33 龍の律動 その1
【問題です。私の霧の中で、味方の気配を完全に消し去る方法とは?】 ドロップ
33 龍の律動 その1 ポケモンとの絆を深めることを理念に掲げるフスベは、もう一方、伝統芸能の飴細工で有名な町らしい。職人に限らず、男の子も女の子も、ポケモンと一緒に家やスクールでよく作っているそうだ。棒付きのものからポケモンでも食べられる欲張りなサイズまで、観光者の目を飽きさせない豊富な種類と量が出迎えてくれる。
ゴールドも例外ではない。飴は好きだ。寛大にもハッカを差別したりもしない。が、問題なのはこいつ人目も気にせずワン公のようにぼりぼりかじって噛み砕くところで、値段だの大きさだの、どんな強者もゴールドの餌食に遭えばまず10秒と生き残ったことがない。飴職人、トローチやのど飴のメーカーが浮かばれないこと請け合いである。強く生きてもらいたい。
痛々しい視線もはばからず、梅風味のするどんぐり飴をがりがりする。とりあえずは休息をとりつつ町とジムの情報を詳しく知ろうと、ポケモンセンターへ向かい、
「――おや、ゴールドさん」
「あらま」
入り口にてモミジと出会った。行儀悪いところを見られるのが急に恥ずかしくなって、一気に口の中を空にした。
3度目ともなると偶然とは片付けられない気もする。舞踊のために訪れ、エンジュに帰ろうとしたものの、こおりのぬけみちの都合でしばらく滞在することを余儀なくされたそうだ。その装飾豊かな着物で45、46ばんどうろ攻略は、いくらなんでもつらかろう。
「アカリちゃんと電波の件、聴きましたえ。えらい難儀なことでしたやろう」
「いやまあ、それほどでも」
「乗り越えられたのも、ゴールドさんとポケモンたちの力がひとつに合わさったからこそ。ほんま、強いお方どす」
べっぴんさんにそこまで褒めちぎられると、赤の他人も背中がむずがゆくなる。素直に受け取っていいのか謙遜すべきか迷ってしまう。これから乗り越えるべきものに比べれば、あんなものどうってことはないのかもしれないのだから。
乗り越えるべきものを、モミジが察した。
「ここへ来たということは――イブキさん、どすか?」
「です」
それ以上モミジは追求してこなかった。一言の返事で多くを察してくれるこころ遣いが嬉しかった。
モミジはすっと右腕を開き、道を示した。袂が風鈴のようになびいた。
「今、他の挑戦者のおもてなしをしている最中。参考になるんちゃいます? 今からでも遅くありまへんえ」
いいのかな、と思ったが、グレンゲのボールががたがたと揺れたから、好意に甘えることとした。
「ありがとうございます。早速行ってきます」
モミジは口元を隠し、丁重なしぐさをみせた。
ゴールドはオボロを呼び出し、飛翔する。
― † ―
フスベのジムリーダー、イブキ。冠する名は「
九星」。
ゴールドはオボロに乗り、憧れの先輩を盗み見るような
按配で、天井が開放されたジムを空中から凝望している。
見る者全てを虜にする、美しくも激しい戦い方だった。
ジムにしては珍しくフィールドコンバットを採用している。
サザンドラの背にまたがり、キングドラとともに挑戦者へ据え膳を振る舞っていた。空と陸からの鮮やかなコンビネーション。少々サザンドラの動きがぎこちないようだけれど、3つの首から繰り出される火力はレッパクかグレンゲに勝るとも劣らない。翼を得た人間がフィールドコンバットを扱うとなると、いざというときが危ぶまれる。よほど自分とパートナーに自信があるのか、そしてトレーナー本人に力を見せつけたいのか。
しかし、ジョウト最後のジムリーダー、しかもドラゴン使いとだけあって、確かに実力は超一流だった。遠巻きでも考察できる。自分と同じように7つのバッジを揃えただろうから、トレーナー側の実力にもケチをつけられないはずだが、明らかに劣勢を強いられていた。
そしてこれを踏まえて、「大丈夫だろうか」よりも「やってやろう」と思えるのが、今のゴールドだった。
トレーナーに世の中の厳しさを教え込んだ直後、イブキはあろうことかこちらへまっすぐに飛んできた。なめらかな細身の体躯。クセのある青いポニーテール。百戦錬磨の雄姿はもはや擦り切れるぐらいに洗練されているようで、戦いの道を迷いなき足取りで進んだからこそ得られただろう、ジムリーダーにふさわしい佇まいだった。ミカンもいつかはこんな風になってしまうのだろうか。どこかで見た事あるようなマントが仰々しく、気流をはらんでサザンドラの黒い翼と同化していた。
「あなた、ここからさっきの戦い見てたわね」
思いっきりばれてた。それなりに離れたところからだったのに。視力がいいのか背中に目でもあるのか、オボロの翼のせいか。
ゴールドはあっさりと折れ、
「非礼は詫びます。参考になればと思ったのですが、やはりまずかったですかね」
「いいえ、そういうところキライじゃないけどわたし。別に見ちゃだめって規則もないし、見られて困るような戦い方はしないもの。で、参考にと言ったからには、挑戦するのかしら?」
ゴールドはそこで少しの間だけ視線を外し、戻した。躊躇を思わせる指先でオボロの触覚をいじりながら、
「――1週間、いただけますか」
イブキはすでに勝ち誇ったようにふふんと笑い、腕を組む。あごをあげてこちらをじっと見据えて、
「なによ。直前で怖じ気づいたの?」
ゴールドは対抗して軽く両腕を開き、首をほんのり傾げて同じく笑う。
「なんてったって最後のジムですからね。堅実にいきたいです。あんなすごい戦いを見せられて二の足踏まない人はいないでしょう」
「一応褒め言葉としてとっておくわ」ふい、とそっぽを向いた。青色のしっぽがはためいた。
「よろしいでしょうか」
イブキはちらりと流し目をくれる。腕を組んだまま指を二本立て、
「――いいわ。では1週間後。あなたの挑戦を受けて立ちます。2体同時エントリーのフィールドコンバット」再びこちらに向けられた顔に、えぐりこむような笑みが刻まれていた。「せいぜい頑張ってね、特訓」
またもばれてたか。
― † ―
イブキがマントを堂々と翻してジムへ戻ったあと、ゴールドもポケモンセンターへと戻る。みんなをボールから出し、ひたいを寄せ集めて作戦会議を行った。
「どうだったオボロ」
実に嫌みったらしく、
――服が似合ってた。
「いやイブキさんじゃなくて。サザンドラとキングドラだ」
――どっちも強い。ぼくは飛び道具を持っていないから、接近して制圧するしかない。お願い、ぼくにやらせて。
見くびられたと思ったのか、意外にもやる気だ。ドラゴンタイプのポケモンがお互いを弱点とするのは、こういった同属嫌悪からなのだろうか。オボロの場合はかなり極端だが。カイリューの件といい、どうも負けず嫌いな傾向がある。その根本にあるものが「ゴールドの面子を守りたい意地」だということを、本人はまだ気づいていない。
となると、想定通り空中戦はオボロとサザンドラが牙を向け合う形となる。残り、地上でキングドラの相手を誰がするか。
――そっちの護はなんだっけー?
「みずとドラゴン。お前たちで言う『
流』と『
辰』だ。グレンゲ以外なら誰でも健闘できそうなんだが――あ、レッパクも無理か」
レッパクが力なくうなだれ、
――面目ない。おれもどうにかすべきだと思うけど、大切な戦いを台無しにしたくない。
――役立たず。ゴールドに迷惑かけないでよ。
レッパクの頭はそこで更にがくぅっ!、となり、心底落胆した口調で、
――お前だけには言われたくなかった……主に散々迷惑かけてきたのはそっちだろ……。
「別に怒ってないから気にするな。オボロもそこまでにしておけ。ってことで、ドロップかソニア」
――水の戦いなら私も負けていられません。
――リーダーが教えてくれた「あれ」早く使ってみたーい。
悩ましい決断である。
――ところでよ大将、ひとつ。
ずっと何かを引きずっていたグレンゲが、険しい表情でおもむろに手を挙げた。
「いかがなすった」
――空と陸、区別して戦う場合、大将はどっちにつくんだ?
「ああ、それも決めなくちゃならないか。フィールドコンバットだし」
――どっちかの指示が偏っちまうのは目に見えている。空と陸を分けて考えるからいけねえんだ。いっそのことオボロも地上に降りてサザンドラを誘い出し、まとめて相手するってのはどうよ?
「なるほど、参考にと思って予習したのが先入観になってしまったか。イブキさんの戦闘スタイルにわざわざこちらが合わせなくても――」
そこまで口にしたとき、頭にざくっと刺さるものがあった。
「――――――――え? あれ?」
――主?
「えー、んー。いいのかな。いや、でも、なんだこれ。ありなのかこれ」
よりによって、最初に浮かんだ案が何故にこれなのか、ゴールドは自身のトレーナーとしての素質を疑いたくなる。何か別の案を立てたかったが、後ろめたい気持ちとは裏腹に、展開図はみるみるうちに脳内へ広がっていった。おでこの半分を隠すように手をあてがい、閃いた戦略に基礎工事を築いていく。ふたりのゴールドが頭の中で討論を始める。これってルール違反にならないのかな。いやでもフィールドコンバットだし、だいたいのことはなんでもありなのだろう。けど相手は天下のジムリーダー様だからちょっとまずいかも。性格もちょっときつそうだったし。かといってこれ以外にサザンドラを出し抜く方法は今のところ
――リーダー!
「はいぃぃっ!」
横殴りの一喝にゴールドはしこたまびっくりし、脊髄反射で足と身体が綺麗に揃った。背骨がぎこちない背伸びをする。
痺れを切らしたソニアが頭の花を垂直に逆立て、むちゃくちゃきわどい爆弾発言をその場に落とした。
――で!? あたしとドロップ、どっちをとるの!?
ばか、とオボロが呟いた。突拍子もない台詞で目のやり場に困ったレッパクはグレンゲを見上げ、突拍子もない台詞で目のやり場に困ったグレンゲはレッパクを見下ろした。
唐突の申し出に頭の中をすっかり空白に染められたゴールドはやっとこさ意識を回復させ、
「――あ、なんだ、そのことか」
――なんだってなーにー! そのことってなーにー! あたしたち真剣なのにー! 結局何がどうなったのか教えてよー!
どういう意味での真剣だよ、と思う。
「ごめん、ソニア。今回はドロップをとるよ。まだ怪我治ってないだろうし、ゆっくり休んでいてくれ」
うう、とソニアは頭の花ごとがっくりして、
――あーあ、フラれちゃった。
そんなこと言われても困る。
ドロップもうっかり、
――私の勝ちですね。
「お前も何を本気にしてるんだ。マジで選べるわけないだろ」
――あ、すいません。つい。
ついって。
― † ―
思いついてしまったものは仕方ないし、起用した以上は仕方ない。駄目なら駄目で後日みっちりとした鍛錬を積んでリベンジすればいい話で、何も命まで取られることはないだろう。どうせアイスバッジも納得いかない形でゲットしてしまったし。
開き直りもまた、トレーナーの戦術のひとつだった。
「悪いな、見世物みたいなことやらせてしまって。窮屈だろうけど我慢してくれ」
ドロップはもごもごと、
――いえ、これくらいなら気になりません。ご主人のご期待に添えてみせます。このまま"狙えば"いいんですね?
「そういうこと」
水を補給できる場所が欲しかったが、めぼしいのはジムの裏手に広がる湖だけだった。りゅうのあなと呼ばれるほこらへ向かうにはここを渡るらしいが、今のゴールドにはさして興味なかった。湖の管理者とおぼしき人に話をつけ、ドロップを保証に許可をもらい、柵を乗り越える。
同じような手口で入り込み、釣りにふける人がちらほらといた。
これくらいの人数なら問題ない。暇つぶしのパフォーマンスだと思われる程度で済む。
肩を回し、入念な準備体操。
「よし、オボロはサザンドラの攻撃をイメージし、回避と回りこみの練習だ」
――うん。
空中へ舞い上がるのを見守ったあと、石ころを右手で踊らせ、
「――いくぞ」
――どうぞ。
蒼穹にたたずむオボロへ向かって力いっぱい投げた。
物好きでトレーナーをやっていないだけに、肩と制球力はなかなかだった。
ドロップは目で距離を推し量り、空へ吸い込まれていく石つぶてをみずでっぽうで正確に撃ちぬいた。事前に注文したとおり、多すぎず少なすぎずの水量だった。石を飲み込んだみずでっぽうはそのまま延長線上にあるオボロへ直進、オボロはこれを最小限の動きでかわした。
指パッチン、
「いい感じだ。どんどんこなしていくぞ」
今回ベンチを温める組は、ひたすら石ころを集める雑用を担っていた。大きい代物はレッパクの電圧で砕き、ソニアのミサイルばりで適度に研磨し、グレンゲがかき集めて持っていく。オレンのみを狙い落とすいたずら小僧のごとくゴールドが矢継ぎ早に投げ、ドロップが逐一射撃する。オボロもそれに合わせ、揺れる蝋燭の火のような柔らかい演舞を見せる。
素早く動く対象物に当てられるくらいなら、本番でもきっとうまくいくはずだ。1週間ではなく3日くらいでもよかったかもしれない。
そろそろ本番に入るか、そう思ってオボロを呼び戻そうとしたとき、
「石とフライゴンをターゲットに見立てて、ラプラスのみずでっぽうで当てる練習?」
イブキがサザンドラに乗りながら陣中見舞いに来た。体の上から下までをぐったりとサザンドラの背中と首に預け、両手を編みこんであごを乗せている、なんともリラックスした姿勢だ。写真に撮ってやりたい。
秘密の特訓を覗き見るだなんてずるい、と普通なら言いたくなるが、お互い様なところもある。そもそもジムのそばで練習するのが悪い。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「水を差すようで悪いけど、あんな速度ではわたしのサザンドラ――グラヴィにはかすりもしないわよ」
「そうですか」
淡白すぎる返答だな、とはゴールドも思う。これでは他の目的があることを悟られてしまう。それぞれが考えている通り、ドロップの狙いは最初からグラヴィではない。
むしろ、
イブキが続けて何かを言うのをさえぎり、
「ドロップが何を狙っているかは、1週間後に分かりますよ。俺が狙っているのは常にあなたのバッジですが」
ふうん、とイブキはドロップを目で品評し、対するドロップはにこっと笑った。オボロはイブキの死角で適当なあかんべーをしている。
「ま、考えるだけ野暮ってものなのね。それでは、1週間後にまた会いましょう。もう見たりなんかしないから、気にせず練習しててちょうだい」
「すいません、近所迷惑で」
「別に構わないわ。お互いが納得のいく戦いを臨むのが、トレーナーってものでしょ?」
「――あなたがジムリーダーになれた理由が、分かった気がします」
「それも褒め言葉としてとっておいていいのかしら」
もちろん、とゴールドは不敵な微笑を返した。