53 絶望の都
【見よ、罪はこれである】 ホウオウ
53 絶望の都 傷を治してもらったとは言え、完治にはまだほど遠い。足が思うように上がらない。どうしてもっとうまく走れないのか。血が不足しすぎている。一時の休息で取り戻した体力はすでに尽くされている。激しい運動に筋肉が熱を帯び、摩滅していきそうになる。網膜の奥が紫色に潰れていくのを振り切る。
ウバメのもりを抜け、34ばんどうろを縦断し、レッパクはアサギを目指す。こんな状態で急ぐとなると、どれほどの気力と時間を要するのか、それだけは考えたくない。猛烈にたぎる焦燥感を胸に、ひたすら地を蹴って北へ向かう、荒い息の隙間から苛立ちの唸りが漏れる。わずかな記憶を頼りに、憶えているだけの近道をしても、コガネにすら辿り着きそうにない。段差を飛び降り、草むらに飛び込み、縄張り意識全開のコラッタたちを凶悪な一目で追い払う、コラッタが草むらに逃げこむより先に追い越して同じく草むらに隠れる、走る。
今の自分が抱いている恐怖は、何かから逃げたくなる恐怖ではなく、何からも置いていかれる恐怖だ。
誰かに会いたくて仕方がなかった。
そんな思いが猛烈にあろうとも、立ち寄る意図は微塵にも無かった。しかし、地理的な理由や条件をふまえると、やはりそこを避けては通れなかった。
34ばんどうろなかばにあるその家は、俗に育て屋と称されている。1年前の主がいわく、コトネの祖父母がトレーナーたちの代わりとなって、手に余るポケモンたちの世話を格安の値段で請け負っているそうだ。
――んわぁっ、ケガしとるじゃないか! き、きみ! こっちへ来なさい!
まったくもって、祖父に罪はなかった。それは間違いない。
年老いた人間なんて、普段のレッパクならばあっという間に逃げきることが可能ではあった。が、今回ばかりは色々と状況が悪かった。たとえ無視して必死の逃避行を選んだとしても、50メートルもすればまず体力の果てたレッパクが先に倒れたはずだ。案の定あっけなく捕まってしまい、家の中へと引きずり込まれた。普段から作業着の祖父にとって、レッパクの汚れた体など関係なかった。伊達に丸腰で長年ポケモンたちの相手をやっていないだけに祖父の腕力は強烈にたくましく、華奢なレッパクは拒絶も虚しく片腕で持ち上げられる。自分が楽になれる体勢をこの祖父は体で熟知しているのか、レッパク自身への負担はほとんど無いに等しく、ゆさゆさと揺れる振動が悔しいくらいここち良かった。救急箱の用意を頼む祖父の慌て声と、祖母の騒がしい足音が、うっすらと遠のいてゆく。
後ろと前が逆になり、祖父の肩に担がれたレッパクは、外を見ながら必死で首を振る。後ろ足で祖父の胸を掻こうとするが、力が及ばず、無情に滑り落ちる。酸欠にあえぐ口が言葉よりも酸素を求めてパクパクと動く。口の中が粘っこく、喉がかすれ、声が出ない。うわ言が頭の中で繰り返される。
――アサギに行かせてくれ、頼む、頼むから、アサギに、アサギ……。
全身を柔ら く包 羽毛 、
途方も く 持ち良 て、レッ はど しても抵 がで ず、
そ 気 。
― † ―
Ha Tey Na Reye Mi Sye Na
Soo
Ha Tey Na Reye Sa Aa.
一体、どれだけの時間をそうしていたのか。
何かがおかしい。
喧騒が羽毛を越え、夢うつつのレッパクの耳にも届いてきた。なんとなく、ガス臭い。グレンゲとソニアがまた変な遊びでも閃いたのだと思う。レムが加わるかもしれないし、オボロは加わらないかもしれない。ドロップは分からない。リーグが目の前に迫っているというのに、まったく元気な奴らだと思う。疲労を打ち消す眠気の気持ち良さが果てしなく、あいにく自分はまだ起き上がれそうにない。
別になりたくてメンバーの中軸となったわけでもないのだが、主やみんなが信頼を寄せてくれているから今日まで頑張ってきた。自分がいなくとも、みんなはそれぞれ己の役割を自覚してくれると、レッパクは思う。自分が仕切らなくても、もういいのかもしれない。
だったら、休めるときは休むに限る。あと5分もすれば主が起こしに来てくれるだろうが、それまでもう少し、羽毛の触りごこちを味わっておきたい。
ふと気づく。
この羽毛の匂いは、自分の知らない羽毛のそれだ。
ふと考える。
リーグの道中に、身を休めるところなんてあっただろうか。
現実が頭の中に飛び込んできた。入れ替わりに眠気を追い出し、レッパクは起き上がろうとした。けれど体にしがみついてくる羽毛布団がうっとおしく、しばらくはその場でじれったくもがいていた。振り払うと同時にソファから転げ落ち、今まで自分が入っていたらしい麻の
籠が頭に引っかかった。
間抜けにかぶった籠の取っ手の隙間から、見た。
コトネの祖父と祖母が倒れている。モーモーミルクの瓶が床に落ちて砕け散り、冷蔵庫が開きっぱなしでブザーが鳴っている。沸騰しきって泡を吹いたヤカンがガスコンロの火をもみ消し、誰も栓を閉めようとはしない。トレーナーたちが預けていたらしい、ポケモンたちはただ無我夢中に呼びかけている。
異様な光景にしばし呆然とした後、レッパクは頭を振るって籠を壁まで振り飛ばし、外へ撤退した。祖父母の身に何があったのかを考えるよりも先にコガネへ向かうことにした。そんな自分を非道いと一片たりとも思わないし、アサギに急ぎたかったからでもない。
コガネに行って、確信を得たかったからだ。
それが思い過ごしであったほうが、どれだけ良かっただろう。その最悪の確信を否定する事実に出会いたい。道中、誰ひとりとして人間には出くわさずにコガネの町並みを丘の上から確認すると、いよいよレッパクは恐ろしくなる。やけくそな勢いで宙に身を投げ、落下中に演算。着地する直前で電磁場を張って衝撃をゼロにした。見上げると、高いビルが視界にのしかかってくる。
町の中に転がり込み、
そしてレッパクは、気が狂った。
「なん、だよ。これ――」
つぶやきは自然に漏れた。
人間たち、だけが、倒れている。死んだように壁や地面に身を預け、ぴくりとも動こうとはしない。ひとりやふたりといった数ではない。コガネにいる人間全員が、こうなっているに違いないという所感があった。怒るニドキングの大軍が潰走でもしたならば、建造物も人間もポケモンも分け隔て無く
鏖殺していったはずだ。
レッパクはよろめき、そばに倒れていた男性を見下ろす。憮然としてひとりごつ。
「なあ、なんだよ、なん――」
ポケモンたちが騒いでいる。主人とおぼしきトレーナーたちを起こそうと、狂奔する。レッパクはその惨状に一層乱心し、下を向き、石畳を割りそうな声量で叫んだ。
「なんだよこれはあああ――――――――――――――――ッ!!」
う……。
世にも情けない悲鳴が喉から溢れ出た。
今まで生きてきた中で一番びっくりした。冷静さを保とうとしていた気丈な一面が、今度こそ木っ端微塵に砕けた。ミカン同様、レッパクの名誉のためにも、どんな声だったかは具体的には伏せておく。
そばにいる男性には、まだ意識があった。否、死んだはずの人間たちはただ意識を深く失われただけのようで、かろうじて身動きがとれる者もいた。
「何が、何があったんだ!」
あ、あ……。
混濁した意識に向かって怒鳴りつけるのは無茶だったと思うが、それでもレッパクは声を張らずにはいられない。男性はぐってりとし、ふらふらとなっている。何かに対する恐怖に、表情を塗りつぶされている。肩が大げさなくらい震えていた。
その肩が少しずつ動き、苛立たしくなるほどの遅さで、空へ向けて指をさした。
そこでやっと、レッパクも頭上の存在に気づいた。
自分たちをすっぽりと覆う影。その高い建造物はコガネひゃっかてんと言い、一般のフレンドリィショップには売られていない珍しいものも取り揃えている。屋上にてドロップから一口貰ったミックスオレが、歯が溶けそうになるくらい甘く、もう飲みたくなくなった思い出がある。
Ha Tey Na Ruu Mie Fong Sa Yei
Ha Tey Na Re Sa...
堪忍袋の鎖が、完全に断ち切れた。
き、
きっ、
体に高熱が戻った。いきり立つあまりにめまいを覚える。力を根こそぎにして声へと変える。矢も楯もたまらなくなったレッパクは血眼の顔を上げ、屋上からこちらを見下ろすホウオウに向かって吼えた。
「きさまぁ――――――――――――――――ッ!!」
激動のウォークライ。怒りは電撃へと移り、霧散し、コガネの町中を駆け巡った。
ジョウト全土の人間をこうするつもりか。
普段の性格からは絶対にあり得なかっただろう、回らぬ呂律でそのようなことを口走った――気がする。芯まで完全に発狂したレッパクは、頭の中の、秩序だった「レッパク」の部分をも喪失していた。
ホウオウの体内に、人間のこころとおぼしき光が集まっている。人間の最後の輝きに等しい美しさは、ホウオウそのものの輝きと共鳴し、呼吸するかのようなリズムを刻んでいた。
返答の思念波。
「その通りだ。150年ぶりにルギアと話をして、ようやく分かった。初めから、やはりこうするべきだった。やはり、吾らとの共存の道は、初めから無かった。人間どものこころは、吾が預かる。時間も同時に奪った。肉体に影響はない。命までは盗らぬ。だが、こうすれば人間はろくな活動ができまい。150年、吾らの怨嗟の150年がどれほど永くつらいものであったか、その身で味わわせてやる」
「何が目的だ! こんなことをして、何になる!」
「人間に、敗北の歴史をもう一度刻ませる。そして、そこで終わらせる。人間の文明は吾らを置いて進みすぎた。150年前のように、もう一度ここで崩す! 吾らを縛る者から解放する!」
「そんなことしてどうなるかくらい、分かっているだろう! こんな、こんなの、死んだも同然だ! 生態系も、大地も、何もかもがぐちゃぐちゃになって、おれたちの文明までが止まってしまう! きさまが今やっているのは、ただのでたらめな暴挙だ!」
「では訊くがな! 吾らが人間と生き、結果、何が起こった! お前の信じる人間たちが機械を操り、再度吾らを苦しめようとしていた出来事を、忘れたとは言わせぬぞ! 異なる者同士が共存するなど、やはり不可能だった! 足並みを揃え、平行した生き方はもう終わりだ。今度は吾らが頂きに立つ番だ!」
「それは昔の話だ! いつまでも過去にとらわれて生きるだけが全てじゃない! 150年間、距離を置いて再び見てきたんだろう!」
主やみんなと一緒に、150年前を生きたかった。
本心から、そう思う。
人間の暴走を止めるためではない。こんなちっぽけな身を挺しても、人間は根本を覆さないとは承知している。ホウオウの時代を体感し、50000日以上の隔たりを越えたかったからだ。チョウジの地下アジトでも、シロガネやまでも、そうだった。誰よりも先駆けできた能力を持ちながら、肝心な場面で一歩遅れて何もかもを台無しにする自分に、レッパクはどうしても我慢がならない。
本気を露わにしているホウオウの表情から、歴史の真実を疑うことはできない。ホウオウをここまで追いつめたかつての人間たちとは、どれほど器の知れる存在だったのか。裏切るのならば裏切れ。友を傷つけるのであれば傷つけろ。そうして自分もホウオウと同じように人間の醜悪さを思い知ってから、それでも説得したかった。
どんな文明の時代にあろうとも、自分を嘘偽りで固めることなく、自分の足で歩き、人間たちと共に生き、人間たちと共に死ねるのであれば本望だった。
「おれは、おれたちは、人間と一緒がいいんだ! 同じことを繰り返す人間が信じられないのなら、ルギアの言葉を思い出せ! ルギアは過ちを認める人間が現れるのを待っていた! お前にもできたはずだ!」
150年前を知らない自分だからこそ、言えることだった。
言葉だけでは収まりきらない。怒りと哀れみは混ぜ合わさって闘志となり、体内で震撼した。レッパクは無理を承知で電撃を放ち、ミサイルばりも撃った。コガネひゃっかてんの屋上、落下防止の金網から飛び立つホウオウは太陽を背にし、逆光を味方につける。
それだけで、一撃が見えなくなった。狙いはどうやら自分ではなく隣でおののく男性だったようで、その悲鳴にレッパクは脊髄反射した。男性をかばうつもりで突き飛ばし、火球を横から受け、体と意識を吹き飛ばされた。
― † ―
嫌なことも、大事なことも、それ以外のことも、全部時間の向こうへしまい込んで、ひょっとしたら、それすらも忘れてしまって。
忘れられたくないし、繰り返されたくない。ホウオウは、何よりもそれらを恐れていたはずだった。
だから、何事もなかったかのようにポケモンと接し、今をのうのうと生きる150年後の人間にも、とうとう愛想を尽かしたのだろう。
人間は、この期に及んでも、今日の次には明日が来ることを信じてやまなかったのだ。
ホウオウによる、ルギアのための報復。それはもはや、自分のための報復にすり替わっていた。
コガネと同じ光景が、そこにあった。
――くそっ……ゴールドの……やろう……これを、耐えたってのかよ……。オレは、まだ……あいつに、勝てねえってのか……。
――う、みん、な……。
ホウオウの暴走はもう止まらない。コガネにてレッパクを退けた後、盲目的に空を駆け、ジョウト地方の町を片端から絶望に染め上げている。ブラックもミカンも、トレーナーもジョーイたちも、アサギのポケモンセンターで倒れ伏している。意識はかろうじてあったが、あとどれほどもつか。
触るに触れず、ソニアは腕を振り回して音を立てる。
「そんな、そんな! みんな、しっかりしてよ、置いてかないでよー!」
「先輩、先輩!」
「電力低下! このままでは持ちません! 装置が止まってしまいます!」
人手の足りなさから、ラッキーが叫ぶ。見れば分かる。RIVAたちも疲れ始めている。ストレッチャーの上で倒れ伏すオボロ。周囲を埋め尽くす機材。まるで機械音痴のソニアだったが、落ち着かないメーターの動きでオボロの死を悟った。
引き金となったルギアへ怒鳴りつけてやろうにも、ぎんいろのはねは先程からずっと輝きが失われている。
誰か助けてほしい。
誰でもいいから。5秒以内、いや10秒以内に来てくれたら、自分は一生いいこにしているから。いたずらなんか金輪際やらないから。どんなに高いところでもよじ登ってみせるから。だから、
5秒がたち、10秒がたつ。
ソニアは走った。その場から弾かれるように逃げ出し、出口を求めてがむしゃらに駆けた。オボロの死を直面できなかったわけでもないし、何か突破口を閃いたわけでもない。とにかく体を動かし、外へ抜け出し、正気を保ちたかった。
死ぬほど後悔した。
致命傷になりかねない光景が視界に飛び込んできて、ソニアはけつまずき、あっさりバランスを崩し、地べたに這いつくばった。
傷ひとつとない綺麗な死体に見えて、逆説的な美しさを覚えてしまった。
周囲にも、こころを奪われて倒れている人間が大勢といる。10人、もしくは100人。あるいは1000人。ひょっとしたら、それ以上。最低な想像がジョウト地方へと飛躍する。その数を計算し始めたとき、恐らく自分も発狂して死ぬと思う。待ってほしい。置いていかないでほしい。我慢の糸がふっつりと切れる。情けなくて悔しくて、どうしようもなくて、顔がぐしゃぐしゃに歪む。無力さのあまり、胸の中で悲鳴がつっかえる。
誰か、
誰か、
ソニアは顔を上げ、空に向かって誓願した。
「誰か助けてえええ――――――――――――――――っ!!」
砂利の音。
人間の足。
「ソニアァッ!」
懐かしい声。
― † ―
「ん、」
冥い。
鮮明なるデジャヴ。何かの気配を、肌で感じた。意識をかすかに浮上させたレッパクは、無意識との境目を何度も往復する。ござとタオルケットの間でもがき、全身へ噛みつく苦痛に一発で目を覚ました。
――やっと起きましたか。
人の声。
見覚えのある顔。見覚えのない場所。
上向きに飛び跳ねた希望は、斜め上へ曲がった。
自分の隣に座る人間は、アポロだった。格好こそ大きく変貌したものの、鋭い目付きと髪型からレッパクは思い出した。
願わくば、夢でありたかった。
何もかも忘れてしまいたかった。
訊きたいことは山ほどあった。
まず、
「ここは?」
石畳の冷たさが、体にしみる。天井がやや低く、電灯が力なく点滅し、路面に中途半端な闇をよどませるそこは、死すら失った残虐非道の囚人を封じ込める迷宮に思えた。悪いことをしでかした者たちが墜とされる、狭っ苦しい地獄のようだった。
――コガネの地下通路ですよ。
訊きたいことは山ほどあった。
次に、
「よりによって、お前たちが無事とはな」
自分でも意外な嫌みをこぼした。
――どうやらここにも人間がいるだなんてさすがに神様も思っていなかったようで。まあ、とりあえずこれでもいかがですか。
レッパクは何かを言いかけようとしたが、口元にすっと近づけられた土臭いねっこにそれを阻まれた。
一体どういう風の吹き回しか、と顔に出ていたらしい。見上げようとしたら、アポロが先回りをしてきた。
――毒は入っていませんよ。
それがちからのねっこだということは、レッパクでも分かった。毒殺するのではと一瞬でも思った自分を恥じらったが、それでもレッパクは最後の部分でこころを許すことができない。においを少しかいだあと、前歯を突き立ててひとかじりする。奥歯ですり潰そうとした瞬間、苦味によって味蕾が不満げにうずいた。唾液とねっこの味が口の中いっぱいにまみれ、再び気が遠くなった。
この世のものとは思えない、壮絶的なまずさ。喉がぐるんとして、飲み下す勇気があっけなく潰えた。
――どうですか。
咀嚼しきれないねっこを口元にたくわえたまま、恨みがましい顔でレッパクは一言、
「苦い」
少なからずアポロにも同意するところがあったようで、微笑を揺らめかせた。
――そうでしょうね。お陰で相変わらず嫌われる毎日ですよ。不思議とトレーナーたちには人気で繁盛していたものなのですが。
目が闇に慣れてきた。浮かび上がる輪郭に意識を凝らし、改めて周りを見る。散髪屋。写真屋。雑貨屋。アポロと共に、ロケット団の残党がそれぞれに手に職をつけて、自分たちなりの真っ当な道を探し始めたようだ。
訊きたいことは山ほどあった。
場所と首尾を知った今、最後に気になることがあった。が、それはなんとか飲み込んだねっこと共に再び喉奥へと引っ込んでしまった。疲労と苦味で頭がもやもやし、なかなか思い出せない。
とりあえず、
「あれからは、ずっとここにいるのか」
アポロは適当に言葉を濁しつつ、
――まあ。日陰者は日陰者らしく生きていくのが一番だと思いましてね。地上はひどいことになっていますよ。ポケモンセンターもろくに動かない。
そこでようやっと、レッパクは思い出す。
最後に、
「なあ、お前の部下に、スリーパーを連れているやつがいただろ」
――ええ。
よし。
レッパクは起き上がり、アポロと正対し、再び腰をおろす。無愛想から丁重へと豹変した態度、獲物を手にかけようとする真剣な表情。アポロももぞりと腰をずらし、丸めていた背筋を整えた。
プライドを捨て、レッパクは思いっきり頭を下げた。
それは、人間で言う土下座よりも、誠意とひたむきさのこもった嘆願だった。
「頼む、おれをアサギへ――いや、何人かと一緒に来てくれないか」
後頭部よりも、むしろ左耳の羽根に視線を感じる。
――向こうも恐らく、ホウオウの手に
「分かっている。だけど、行かなくちゃならないんだ。みんなが待っているはずなんだ。おれよりも酷い目に遭ったやつがいる。人手が欲しい。力を貸してほしい」
嫌だっつったら、この場でお前を人質にとる。
一刻を争うため、レッパクはそこまで言葉の準備をした。
が、返事は意外に早かった。
――分かりました。
アポロが小声で名を呼びつけたしばらく後、霧のように漂う闇の中、物質的な闇が複数体と現れた。そっちも久しぶりの顔だった。アポロがそいつからボールを受け取り、スリーパーをその場に出す。電波の装置が止まったお陰か、体調はずっとましになったように見える。
機械に強そうな者、とレッパクが条件を付け加え、アポロがそれに応じて数名を登用する。
スリーパーがテレポートの印を結び、レッパクとアポロ、選ばれた数人のロケット団たちの体に光を灯した。暗いコガネの地下が、騒がしいほどにまぶしくなる。柔らかくてあたたかみのある明かりが、レッパクの険しい表情を和らげた。
――おい、
最後に、ずっと黙っていたはずのそいつが、レッパクに向かって口を開いた。
――気をつけてな。