00 過去の剣、未来の牙
Xee Lo He Che He La.
Lwo Wer Shi Hi Ha.
例えばそこに、一人の少年と一匹のサンダースがいたとする。
Xee Lo He Ru U Wa.
Shi E Nie Na...
始まりはさておこう。そのサンダースはお世辞にもあまり強いとは言えなかった。
Ha Tey Na Reye Mi Sye Na
Soo
Ha Tey Na Rey Sa Aa.
どこにでもよくある話である。
齢は五。生は若葉。護は雷。脚に長じ、その脚を捉える
地には格が落ちる。そういった感じに、特に目立つ欠点も抜きん出たところもなく、種族としての特徴をそつなく活かせられるところが、唯一の長所といったところか。性格は熱せず冷ませず。少年のかたわらに控えることを選んだ最初の一匹であり、それなりに一目も二目も置かれている大層な存在だ。
Ha Tey Na Ruu Mie Fong Sa Yei
Ha Tey Na Re Saa.
そして少年は諦めなかった。
半ば引っ張られるような形ではあったが、サンダースも諦めなかった。
自分の足で道を進んだ。
Ha Tey Na Reye Mi Sye Na
Soo
Ha Tey Na Rey Sa Aa.
仲間を集めた。戦った。地方を歩きまわり、持ちうる限りの才能を開花させた。
Ha Tey Na Ruu Mie Fong Sa Yei
Ha Tey Na Re Sa...
駆ける。
追う。
見届ける。
Hu U E He Ha Di Swo Saa...
鳴らす。
託す。
願う。
So Ra Nwo Nee E He Wa.
飾る。
舞う。
色付く。
Huu... U... E He Ha Di Swo Saa...
遠く遠くの、暗いどこかで、誰かが泣いている。
Mie Nar Sti Dah
誰もそれに、気づかない。
Ee Roo Lha...
― † ―
「ああっ、かえし、返してください! 先輩、せんぱーい!」
つい最近加入したムウマが弾けたように慌てふためき、何はともあれ重鎮のサンダースを呼んだ。声色からして厄介ごとの類に巻き込まれたのは間違いないとみたサンダースは、無表情ながらも早歩きでそばに寄る。
「石、マスターのおばあさんから貰った石、盗られちゃいました!」
涙目で訴えるムウマの向こうの空、ヤミカラスが悠々と闇色の石をくわえてとんずらしている。先日、主の祖母から貰って、胸元に飾っていたお気に入りのものだ。人間ならこういった場面で肩をすくめるのだろう、とサンダースは思う。左耳に飾ってあるにじいろのはねが風に吹かれて照り映える。えんえんと悔し涙をあげるムウマの隣、マラカッチが両腕を振り回してヤミカラスを野次っている。
「ぼくが行こうか」
色違いのフライゴンも、サンダースに並んでぼんやりと空を見上げる。言葉とは裏腹に、語調には面倒くさそうな息遣いが含まれていた。
「いや、いい。あれくらいなら届くだろう」
めそめそしているムウマをちらりと見て、
「耳鳴りに気をつけろ」
射程範囲外へは逃がさない。少し集中して距離と角度を計算したあと、静かに呼吸。大音量の声を張り出した。次いで、電撃を放った。最後に、前方へ滑り込むように走った。ヤミカラスは背後から突然迫ってきた鋭い声に動きを縛られ、骨を揺るがすようなショックにしこたま驚き、うっかり石を口から放す。石の落下よりも数段速いスピードでサンダースは駆け出す。それでも、恐らく間に合わない。あらかじめ助走をつけつつ迎撃すべきだったが、もう遅い。仕方ない。
落下の先には、池。
仲間のラプラスに頼るほどでもないだろうと思った。
石が着水した数秒を置いて、サンダースも躊躇なく池の中へ飛び込んだ。
世界が暗転する。水中は空気よりも重い拘束力があり、足の力が上手く働かない。水の冷たさが体毛をすり抜け、筋肉の隙間へと染みこんでいく。呼吸の大半は直前のダッシュで消費していたため、もう長くはもたないだろう。まとわりつく白い気泡を振り払い、浮力に負けない程度に泳ぎ、石を追って深みへ沈んでいく。薄暗い水底を、目だけ動かして物色する。
確認。
つかんだ。
何事かと驚いているウパーに対して苦笑の目で謝りつつ、全身の力をほぐし、鼻の向きを変えて光の先を目指す。
水面へ顔を出したときには、すでにムウマとフライゴン、そして主が駆けつけていた。口に止められた石を見て首尾を察し、みんな安堵の表情を浮かべた。
「ほら、もう盗られるなよ」
陸へ上がって差し渡すと、先ほどまでの泣きっ面はどこへやら、ムウマは嬉々としてお礼を言い、主に再び首へ通してもらっていた。
サンダースは身震いして水分を弾き飛ばし、残りは帯電して蒸発させる。その時にふと目に入ったシロガネやまをそのまま注視した。寒色に彩られた山塊の尾根をなだらかにくだるとセキエイの高原へと続き、脇にはリーグの城塞が築き上げられていた。白く燃え上がるような雲を中腹に蓄え、挑戦者の来訪と古今の熱闘をたたえてきたそれはまさしく、空中に浮かぶ名城そのものだった。
「なんだかんだ言ってよ、ここまで来られるもんなんだよなあ」
サンダースの見つめる先を、片割れのバクフーンが追ってつぶやいた。どこか狂言回しめいた物言いだが、ここまで辿りつけることを誰よりも楽しみにしていたはずだ。
あそこを目指そう、と主は指をさした。
自分はそれに賛同した。
みんなも賛同した。
自分たちの力がどこまで通用するのか、またそれを知ってどうするのか。そこまでは考えつくしていないが、一度選んだ道である。そんな高望みくらいしても、きっと罰は当たらないだろう。ワカバの町で安居し、戦いの日々に身を投じず、平平凡凡の言葉を座右の銘としていた自分は、ジョウトを旅することで色々なものを得た。以前の自分であれば恐らく電撃はあそこまで届かなかっただろうし、これほどまでに素早く走ることもできなかっただろう。何も考えずにがむしゃらに走って、全身で飛び込んで、その先にあるものが気持ちいいと思える瞬間は、間違いなくあった。
人間が夢を持つように、自分たちも夢を持ちたい。
その最たるものが、これなのだ。
主だけが叶えたいからついていくのではなく、自分たちも叶えたいからついていく。望ましい未来と、輝かしい栄光。目的は自分たちを全力で動かしてくれる。才能が及ばないというのならば、密度の濃い経験で補う。英気も熱意も、今や全員が十二分のはずだ。道中の時間に制限はない。あそこを目指しながら丁寧に調整すれば、古株である自分と若輩であるムウマにも差が縮まり、安定した戦力と定石を
その瞬間まで、背後に気付かなかった。
「よお、小僧」
一回目、だった。
第零章 最初の十字架
00 過去の
剣、未来の牙