール。あなたのポケモンや道具を時間稼ぎに使うことはできず、一切を幼なじみに預ける。
 誰にも奪われることなく、100分間逃げきったら、もしくは三匹を捕まえられたらあなたの勝ち。オレンのみを奪われ、食べられたら幼なじみの勝ち。ゲームの敗者が、コガネひゃっかてん最上階レストランにて、デラックスおこさまランチとドリンクバーのセット、モモンチョコパフェのデザートつきをおごる。一番乗りでオレンを食べたポケモンにも、専用の高級エステ120分コースを無理やり約束させられた。
 しかし。
 ここまで例外の事態が発生してしまったら、一体どうすれば良いものか、二人とも分からない。幼なじみは三匹に事の顛末を任せ、ポケモンセンターで悠々と吉報を待つだけだった。しかし、やたらガタイのいい強面の三匹にさんざん追いかけ回され、おまけにのしかかられ、無駄な時間を過ごしただけに、あなたのダメージは深く大きい。
 存外美味かったオレンのみにすっかり気分を良くしたのか、ニューラはここまでついてきた。あなたは窓の外を見つめ、ぼんやりと黄昏ていた。そんなことお構いなしに、ニューラは足下へすり寄ってきて、可愛らしく鳴いてみせるだけだった。
 もう騙されるものか。
 あなたはそう思い、力無く苦笑する。



■筆者メッセージ

 ポケモン徹底攻略、ポケモンノベルさんの短編企画「続」に投稿させていただいた作品です。決められた一文(お題)は、「東に行こうと思った。」を必ず冒頭に入れること。
 大げさな二人称描写をすることで、とにかくミスリードとかぎかっこの皆無さに重きを置いた短編です。空行も設けず、従来のスタイルで挑ませていただきました。
 こういう「ひっぱりまくり」のネタがとても好きです。わくわくしつつ執筆しました。オチに引っかかった場合、一周目と二周目で読み方が変わってしまうのが、この短編のミソだと思います。逃げる+MEGALOMANIA(誇大妄想)。つまり、逃げろマニア。
 ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました。

水雲 ( 2013/05/02(木) 13:45 )