24 ハッキングをしよう!
【電子世界は、ボクの畑ですから】 ポリゴンZ
24 ハッキングをしよう!「作戦はいたって単純です」
ふむ。
「レッパクはマルマインと一緒に、電力をこの装置に供給し続けてください」
それだけでいいのか?
「はい。その間、ボクがシステム内部に潜り込み、怪電波を発信させるプロセスを見つけ出し、刈り取ってきます」
どれくらいかかりそうだ。
「現実世界の時間感覚とごちゃまぜにすると、ギャップでややこしいンですが、早い話、『標的』を見つけ次第ですね。防壁はたいしたことなさそうです。適当な侵入口から中へ入ったあと、索敵ツールを展開し、近かれ遠かれ、遅かれ早かれ、追いかけるまでです」
なるほど。しかしおれがしっかり電圧を調整してやらないと、お前のところで不具合が生じると。
「そういうことです。ほかに何か質問あります?」
レッパクはここで5秒考えた。専門外な自分が口出しできることなど何もなく、多少の無理があってもポリゴンZの指示に従うつもりだった。でも、こういう機会も中々ないし、ひとつくらい訊いておかないと損な気がして、
特に引っかかる点はないが――前から気になっていたことがある。翼も磁場もないのにどうやって宙に浮いている?
「ボクが作られる際に搭載された『リフレクションドライブ』を使用しているンです。量子力学の応用を、SF小説をヒントにひらめいたそうです。ボクの頭脳であるプロセッサー、それの排熱をエネルギーとして再利用し、とある方向性を持った分子運動フィールドをその場に作り上げて、特定質量の重力だけを事実上ゼロあるいはマイナスに――分かります?」
悪いがさっぱり分からん。
「決まってみなさンそう返すンです」
ポリゴンZは小さく笑った。
― † ―
現実世界。
レッパクはむき出しの電磁床に踏み入り、憤懣やるかたなさそうなマルマインに話しかけてみた。
「景気はどうだ」
「やってられるかーって、感じさあ。四六時中働かされてるんでさあ」
「安心しろ。すぐに楽≠ノしてやる」
「もうちょっとの辛抱です。がンばってください」
ワイヤレスだワイヤードだなんてのどかな相手ではない。ポリゴンZが作ったプログラムを派遣するのではなく、転送装置からポリゴンZ本体が丸ごと潜り、直々に撃墜したほうがいい。となると、世界を統べるネットワークに精神を全部流し込む作業だ。かなりデリケートな問題となる。電力の切れ目が命の切れ目。
ポリゴンZは張り切って体をもぞもぞと動かし始める。準備体操のようだがちょっと違う。体内の、言ってしまえば人間の向こう脛にあたる部分から、システムの強制接続プログラムをまさぐり出した。長らく使ってないが、破損していないことを確認。
「――やりますか」
ひとまず、自身の短期、長期記憶野不揮発メモリーのキャッシュをクリーン。こころすっきり。自分を取り仕切ってくれる流動体システムのいくつかの中から、サイコロを投げる気分で適当にひとつを選択。そいつで自分自身を念入りに
走査した。自分の体にゴミが入っていないかを調べ、税関をすり抜けるためのシャワーだった。
よし。
レベルSの規則スレスレで、即席のハッキングウェアを生成した。複合電磁波変換プラグイン。72パターンの擬似情報を発生させるウイルス。あとで必要となる使い捨てわざマシンパッチ。追跡妨害プログラム。ターゲットを爆撃する
論理爆弾。その他おまじないセット。全てを圧縮してひとつにまとめ、体の中で固定させた。全部でどれくらいの数と容量になったかは、知らないほうがきっとしあわせだ。
「ではでは、ボクはボールの中に入りますので、転送装置に置いてください」
「――気をつけてな」
レッパクは、ポリゴンZが相手だと、特別に優しい顔をすることができる。
「善処します」
ポリゴンZの収まったボールを、レッパクは静電気で引きつけつつ甘噛みし、転送装置の上へ置いた。
始まるまでの認証手続きを、あえて無機質に描写しよう。
[ POLYGON ver Z ---> ROCKET ///: CONNECTION CODE (SNo.OMEGA331 ***-****-**-*) SEND …… STRIKE PACKET.(256) SUCCESS:254 / ERROR:2 / OVERRUN:0 :/// ]
ごくシンプルな一文だが、翻訳すると次のようになる。
ポリゴンZがリンカーを経由してシグナルを飛ばし、256通りある接続認識コードを同時にコンピュータに投げつける。外部的なアクセスによりIFFが提出されると、交信相手はどんなやつかとか接触バグはないかとかの検問が入り、やや遅れて暗号化展開のおまじないが効き始める。
暗号化が正された。
あらかじめ偽造しておいた35メガバイトものうそっぱちパーソナルデータが、スリーセブンを決めたスロットのごとくどかどか溢れてくる。無理に突っ込むのではなく、チェックプロセスのルーチンや架空の誰かに成りすますという、ファントム・ストーカー方式。
照合中、2個のエラーが吐き出され、しかしオーバーランは余裕の0。生き残った254はすぐさま[
成功]としてさばかれ、ノイズの混じった2はちゃっちゃと焼き殺された。穴として空いた2にプロテクトをかけると、そのタイムラグは70ミリセカンド。
こうしてポリゴンZはマウントされ、システムに
準拠することとなる。
シグナルエレクトロパルス. トゥー:ヒトマルサンサンヨンナナ.
チェックサム. リスタート.
ローディング. ダン.
コネクション.
オールクリア.
電子世界。
直後、ポリゴンZはその認証手続きの報告データをとっ捕まえて、送信したと「見せかける」処理を施した。
これを真っ先にやっておかねば、相手の家にチャイムを鳴らしたも同然の愚行となるためだ。
善処します、とつぶやいてからこの間20セカンドと13マイクロセカンド。ポリゴンZは電子の中へと溶け込んだ。
それにしても、懐かしい名前だった。エントリーがROCKETである以上、このシステムを作ったのはやはりロケット団の残党か何かなのだろう。ならばますます遠慮がなくなった。徹底的にやっつけてしまおうと思う。
さあ、こうなってしまえばポリゴンZの行動は素早い。取るに足らない自己管理プロセスはさっさとスマートルーチン化。数あるポートを片っ端からピンポンダッシュし、最外殻の防壁を発見した。あとでゆっくり料理してやる。レシピは『タンス』にいくらでもある。
ディテクタに捕まらないよう、追跡妨害プログラムをすぐさま起動。テクスチャーで迷彩を自身に塗りたくる。無関係なゲイトウェイなどを大量偽造し、ネズミ捕りを設置。アリですら目を回すような複雑な経路をつたって、核へと忍び込んだ。先行機を兼ねた攻勢ウイルスを即座にラン。こいつがアタックついでにレーダー波となって、あたりの大まかな見取り図を教えてくれるはずだ。コウモリの放つ超音波に似ている。
応答が来た。展開図を左側面へパラレルブート。
わざマシンパッチを自分にインストール。
一瞬思考がブレたのち、ポリゴンZは一気に32体へと分身≠オた。
跳弾のようにせわしくニセモノが跳ねていく。レッパクが調整してくれている電圧を逆算し、自分がこの世界で動き回れる最小公倍数パワーを弾きだす。ステルスデバイスをかました以上、すぐに防衛プログラムにホールドされることはないだろうとたかをくくり、あちこちを巡り回った。また、プロセッサーの割り当てをちょいと改造し、叩きつけるべき引導のための最優先プログラムを水面下で積んでおく。
直後、電子世界のかなたから、怒涛のコードの量がやってきた。秒速16ギガビットの突風が、全身を吹き抜ける。
第二の鬼門と言ってよい。ここまででかいコンピュータの中へお邪魔することは久しいため、数字の嵐にポリゴンZはもみくちゃにされかけた。
――おや、このシステム、24進数を使っているンです?
数字の嵐からデータをひとつかみして、適当に読み、
共通項を片っぱしから挙げてみる。
なるほど珍しい。ロケット団の中にも風変わりなヤツがいるとみた。どうりで今まで監査プログラムをごまかしつつ地下に潜み、妙な怪電波でみんなをいびり続けられたはずだ。
確かに24進数は都合がいい。2でも3でも4でも6でも8でも12でも割れるだなんて、そりゃあ一度慣れてしまえばこれ以上使い勝手がよくてマイナーなプログラム言語もそうそうない。
ではなぜ、そんなものが公共の規格として採用されていないのか。理由は単純だが、事情は複雑だった。便利さにはリスクが付きまとうもの。一度情報を入力してしまえばその波状は無限大に広がっていくため、人間様にはあまりにもめんどくさすぎる。チーフが3万人いても現代レベルまで普及させることは至難の業であろう。そんなシロモノをシステムの支柱にさせるなど、よほどの数字マニアでない限り、
つまり。
この世界を作ったのは――人間ではない。
ポリゴンZは思考する。
明確な「敵」がいると仮定するか、そうでないと仮定するか。
自前のアルゴリズムで計算してみると、99パーセントと1パーセントに意見が分かれた。
あっさり99パーセントのほうを選択。
こんなでかぶつが自律稼働しているだなんて、到底ありえないと思ったからだ。
この奥でいずれ対峙する敵も、自分と同じくこの界隈をうろついて、好き勝手やっているはず。
――望むところです。
目下、ポリゴンZの任務は流れ作業的に3つ。
ひとつは、システム内部の親玉を発見すること。
ふたつは、その親玉をぶっつぶすこと。
仕上げは、怪電波を止めるコマンドをそいつ経由で飛ばすこと。
別の手もある。
敵にバレないようこそこそ動き回り、自分で怪電波を止める。
しかし、逆探知をくらい、ロックされる可能性もある。相手を誘い受けするのはなんだか性に合わないし、時間もない。電波停止コマンドを仕向けても、敵にリバースされては意味がない。
ということで、ポリゴンZは思いきった行動に出た。分裂していたニセモノ全員に自殺をコマンド。ニセモノが廃品回収してきたブツのうち、有効だと思われたものだけをセーブ。対人用撃墜プログラムのスリープ。対人外用撃墜プログラムのブート。あまった空きチャンネルで七感センサーを動員。土足で踏み入る気分も同様に、自分のレンジ内のクロスデータを堂々と演算し始めた。相変わらずの数字の暴風雨に、現実世界のポリゴンZはコーヒーを沸かせるほどの熱を帯びてくる。
ばらまいたリクエストに、ひとつだけ反応あり。50種類の辞書を用意して、そのリクエストコードを食わせる。変換された数値をもとに、右斜めの座標へ視覚をシフト。
うかつ。
ヤツは、思いのほか近くに潜んでいた。ノイズまみれのアンノウンで、正体はうまくつかめないが。
――誘いをかけている? それとも追いかけっこ?
最初からバレていたのかもしれない。
こちとらきまじめに侵入プロセスを1から積み上げたというのに、全ておみとおしで、うまく入り込めたとぬか喜びさせたかったのか。みんなでこの装置を外側から眺めているとき、音響センサーや可視光センサーの存在を失念していたのは、いいだろう、自分の責任だ。
しかし不思議と悪い気分ではなかった。余裕しゃくしゃくなその態度は、むしろポリゴンZには嬉しかった。
やる気が本気になった。
アウェーである以上、回線の交通整備をする権限はない。ならば自分をドーピングするしかない。
定石、『一本橋』。先ほど放った先行機をセレクトし、照準器へと変更。無駄だと知った以上、必要最低限の兵器以外を全てアンマウント。光速の追跡体勢を形成した。プロセッサーの割り当てをまたも改造。電圧を再計算。半固形流動演算素子の点呼。お手伝いさんの数を増やす。メインメモリーの酷使を制限するためのプロテクターを解除し、血が擦り出そうなほど解放。そこにあらゆるマクロをすえ、居直り強盗を命じる。レベルSの宣言を自身に言い聞かせ、規約を名義にパワーを補給。
ポリゴンZの神経繊維集合体に、直線的なエネルギーが満ち溢れた。頭の中が一気に軽くなる。電子世界なのに、涼やかな風さえ感じる。
電圧の乱れを察知したヤツが、一瞬先に逃げる。
通信のトレスを開始したポリゴンZが、見えない糸で引っ張られるように追いかける。
光よりはやや欠ける、しかし現実世界だと韋駄天のレッパクですらかなわないスピードだった。ましてや空の王者、海の化身と謳われるカイリューが見たら、泡を吹いて倒れていたかもしれない。
ポリゴンZはこれまでにないほどの、人知を超えた速さでヤツを追っている。
単に逃げ回っているだけのヤツではない。電子フィールドに次々と機雷を設置してゆき、自滅を誘ってくる。うっかり当たろうものなら、即座に回路から高電圧を叩き込まれ、ゼロ除算問題を10の7乗ダースは軽く送りつけられる凶悪なブツだった。ポリゴンZは、機雷が仕込まれる際にわずかに生じるラグでこれを見切りつつ、右へ左へと車線変更してしのぐ。相手はこの大規模なコンピュータの指揮権を自力で掌握するほどに成長した独立プログラムだ。環境にうまく適応しない限り、ポリゴンZは一瞬で吹き飛ばされていたはずだ。
ゲイトウェイをアミダくじのように訪問したあと、ついに地下の基地を飛び出した。更に大量のゲイトウェイをあちこち通過する。ヤツは自身のフォーマットを例の「24進数」から「国際規格」へと瞬時に仮想化し、全国を逃げまわった。当然ポリゴンZもそれに続く。ネットワークを通じすぎ、ワカバタウンのポケモンセンターに設置されてある端末にまで追いかける始末であった。その時たまたま、コトネがそこでいじっていたパソコンに37セカンドものラグを置き土産として残し、なおも悪魔の鬼ごっこは続く。
もとの基地へと戻ってくる帰り道のさなか、いよいよ本格的な反撃が来た。
ヤツの索敵コマンドが、ポリゴンZの索敵コマンドが、その瞬間交錯していた。
解析によってソースが起草された。ゲームフリーク開発部の人が見たらまず間違いなく発狂するだろう量のコードが、ポリゴンZの内部を下から上へと吹っ飛ぶように流れていく。大半がブラックボックスで、とても吟味できるものではない。適切な解読プロセスを選んでいるピコセカンドすら惜しい。手に余るものをいつまでも抱え込んでる暇もないため、邪魔だと判断したものは片っ端から破棄していった。コップでバケツの水を相手にするような、適正許容量を度外視したエッセンス数。あまりのタスクにプロセッサーが砕けそうになる。
埒があかない。
脊髄反射プロセスの配置を変更。またも戦法を変えた。もっともっと速くなるべきだ。遠くからちみちみと攻めることはやめて、距離を縮めることを優先。直接対決にしようと思う。まず照準器を引っ込めたらいつの間にかそれはロジックボムにすりかわ
げ。
接触起爆。
もろに当たった。
現実世界。
電圧に大きな乱れが生じ、刺激をもらったマルマインが2体爆発。衝撃があたり一面に及んだ。
レッパクはなおのこと負担のかかった電圧調整に忙しく、ポリゴンZの無事を確かめる余裕はない。たぶん向こうも同じだと思う。
電子世界。
「甘く見てました。ハッキングしているつもりがされていたとは」
ざまあみろ、とばかりにポリゴンZが緑のまだらに染められていく。あらゆる感覚が、激突時によるエラーコードで真っ赤っかに埋め尽くされてゆく。何種類あるのか、数える気も失せる。
神経の異常を感知した警告がうるさいので、母線から一時的に遮断。耳を塞ぐことにした。
テクスチャー2を瞬時に貼れて急所を免れたのは、本当に運が良かった。さもなくばこれの何倍もの恐怖を味わっただろう。口が聞けるだけの余裕は、まだかろうじてある。
長持ちして30セカンド。それを過ぎるとタイムアウトしてしまい、自分は専用の抗生プログラムを用意され、この世界から永遠に追放される。それはさすがにまずい。「自分を自分でないようごまかすプログラム」をもう一回作れないこともないが、マニュアルに載っていない仕事だ。時間がかかり、電波で苦しんでいるみんなの体がもたない。
勝ち目が無いわけでもない。深手を負ったのは向こうも同じのようだ。サーチがすれ違ったあの数瞬で察したことだが、侵入当時のウイルスがこの世界にも浸食しはじめたようで、だいぶ苦しそうだった。逃げることをあきらめ、おとなしく一騎打ちでケリをつけたい所存、といった具合か。
これほどできる相手は初めてだった。チーフと一緒にポケモンセンターでパソコンごっこをしていたころが嘘のような、本物の、本当の戦いだった。
――なめンなよ。
プライドに熱が宿る。
本気がムキになった。
電子世界に張り巡らされた内線の一本をひったくり、LaC接続。侵入当時、無機質なボイスを放っていたあの端末スピーカーを伝い、ポリゴンZはレッパクに叫んだ。
現実世界。
マルマインが爆発してしまったしばらく後、
『レッパク、電圧上げてください! ボクも腹ァ固めます!』
「あ、ええ?」
瞬時にそれは来た。
急激に吸い上げられ始める電力に、マルマインは悲鳴をあげた。もう1体が誘爆。機械の動脈が、せわしく光を巡らせる。
マルマイン3体分の仕事が回されてきて、レッパクですらひとたまりもない奔流が体の内側を削ってゆく。脳が気化してしまいそうな激しさ。その場にふんばっていないと、魂ごと吸い取られる気さえした。空っぽになった転送装置に向かって、レッパクは震えながらつぶやいた。
「早く……して、くれよ……! そんなにもたないぞこれ……!」
電子世界。
ポリゴンZは、受けた攻撃から相手の情報をさらえるだけさらう。復元した先行機でレーダー波を飛ばし、反射してきた波紋をフィルタで炙り出す。右腕を真横に差し出すと、そこに『タンス』が出現した。取っ手をつかみ、切り札であるマイエクスペリエンスを選び出す。積層型経験をなぞり、敵の正体を予想するにあたって、まず「自分だったらどうするか」を考える。
共通項から浮かび上がってくる幾千もの定義TIPSを凝らしてみるが、敵はかなり柔軟な回避を見せてくる。この先の自分の行動パターンが読まれてしまうことを覚悟して、マイエクスペリエンスの奥、本質的要素のマグナ・マテリアルズを抽出。突っ込ませてみる。
三段階のクロスチェックを重ねた後、今までもやがかかっていたヤツの姿が鮮明となる。
自身の進化前であるポリゴン2が、最終的なターゲットだった。
「まァ、そうですよね。そこまで俊敏にシステム内部を駆け巡ることができる『生きたプログラム』はボクたちのルーツにほぼ限られてます。しかし大したものです。こんなにでかいシロモノを単独で抱え込んでいるだなンて。敬服に値します」
1、とだけ返ってきた。
それ以外の返事はなかった。
さしづめ、1が応で、0が否といったところか。それがあいつの何の気持ちをあらわしているかは図りかねるが。音声応答プログラムも神経言語も自分には積まずに、ずうっとここで暮らしてきたらしい。口にガムテープを貼られ、今までここで働かされ続けてきた、ある意味かわいそうなヤツだった。
なんの感情も持たず。なんの生き甲斐も持たず。
無性に腹が立ってきた。今までとは違うベクトルの怒りが生まれてくる。私的な恨みはないが、もう後には引けない。さっさと片付けて本体も回収すれば、あいつもこんな狂った世界から救われるはずだ。
一撃で屠ってやろう。せめてもの情けに。
そう思った。
固めた腹を一層きつくする。
「あなたとは、別のところで出会いたかった。きっと良い同僚になれたでしょう」
その言葉を最後に残し、敵味方識別信号:IFFコマンドをKILLった。電子情報戦における最終通告と言ってもよい。免責事項にのっとって、今からきさまを制裁するという、最初で最後のサイン。
お互いが問答無用のステイタスに化ける。自分の声も、相手の声も、これでもう届かない。
「行きます」
だから、それは半ば、自分に向けた言葉でもあった。
バンギラスでさえ正気を疑いたくなるほどに長けた
奸智を、プロセッサーでうごめかせる。
水面下に潜ませていた「システム改ざんプロセス」を、ポリゴン2へ仕向ける。
定石、『
川蝉』。
セルフトリガー。
決着は、瞬きをするよりも早かった。
― † ―
現実世界。
ほとんどのシステムがずしんと落とされた。
レッパクの全身を突き抜けていく激流が、小川のように穏やかになった。爆発して気絶したマルマインも、過労を耐え抜いたマルマインも、ぐってりと身を転がしていた。さすがのレッパクも限界寸前まで疲れ果て、立っていられないくらいまいっていた。
続けてポリゴンZが通信をクローズし、物理的にイジェクトされた。ボールの落ちたはずみで、中から本体が飛び出してくる。
「あう、」
リフレクションドライブが重力に負け、背後へふらつきかけた。慌ててレッパクが後ろに周り、支えた。
「熱いぞお前、大丈夫か?」
「すいませン、ちょっとムキになってしまいました。でもこれでクリアです。システムの親玉を叩いてきました。グレンゲたちもきっと良くなります」
レッパクはゆっくりとポリゴンZを床におろす。こちらのほうがひんやりとして気持ちいいだろう。
「ありがとう。また借りができてしまった」
「いえいえ。あなたたちの協力があってこそです」
こうして、ロケット団幹部とポリゴン2が作るのにのべ二週間かけ、マサキならば作るのに五日はかかっただろうシステムを、ポリゴンZとレッパクはわずか7分でぶっ壊すことに成功した。