40 名を冠する者たち
【きっとあるはずなんです。こうしてわたしがここにいるという意味が。それが知りたい、です】 レム
40 名を冠する者たち エンジュとチョウジの間にスリバチやまがあるのと同じように、ワカバと27ばんどうろのばあさん宅の間には、トージョウのたきという渓谷がある。ジョウト一の険しさと名高いシロガネやまからの雪も混ざり、なだらかな台地を経由し、位置エネルギーの塊を絶えず落とす。そばを通りかかれば三日は耳鳴りが治まりそうにない轟音で歓迎されるが、ばあさんの家付近にまで逃げ込めば、穏やかなせせらぎとなる。
そう。
滝といやあ、水である。
「先輩。泳げない、ですか?」
新顔ムウマ――レムの何気ないこの一言で、レッパクは完璧に立つ瀬を失う。
かつてサボテンポケモンのソニアさんが体を張ったように、かみなりポケモンであるレッパクくんの特訓大作戦が、勃発しようとしていた。企画は当然、レッパクを除く全員。担当講師はドロップ。
「――ううん、では私の背中に乗るところから始めますか」
悪魔の意地悪め、とレッパクは思う。そこにいるのなら今すぐ出てこい。電撃のフルコースを味わわせてやる。
四天王たちが水の攻撃を使う確信がどこにあるのか、と叫びたい。
しかしゴールドを筆頭とする他全員は、血も涙もない一蹴をする。
――せっかくだし、ここで練習しておけ。やられてからじゃあ遅いんだから。な?
「漢見せろよ」
「情けない奴」
「がんばれー」
ばあさんの家のそば、それはそれは申し訳程度の湖にドロップが浸かっている。岸に身を近づけ、レッパクの搭乗をまだかまだかとせかす。
一体、これだけで何分かけていることやら。
それでも、レッパクの表情と動きはなお石の硬さを誇る。じれったさの濃い視線を背後から一身に受け、生まれたてのシキジカのように前足を差し出す。水分をもらって少しぬめり気を得た水色の肌。1秒と触っていたくないが、それ以上に次の足を出す勇気が起こせない。下手なことをした次の瞬間には滑って顔面から突っ込みそうな予感をしてしまう。
「ドロップー。いっそのことさー、その状態から始めちゃえばー?」
ソニアののんきな提案が、死刑宣告に聞こえた。右前足で体重を預けたこの体勢でドロップが岸から離れてしまえば、自分はどうなってしまうのか。
火の中に飛び込む決死の覚悟で甲羅にのぼった。
「っ!? う、お、おおおい、揺れ、揺れてる揺れてる」
「そりゃ揺れますよ。水の上ですもの。私と初めて会ったときもこうだったでしょう?」
「言うなっ!」
「これ卒業したら自分で水に入るんですよ」
「言うなっつってんだろ!!」
もう、見ていられなかった。
ゴールドは含み笑いをし、ソニアもくすくすと笑っている。グレンゲは「まじめにやらないと校長先生は卒業証書あげられませんよ」と変なヤジを飛ばし、オボロは「メダカの学校からやり直したら?」とあきれ返ってそっぽを向いてる。
「行きますね」「だめだ」「しゅっぱーつ」「わあああやめろばか動くな!」「だって動かないと練習になりませんし、降りられると困るので」「こころの準備ってものがだな、」「今してください」「してる最中だから止まれ!」「この流れで止まるともっと揺れますよ」「減速しろ減速!」「風が気持ちいいですね」「ごまかすな!」「月が綺麗ですね」「まだ昼過ぎだろ! しかも何をさらっと告白してるんだ!」「なんで知っているんですか」「こっちの台詞だ!」「まあ嘘なんですけど」「分かってるよ!」「ひどい」「お前だ!」
精神の糸がこんがらがり、例のなきごえが喉からほとばしる一歩寸前まで陥っている。全身が雷に変異して四方へ弾けそうなほどだった。
ドロップに限らず、誰だってレッパクのことがもちろん好きだし、レッパクも同じだ。しかし状況が状況だ。しなくてもいい覚悟までしている修羅場で愛を囁かれてもレッパクはちっとも嬉しくない。からかわれているだけだとしか思えない。
ここから先はだいたい同じ罵声の繰り返しなので、描写するだけ無駄である。ゴールド側へと戻ろう。
――相変わらずかい、あの子は。
ばあさんが大人のゲンコツレベルの握り飯をこしらえてきた。
――あればっかしは俺でもどうにもできん。
ゴールドがひとつを拝借し、大口で食らう。海苔が巻かれたばかりだったので、ぱりぱりとちぎれていく。
湖の遠く、何をトチ狂ったのか、サンダースがラプラスに向かって物議をかもし、利き足の存在について語っている。いいか『時計返』もおれの利き足の都合上そっちを選ぶことが多いだけで単なる癖だへえそうなんですかその気になれば逆方向も使えるお前のヒレだって動き始めの癖みたいなのないのか確かにあるかもしれませんけど今それ関係なくないですかしょうがないだろ何かしゃべってなければ死ぬそんな大げさな
握り飯をもうひと齧り、
――思うんだけどさ、「好き嫌いはいけません」って言い草は矛盾してると思う。
――どうして?
――「いけません」っていうたしなめがすでに、好き嫌いに部類している気がして。個人の自由じゃん、そんなの。個性とわがままの線引きが面倒だ。
――そりゃあんた。屁理屈ってものだよ。ないに越したことはないでしょ?
――かもしれないけど。
ごっくん。
グレンゲもおにぎりを焼きおにぎりに進化させ、くっくっくっと体を震わせながら失礼にも指をさして、
「レム、よく見てろ。あれが大将の『右腕』だ。おっかしいだろ? いつもはすました顔で通しているくせにな。水難に遭ってから、水に関することはあのざまなんだぜ」
ほえええ、とレムは笑っていいのか心配していいのか分からない顔をしている。
「ま、苦手なものを克服するってのは結構なこった。温かく見守ってやろうぜ」
「だねー。グレンゲも針が苦手なんだしねー。ドロップは暗いところがだめみたいだし」
「かく言うお前さんも高所恐怖症じゃねえか」
そこでソニアはえへんと威張り、
「あたしは慣れるように練習したもん」
「んで、その成果は?」
「それはー。訊かない、で」
「ほれ見たことか」
レムはちょっと考え、
「オボロ先輩もあるんですか?」
「んー。あるんじゃねえの? 俺たちみたいに案外どうでもいいことで癇癪起こしたりしてな」
「あり得るねー。狭いところが嫌いだとか、ボタンの穴が無理だとか」
「――陰口なら聞こえないところでやってよ」
「マスターは? マスターも、ですか?」
レムの言うマスターとはもちろんゴールドのことだ。
「……あー。すまん、そいつはいくらなんでも俺の口からは言えねえや。そっとしといてやってくれ」
「――? はい」
――あ、そうだ。レム、ちょっとこっちいらっしゃい。
「はあい?」
ばあさんに招かれ、レムは縁側から家の中へと誘われていく。土を掘り返していたら発見したような貫禄を誇る古ぼけた柱時計。褪せて黄ばみを得た畳。ヤニと線香の匂いが染み込んだ壁紙。幾何学模様のタペストリー。シロガネやまを離れてきたその日から、レムはばあさんの家が大好きになっていた。
山の雪が溶けなければ。
あんなことになれなければ。
自分は今もあの山中の寒い空気にさらされ、「人間」を知らないまま、いつものようにふわふわとただよって味気ない日々を送っていただろう。
だからあれは、サギとカラスのような逆説的因果だった。
――レム? どうしたの?
「――あ、いえっ、なんでもない、ですっ」
慌てていつもの笑顔を作る。
齢が壱かそこらの子供ムウマに、あの出来事は残酷なほど重すぎた。見なかったことにしてしまうほうがよっぽど楽だったろう。
――これこれ。
博物館に展示していてもおかしくない古めかしさを誇る引き出しから、場違いなほど綺麗な首飾りを取り出した。レムはその神秘的な光に、一撃で心酔した。
――ずっと昔、何かの大会の景品でもらったんだけどね。使い道がなくてしまいこんでいたことをすっかり忘れていたよ。まだくすんじゃいないね、うん。
息を吹き付け、着物の
袂で磨くと、闇色の宝石はますますきらめきを取り戻していく。もともとレムの首にあった紅い
玉の飾りとはかさばらないよう長さを調整し、ばあさんは腕を回して丁寧にとりつけた。
闇色の宝石を中央に下げるその首飾りは、まるで最初からあったようにレムの首へぴったりと吸いついた。
――持っておゆき。いつか使うときが来るかもしれないからね。
「わああっ、ありがとうございます!」
レムは
欣喜雀躍し、嬉しさで爆発寸前だった。アクセサリーひとつでオトナに近づけた気がして、今すぐ誰かに見てもらいたくて、一目散に家を飛び出した。藍色の彗星となり、まずオボロに激突していた。
― † ―
「なんていうか。この世の終わりみたいな顔になっています」
「……まさにおれ自身終わりそうだったぞ……」
三日分の英気を使い尽くし、なんともまあグロッキーな顔でレッパクはへばっている。ドロップの背中に乗り始めてまだ30分だというのに、これはもうもはやカウンセリングから始めたほうがいいほどの拒絶反応っぷりだ。走りこみで20キロメートルに体力を捧げるほうが、今のレッパクにとってはずっと易しい。
巨大な山の近くという気候のせいか、天気はニャースの目のように変わった。バケツを木っ端微塵にしてやったというくらいのどしゃ降りで、特訓はやむ得ず中断。ドロップとしては別にそれでもよく、湖の増水はむしろいい環境になるのではと思ったが、そんな度胸をレッパクに期待するだけ無駄というものだった。おまけに風まで激しい。嵐の吹き荒れる音が家を包囲し、不安気に壁にこすれている。
やつれた口で、レッパクはぽつりと、
「また来るぞ」
きゃーまたくるってー、とソニアは怖いのか怖くないのか適当なリアクション。
雲が懐に
雷霆を秘める。レッパクがつぶやいたしばらく後、大地を砕くような爆音が部屋中に響いた。万物の輪郭を蒸発させるほどの鋭い雷光が全員の瞳孔へ刺し込み、不安な色の影を縁取る。ばあさんから貰ったらしいレムの首飾りだけが光を照り返し、奇妙な形の華となった。
「お前さんが呼んだんじゃねえのこれ。さぼりたくて」
グレンゲの嫌味につっかかる気力もなく、
「おれでもこんな規模の雷曇は無理だ。熱と空気の条件を揃えなければ作れない」
ともあれ、悪辣な天候はありがたかった。終わりの見えそうにないあの修行から一歩でも遠ざかれるのであれば、たつまきでもりゅうせいぐんでもなんでも来いと、脱走を企てる一等兵の気分を満喫していた。
びしゃびしゃと洗われていく窓を見つめながら、ゴールドがふと、
――俺、こういうの好きかも。
「なんでー?」
人差し指でこめかみをぽりぽりしながら、
――なんて言えばいいかな。こう、「外はこんなにヤバいことになってるけど、自分たちは安全だー! バリアー!」って感じがして。安心からくる高揚感ってやつ。
― † ―
悪魔はやっぱり意地悪だった。
そのまた30分後には雲がそそくさと退散し、先ほど以上にからからの快晴となった。コマーシャルに使うなら、
開けた傘を上へ放り投げる演出がもっともよく似合う。
豪雨の全部がツケとなってレッパクに返ってきた。先ほどよりも1.5倍は膨らんだんじゃないかと問い詰めたくなる水位。ここがさっきと同じ湖だなんて認めたくなかった。
「私が先導しますから、ゆっくりでいいです、入ってきてください」
こいつはラプラスの姿をした鬼か――そこまで考えた。ツノも生えてる。肌も青い。
生まれて初めて雪に触る子供のように、レッパクは右前足から水面へおろす。硫酸に突っ込んでしまった風に体が痺れ、楽しくない刺激が巡る。それに反応して臨戦心理に手を出しかけた。電流をまぶし、あらゆる恐怖を一旦切ってしまおうかと思う。しかしそれではなんの進歩にもならないことは重々承知だった。
レッパクの魂胆を見抜いたのか、ドロップが釘を刺してきた。
「――電気流さないでくださいね」
つっ。
わざと聞こえるくらいの舌打ち。
「ぐずぐずしているとソニアが『やる』かもしれませんよ?」
それはなんとしても避けなければ。物理的な意味でも。
後ろは依然としていつもの応援団。
――あ、ととのいました。と挙手するはゴールド。
「はいゴールドくん」と乗るはグレンゲ。
――グレンゲの性格とかけまして、蜃気楼とときます。と返すゴールド。
「そのこころは」と続けるオボロ。
――向こう水です。と締めるゴールド。
「レムー、リーダーに座布団いちまーい」ソニア。
「はいはーいっ!」
まじで持ってきやがった。
「――みなさんなりのエールなんでしょう」
「おれで遊んでるだけだろあれ」
「ならばなおさら、笑われないためにも続けますよ」
うぐぐぐぐぐぐぐぐ。
迷いに迷いつつも、左前足も水に入れる。白いたてがみの先っぽがかすかに濡れた。とんでもない圧迫感がすぐそこまで来ている。もう喉が苦しい。
笑われたくなかった。
プライドはそれにすがった。
大丈夫だ、このまま慎重に入っていけばいい。レッパクは呪文のように何度も自分にそう言い聞かせ、次は後ろ足を
真っ白な直感。
説明しがたい不快感が脳天に走り、ほぼ無呼吸で臨戦心理を暴発させた。レッパクは残像をわずかに作る速度で水から身を引き、一度地面を蹴る、体操選手も顔色を失う大きなバック転。着地したその場でコマのような旋転。電圧で瞬時に乾燥。四肢に力を託し、いつでもどこへでも跳びかかれる準備を作った。首を素早く振って左右を見渡す。
「なんだそりゃあ! 進水式でもおっ始める気かあ!?」
むちゃくちゃ下品な笑いが飛んできた。
ドスのある声色に、ドロップとゴールドたちは、完全に固まった。
あいつだけじゃない。
めまいを起こしそうな悪夢のスリーカード。
紫電のライコウ、青嵐のスイクン、赤熱のエンテイが台地の上から見下ろしていた。
絶望を3倍するよりもあくどい、3乗した光景だった。
「いやはや、おっもしれえもん見せてもらったぜ。わざわざ来てやった甲斐があるってもんだ」
「やはりきさまか!」
痛恨の鉢合わせだった。寄りによってこんなヤツに、無様なところを見られていたとは。
最初に飛び降りたライコウはずけずけと主に近づき、
「元気そうだなガキんちょ」
――ガキはよさないか。
「オレ様たちに比べりゃずっとガキさね」
「それ以上主に近づくなあっ!!」
レッパクはたまらず怒鳴り、ゴールドをかばうようにライコウの前へ出たが、いかんせん体格差がありすぎた。
ライコウはいつものごとく虫けらを見下すような目で、
「そう構えんな。何もここでドンパチやろうってわけじゃねえ」
「ふざけるな。誰がお前の言うことなんか――」
「待ってレッパク」
更にオボロがレッパクとライコウの間に割って入った。
憎悪の矛先を目の前のオボロに差し替える。
「どうかしてるぞお前。背中見せる方向が間違ってる。死にたいのか」
「おかしいのはレッパクだ。まだ何もやってないのに一方的に噛みついているのはそっちだよ」
オボロの冷静さが神経に障った。
何も知らないからそんなことが言えるんだ、と思った。
思うだけで、言えなかった。
言うより数瞬先に、レッパクは気づいた。
物々しい顔で見返してくるオボロの体が、小刻みに震えていた。
地を護とするはずのこいつが、ライコウに恐怖を覚えている。
――負ける喧嘩を買うたわけがいるか。
細く広がるオボロの両腕が、そう告げていた。
「レムが怖がってる。とにかく落ち着くんだ」
その場にいる全員のまなざしを痛く感じた。
声を荒らげているのはレッパクだけだった。
燃え立つ感情を、孤立感が寂しくなだめた。
どうして――
どうして、こんなにもライコウに敵対心をあらわにしてしまうのか、レッパクは自分でも理解できない。あれこれと探ってみるものの、どれもパズルのピースを強引に詰めた感じで、的確な答えと成さない。
「――分かったよ」
忌々しげに顔を下げ、2、3歩としりぞいた。
すぐさまオボロもこちら側へ戻り、いつでも主をひったくって空へ逃げられるよう待機した。
本当はごめんと言いたかったが、それだとあいつに謝っている気がして癪だったのでやめた。
ひとかけら残っていた理性は、これが一番ましな選択だと言ってくる。
水を怖がるよりもまず、こいつらを災いの対象とみなすべきだった。
オボロの命がけの度胸がなかったら、自分は今度こそ死の一歩を踏み出し、殺戮の戦線へと身を赴いてしまったはずである。仲間に抑えこまれたからという言い訳を盾にしていれば、無力で無謀な己をまだ仮定法の話で済ませられる。
何もかもが嫌になりそうだった。
ここぞというときに平静さを保てない自分がみじめだった。
なははは、とライコウは汚く笑い、
「話の分かる奴もいるじゃねえか。まあ、そういうことだ。ちょっくら邪魔するぜえ」
ライコウとスイクンとエンテイはそれぞれの場所を確保し、恭しく座り込んだ。周囲は寒くも暑くもなかった。
「どーするのリーダー?」
ソニアとレムが、不安気に背中をゴールドへ押し付けた。
――言う通り、あいつら、戦うつもりはないらしい。
のどを鳴らす音。
――今日のところ、は。
気まずい雰囲気の漂う場面だった。
顔を見せてから早々に寝っこけるスイクンに、ドロップは特攻隊の腹構えで近寄った。
「あのぅ」
スイクンは答えない。目も開けない。
「もしかして、ですが。さっきの雨と風と雷、あなたたちの仕業ですか?」
後ろから生えているリボンがしゅるんとしなり、
「そ」
その点グレンゲは立派である。一戦交えてつかんだものがあるのか、エンテイとの本質的な距離は意外なほど狭まっていた。戦う気がないと断った以上、その言葉を守る奴だと信じた。
「で? 雁首揃えてここに来たってこたあ、なんか用があるんだろ」
「むう。ぬしたちの
標をな」
「標って――俺たちの行くところは、」
「ちげえんだよ」
ライコウが口を挟んだ。
「そこはてめえらの行くところじゃねえ」
いまだ警戒心ぎらぎらのレッパクに蔑視をくれ、
「座れよ」
「だ、だれが、」
「いいから座れ。別に取って食いやしねえよ」
どう転んでも負けない自信があるのか、ライコウの格好は不用心そのもの。10秒近く、レッパクは風穴を開けるくらいライコウの眉間を睨みつけていたが、根負けしてそばへ寄り、乱暴に座った。まったく気に入らん、という面で鼻からため息。
姿も大きさもまるで違うが、2匹は親子みたいだった。
雷の存在を描いた一枚絵としてもとらえられそうだった。
「――なんだ、散々おちょくってきたけどよ、これでもてめえらを買ってるんだ」
「は?」
どういう風の吹き回しだ――と口にしかけたとき、ライコウは先回りして、
「要領わりいな。言葉の通りさね。ま、これまでがそうだったように、こっから先もてめえら次第だ。が、くれぐれもオレ様を幻滅させんなよ?」
さもなくば、という続きをされる気がした。
初めて対峙したときのようにライコウがにやりとし、周囲の空気がぬるく漂ったからだ。
何を偉そうに、と思う。
持って回った言い方が、こころのささくれを深いものにした。伝えたい思いは海のように深く、返したい悪態は山ほどある。自分たちの生き方を評する権利が、お前たちのどこにある。幻滅されるような憶えなどない。
いつまでこいつらはここにいるつもりなのだろう。水に浸かりたくないのと同様、これ以上こいつのそばにいるとあらぬ暴挙まで働いてしまいそうになる。ひずみがかった臨戦心理がもどかしさを訴え、レッパクはいらただしげに、
「いい加減教えろ。何しに来た」
なんて気の短いやつ、とばかりの口調で、
「もうちょっと待ちな。せっかく雨降らしたんだからよ」
「だから何が」
「――そろそろ、だな」
エンテイが体を起こした。
「あそこへ向かうがよい」
「あそこ、って、」
「あっち」
スイクンが顔を上げた。
全員が、あっちを見た。
森と台地の向こう、シロガネやまの稜線が銀色に輝いている。
それは、確かにあった。
雨と陽の融合体。
七色の架け橋がシロガネやまを目指し、矢のような軌跡を描いていた。
ゴールドたちは緊張感も忘れ、その組み合わせに目を奪われていた。
ライコウとスイクンとエンテイが消え去っていることに、誰も気づかない。
レッパクの左耳にある羽根が、虹に応えるように変色した。