22 Panic Pulse
【これはなかなか、面白いことになってきそうだ】 ワタル
22 Panic Pulse ちょっとしたこだわりがあってな、おれはカイリューの他に、ギャラドスも持っている。だからよく使う定石もこころ得ている。ワタルはそう語った。
なんていうか、つくづくギャラドスに縁があるなあ、とゴールドは思う。
ゴールドは眼下に広がる43ばんどうろを見下ろし、カイリューは翼を風へと打ちつける。水平線の向こうから、空の白みがぼんやり左右へと滲んでいく。カイリューの背中にしがみつきつつ、ゴールドはワタルと答え合わせをしてみた。
「なるほど。共通点は、進化を残したポケモンか」
「ええ。グレンゲはあと一回、進化できます。まだ推測の域を出ていないのですが、あかいコイキングを電波でいじめ続け、無理矢理ギャラドスに進化させたとすれば――?」
「可能性としてはあるな。突然変異であかい色のままのギャラドスができあがる、と。おれのポケモンたちは成長しきったから、なんの効果も持たなかったいうことか」
寒風に体温を絡めとられつつ、ゴールドは様々なことを思い出す。チョウジの隣町であるエンジュについた途端、調子を悪くしたグレンゲを。アサギの海を渡っていたときの、狂気に駆られたギャラドスとドククラゲを。アサギのポケモンセンターで突如進化したシードラを。再度エンジュに戻ってきた時のグレンゲを。マサキが用意してくれた新品のポケギアの不具合を。チョウジで倒れたときのグレンゲの言葉を。
まさかと思い、上空お構いなしにゴールドはミカンへ入れようとし、思い改めた。まだミカンのもとへ戻っていないかもしれないし、電波が届く保証もない。
目的地を認めたカイリューが、徐々に速度を緩めた。
――到着っ。おお、すごいたくさん。
ゴールドとワタルは、その大きな湖畔を俯瞰する。
嵐は、おさまっていた。
― † ―
なんとブラックは、あのあかいギャラドスの捕獲に成功したらしい。
らしいというのも、ゴールドとワタルはその光景から1分遅れてやってきたためだ。
獲物を見つけたキバニアのごとく、湖の隅っこへ人が群れているのが、上空からでも肉眼ではっきりと見えた。野次馬と取材班で構成された人だかり。大金星も同然の戦い、町を凱旋する英雄をたたえるような喧騒。あの肉壁を一匹狼ブラックが何分で脱出できるかが見物であったが、カイリューは遠慮なしに下降していった。ブラックを中心にぽっかりと無人の円形空間ができたのは、カイリューの出現に恐れをなしたからか、強風に煽られたからであろう。
カイリューに乗ったまま、ゴールドは言った。
――戦い終えたところで悪いが頼む、協力してくれ。チョウジタウンのどこかから変な電波が出ているらしい。あかいギャラドスが出現したのもおそらくそのせいなんだ。このままだといかりのみずうみがギャラドスのみずうみになっちまう。
雨で全身ずぶ濡れのまま、ブラックが答えた。
――興味ない。
その一言だけを返し、ブラックはドンカラスの背に乗って飛翔を命ずる。
――あ、おいちょっと待てよ、せめてこれ持ってけ。
ブラックが振り向いたそのとき、ポケギアがブラックの目の前を飛んでいた。順手でキャッチする。
――俺の使い古しでよけりゃやるよ。ミカンの番号もある。たまにはあいつに声かけてやれ。つっても、今は無理だろうけど。
というやりとりがさっきのことで、ゴールドとワタルはチョウジのポケモンセンターに戻ってきていた。あの中継映像としばらくの邂逅だけでブラックの技量を推しはかったらしく、ワタルは少し残念そうだった。
「こうなれば二人で原因を突き止めるしかない、か――」
「ポケモンにまで悪影響を及ぼす電波を発生させるってことは、大掛かりな装置が必要ですね。でもこの町、そんなものを置ける施設は全然なさそうですし、探し出すのには――」
「きみのポケモンは? サンダースがいたが」
ああそうだった、とゴールドはレッパクを出す。
ほう、とワタルが感心し、片ひざを床につけた。
「よく育てられている」
「自慢の一匹です」それを聞いてレッパクもちょっといい顔。
「左耳にあるこのしろいはねは?」
それは――と言いかけたとき、ワタルが続けて、
「いや、先のほうが別の色に染まってるな」
ゴールドは驚いた。レッパクも驚いた。慌てて目の高さを揃えてじっくり注視すると、ワタルの言う通りだった。羽根の切っ先が、いつの間にかほんのりと赤色になっている。普段見下ろしている限りでは決して分からないほどの、極薄の塗料を垂らした程度の染まり方だった。ゴールドもレッパクも、もとは本当に純白だったと断言できるだけに、動揺は隠し切れなかった。
色素が酸化して変色したのかもしれないと、強引に結論づけてみる。
そうしなければ、怖い気がした。
電話のコール音。
反射的に左手首を見たが、もちろんポケギアではなく、ポケモンセンター受付のそれだった。2回目のコール音を鳴らせるまでもなくジョーイが応対し、しばらく向こう側の話を聴いた後、控えめな声でワタルを呼んだ。
ワタルが受話器を手に取るなり、
「――マサキさん?」
ゴールドとレッパクが目を覚ました。ゴールドは立ち上がってワタルに近寄り、レッパクは受付カウンターに飛び乗って、受話器に耳をそばだたせた。
『おおおお、やっぱここにおったか! ええっと、ど、どっちから言うべきかいな――とりあえず、臨時ニュースの中継見たわ! あのギャラドスえらい興奮しとったからハラハラしとってん。ついにゲットしたか、と思いきや今度は急にカイリューも現れるしなあ。もしやあのカイリューはと思ってそこへ電話したら、案の定ビンゴやな』
「マサキさん今そっちどこです!?」
一瞬の間があって、
『ゴールド? ゴールドもそこにおるんか? 一緒にカイリューの背に乗っとったんゴールドやったんか! ワイは今コガネや。例の電波のおかしさを探ってみたんやけど、こっちもヤバいこと起きてん。ついさっき、ロケット団がラジオとうを占拠しよった!』
やはりあいつらの仕業か、とワタルは舌打ちし、
「ちょっと待った、おかしな電波はチョウジから出ているのだぞ? それの原因もロケット団の仕業として、どうして今更ラジオとうを――」
『んなもんワイも分からへん。つまりはワイら、変なところで勘違いしとったみたいや。とりあえずそっちの状況を合わせて、整理してみるで!』
ワタルが、こちらでの電波の解釈を簡単にまとめて述べた。進化する可能性のあるポケモンたちだけが敏感に反応し、それはチョウジタウンのどこかに原因があると。あかいギャラドスが暴れたのも同じ理由。だから、チョウジタウンにて怪電波を発生させている根源を絶たねばならない。
マサキはマサキで、今しがた黒装束の軍団がラジオとうに押しかけてきたのを目撃した、と説明した。電波の不調でただでさえ火の車のところを突かれ、砂の城を崩すがごとくあっさりとラジオとうそのものを乗っ取られたそうだ。
両者の説明を頭で整理しつつ、ゴールドはふと思う。マサキとワタルは前もって知り合いだったのかと。ブラックの生中継といい、人間の世界とは得てして狭く出来上がっているものである。しかし、ワタルほどの実力を持っていそうなトレーナーと、ポケモンバトルとは縁のないマサキとがコンタクト取れあう関係だったとは、すぐには納得できなかった。
『ははあ。ゴールド、去年と一緒やな。ポケモンのことかまいすぎて、相変わらず肝心なとこに目つけてないとはなあ』
どういうことかつかみかねていると、
『――答えは自分で見つけぇや』
「――そうしましょうとも」
マサキは次は間を置かず、
『よっしゃ、じゃああれやるっきゃないわ。ワイとZに、ちょっとしたこころあたりがあるねん。悪いんやけど、そこら辺にあるパソコン立ち上げてくれるか? こっちもそうするさかい』
「ゴールドくん!」
ワタルが言うのとほぼ同時に、ゴールドは一番近くにあったパソコンに駆け足で向かう。椅子にも座らず電源ボタンへ親指を突き立てようとしたら、
勝手にパソコンが起動した。
ばちん、と頭上の蛍光灯が一度だけ爆ぜた。
規格は全国共通であるものの、マウスやキーボードが手垢にまみれていくのと同様、使用頻度によってスペックにはいずれ差が生じる。なので、起動速度もよりけりだ。地元のポケモンセンターに通い慣れている人は、調子のいい端末をすぐに覚えて指定席のように占めるものだから、外からはるばるやってきたトレーナーは泣く泣くボロいほうを使うしかない。
ゴールドが今まさに起動させようとしたそのパソコンは、かつてない速度で立ち上がった。ゴールドがこれまであちこちの町で使ってきたパソコンの起動平均所要時間の、三分の一にも及ばなかった。
信じがたいことに、自ら。
『ゴールドさァン!』
電撃的なLaC接続。
閉じられた起動プロセスの次にモニターへ表示されるのは、一行の文章。
エントリーされているヘッダーは、かのポリゴンZだった。
「お、お前そこで何を」
キーボードを叩くことをうっかり忘れ、口で言ってしまった。
しかしポリゴンZはあらかじめマイクにすらも電気を通しておいたのか、
『ワタルさンの話を聴いていたら我慢できなかったので、そちらの端末をリモートブートさせました。ボクがワイヤレスでこちらのパソコンの一部となり、そちらのパソコンへ、ちょっとイケない回線を無理矢理ねじ込みました。起動チェックプロセスはボクが受け持って
省略し、最速起動させたンですが、大丈夫です? どこか文字化けしていないです?』
こんあほんだらなにかってなことしよんねーん!!
受話器の向こうにいるマサキは、同じく受話器の向こうにいるポリゴンZにそう怒鳴った。
どうして分かったかというと、それがワタルの右鼓膜を貫いて左鼓膜へ飛び出し、ここまで届いてきたからだ。
当然ワタルのそばにいたレッパクも、マサキの声をした受話器の声量に押し飛ばされて、受付カウンターの向こう側へ落っこちていた。
ポリゴンZだってしこたまびっくりし、そばにいるマサキに言うべき言葉をうっかりLaC接続したまま音声サブジェクト化して、こっちの画面にも飛ばしてしまっていた。ホラー以外のなにものでもない、画面いっぱいのごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさい。
数秒後、電話が切られ、さっきまでのパソコンの会話プロセスが勝手に遮断。
数秒後、モニターにマサキの顔が出現した。
『とにかくや、パソコン立ち上げてもろたんは他でもない。通信つこうてZをそっちに送る! グレンゲと交換や! グレンゲはそこから距離をとって休めるし、Zもきっと力になるはずやで!』
「え、何をするつもりなんですか」
マサキの顔に浮かぶは、不敵な笑み。
『決まっとるやろ。さっきのZのおせっかいな得意技≠見たんやろ?』
まさか。
『電波放っとる装置をぶっ壊すんや。ハッキングで』
以前から、どうにも不可解なところがあったらしい。
チョウジタウンへ通ずる幾万本のゲイトウェイの中に、見たこともないIDの回線が敷かれていた。
マサキだってポリゴンZだって知りたかったが、勝手に覗きみるのはもちろん違法だ。さきほどのポリゴンZの遠隔操作も、斬首刑で首の皮一枚かすめる程度のヤバさだった。
その回線の向こうに、おそらく電波発生装置があるだろうと、マサキは想定した。
ではどこから侵入して鼻を明かせばいいのか、答えはひとつしかない。
結局は物理的に本体を探し出して、直接侵入し、システムをダウンさせる。
「しかし、ただの電波発生装置だとして、ネットワークを介する必要があるんですかね?」
『もしものことを考えとるんやろな。他の町からでも修正パッチ当てられたりとかもできるし。装置のありかがバレてトンズラしたいとき、オリジナルメイドのシステムをむざむざ見捨てとうないやろ? クラウドにそっくり保存し、中身からっぽとなった装置を遠隔でちゅどーんさせることとかもできる。その場におらんでも色々できる便利性を考慮した結果やろな』
「とにかく、おれも今からコガネへ向かう! ゴールドくんはここの町の電波発生装置を見つけ出して、停止させる。それで全て解決なんだな?」
『そういうことや。Z、ちゃんとゴールドの言う事聞くんやで』
――はい。よろしくお願いします。
グレンゲと引き換えに転送されてきたポリゴンZは、ゆらゆらと浮きながら頭を軽く下げた。