56 秩序と混沌と
【演舞場は、この先どす。せやけど、その前に――】 モミジ
56 秩序と混沌と 激動の昼が過ぎ、紅涙の夜が過ぎ、決戦の朝が来た。
ポケモンセンターの屋根の上、レッパクはしかめ面でもそりと起き上がる。隣でスリープ状態となっているポリゴンZをブートさせないよう、腰を低く、抜き足で離れた。
慣れないところで寝てしまったからかもしれない。朝露が染み込んでいるように頭が痛い。きちきちと響き、頭蓋の内部まで浸っていそうだった。体のそこかしこに沈む昨日の余韻よりも、こちらのほうが気になる。朝日がまぶしくて目の奥にじわりとした感覚がにじむ。日射に水平線が白くかすみ、遠くぼやけている。しばらくすると、熱気が少しずつ立ち上ってきて、柔らかな潮風に頭痛をほぐされた。
さざ波やキャモメの鳴き声を耳にしながら、レッパク、グレンゲ、ドロップ、オボロ、ソニア、レムが、再び浜辺へと集まった。誰かが明朝にここへ来るよう提案したわけではない。明確な時間も指定しなかった。
つまり、全員が、「その気」でいた。
「もう一度、リーグへ向かおう」
レッパクは珍しく考えなしに言った。
「そこにホウオウがいる、ですか?」
「さあ?」
「さあってお前さん」
「勘だよ」
笑みをこぼすかわりに、左耳の羽根を光らせる。
前触れを挟ませぬ、正真正銘、自分の勘だった。
「ポリゴンZなら分かるんじゃなーい?」
「あいつはまだ休んでいる。そっとしてやってくれ」
海原の向こうを眺める。アサギからリーグへの道は遠く険しい。ポリゴンZに頼めば、確かに容易に電子空間を光速で移動できるだろう。しかしレッパクは、とうとう起こさずに浜辺へ来た。ポケモンセンターの情報管理者を丸一日代役して、心身ともに疲れはてているはずだ。手段があるのならばどんなことでも試したいレッパクだったが、ポリゴンZだけはどうしても起こす気にはなれなかった。
覚悟を決める時間が欲しかった。
できることならば、自分たちの足で、目的地までの道を行きたかった。
準備も何もいらない。ただ向かって、戦って、取り戻すだけ。集合が出発の合図だった。ドロップの甲羅へ乗りあがろうとして、片足を引っかけたところでドロップもその異常さに気づき、焼き印でも押しつけられたかのようにびっくりした。
「えっ、レッパク?」
「どうした」
「私に、乗るのですか?」
「そうだが。何か問題があるのか?」
「いや、問題って、だって、」
もごもごと言葉を曖昧にするドロップの姿を、間近で見つめる。
「――意外と大きくなっていたんだな」
水圧のためか、水棲の動物は成長が早いと聞く。それはラプラスのような者たちにも通用する話のようだ。出会ったばかりのころは、主とそう変わらない背丈だったはず。どうやら、自分がきちんと見ていないだけだったようだ。この1年間、背中に乗る機会は、数えられるほどしかなかった。
何かを言い出されないうちに、さっさと乗り込んだ。あらゆる重圧が精神を取り囲み、あらゆる恐怖心が完全に麻痺していた。
「オボロ、海に落ちるとまずいから、グレンゲを乗せてやってくれ」
「うん」
口調こそいつも通りだが、レッパクの気迫は並々ならない。全員従わざるを得ず、行き先はリーグへと決定された。オボロがグレンゲを乗せ、ドロップがレッパクとソニアを乗せ、いざ海を突き進もうとしたところで、レッパクの右耳の羽根が輝いた。
『――行くのか』
昨日より少し薄目の思念体で、ルギアが一行の前に現れた。
「ああ」
レッパクが代表して答える。
『お前の言ったとおり、ホウオウはリーグにいるようだ。時間がかかるだろう。私が送ろう』
「しかし、なぜ今更あんなところに――」
『お前たちの主人やその他の人間たちのこころを食い尽くしたあと、あやつも反撃されることを想定したのだろう。戦力を集結される前に、混乱に乗じて叩くはずだ』
「――よく分かるな」
『友だからな。昨日までの話だが』
自分の皮肉に悲しそうに笑うと、ルギアは両翼をたおやかに前方へ巻き、精神を統一させた。レッパクたちを包む球体が出来上がり、押しのけられる海面は磨かれたクレーターのように少しへこんだ。
疲労の中で集中しているのが、念力から伝わってくる。
「大丈夫なのか」
『正直、もう一歩も動けない状態だ。情けないことだが、昨日のライコウたちの迎撃で、先ほどまで意識を失っていた。今の私にできることは、これだけしかない』
「お前、本当に無理するなよ」
『構わぬ。私とて、歯がゆくて仕方が無いのだ。だから、だからどうか頼む。友を――』
「それは保証しかねます」
『――?』
機嫌を損ねてもいい。もともと自分たちの足で行くつもりだったから。オボロが代わりに本音を続ける。
「ぼくたちは大切な人を取り戻しに行くだけだ。あんたには悪いけど、あんなやつのことなんか、どうなろうと知ったことじゃない」
『――そうか』
― † ―
一方で、ホウオウがどのような順序でジョウト地方を根絶やしにしていったのかは、まったく知る由もない。名を冠する者たちを僅差で打ち負かし、命からがら逃げおおせたその頃、あいつはどんな思いで、どんなところへ向かったのか。
ポケモンリーグは、五つの大きなバトルコートを連ねる一本道で成り立っている。頂点に達し、殿堂入りを目指すのであれば、ここからの五連戦に命をテラ銭として支払う必要がある。覚悟のできない奴に、戦う資格は持てない。悪いことは言わん、今すぐ生まれ故郷へ帰って人間と一緒に家事手伝いでもして余生を過ごせ。それが世のため人のためだ。チャンピオンロードを提供され、そこを住処としてドブさらいを担う野生のポケモンたちは、道中の挑戦者たちにいつもそんなヤジを飛ばすそうだ。
間に合わないだろうな、とは思っていた。
案の定だった。
主よりも先に自分たちだけここへ来るだなんて、一生の不覚だとレッパクは悔いる。
人間の気配は、まるで無かった。目が周囲の物体を拒否し、自然と薄目になる。これでは虎口の先も絶望的だろうと思いつつ、しかし早足は止まらない。ルギアでも悠々と通り抜けられそうな扉の向こう、ひとつ目のバトルコートへと一行は進んだ。
威圧感に満ち溢れているのは、奥にホウオウがいることを証明しているためか、かつての激戦の残滓があるためか。木の葉が中央を舞ったら、何もしなくても粉々に弾け散ったかもしれない。
そこに、モミジはいた。
深紅色の、もしかすれば正装。
蟒蛇の刺繍は見事な金色。ホウオウをモチーフにしただろう極彩色の絵羽模様は、鮮やかに燃え上がっている。
――こんにちは。昨日の今日やというのに、ようここまでおこしやしたなあ。
むしろ、自分たちだけしか来なかったことに驚いたとでも言いたげな様相だった。
「お前も、最初からこうなることを望んで、主に鈴を渡したのか?」
――さあ、どうでっしゃろ。もっと穏やかな結末があるんどしたら、ホウオウもうちも、そちらを望んだやろうねえ。でも、これがうちらに託された宿命やさかい。150年前から、人間に幻滅したホウオウと血盟を結び、密かに接点を保っておったんどす。本物の歴史を絶やすこと無く、次世代へと受け継ぐ。それがこの世代で形を変え、牙を剥いただけに過ぎまへんえ。
「お前さんだって人だろうに。こんな世界がおもしれえってのかよ」
――うちらまいこは、償いとして人間に仇なす一族。人間たちの代わりに、ひそやかに償ってきましたんや。150年前から続いていた
贖罪の最たるものが、まさにこれなんどす。しかし、その役目も時の流れに薄れて、本当のことを知っているのはうちだけになってしもうたわ。いつしか語り継がれてきた寓話にもありますえ。人間なんてものは水と一緒。低いところへ流れ、溢れ、自らが自らに溺れる。そんな存在やとねえ。まさかうちの世代でホウオウが本気で動くとは思いまへんどしたが……その通りやわ。ならば、うちは最後まで、本当のまいことして、うちの役割を全うさせていただきます。
「それではあなたも、ただの言いなりではないですか」
――全てがゼロに戻るんどしたら、うちはそれで満足やさかいに。
レッパクは、そこで気づく。
モミジの着物の裾が張り詰め、重力に引っ張られすぎている。
モミジが、やがて翼のように両腕を広げる。その場で旋転。遠心力を利用し、裾から複数のボールを放り出した。その数、七つ。雷が突き刺さったようにボールから光が走り、中に隠れていた者たちが次々と現れた。
「な、七体――」
現在確認されているイーブイの進化系、七匹が一斉にバトルコートの反対側を占拠した。
――これは公式戦でも練習試合でもありまへん。ましてや主を失った野良¢且閧ノ、人間の作ったルールは必要ないでっしゃろう?
繰り返して通算15回。人の良さそうなあの顔つきに何度も騙され続けた。どんな未来であれ、このような凶事を主の傍らで謀るとは、レッパクはつくづく自分の不甲斐なく感じる。無条件で臨戦心理が開き始める。恐怖が高揚感となって、レッパクの内部でうごめく。
断言できる、こいつらは名を冠する者たち並の強敵だ。目の前にいるサンダースは、これまでの死闘で体をいじめ、寿命を削ってきた自分と、なんら遜色変わらぬ風貌だった。感覚加速をしても、速さで勝てるかどうか分からない。こいつの利き足はどっちだ、時計を廻るのか返すのか。わずかに違う足の肉付き、癖となった耳の傾き具合から、自分と同じと推測。毛並みの度合いから電圧を観察、恐らくこちらも相手が上。
こいつらを倒せなければ、ホウオウに触ることすらできない――そう言いたいのだろう。もともと万全のコンディションではなかったが、仕方ない。まずはモミジを徹底的に黙らせる。時と光のあまねく三千世界、どこでも一緒なのだ。理屈が通じないのであれば、腕っ節で語る。レッパクが集中し始めたのを察し、グレンゲもドロップもオボロもソニアもレムも構えた。
「――では、こちらも相応の数を揃えますが、よろしいです?」
今まさに気流となりかけた殺気が、その場に縫いとめられた。
表情を戻さずにレッパクは振り返る。
どこに隠れる場所があったというのか。ついさっき、アサギへ置いてけぼりをくらわしたはずのポリゴンZを筆頭に、その他大勢がぞろぞろと顔を見せ始めた。
「起こさないよう、音には気をつけたはずだが」
ポリゴンZはさも当然のように、
「ボクがタイマーをセットし忘れていたとでも? まさかそンな」
忘れないだろう、確かに。お前はそういう奴だし。
「どーしてここが分かったのー?」
「いやはや、なンとお詫びすれば良いものか。アサギでのやりとりを盗み聞きしていたつもりではなかったのですが、ちょっとばかし耳がいい≠烽フでして。みなさンと一緒に、リーグ前に設置されていた転送装置でやって参りました。明らかな規約違反ですが、咎める人もいませンし。我々は、誰の命令でもなく、我々の意志で、こうすることにしたンです」
レッパクとサンダースの間に、ピカチュウが身を挟ませる。小さな背中とそびえ立つしっぽを見つめ、レッパクは口の端を歪めて笑う。準備運動ができると思ったのに、自分はもう舞台袖に引っ込まねばならないらしい。こいつは間違いなく手ごわかったと断言できるだけに、味方に回ってくれることはありがたかったし、純粋に嬉しかった。
ヘルガーがブースターの相手を。カメックスがシャワーズの相手を。ポリゴン2がエーフィの相手を。ドンカラスがブラッキーの相手を。フシギバナがリーフィアを。マニューラがグレイシアを。まずはそんな向かい合わせとなったが、なにせ異例の七体同時エントリー。規格の違いから、混戦となるのはやむを得ない。
「これでイーブン。お互い文句無しでしょう。さ、レッパク、行きますよ。ここは彼らにまかせて。これからが大変なンですから、血の気はそちらに回してください」
ポリゴンZは悠々とバトルコートの端へ寄り、何事もないかのように通過しようとする。NAILやメガニウムが無遠慮に続く。
おいおい大丈夫か、と思わなくもない。どうせ乱闘とそう変わらない、ルール度外視の非公式戦闘なのだから、この場を確実にこなしてから次へ向かったほうが、と言いかけたところで、
「ダメです。こっちにもやるべきことがあるのですから。それに、こンなに大勢で戦ったら、同士討ちになること必至です。というわけでモミジさン、せいぜい無駄な時間稼ぎをしていてください。我々はお先に失礼します」
――このままうちがあんさんらを見逃すとでも?
「ええ、見逃します。見逃さざるを得ないでしょう? あなたはホウオウの威を借る、ただの生身の人間なンですから」
――ああ、こらかなわんなあ。足元見るとはなかなか卑しいわ。
「今この場で八つ裂きにされないだけありがたいと思いやがれこの阿婆擦れが。人間やボクらだけじゃなく、ジョウト地方の機械たちが昨日どれだけの断末魔をあげたか、本当に分かってンのか。言いたいことはまだまだ山ほどあるンだ、あとで覚悟してろよ」
ボイスチェンジャーでも通したかのような、無機質な早口。今日までの科学技術によって生を許されたポリゴンZが言うと、説得力も甚だしい。
――よろしおます。
レッパクたちは完璧に蚊帳の外。思いがけぬ毒舌ぶりに、体の芯まで硬直していた。そのレッパクの間抜けっ面に、ポリゴンZはしっぽビンタを一発くれて、
「なに置物のようにボケっとしてるンです! ほら行きますよ!」
知らないほうがしあわせだった事を、昨日と今日とで色々と知りすぎてしまった。レッパクはこころからそう思う。たとえ15回分の一生を費やしても、こいつには勝てないだろう。
ポリゴンZに導かれ、ひとつ目のバトルコートを過ぎ去ってしばらく後、背後から小さな喧騒が聞こえ始めた。
― † ―
Hu U E He Ha Di Swo Saa...
よっつ目のバトルコートを通過したあたりで、全員の足取りが徐々に重くなった。階段を一段ずつ登り、壁に耳を近づける。玉座を守る王の部屋。敵味方問わず逃げ道を封じるためか、最後の扉は固く閉ざされていた。しかし、その厚みをもってしてでも、激闘の気配がここまでひしひしと伝わってきた。
「ポリゴンZ、何か聴こえるか」
「戦いの音――近いです。扉の向こうから」
レッパクが電磁波を放ち、ポリゴンZがクロスデータを拾って計算する。
「この大きな存在感。間違いないです。戦っているのはホウオウと――どうやら、相手はワタルさンのカイリューたちです」
そこでポリゴンZは、悲しそうに首を振る。
「手遅れですが、ワタルさンや四天王たちもいます。ホウオウの背に誰かの生命反応も。こちらは恐らくレッドさン」
レッパクは考える。
ルギアと袂を分かち、後戻りができなくなった今、レッドはホウオウにとってただの自己満足の道具と化す。伝説のトレーナーをも掌中に収めたという衝撃をジョウト地方中に走らせ、その隙に凶事に及んだ。
今こうしてリーグの人間たちを封じ込めようとしているのは、ルギアの思うとおり、団結した力で刃向かわれるのを恐れたからのはずだ。主に勝って器となったのに、あらかじめレッドのこころを奪ったのもそれだ。ピカチュウたちが強すぎるあまりに、さしものホウオウも恐怖したはずだ。一部だけでは、反乱が起きる。全てを奪って、人質にするしか方法はなかったのだ。ルギアの説得でキレなければ、レッドは今頃解放されていただろう。なんとも皮肉な因果である。
ということは。
いくらホウオウでも、束になってかかられたら厳しいはずだ。
勝算は、ある。
低いが、ある。
今更、ホウオウが人質を盾にするとは、とても思えない。
ホウオウの言動を目の当たりにして、レッパクはそう確信している。
ドロップがソニアのお守りを一目見た後、
「まずは不意をついて、あの人の体を取り戻すことですね」
「オボロ、頼むぞ」
「うん」
いい返事だ、
「先輩、わたしたちは?」
そんなの決まってるだろうといった顔で、レッパクはちらりと扉を見て、
「この板っきれをぶっ飛ばす」
ポリゴンZによる凄まじいスキャニングが始まる。何をやっているのかさっぱりだったが、広大な面積の中から打点を調べ尽くし、一撃で吹き飛ぶポイントを探しているようだ。配置をすぐに決め、それぞれの技を確認する。リハーサルならば、シロガネやまの頂上で一度終えている。あの時と同じ呼吸だ。レッパクとオボロはうなずきあい、
「いっせーのーで、でいくぞ、いいな。いっせーのー」
でッ。
レッパクの10まんボルト、グレンゲのかえんぐるま、ドロップのみずでっぽう、ソニアのニードルアーム、レムのテレキネシス、ポリゴンZのシグナルビーム、メガニウムのたいあたり、NAILのアイアンテール、RIVAとELESのラスターカノン、リザードンのブラストバーン、カビゴンのギガインパクト、
そして、ぶち抜かれた扉と共に向こうへ飛翔するオボロ。爆音に乗じて扉の死角に潜み、同じ速度で滑空。
レッパクたちもオボロのあとを追い、即座に最後のバトルコートへと身を投じた。さすがのホウオウも予期せぬ物体の飛来に一瞬驚いた。それをいいことにつけこみ、続けざまに集中砲火した。仲間をみな倒され、孤立無援のまま奮闘するカイリューも加勢に気づき、隙に乗じて二回だけ拳をホウオウに叩き込んだ。
一方、いまだ空中を舞う扉に隠れるオボロ。レッパクたちの攻撃は全て囮であり、気を引くためのパフォーマンス。地面を見て、昨日と同じ形の影があるのを認める。気温からせいなるほのおは感じなかった。多分ホウオウは無防備だろうと判断。飛行速度を速めて扉を放棄、影を狙って間合いを詰める。その読みは無事成功、接近を決意。水平飛行の力を全て揚力に変換。定石、『
登竜門』。影のそばで急上昇、やや遅れて地面に巻き起こる砂埃。太陽に挑む翼龍。勁道を縦一文字に展開。内息の巡りを邪魔させないよう、四肢を固めて一体となる。
引きの力と押しの力を一切無駄にしない。全てのエネルギーをねじれの一撃に託し、オボロは自身のしっぽを振り上げた。
NAIL仕込みのアイアンテールは、ドラゴンテールへと変質を遂げた。
ホウオウ全体に巨大な慣性が働き、レッドをその場にとどめたまま、座標を強制的に移動させられた。一人空中に残されたレッドを、横様のリザードンが一直線に救出した。
オボロはカイリューを押しのけ、空中でホウオウと対峙。両者の翼が、競い合うかのように燦然とした輝きを帯びる。
「ほう。強靭だな。吾の火炎を直に受けて生き延びるとは。しかし、二度目はそううまくいくか」
「ゴールドを返せ。みんなを返せ」
「――返したところで、お前たちの怒りが収まるわけではあるまい」
「当たり前だ。あんたなんか首ちょんぱだ。ぜったいに許さない。覚悟しろ」
とりあえず言いたいことは言い切ったのか、オボロはとんぼがえりのごとく地上へ戻り、レッパクたちと一緒にレッドの無事を確かめる。無表情のまま手足を動かして抵抗しており、リザードンが見るに耐えない表情で羽交い締めにした。
「こちらは大丈夫です。一応のところは」
ポリゴンZのうなずきに、まずは安堵する。
これで遠慮はなくなった。あとは、あいつを好きなだけ料理する。
「よし、じゃあみんな、悪いけど一旦さがっていてくれ」
昨日から、決めていたことだった。
「あとは――おれたちが、やる」
周囲で反論が巻き起こりかけたのを、グレンゲが切なく笑って言い聞かせる。
「後生だ、頼む。俺ら全員、義理堅くて強情っぱりの大馬鹿だからよ、てめえたちで招いたことはてめえたちで尻拭いしてえんだ」
So Ra Nwo Nee E He Wa.
意識の継ぎ目にやってくる一発の火球、速度は十分。しかしレッパクの反応速度はそれ以上。体勢を変えず、ただ瞬時にスライドして避ける。標的を仕留め損なった火球は地面をえぐり、焦げ臭い空気だけを残して消えた。
「昨日とはまるで違う動きだな。一体何をした」
何もしていないさ。これからするんだ。レッパクはそう思う。
「頭の底から浮かんでくる。主ならこうすると。こう指示すると」
「あなたにご主人が奪われたとしても、色々なものを貰って生きてきた私たちの中に、残っているのです。あなたがご主人の中に潜んでいたのと同じです」
「あたしたちは、ただその声に従うまで!」
ホウオウはそれを黙って聴き込んだ後、
「吾を倒せ、と?」
「違う、ゴールドはそんなこと言わない。『ごめんちょっと助けて』って言うはずだ。でも、あんたをぶちのめすのなんか、その一言だけで十分だ。それ以上の言葉はいらない」
「それは驕りか? それとも想いの力か?」
両方かもしれないな、とレッパクも思う。
「笑いたけりゃあ笑えよ。おれたちがお前の過去を知らないのと一緒で、お前には150年かけても理解できなかったことだ。多分この先永遠に分からないだろうな。過去からの警告は聴かない。未来へ託すこともしない。もうおれはやり直さない。一度きりの、今の自分の力だけで、お前に引導を渡してやる」
さほど驚かず、むしろそうでなくてはといった口調で、
「――お前も、やったのか」
やはりきさまもか、とレッパクも確信。
「吾は――全て、憶えているぞ。全て、この目で見てきた」
――もう一度だ。やってくれ――
――いい加減諦めたら? 言ったでしょ、そう簡単には――
――それ以上言うな。燃やされたいのか――
――何故だ。何故いつもこの結末へたどり着く――
――もうやめなよ。これ以上記憶を維持したままだと、きみまで壊れちゃうよ――
――もう一度だ。今度こそ、違う未来を――
――ああルギア、許せ、許せ――