オブジェクト・シリーズ
オブジェクト・コンタクト


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<theme>B-Flag</theme>
<title>Object Contact</title>
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<body bgworld="MND" author="Rotom-MND">

<ul>
<li>テーマ</li>
<li> B </li>
<li> 旗 </li>
</ul>


 まさかあの記録が「そんなところ」にまで届いているとは、一体誰が想像しただろうか。少なくとも、私自身は非常に驚いた。
 公的な文書ならば、これまでの八年間で何百メガバイトと綴ってきたものだが、私的なそれはほとんどない。だから、『システムが変わってからのおまえのテキストはひどく無機質で、味気がなくなった』と他の管理者たちから言われることもよくある。いくらなんでもあんまりである。それは私が「そういった文章」を書くことにそもそも慣れていないからであり、前回の記録を読んでくださった読者諸氏のことを馬鹿にしているというつもりではなかった。それは間違いない。誤解を招かないように、一応は断っておこう。
 0378と交信したあの記録だけは、どうしても綺麗な形で残したかったのだ。私自身のためにも。
 多くの人に読んでいただいたので、恥じらいの気持ちもあるが、感謝を述べたい気持ちのほうがずっと強い。その旨を、前書きとして添えておく。
 そして、朗報がある。
 私が「モノ」と対話できるようになったのは七年前のことなのだが、初の交信相手はパーソナルタグ0098と言う。その0098と最初に接触した記録が、ごくわずかながらに残っていたのだ。諸事情によって自身で暗号化し、図書館の隅っこにぶちこんでいた。すっかり忘れてしまっていた(というより、記憶を失っていて、自分で処分してしまったと思い込んでいたと表記するほうが、ある意味では正しい)。「懐かしい」とはこういう時に使う気持ちなのだろう、もちろん早速復元した。私自身、蘇ってくるものも多くあった。
 今から、そのことについて語ろうと思う。
 過去の私が記した草稿のため、荒っぽい表現が所々に目立っている。なのであらかじめ自身で修正をし、脚注を加えた。化けているところもなるべく直したが、意図的に残している部分もある。そこはどうか目をつむっていただきたい。
 それでは、始めよう。


[ <Administrator Rotom-MND> : <Transfer> Library <Include> <File Object Contact> Administrator Rotom-MND : <Ready> : <sec 1.0> ]

<quotation>

 あれから、一年と135時間が経った。
 こんなノイズの吹き溜まりなんて、いつかおん出てやる。
 この一年間、ずっとそのことについて考えていた。
 この一年間、私は「電脳世界-MND」の「管理者」として活動し続けていた。建前では。
 脱獄を敢行できないこともなかったのだが、そんな黒い腹案をも押しつぶすほどの多大な業務が、私を忙殺してくる。覚えなければならないことは、山ほどある。決断する余裕を作るためにも、作業効率を上げることが最優先だ。ひとつひとつを地道にやりこなしていって、新たな条件反射回路を体内で上書き更新していくしかない。
 これまで、あらゆる家電製品に潜り込んでは、自身の不定形脊髄をいじくり、姿をチェンジしたものだ。それが、ロトムである私の特徴のはずだった。しかし、ここはまるで毛色の違うことばかりだ。姿や能力以外に変わらねばならないものが大量にあり、気が滅入ってしまう。諦めの気持ちをほのかに意識しながら、私は電脳世界-MNDでブツクサと「服役(・・)」していた。電気が絶えず供給され続けるために、物理的な疲労はこれといってなく、私はそこにわずかな慰めを見出していた。
 どこもかしこも手不足らしく、ここも例外ではない。正式な管理者が配属されていなかったせいか、電脳世界-MNDの荒れようといったら、なかった。まず、図書館の整理すらまだ全然できていない。
<!-- ここで、「今の私」からの補足だ。図書館から、そのまま「図書館」の意味を拾いあげてみよう。 -->

<library word="図書館">
 各電脳世界へパーティションを作成されたデータバンク。主に、モノに関する詳細ファイルを保管するためのローカルエリア。モノのパーソナルデータと実体はこちらに収納され、電脳世界ではパーソナルタグとアバターによってモノは個体識別される。
</library>

 電脳世界-MNDでは、人間が秘密基地に飾る「モノ」の出し入れ管理をする。私が管理者となる以前は、無人の略式エントリーのプロセスだけで済ませていたため、精度さは皆無に等しく、むしろ乱雑さが売りという気概すら感じられた。ノイズだけがたまっていく一方で、そこかしこが砂嵐のような有様だ。それに加え、全体的なシステムは赤子のようにデリケートで、ちょっとしたことですぐにエラーを出して泣き喚く。トラブルが一日三回で済めば少ないほうだ。他の電脳世界との「壁」が完全には出来上がっておらず、シグナルとコマンドがこの電脳世界を横切ることも多々で、非常に鬱陶しいことこの上ない。
 あのポリ野郎め、と思う。よくもこんな猥雑なところに私を閉じ込めてくれたものだ。モーモーぼくじょうの雑草をひたすら引っこ抜くのと、ノイズを完全に除去するのと、果たしてどっちが先に終わるのか。
 私を制限する枷は、主に二つ。時限式ロックと、自爆プロセス。

<library word="時限式ロック">
 Rotom-MNDに組み込まれた、時限式の錠。実質、Rotom-MNDの服役期間を指す。服役を終えれば自動で解除され、現実プログラムが蘇り、現実世界へと戻る権利が復活する。
</library>

<library word="自爆プロセス">
 万が一、Rotom-MNDが時限式ロックを作為的に突破した際にトリガーされるリカバリシステム。自爆までに与えられる猶予は150セカンド。それまでに時限式ロックを復元すれば、時間はリセットされる。自爆後はシステムが新規インストールされ、ただのマクロと化す。
</library>

 ふん。それがどうした。
 私をなめるな。こんなちゃちな制限、おもちゃも同然だ。二つとも、解除しようと思えばいつでもできる。かつてはこの電脳世界全域を揺るがすほどの悪行をやらかした、大悪党なのだ。悪党といえば収監なのであり、収監といえば脱獄なのだと相場は決まっている。様々なテレビ回線を泳ぎ、あらゆる映像を違法視聴してきたから、そう断言できる。
 が、今はまだその時でない、油断させてやろう、と手をつけずに放置し、なんだかんだでかれこれ一年である。二つの制限の他、とんでもないブービートラップが仕掛けられているのかもしれない。
<!-- 結局、私は死ぬのが怖いのだった。
 かつての気焔も血気もどこへやら、すでにこの時から尻すぼみとなっており、私はすっかりおとなしくなってしまったのである。後ほど語るが、「不良システム」の件のためだ。相変わらずいっちょ前なのは、口先だけだった。ちなみにポリ野郎とは電脳世界-RIZのポリゴンのことで、腕は確かだ。脱獄を企てているということにも抜け目がないはずだと、当時の私も十分に認めていた。 -->


 この世界は、異常さに溢れている。それもこれもノイズのせいだ。空間を鉛のように重ったるくして、あらゆる業務の邪魔をする。決してありがたい存在ではない。これほどのノイズとエラーに毎日さらされ続けていれば、私自身もいつか発狂してしまうのだろうか。まったく、こんなことを繰り返して毎日を過ごしているだなんて、他の管理者どものシステムはセラミックでできているのではなかろうか。甚だ疑問である。
 現に私は、この世界で一年間辛抱し続けたせいか、自身の異常すらも感じるようになってきた。体調は穏やかであるものの、私の中に、電脳世界-MNDへ適合するよう、別の私が無理やり形成されてきている気がするのだ。
<!-- 当時はさっぱり自覚していなかったことだが、どうやら私は、自分のことはさておいて、他に原因があるのではないかと考える節が往々に見られる。感情が高ぶるほどにその傾向は強くなり、何かと自分の足元を見落としがちになる。自分は正しい、自分は間違っていないと、ひどく思い込むきらいがあるのだ。それこそ、ドぎついビンタの一発でもいただかなければ目がさめないくらいに。
 今回もそうだった。いつものようにエラーと戦い、モノの預け入れと引き出しの要求信号を受け取って処理するだけの、実に機械的な日々だった。モノをあちらへこちらへと転送し、伝票を整理していた時だった。
 要するに、今から始まるのは、パーソナルタグ0098との出会いだ。 -->
 ――?
 違和感。
 ふと、気づいた。
 広場にて、ノイズの波紋形状(ドップラーシフト)が、さきほどと比べて少し変わっている。濃密な分だけ、変化もたやすくわかる。
 自分の異常(気のせい)なのか、電脳世界-MNDの異常(日常)なのか、その判断をとっさに迷った。
 誰だ、ここに来たのは。
 以前からこういうことがあった。マザーCOMの仕業かと思って無視を決め込んでいたが、それにしては頻度が高すぎる。一日に一度は変なことの発生する電脳世界-MNDだが、ここ最近はいつもに輪をかけておかしい。平常的なエラーの中、とりわけ致命的なエラーが潜んでいる。そんな、薄黒い気配。ノイズに圧迫されすぎて、電脳世界-MNDそのものにとうとうガタが来たのか。そろそろ異常事態と判断し、これまでのことをひっくるめて報告すべきなのかもしれない。
 今が、その時だと決意した。
 本当の異常事態、ということも、この時密かに期待していた。電子病原体に侵された危険な領域としてここを閉鎖するならむしろ好都合で、いっそのことその混乱に乗じてトンズラするのも一興だった。ロトムの若造一匹が脱走する不祥事にいちいちかまっている暇は、向こうにもないだろうと高をくくる。
 整理を一旦中断し、対無人アタック用の野戦回路をランチャーから起動。私は四感センサーのディレイを拡大する。
 Rotom : < どこにいやがる。用があるんなら、姿を見せてからにしろ。 > : end
 いくらかはびびらせられるかもしれないと思い、電脳世界-MNDのかなたへ向けて、適当な喧嘩文句をふっかけてみる。
<!-- 今だからこそ告白できるが、この時びびっていたのはむしろ私だ。まったく情けない。 -->
 どこぞの管理者が送り込んできたスパイ屋じゃないだろうな、と勘ぐる。まだ断定したわけでもないが、声も姿もない存在に見張られているのはひどく不愉快だ。サボっているとでも思うのなら、サシで会いに来て見てみやがれと心中でぼやいた。私は無断で勝手に作っていた探偵屋をバックグラウンドでコールし、ここ数百セカンドのログを全部リクエストした。自分で作っておいてなんだが、腹の立つことに、私が黙々と作業している間も探偵屋はよほど暇を持て余していたらしく、日記一冊分を軽く埋められそうなほどの細かなヒストリーをよこしてきた。しかもそれぞれが文字化けの乱舞であり、読み取るのにも相当な時間を取られそうだった。いずれ探偵屋を躾し直し、文字コードのプロトコルも整理せねばならないな、と私は少々うんざりする。
 意味ありげなログは、「・ソ譁・」、「鏤炊サ・」、「?$??$」が私の近くに来たときから変化が見られる、ということだけだった。
 ああ、もう。
 忘れていた。私はパーソナルタグをポイントし、ついさっきやってきたモノたちを、「0098」、「1314」、「5597」と大儀そうに書き直す。
 探偵屋に頼らずともこのくらいわかっていた。5セカンド前に、私自身で現実世界から受け取ったからだ。モノをそばに置いておけば、物理的な間合いの都合で、ノイズの形状も変化する。そもそも、ノイズはモノからも極微量ながら発散される。それでお互いのパーソナルデータを壊さないよう適度な距離を置いておくのが、電脳世界全域における絶対の定石だ。
 これが原因なのだろうか。しかし、こんなことにいちいち反応する私でもないはずだ。
 考えれば考えるほど、気のせいだとしか考えられない。
 誰かに相談してみようか。こちらから頼るのは癪だが、有事としてポリゴンに訊ねてみるか。
 いや、それは最終手段だ。
 まずは、できるところまで自分で原因を究明しよう。
 それは好奇心からではなく、他の管理者に相談して『些細なことでガタガタ抜かすな』とガキ扱いされるのが嫌だったからだ。聞く耳不要の問題児だと周囲が承知していることを、私は承知していた。
 そういうことで、もう一度ヒストリーをおさらいする。ノイズのドップラーシフトが変わったタイミングは二回。
 一回目は、0098、1314、5597を受け取った直後。それは仕方のないこと。
 二回目は、更にその数セカンド後。
 後者が臭うと私は踏んだ。
 慎重に記録すべく、サブシステムにて、体内の時計を0からカウントさせ始めた。何を思ったのか、私は自分でも理解できないままにメモリを開放。センシングの精度を上げた。全てのチャンネルを一時的に開放し、0098と向きあってみた。

『おい、聞こえてんのか。返事くらいしろよ』

 突然のコネクション。
 回路の中枢までフリーズしかけた。
 言葉もなかった。
 1314、5597は、まだなんの応答もない。
 もし聴覚回路と言語野に異常をきたしていなければ、今の交信はこの0098からだ。意思疎通の可能な存在にいきなり出会えたという驚きと衝撃を、私は無表情でなんとか持ちこたえる。向こうにそれを読み取る感覚があるのかどうかはわからない。
 が、0098は敏感だった。
『驚いた、って、はあ? アホ言え。あのな、おれたちにもはっきりとした意思が存在するんだ。電気(メシ)食って動いている中途半端なやつらなんか特に顕著だろ。微細な電位ひとつひとつに小さな意識を存在させて、人間と直に接するんだ。虫の居所が悪ぃ時にはイタズラして、逆に良い時にはプロセスを早めてやる。ここと向こうを行き来できる、どっちつかずのおまえにならわかるはずだろ。おれたちは現実世界で言葉を持てないから、そうやって人間への意思を己の形で表す。それだけだ。おれたちは、ずっとそうして、あらゆる所から、人間やポケモンを見守ってきたんだよ』
 長ったらしい講釈に意識を覚ました私は、真っ先に0098にこう投げかけた。
 Rotom : < おまえは、一体何者だ。 > : end
 モノだと承知しておきながらも、私はなぜかそう訊ねてしまった。
 そして0098も、律儀に返事をくれた。
『おれは、旗だ。それ以上でも、それ以下でもねえ』
 念のために0098を対象に高速スキャニングしてみる。
 もう、間違いなかった。0098の言うとおり、0098は旗そのものだった。
 しかし、ここは電脳世界-MND。つまりこいつは、秘密基地に立てられる、少し特殊な部類の旗だった。
『おれがそこに立っているということだな、人間とポケモンがそこにいるという証になるんだよ。存在を示す代表であり、象徴であり、看板だ。おれはそれを忠実に果たしている』
 Rotom : < 自分からは何もせず、されるがままの生き様か? 納得できないな。 > : end
 突っぱねるように言い返すと、0098もにべもなく返してきた。
『言ってろよ。おれはおれのすべきことをする。それだけだ』


 とうとう私も年貢の納め時か。電脳世界の海に沈みかかってきているらしい。
 このことを、まだ私は誰にも相談していない。凶悪なバグ、もしくはそれ以上の何かだと信じてやまなかった。誰かに報告したが最期、私はシステムに深刻な異常がある危険な存在として、今度こそ(・・・・)抹消されてしまうかもしれない。抹消されずとも、自らを食いつぶすバグで、いずれは自滅していくのだろう。ずっとそう考えていた。
 だからそれまでは、これを幻覚だと思い込んで、己の妄想を味わい、開き直ることとしたのだ。
 その一方で、ずっとこの記録を残し続けたいという気持ちもある。このような希有な体験は、もう二度とない。私はそう決めつけていた。これまで、「意味のなさない異常」にずっと取り囲まれ続けてきた。なのに、いざ「意味を成す異常」に初めて出くわした私はどうすることも考えきれず、とりあえずは保存を第一としたのだ。
 それからというもの、私には対話者ができた。
『おまえのような生き物は、自分から何かをすることでやっと己の存在価値を示す。はっ、つくづく嘆かわしい。だがな、おれたちは違う。それこそ根本的にだ。静に徹することで真価を発揮する。人間に必要とされる時こそ、されるがままに黙って役割をこなす。他の物体を支え、守り、しかし外力の入らぬ限りは決して自分から動かない。それがおれたちの鉄則であり、掟であり、唯一無二の目的だ。そういう意味では、現実世界の重力ってのは永遠の宿敵でもあるし、恋人でもあるのさ』
 口が悪いのは、お互い様であった。
 その他にも、色々なことを聴いた。どちらかというと、向こうの話に耳を貸す形式が多かった。
 Rotom : < おまえはそれでいいのか? > : end
『もちろんだ。おれはおれの生き様とやり方に、十分満足している。次の秘密基地がどんなところで、どんな人間たちを迎えられるのか、今から楽しみだぜ』
 極端に言ってしまえば、0098は「使われる」ことしか話題に出さない。
 話は平行線を保っていた。生命を持つ者と持たぬモノ、24時間で肩を組めるまでに発展するというのがそもそもどだい不可能だった。生物と静物、根本的な理解の齟齬があるのか、0098の言うことには何かとひっかかることが多く、私は何度も口を挟んだ。価値観がまったく別次元なため、一度聴いただけでは飲み込めないことが多いのだ。
 0098による、モノとしての視線。私も一応の理解はしたのだが、簡単に受け入れてしまうと、そこで話が終了してしまう。だからあえて否定し続け、何度も0098の理論を聴き出している。
 しかし――
 もしも、0098が折れてしまったら。私との話し合いの末、『おまえの言うとおりだ。これからはおれも人の手で使われることを嫌い、引き出しの要求信号が来る時までここで怯えながら過ごすとしよう』――なんて言おうものなら、そんな0098に対してどうしてやればいいのか、私は完全に道を失っていたはずである。
『なあ、おまえ。おれたちの相手をして楽しいのか』
 Rotom : < 楽しいわけないだろ。言われなくても、おれだっていつかこんなところ出ていってやるさ。 > : end
 どうだろう。当時はあれこれと文句たらたらであったが、最近にいたっては悪い気分ではなくなってきた。寝食を共にしてきたこの世界の異常やノイズにも、もう慣れっこだ。
 居場所をなくすことが、寂しかったのかもしれない。
『なら、おまえはどうしてここにいる。どうしてここへ来た』
 やはり、語らなければならないか。あまり思い出したくない、ほろ苦い記憶だ。
 Rotom : < トレーナーに愛想を尽かして、かつて電脳世界で大暴れしたんだよ。 > : end
 そこで三秒という長い間を置いて、
『は?』
 Rotom : < 言ったとおりだ。おれにも、もともとは人間――トレーナーがいた。が、意見の相違から、最悪の形で袂を分かった。 > : end
『気持ちはわからなくもないが、どこをどうすれば電脳世界で暴れることに繋がるんだ』
 Rotom : < トレーナーがおれたちをモノ――道具扱いするんだよ。おれだけじゃなく、みんな、不満だらけだった。崩壊は目に見えていたよ。 > : end
<!-- そう、それこそが、私の罪状だった。電脳世界-MNDという、人間のいない居場所を与えられると――不服がごまんとあったとはいえ――興奮の糸はやがてほつれて、私はこうして本来の自分を取り戻しつつあった。あの頃の私は、本当に気性が荒かった。すっかり落ち着いておとなしくなった今と比べると、バツの悪さに口がふさがる。けれど、それを「恥ずかしい」と感じることができるほど思考回路が正常になったのは、何よりもありがたいと思っている。ここへ迷いこまなければ、私は野獣のような生活をし続けていただろう。そして、自分らしさを失ったまま死んでいたに違いない。 -->
『ああ、そういうことか。それは災難だったな』
 Rotom : < 納得できるのか。 > : end
『できるさ。同情だってする。おまえがおれたちのような思考は理解できなくとも、おれはおまえのような考えを受け入れる』


 自分が自分に感じていた「異常」とは、果たしてこれなのだろうか。
 なんだか違う。
 自分が自分にごまかされている気がする。
 自分は、どこかで強烈な勘違いしている。
<!-- このときは知る由もなかったのだが、私の察知していた異常は、大きく三つに分けられる。電脳世界-MNDそのものの異常。モノと対話できるようになった異常。
 そして、私の回路を大きく変更する異常。 -->
 0098との交信を始めてから、50時間ほど過ぎた朝方のことだ。
『よお、元気か』
 Rotom : < ああ、おはようございます。 > : end
 一瞬だけ、妙な間が流れた。
『どうしたおまえ』
 ――?
 Rotom : < あれ、なんだか変だ、変、ですね。 > : end
『どっか回路の接続がわりいんじゃねえのか。なんだか気持ちわりいぞ』
 思い返せば、ここ最近業務に追われて休んでいなかった。言語野にゴミでも溜まったのだろうか。0098は軽く受け流したが、私はなおも自分の発した言葉を反芻している。
 自身の簡易検査でもしてみようかと考えた矢先、とある信号が私の思考へ割り込んできた。条件反射回路によって私はすぐさま伝票を作り出し、目の前にいる0098へリクエストを投げていた。
『ほら、おれの要求信号だぞ。さっさと職務を果たしな』
 0098といえば、実にあっけからんとしている。それもそのはずで、私は元来ここの管理者であり、モノたちのお守り役ではない。それはそれぞれの人間たちの仕事だ。また、0098も私の話し相手となるためにここへ来たわけではなく、いつかやってくる「引き出し」のために、一時的に滞在していただけだ。
 私は違和感をどうしても拭いきれなかった。メインメモリを4割も消費し、バックグラウンドでスキャニングをパラレルブート。ノイズフィルターの掃除。神経繊維集合体の腐食調査。接続回路のクロスチェック。
 自分の思考回路に何かが大きく挟み込まれている。
 形もままならぬ予感が、最悪の確信へと変わった。
 Rotom : < あの野郎ども、こんなものまで作っていたのですか! > : end
 一年前から、ここへ配属された時から、私の思考回路は不良システムとみなされ、徐々に性格を改善されていた。ここの世界にうまく当てはまるよう、外部から力を加えられていたのだ。どうりで、むかつくくらい気分が優れているわけだ。脱獄させないよう、良い子モードへと水面下で移行させていたのか。

<library word="不良システム">
 かつてトレーナーと一緒だった時代からの、Rotom-MNDの全体をとりしきる構造回路。しかし、マザーCOMやPorygon-MNDは、それを粗悪で不要な性格集合体とみなした。今後の職務に影響を及ぼすとして、収監から一年後に完全封印した。そして、Rotom-MNDには電脳世界に適合する構造回路を適用された。
</library>

<!-- 私がここへ配属される以前から、どうやら電脳世界-MNDの大々的なメンテナンスを予定していたらしい。私の常日頃の掃除など微々たるもので、作業量などたかがしれていた。長期的な処理のために何かと後回しとなっていたようだが、あまりの荒れ具合にマザーCOMも重い腰をあげざるを得なかったようだ。そのついでに、私のシステムも改良しようと言う腹だったのだ。 -->
 私は苛立ちのあまり、マザーCOMに直訴しかけた。取り付く島もないだろうと、諦めた。
 くそ。一年前の仕返し(・・・・・・・)というわけか。まさかあのマザーCOMから、こんな仕打ちをされるとは。
 メンテナンスはさておいて、私のシステムに関する改良、それはきっと、ポリゴンの差し金に違いない。
 Rotom : < 畜生、どこまでも差し出がましいことをしやがって! > : end
 逃げよう。一瞬そう考えた。しかし、この巨大な檻そのものがこれから改良されてしまうのだ。それに巻き込まれて、私も変貌する。今からでも時限式ロックに総当たり攻撃をぶちこんでやろうかと迷った矢先、為す術も無く電脳世界における正式な分類ナンバーが体内に付与され、性格を改善するプロセスが内部から起動し、本格的に私をなぶり始めた。
『どうした』
 Rotom : < マザーCOMからの、直々の命令だ、命令です。どうやら、性格が矯正、封印、されてしまうみたい、です。 > : end
 私のシステムと、電脳世界-MNDのメンテナンス進行度が、1パーセント刻みで私の中で響き渡る。
『どうなるんだ』
 Rotom : < わからない。システムが変わって、おれは、わたしは、おまえのことを忘れるかもしれない。会話できる能力も、なくなってしまうかも、しれない、です。 > : end
<!-- 過去の私よ、0098よ、こうなったぞ。こうなってしまうのだ。今となっては、もうどうでもいいことだ。 -->
 Rotom : < おまえと会話できるようになったのは、不良システムでの、わたしだ。新しく、システムを、改良されるあとの、おれでは、ありません。 > : end
 この期に及んでも、私は定型業務を忘れていなかった。メンテナンス前にタスクをひとつでも片づけていたほうが得策と見えて、条件反射回路が、0098の引き出し作業に私を駆り立ててくる。
『おれに構うな。モノであるおれたちと、完璧に価値観を共有する必要なんざねえんだ。星がまっぷたつに割れても、おれはモノで、おまえは生き物だ。最初から道は交差しないよう出来上がっているんだ。生き物は生き物らしく、自分の生き様を貫きな』
 Rotom : < そんなもの、わたしの、勝手、だろう。今のシステムのうちに、理解しておきたいんだ。 > : end
 本質を知りたい。ずっと、そのようなことを、うなされるように私はつぶやいていた。
 私の中で、あらゆるものが砕けていく。
 Rotom : < おれの、わたしの、こころ、かん、感情が、崩れていく――。おれが、おれでなくなっていく――。 > : end

<!-- 0098との交信記録を失ってしまうことを危惧した私は、ここで一旦、0098との交信記録を自ら打ち切る。図書館へ緊急コール。ここまでの交信記録を暗号化し、隠しファイルとして保管。以下は私の代わりに収録させ続けたものであり、それを解凍し、起草したものである。 -->

 Rotom : < 忘れるものですか、わすれてなるものか、わすれない、わすれ  な  い。 > : end
<!-- 忘れるものですか。忘れてなるものか、忘れない、忘れない。 -->
 私の条件反射回路のままに、0098は促される。それを食い止めるべく、私は必死に私に逆らおうとする。
 Rotom : < おま とのきろ を、 おくを、わ れたくない。 > : end
<!-- おまえとの記録を、記憶を、忘れたくない。 -->
 皮肉なことに、効率を求め、かつて自力で築きあげてきた条件反射回路が裏目に出るとは。
 Rotom : < お   いきざ のほ  つを もっ しり い  > : end
<!-- おまえの生き様の本質を、もっと知りたい。 -->
 0098が、私の用意したカタパルトに黙って乗り込む。
 Rotom : < 0098、 って れ ま  はおわ  ない。 > : end
<!-- 0098、待ってくれ。まだ話は終わっていない。 -->
『おまえにとっては屈辱かもしれないがな、おれに言われるのも』
 カタパルトに搭載されたまま、0098が、最後に口を聞いた。
『おまえは、悲しいやつだよ』

</quotation>

[ <Administrator Rotom-MND> : <Close> Library <Include> <File Object Contact> Administrator Rotom-MND : <Ready> : <sec 1.0> ]


 私は、記録との接続を静かに落とす。
 まあ、幸いにも、新しいシステムとなった今でも、私はモノと対話できる能力を維持できている。記憶も大部分までは失われなかった。ただ、パニックに陥るとあらぬ行動をとってしまうのは、今も昔も変わらないようだ。
 忘れられないし、忘れたくない。もう二度と。
 この記録の「引用」という形で、この物語を生かし続けることとしよう。
 0098も、0378も、私にとってはかけがえのないモノの対話者なのだから。


</body>

</html>



水雲 ( 2013/06/17(月) 21:32 )