58 神舞裂帛
【神髄を! 見せてやる!】 レッパク
58 神舞裂帛 空気に質を感じるほど知覚が過剰に鋭敏化され、世界の時間が遠のいてゆく。
忍ばせていたもくたんをグレンゲは食いしばる。煙が消えたような動きでオボロにまたがり、諸共を包むどす赤いかえんぐるまを作り出した。火柱となって燃え立つ体は闘争本能をありのまま顕現しているに違いなく、オボロのオレンジ色の両翼は炎の赤みを混ぜて鮮麗に照り映えた。両翼の勁道を一文字に展開、一度きりの惜しみない飛翔でホウオウめがけて突進した。その後ろをレムが手助けし、弾丸のような加速度を与える。かえんぐるまは空気との摩擦で更なる熱を獲得し、閃光の残像が軌跡の放物線を長く曳かせた。
数瞬後に訪れる激突。白と赤の飛沫が飛び散り、空気の振動が破壊的な波となって一帯へ及ぶ。地上、少しでも突破口を開こうと、電撃と冷水、そして針が途絶えることなくホウオウの炎に向かって衝突し続ける。
全ての感覚が廻転し、無限大に拡張し、加速されていく。
鉄壁と信じてやまなかったせいなるほのおに、果たしてひずみが入る。ホウオウの顔に驚愕と不安がよぎる。もくたんがグレンゲの咬噛力に耐え切れなくなり、まっぷたつに噛み砕かれた。白に
勝った赤は間もなく堅牢なる火炎を突き破り、オボロの体とグレンゲの拳は本体に届くことに成功。ホウオウの巨体が大きく傾いだ。
レムも、炎が貫かれた瞬間を決して見逃さない。塞がる前にせいなるほのおの中へ果敢に飛び込み、怨念を全身で煮えたぎらせる。言葉にならない想いを金切り声へ変換し、大音量でわめく。うらみがせいなるほのおとかえんぐるまを根こそぎ闇へと葬り去った。
世界の流れが、遅くぼやけ、霞んでいく。
共々に炎を失い、己が体術に全ての命運を託したグレンゲは、オボロの背から跳躍。足場の有無に関わらず、ホウオウの首もとへ打ち込もうとするねじれた一掌、しかしそれは威嚇をふまえた囮、本命は後ろ腰を死角として滑りこむ秘匿の裏拳。重量のある痛撃を器官に与え、かえんほうしゃの阻止。
前がそうである一方で、オボロがホウオウの背後へと動線を敷き、力が最大限に流れる打点を一目で即断。そこを交点と定め、半端者ならばそれだけで昏倒しかねない剛の十文字を浴びせ、五臓六腑に染み透らせた。
急所もそれ以外もひっくるめた、間隙を許さぬレッパクの雷撃。圧力は下がることなく、登竜門のごとき勢いでボルトを刻んでゆく。
ホウオウの腹を深く沈める、ドロップのみずでっぽう、蒸発はおろかむしろ凍りついていく。レムがテレキネシスを撒き散らし、ホウオウを取り巻く気温の分子運動を止めているからだ。
その片手間の念力で天高く放り上げてもらったソニア。高所への怖さよりも報復の野心に重きを置いて、振り上げたニードルアームでホウオウのあごを下からぶち抜いた。
華麗さなど、そこにありはしなかった。
信念みなぎる体をぶつけ合わせているだけで、誰もまともな言語を発していない。知りうる限りの定石全てを体内に落とし込み、森羅万象の牙と化してそれぞれの予兆を寸分たりとも垣間見せない。勁を中心に、開かれる無尽蔵の起式。為虎添翼、明鏡止水の極致。天衣無縫、天下無双の殺陣。斬、突、叩。弾、流、返。気、発、抜。無節転旋末合中息柔満飛舞蹲静背翻含撞靠纏掴烈烈。敵の挙動はこちらの攻防とは関係性を一切持たず、連撃の戦形に取り込むのは聴と間の
変化のみ。反撃による損傷を憂うくらいならばそれに打ち勝つ手段を考えたほうが頭も体もずっと楽で、遠慮もいらなかった。戦いの嬌声で己を鼓舞し、休む間も休ませる間もなくひたすら次なる一手を振りかざす。自分たち以外の味方はもはや邪魔者でしかなく、下手に近づこうものなら戦意だけで吹き飛ばす。意識が完全に飲み込まれた瞬間が、みんなとの別れのとき。敵味方の区別もなく、目に映る者の四肢を切り落とし、首を胴から離し、血の一滴も地面に落とすことなくこの世から消し去るだろう。
瞬きをするよりも早く空気中の水分を凝縮。隕石のような氷塊が突如として空中に出現した。当然、ドロップの作品。ホウオウがそれに嫌な予感を抱く刹那、オボロが剣豪の気概で
哮ける。氷塊を螺旋状に素早く周回。左腕の斬撃にて、美しく鋭い槍を彫りだした。しっぽを巻きつけてつかみ、でたらめな角度で放り投げたはずだった。それだけで氷の槍は驚異的な速度を獲得し、ホウオウの懐を見定めて射出される。速度という恐怖に負け、ホウオウが已む得ず回避を選んだ。数瞬でも判断が遅れていたら右翼に風穴が空いて、二度と空に在ることを許されなかっただろう。
その時にはすでにドロップは次へ移っていて、ひるんだところへもう二つ、氷塊を呼び出す。先ほどのは挨拶代わりだと言わんばかりの貫禄。虚を突かれたホウオウとてさすがに同じ手はくわない。届く前に溶かしきる、と臨戦心理が条件反射し、大文
オボロが瞬時に三枚おろしにしてかき消した。立て続けに本体への追撃、一閃二閃三閃、四閃五閃六閃七閃八閃九閃十閃。
その隙に、ドロップがつぶやいた。
「拡散」
電磁場と重力場を負け犬の執念で沸騰させ、レッパクは空を跳んだ。
体勢を立て直されるよりも数段早くボルテッカーを武装し、片方の氷塊を標的に全身で体当たりした。内側から光が奔出され、散り散りとなる。砕いてもなお斥力は一向に削がれず、レムがレッパクの軌道を無理矢理へし折り、もう片方の氷塊へ突き立ててそれを破壊した。痛みなぞは全てが終わったあとでまとめて勘定すべき埒外なものであり、頭を地面へ、後脚を天井に向けたレッパクは、ここで初めてホウオウと目を合わせる。右耳だけにあるぎんいろのはねだけが一度光り、ホウオウの勘に障らせた。
その頭ひとつで全ての計算をし終えたレッパクが、全身を一斉に尖らせる。ベロリンガも泣いて詫びるだろう針千本。心血注いだリニア式ミサイルばりを全包囲にばらまき、それでいて砕氷を精確に研磨した。ダイヤモンドがもっとも美しい輝き方をするという、ラウンド・ブリリアントカット。それぞれの
玲瓏なる宝石を、レムがどれひとつとこぼすことなくテレキネシスで誘導し、なかばホウオウを祝福するように取り囲む。星を周遊する幾多の衛星のようだった。
アカリちゃんから伝授した技を放つ時だった。
周囲の氷と共鳴し、レムの宝石へ白い光が収束していく。
レッパクが地上を飛び立ってからこの間、わずか2秒半。
まだ暴れ足りない獰猛な力が雷声へと
変化し、レッパクの胸の中でぐるりと唸った。
飽くなき闘争本能に従うがまま、レムがパワージェムを解き放った。
逆さまにホウオウを睨みつけたまま、レッパクがなきごえを出した。
ホウオウは、これ以上は到底ありえないほど、完璧に度肝を抜かれた。
太陽に匹敵しうる、プリズムの炸裂弾。空気を右と左に押し分ける、裂帛の気合。それらは完膚なきまでにホウオウの聴覚を貫通し、視覚を蒸発させた。
ホウオウは、そして気づかなかった。
すぐふもとで、ポリゴンZが世にも恐ろしい演算速度で何かを狙っていることを。
メガニウムが足を地面にめり込ませてアンカー替わりにし、ソニアの全身をつるのムチで固定している。その付近を更にNAILが取り囲み、自慢のしっぽをアンテナとしている。RIVAとELESが微細な電磁波をかまし、射的の座標をミリメートル単位でロックオン。ソニアの片目に装着させたこうかくレンズを、ポリゴンZがワイヤレスでハックし、おびただしい数の射線データをソニアの網膜に焼き重ねている。鋼色の要塞に守られ、やりすぎともいえるくらいの超高速デバイスを増設ポートであちこち繋ぎ、円周率ですら終焉を向かえそうなほどの気違いじみた計算をおこない、目に見えない巨大マズルを仕向けるポリゴンZは、透明の戦車というほかはない。
――シロガネやまじゃあ寒すぎてしっかり撃てなかったけど、ここからなら!
熱源は、ホウオウ自身である。鼻高き己の力に悶え苦しみ、そして果てろ。
こうかくレンズに、最終的な記録が送られてくる。
「行きますよ―― [ /// FOX3 /// Formation Road : ASGARD / War Head : Golden-Letter / Target M X-Cross(-3.00122445) Y-Cross(306.9281724) Z-Cross(1.029.53439102) / Linear Barrel Revision : Green / Ready : 5.0sec /// ] ――3、2、1!
0!」
ポリゴンZのデバイス全部が、特大花火の要領で爆発した。
「ぶちかませえ――――――――――――――――――――――――っ!!」
「いっけえ――――――――――――――――――――――――――っ!!」
熱の塊が柱へと伸びて、ソニアの右の花から撃ち出された。
極熱ではない。情熱だ。
乙女のひたむきさで狙いすまし、乙女の意地をありったけ注いだ、全力のソーラービーム。月まで届きそうな極太のエネルギー。
それでもよけられた。
ホウオウは身をもがき、自分にまとわりつく攻撃を振り払い、左へずれた。たったそれだけの動きで、ポリゴンZが狙い定めていたポイントが狂い、ソーラービームは天井に巨大な風穴を空けるに済んだ。代わりに得たのは、こちらへの注意。
全ての攻撃が止んだ一弾指、体位を整えててこちらへ滑空してくる。重厚なこの陣形を解除するのにかかる時間は少なくとも10秒は必要とするが、
ソニアとポリゴンZが、同時に笑った。
再計算するまでもなかった。
左の花が、動いた。
「おかわりだあ――――――――――――――――――――――――っ!!」
ソーラービームを、続けてトリガーした。
ホウオウは、今度こそソーラービームの奔流に飲み込まれた。焔も空も彼方へと消し飛ばす、樹の力。肉薄の突貫は押し潰され、ホウオウは何もせずとも宙を舞った。先程までの乱舞が前座と思われても仕方のない、終止符にもおあつらえの砲撃。
舞いつつ、ホウオウが必死に予測する。
――違う、これで終わりではない。力を二分してでも、一撃を与えることを優先した。つまり吾の動きを封じたいがゆえ。最大火力のこれを捨ててでも、狙いたい次があるはずだ!
すなわち、上。
ちょうど光の束が薄れ、視覚が回復してきた。いつの間にか宙にあったグレンゲが、こちらへめがけて落ちてくる。その顔にふとした躊躇が見えたので笑い返してやった。風圧にまかせることはせず、あえて懐を開いて直前まで引き寄せ、気ままに翼を振るった。それだけで一気にグレンゲの腰が砕け、哀れな角度で落下していく。
追いつめられた内界にも若干の余裕が生まれ、返しの翼でオボロも弾き飛ばしたあと、ふとした拍子で地上を見下ろした。
ドロップがいない。
「こっちだ!」
翼に隠された視界から刺さる怒声。その声の主はドロップでなく、体勢を立て直して飛びかかってくるグレンゲだった。
ホウオウの思考に、一瞬の空白ができる。
つい先ほど撃ち墜としたはずのグレンゲが、またしても一散に突撃してきたからではない。
「ホウオウ、もう終わらせよう、全部」
気配もなく参上した青嵐のスイクンが空中でグレンゲを助け、足場にさせていたからでもない。
「返すぜ!」
かつて自分がゴールドに託したにじいろのはねが、光満ちる黄金色になっていたからだ。
小さな羽根の切っ先が空間を引き裂き、
膂力の生み出す鋭い力場がホウオウの脇腹に突き立てられた。唸り声がグレンゲの耳に響き、血潮の飛沫が頬を赤く染める。共鳴しあうように燦然と輝く金色羽根と虹色の体躯。それは次の瞬間、雷の赤紫色にさえぎられた。レッパクが上空に集まった水と熱で即席の雷雲を呼び寄せていた。ライコウが3回死んでもまだおつりがくるほどの威力。
そこからの流れは、また時間が限定的で、点々としていた。
同じようにオボロがホウオウへ飛びかかり、グレンゲを抱きしめて雷から守った。体をひねって背中へと乗せ、去り際に逆袈裟を二回、即座に安全圏へ奔逸。それと入れ替わりで放たれる、三発目のソーラービーム。風穴からのぞかせる陽光を凝縮させた真の奥義は、ホウオウ自身の力と噛み合い、相殺していく。
羽根をつっ返してやった今、次に使う得物は決まっている。
オボロの背中にて、グレンゲは紅白のボールを天高く放り投げ、後を追うように飛び立つ。レムが念力を送り込み、疲弊した筋肉の代わりに支援する。
身軽になったオボロが、背後から翼を重ねるようにホウオウをかき抱く。
ホウオウの中にいる誰かに向かって、呼びかけていた。
「ゴールド、そこにいるよね。今助けるから、もうちょっと待ってて」
勁道を星型に展開。オボロとホウオウの体に、今までとはまったく逆の力が働いた。自分ごと地面に突っ込む、捨て身のメテオストライク。最低限でも空中には固定されていたはずの伝説のホウオウが、とうとう地に墜ちる。着地の波紋が2匹を中心に走り、表面の砂が引き剥がされる。ホウオウをそこに残し、何事もなかったようにオボロが再び離脱。真上、逃げを与えぬ追撃。宙に投げられた紅白のボールが開き、ドロップが戦の庭へと舞い戻る。重力加速度を最大限味方につけ、ホウオウの胴にめがけて垂直にのしかかった。
翼の勁力を奪われ、空から地に墜とされ、砂煙に視界を奪われ、胴に衝撃を落とされ、仰向けになっているホウオウの目と鼻の先、
のしかかるドロップの笑みが、そこにあった。
この世に生きる全てのラプラスたちの中でも、ドロップしか到底作れそうにない、あたたかで柔らかい笑みだった。
水棲のポケモンたちが見たら、それだけで一匹残らず恋に落ちてとろけそうなほどだった。
ドロップは目を閉じる。ホウオウのくちばしにそっと口を近づけ、世界一優しいキスをした。
次の瞬間、その顔に狂暴さが戻った。
まさにメガトン級の一発。前ヒレをフルスイングさせ、ホウオウの隙だらけの顔を真横から思いっきり弾き飛ばした。首がへし折れそうな勢いだった。
全ての糸を切らしたホウオウが、ここでいよいよ気炎万丈となり、怒りに狂う。
両脚から流れる発勁でドロップの腹を突き飛ばし、取り戻した自陣で体を起き上がらせる。
結を唄い始めたのは、やはりドロップからだった。
臨戦心理を解き放つ。とある人物への忘れぬ想いを、そのまま破壊力へと変換。
『おんがえし』を使うときだ。
思い浮かべるのは、
自分が大切に守り抜こうとしている人。
もう空へは逃がさない。
ドロップが頭のツノを振りかざし、岩石をも叩き割る頭突きをくれてやった。
「生命の滴 ひとひらり!」
体毛の隙間をかいくぐり、深々と肉をつかんだ。
自分が気高き戦いの師と仰いでいる人。
いまだ空中にあったグレンゲが後脚を曲げて宙回転。縦の螺旋による遠心力で倍加された拳が振りおろされ、ホウオウの頭蓋に炸裂した。
「咲かせてみよう 戦華!」
頭の中を変乱する激震に、ホウオウがついに吐血した。
自分を無限大の世界へ導いてくれた人。
ソニアが駆け寄り、大車輪のごとく腕をぐるぐる回したあと、突き上げてホウオウの体にぶっ刺した。
「針は廻りて 日が昇り!」
巨体が、その腕一本で宙に浮き上がる。
自分をありのまま受け入れてくれた人。
オレンジ色の閃耀。起き上がらせてなるものかとオボロが正面から攻防一体の体当たり。
「闇に見守る 朧月!」
軸芯がまたも背後へよろめく。
自分で決める大切さを教えてくれた人。
藍色の矢。そのまま倒してなるものかとレムが背後から挟み撃ちを仕掛ける。
「生死織りなす 眠り経て!」
前後からの圧力に、激しく痙攣する。
自分がどこまでも共にすると誓った人。
光に近しい速度の霹靂。地を跳ね壁を跳ね、あらゆるところに破壊の足跡を残し、最後に天井を蹴り飛ばして垂直落下。レッパク自身が雷となり、ホウオウの真上から突き刺さった。
「我らの道に 裂き誇れ!」
電圧は止むことを知らず、上空へと逆立ちした。天を貫く巨大な雷だった。