23 Panic Pulse Paralyze
【目に見えない敵ってのは、予想以上に厄介なもんや】 マサキ
23 Panic Pulse Paralyze 電波探知そのものは、すんなりと終わった。
秘密兵器がある。交換ついでに預かりシステムから送られてきた、ダウジングマシンの亜種、電波を感知するデバイスだ。それを背負ったポリゴンZを先頭に、町内をじっとり徘徊する。ポリゴンZの注文にあわせ、レッパクが言われるがまま微調整した電磁波を放つ。適合した部分だけデバイスが再度拾う。解析しなおす。レッパクがソナーとして出している電磁波、実際に町を飛び交っている電波、デバイスが感知した電波が完全に一致したところが、装置の隠れ場所だ。
なんてことを当初は計画していたが、マサキ仕立てのポケギアひとつで場所はさっくり割り出せた。
目的地に近づけば近づくほどノイズあらたかとなるためだ。
それよりも不覚だったのは、「地下」という可能性を考えていなかったこと。大きい物件に的を絞らなければ、もっと早く発見できた。地上へ飛び越えるほどの電波となると、やはり相当の威力と察せる。
その店は、こぢんまりとしたみやげ屋だった。名物は『いかりまんじゅう』らしい。風にはためくのれんがそう訴えているのだから、きっとそうなのだろう。ソニアが食べたそうだったが、何が入ってるか分かったもんじゃないので止めておいた。
「ちょっとお客さん、そのポケギア、他のお客さんのご迷惑となりますんで――」
「そーですよね、さっさと止めるべきですよね。それでは遠慮なく――」
ゴールドはまるでこの世の終わりのような、凄絶な笑みを浮かべる。
それでは遠慮なく、何をやったのか、多くは語るまい。
― † ―
畳の下に隠されてあった階段を、ゴールドは例のやり方で駆け降りる。
着地したそこは、チョウジと同じくらいの広さをたたえていそうな地下迷宮だった。
先ほどレッパクによって血祭りにあげられた店長がメイデイを送りつけたのか、大音量のアラートが迷宮奥の虚空まで響き渡り、地下は間もなく血に飢えた野獣の戦場と化した。かなりの人数でお出迎えしてくれる黒装束軍団。同士討ちが起こってもおかしくないくらい限定された空間での戦い。ワタルと二手に分かれるのは失敗だったのではないかと、ゴールドはちらりと後悔する。決して処理しきれない数ではなかったが、余計な戦いで体力を使うべきではないとポリゴンZに促され、やむ得ず戦線離脱。装置発見を優先、一次任務とした。
それから、かなりの距離を走った。気がする。と思う。
当分禁煙だこりゃ、と食ったこともない煙の心配をする。
ゴールドは逃げる、時々戦う。
絶え間なく動く全身から、汗が噴き出てくる。体力配分を間違えた。中途半端なペースで見境なく奔走するのはゴールドにはきつい。心音のせいで耳がどくんどくんうるさい。肺は破れそうだったし、喉はかさつくし、自分のあご先から落とした汗を踏んで滑る恐怖さえした。レッパクとポリゴンZの足が速いだけに、ペースを合わせてもらうのが情けなかった。
否応なく繰り広げられるバトルの隙を見つけてはこけつまろびつとくぐり抜け、さっさとズラかる。
あるいは出会い頭にロケット団したっぱが繰り出すポケモンを1分とかけずに始末する。
それでも尻に追いすがる狼藉者を、10まんボルトとシグナルビームが容赦なく撃ち落とす。
2、3回ほど、レッパクが「こっちかもしれない」と叫び、疑う間もなく無我夢中でゴールドは直角コーナーをノンストップで曲がる。行き止まりを恐れる余裕なんてこれっぽっちもなかった。あとで脱出するために、投げやり気味にスプレーで目印を吹き付ける。いよいよ「核」に近づいてくると、もうポリゴンZは自前のセンサーでも電波の発生位置が分かるらしく、クロスチェックで場所を割り出した。
性懲りもなく前方に遮蔽物が一名だけ出現。
遮蔽物の隙間を発見。脚力に勇気と度胸を注ぎこむ。加速にものを言わせたスライディング回避。
己の体重と速度による想定角度を三角積分。5歩先に電磁場を呼び出し、トランポリンの要領で宙に身を投げ、放物線跳躍。
ひたすら予測のつかない浮遊滑空。相手の両腕が困惑したところで、定石、『時計返』。
ゴールドのやけっぱちとレッパクの直感とポリゴンZのセンシングがかけ算され、「行き止まりで三マス戻る」も「罠にかかって一回休み」も「パネルを踏んでふりだしに戻る」も起こらなかった。
奇跡的にも。
― † ―
急ブレーキ。
酸欠にあえぐ声で、ゴールドが確認をとった。
「――ここか!」
――ここです!
優に50センチメートルはありそうな最初の分厚い防壁は、ポリゴンZの半固形流動演算素子にまかせ、いつぞやのコードブレイカーで破壊した。ポリゴンZにとっては相手が10ケタの暗号だろうと1000ケタの暗号だろうと、2秒ほどの違いしかない。
――主、少し休憩したほうが、
レッパクに諭されたとおり、息も絶え絶えだったが、悠長さに負けてはだめだとゴールドは自分を叱咤する。奥へ走って走って、やがて立ち止まる。その左右対称の巨大装置を見上げる。更にまっすぐに進めばアイソレーション型のキーボードパネルがあり、見るからに怪しく点滅している27インチのモニターが埋めこまれている。ポケモンセンターのと同じ、モンスターボールの通信転送機もある。機械の隙間には動脈のような光が走っている。どれか一本くらいちぎっても問題なさそうなくらい大量の配線が増設するのは、とんでもないでかさのハードウェア。頂点に向かうに連れて段々と細長く、しかしそれでもドラム缶より遥かに太く伸び据えるは、まさに超強力な指向性を誇る電波アンテナ。
そして、装置の左右にそれぞれ配備されるは、3体ずつのマルマイン。
――想像していた、以上のシロモノですねこれは。
ポリゴンZが率直な感想を述べた。
ゴールドが袖で汗を拭い、ドロップとソニアもボールから出した。
「みんな、どこも、異常は、ないか?」
――ああ。
――大丈夫です。
――平気へっちゃらー。
「マルマインが、いるって、ことは、あいつらを、叩けば、いいのか?」
――私が機械に水をかければ止まるのでは?
――感電するぞお前。
――うわあ、それはいやです。仕方ない、グレンゲは諦めましょう。
――化けて出るぞお前。
――んじゃー構わずぶっ壊しちゃえばいいんじゃないのー?
ポリゴンZが慌てて否定した。
――だめですって。事前に述べたとおり、ボクが内部から破壊します。機械に直接刺激を与えると、電圧の余波でマルマインたちが爆発してしまいます。いくらなンでもそれはかわいそうです。それに見てください、全体を。
言われるがまま、ゴールドたちは視界に広がる装置を再度見渡す。
――パーツが無駄なく敷き詰まってて、結露させないようしてあるでしょう? それに、ここまで大きいコンピュータです。マルマインが起爆したところで花火みたいなもので終わります。予備電源があってもおかしくないですし、それをも探し出す猶予はありませン。それに、予備にせよなンにせよ、電源を断つ手段はボクには搭載されてないのです。自分を『あっちの世界』にほったらかしたまま自爆させるようなものですので。重要なのは、電源を生かしたまま内部をアレして機能停止させることです。
とにかく、やれるべきことをやる。
休息を懇願する足腰に鞭うち、ゴールドがそばに寄ってみる。赤外線が反応し、無機質なボイスがパスコードを訊ね、更に声紋と指紋まで要求してきた。適当にキーボードに打ってみるが、すべて
撥ねのけられる。
――来る!
レッパクの臨戦反応。
背後から小さくこだましてくる、軍靴のような足音。
まずいな、とゴールドは思う。
この発生装置をまるまる封じていた扉は、通路の奥にではなく、途中にあった。つまり左右から敵が湧いてくる。移動しなくていい以上は防衛ラインを築くのみ。ドロップとソニアで籠城戦を決定し、レッパクとポリゴンZに装置のハッキングを命令した。
「俺たちがくい止めておくから、そのうちにレッパクとポリゴンZは早くシステムを壊せ!」
レッパクとポリゴンZの顔を、一度ずつ力強い目で見やる。
「やれるな?」
――やってやりましょう。諦めるのは嫌いですし、負けるのはもっと嫌いです。ボクはただのプログラムとは違います。「できないプロセスだろうと挑む」のが信条です。目標タイムは、1.5キロセカンド。チーフとゴールドさンの名誉に懸けて、この装置の悪質なコマンドをKILLってみせます。
「よく言った。行くぞドロップ、ソニア!」
両手でそれぞれポリゴンZとレッパクの頭をなでる。ポリゴンZのモンスターボールを残し、ゴールドとドロップとソニアは最初の防壁まで戻った。
左。
今までの黒装束とは打って変わって、その男は至極落ち着いた足取りでこちらへ向かってきた。装いもだいぶ違っており、上官であることは素人目にも明らかだった。ゴールドの汗がすぐに引っ込み、笑っていた膝がおとなしくなるほどだ。
「よくここが分かりましたね。いずれ見つかるだろうとは思っていましたが、予想外の早さです。しかもよりによってこの日にとは」
「お前が頭領か」
「とんでもない。わたしはただの幹部ですよ。アポロと言います。以後お見知りおきを」
アポロは右手を胸元に添え、腰を折った。
対するゴールドは鼻で笑う。
「ボスは出るまでもないってか? 言っとくけど、ややもすればあの装置止まるぞ?」
あからさまな挑発のどこが気に障ったのか、アポロは挑戦的な目つきになり、
「――そう、我々には元来、仰ぐべき存在がいたのです。そのお方は尊き野望を抱いたまま姿を消してしまわれた。それも、あなたみたいな子供に負けて」
アポロは、昇る舞台幕のように両腕を広げる。
「わざわざ見つけてくださって恐縮なのですが、本日我々はここを投棄する予定でした。その電波発生装置は、いわば試作品ですので。周波数を自由に調整し、いずれはあらゆる強度でジョウト中のポケモンをと思いましたが、ね。ここではいかんせん、地理的に分が悪い」
ゴールドはワタルとの答え合わせを、ここで再び始める。
「今度は設備万端なラジオとうを使い、もっと強烈な電波を効率よく放ちましょうってわけか。大した豪胆さじゃないか」
アポロは、頬を裂くように笑った。
「特定周波数のサンプルはすでにいくつも用意されているのですよ。ちょっと指を動かしてツマミをずらしてしまえば、あなたたちの『お友達』を苦しめることも、生態系を狂わせることも意のままです」アポロは両手を握りしめる。「そしていつかは手にしてみましょう――ホウオウを!」
ゴールドは、ここで初めて言葉を失った。
突如として出てきたホウオウの名前に面食らったのではなく、条件反射で脅威を感じてしまったためだ。
「電波の可能性は無限大だ。いつの日か、ホウオウの帰巣本能をくすぐる周波数を最大強度で放ちます。一度戻ってきてしまえばこちらのもの。伝説とは言え、所詮は一匹の鳥ポケモン。目に見えない電波と我々ほどの勢力があれば、150年前のようにはいかないでしょう!」
150年前。呪いの歴史。ゴールドもそれをちょっとだけ知っている。
「全ての目的を一度に遂行するために、今日までじっと息を潜めていたってわけか」
「ご名答。我々は本日、屈辱の過去の一切から脱却し、全国に復活を宣言するのです。そう、まさにロケット団がちょうど4年前に解散したこの日――どこかで血の吐くような修行をしているサカキさまにも、その声明を届かせる! 我々が、サカキさまを呼び戻すのです!」
右。
――リーダー、挟み撃ちされてる。
ソニアのささやきに沿い、ゴールドはゆっくりと振り返った。闇の向こう、闇よりもなお黒い衣装。ロケット団のしたっぱがゆっくりと現れた。無言でボールを突きつける。
「さて、おしゃべりが過ぎてしまいました。不要になったにせよなんにせよ、これから先、邪魔されては困るのですよ。どうしてもというのなら、痛い目に遭ってもらいましょう」
アポロが、ためらいもなくデルビルとドガースを繰り出した。
したっぱが、無造作にスリープを繰り出した。
――ひきょーもの! あたしら2体相手に3体同時とか!
「遠吠えには早いですよ。戦いはまだ始まっていませんから」
ゴールドとドロップとソニアが、息を呑んだ。デルビル、ドガース、スリープが、内蔵を雑巾絞りされたかのようにうめく。空気を半分ほど失ったゴムボールのごとく、体のあちこちが異常なほどに隆起し、やがて薄い光りに包まれる。筋肉を引き裂かれているらしい断末魔。目を閉じ耳を塞ぎたくなるほどの、混沌のウォークライ。
ドロップが慄然し、
――ご主人……レッパクも……グレンゲも……進化するときはこんな感じだったのですか……?
「なわけ……ないだろ……」
狂ってやがる――ゴールドはやっとその認識に至った。こいつらは人間じゃない。赤い液体とタンパク質とカルシウムと以下金属で構成された、人間型のズタ袋と一緒だ。温度を感じさせないアポロの目つきから恐怖を覚えないためにも、あいつを人間以外の物体と見なし、接点を殺すしかない。無骨な芸術品から放たれる電波でジョウトを狂わせようとする輩どもが、その大胆さを机上の計算で済ませるはずなかったのだ。いつしか自分はその事実の、残り薄皮一枚にまでたどり着いてしまっていた。
ものの10秒で、遷移は終わった。
ヘルガーがいた。
マタドガスがいた。
スリーパーがいた。
アサギの海での悪夢が、蘇った。