21 Panic
【この感じ、何度やっても慣れねえもんだよなあ】 グレンゲ
21 Panic ジョウト地方にて電波法に関わる業務をしている人が、なんらかのミスをやらかしちゃったとする。
例えばラジオ放送をしようとするもうっかり送信側の電波を暗号化しそこね、受信側の解析では砂を噛んでいるようなノイズにしか聴こえない状態になってしまうなど。
それくらいならまだ可愛いものである。その程度の異常ならばすぐにスタッフも気づくので、ぱぱっと適正なレベルへ調整しなおせばいい。あとは謝罪を視聴者側へ教科書通りに述べるだけ。視聴者もいちいちそれに果たし状を送るほどこころは狭くない。
観点を変えよう。
ではあくまで一例だが、ガラも口も頭も性格も悪いおじさんたちがひたいを集め、蜘蛛の巣はった脳みそから無い知恵を絞りに絞り、電波を発生させてしまう装置を勝手に作ったらどうなるか。
それはそれはもうドえらい祭りとなる。レベル、すなわち強度を上げれば上げるほどコガネシティのラジオとうは適切なサービスを提供できなくなり、エラーコードシグナルもエコーバックされず、文句すらまともに届かない。スタッフは正常な機材を何度も見直すこととなるし、有線電話で掛かってくる苦情だけでもひたすら謝り続けるしかない。電波は目に見えないだけに厄介で、あらゆる波を作ることができる。悪意をもって特定の周波数を使ってしまえばさあ大変。一部のポケモンはそういったものに敏感なので、長時間浴び続ければたちまちひっくり返る。
もちろんだが、電波を自動的に発信し続ける装置などおいそれと作れるものではない。ラジオとうに対抗しうるものが今まで現れなかっただけに、そのような事態はほぼ例外的とも言える。
また、一部のポケモンと記したが、そこにはとある共通点が潜んでいたりもする。
ここまで説明しておいてなんだが、最初に述べた通りこれは「もしも」の話だ。そこまであからさまな事件が起きたのならば、ゴールドたちだって他の人たちだってとっくの昔に気づいていたはずである。よって、事態はさほど深刻ではない。
まだ。
今のところは。
― † ―
ずははははははははははは。
いつかこうなるかもしれないと恐れていたことが、ついに、ついにやってきた。
自称不死身を謳っていたグレンゲがぶっ倒れた。
チョウジタウンに到着してから間もなくのことで、まるで専用の塩でもまかれていたかのような鮮やかな倒れっぷりだった。
エンジュを訪れるゴールドでも多少顔色が良かった。
今のグレンゲは、青いを通り越してもはや白い。
人間であるゴールドにはとても判別つかないが、レッパクもドロップもソニアも、当事者のグレンゲですらもそう断言した。
ずははははははははははは。
――うええええ、気持ち、わりい……。
――しっかりしてよー。1から30までにある素数言えるー?
――ばぁか。言えたら。苦労。しねえよ。
――とにかく気をしっかり持て。引きずり込まれるなよ。
――どういった感じなのか、できるだけ具体的に伝えておいたほうがいいですよ。
――レッパクなら分かってくれると思うがよぉ……あの、進化する寸前の……体の中からどくんどくんする感覚。あれが出てきたり引っ込んだりして、うげえ。
「もういい、しゃべるな。じっとしてるんだ」
ずははははははははははは。
急いでっ。ジョーイが鋭くささやいた。ペンをタグへ素早く走らせ、グレンゲの左腕に巻きつける。ゴムチューブを反対の腕に巻き、クリップで固定する。
来ることを予期していたかのような、異常なほどの手際の良さだった。
ジョーイとタブンネ、そしてゴールド一行に見守られながら、ストレッチャー・グレンゲ号は廊下の奥へと滑ってゆく。ずはははははははははは、とスタッフ(そう信じたい)のタブンネは顔じゅうを口いっぱいにして笑っていた。マグロになった患者を見てひとしきり笑えるのは多分世界でこいつだけだろう。五段のステンレス製ワゴンと一緒に走りながら、適切な器具を次々と手品のように取り出してくる。これで水色マスクと医療用ゴム手袋と照明器とメスがあればマペット映画の一丁上がりである。
あとはジョーイとタブンネにまかせ、扉の前でゴールドたちは立ち止まった。
薄々嫌な予感がしていることは、グレンゲ以外もだった。
扉の向こう、タブンネの笑い声がここまで聞こえてくる。
こいつはまたドえらい目にあったものだ!
はあ。
わたしが貴殿の担当となった。よろしく頼む! 少しばかりの辛抱だ。責任をもって、健康の喜び溢れる安らぎへ舞い戻れることを約束しよう!
よお、姉ちゃん。ちっとばかし静かにしてくれねえか。頭いてえんだ。声が響いてガンガンすらあ。
しかし見上げたものだ! この界隈を跳梁跋扈する電波にやられてなお耐えうるとはあっぱれであるぞ! うむ、実に見事! けれどあいにくだが、頭痛薬はここには用意されておらん! ゆえに――よし、こいつの6ミリで十分であるな!
ちょ、お待ちなすって。なんだその不穏にギラつく針はよ。
安心したまえ! ジョーイ印の副交感神経遮断アンプルをそんじょそこらの生理食塩水と一緒にしないでくれたまえよ! なあに、ちょっと穴が空いてしまうが、立派な勲章にも見えなくはないぞっ! さあ、
漢の魂を見せるんだ! 貴殿の勇姿をここで見届けさせてもらう!
あ、ああ、言い忘れていたよ。俺、酒の匂いに弱いからこまけえ脱脂綿からのヤツですら敏感に反応してどわあ抑えつけるな!!
ふむ、なるほど。やはりだいぶ電波が頭に回っているようである。一刻も早く取り掛からねばなるまい! メスだからといって見くびらないでくれたまえよ。こう見えても腕力には自信がある! なにせここ毎日、ずっと貴殿のような輩と戦っておるのだからな! 暴れようとしたって無駄なことよ!
ポケモンセンターで患者がわたしたちに勝てると思ったら愚の骨頂! だがしかしだ、そうじたばたされるとさすがのわたしでも力加減は保証しかねるぞ!
おい、そうじゃねえ! 空気だ空気! 泡が入ってんだよ! しかも逆手で握ってんじゃねえ! てめえぜってえこころのどっかで楽しんでるだろ! なあ、そうだろ松!? いい加減にしねえと校長先生怒りますよ!?
まさしく! これぞ天職! 患者の復帰を願うために日夜わたしたちは奮闘しているのだよ! 貴殿が治って貴殿も幸福、わたしたちも幸福。冥利に尽きるというものよ! さあ行くぞ覚悟はよいなっ! ひでんの魔手、定石、『
画竜点睛』! 欠番ッ!!
どああああぁぁぁ――――――――――――――――――――――――――――――――――っ。
ものすげえ絶叫だった。
バクオングすら封殺できそうなくらい静まり返った扉の向こうを見つめて、
「尊い犠牲がまたひとつ」
――グレンゲ。あなたのこと、私は一生忘れません。
――あんたの暑苦しさ、あたし別に嫌いじゃなかったよ。
――殺すな殺すな。
「なんだかすごい名前の薬だったし」
――どんな病気でも治っちゃいそうですよね。
――ねーリーダー、6ミリって何が6ミリなのー? 針の直径?
――薬剤の量に決まっているだろ。
間もなく、例のタブンネがなんでもない面で出てきた。
――あいつの死に顔どーだったー? 安らかだったー?
――いやだから殺すな。
ずははははは、とタブンネは笑い、
――危険な状態ではなかったが、なにせ暴れたのでな。落ち着かせるために鎮静剤をまず射ったのだよ。
大山鳴動、とはまさにこのことである。
― † ―
結果論だが、グレンゲはおとなしくなった。注射嫌いのあいつに針をぶっ刺して薬を投与したら、そりゃあおとなしくもなる。
しかしまだまだ予断の許されぬ状態が続くと覚悟し、ゴールドたちは懸命に待機することとした。普段は一番活発で、メンバーを励ますことにも一役二役買っていただけに、心配なのは全員の確かな気持ちだった。
「今叫んだマグマラシ、きみのポケモンかい?」
その男性は、ワタルと名乗った。ここ最近、チョウジを中心としておかしな電波が飛び交っていると聞いてやってきたそうだ。逆毛にマントと見た目こそ仰々しいが、腰にボールを携えている以上は一端のトレーナーであり、ポケモンセンターを訪れてもなんらおかしくはなかった。トレーナーの格好を指さしてあとで痛い目に遭う、という暗黙の了解は、どこでも共通のことだ。やまおとこをばかにした者は山で遭難したとき泣きを見るし、むしとりしょうねんを笑う者はいつかスピアーに刺される。
話し合いは長引いた。材料が乏しい。個人情報の都合上、同じような症状を起こしたポケモンをリストアップする力などゴールドにありはしなかった。
「おれのポケモンたちには特に変わった変化は見られない。一部のポケモンだけが反応しているみたいだ」
「グレンゲだけ、露骨に容態がおかしいということが前からありました。最初に異変を感じたのはエンジュに着いてからでした」
妙だな、とワタルはあごに手を添える。
「つまり、チョウジ以外の町にまで届かせられるほどの悪質な電波を、何者かがなんらかの意図で放ち続けているということか」
その何者かの正体も分からないし、どういった意図なのかもつかめない。
いずれにせよ、このままではグレンゲが危ない。
その他のポケモンたちも。
そこでワタルは、先ほどゴールドが考えていた手段に移った。受付にて、ここのポケモンセンターに担ぎ込まれたポケモンたちのリストを提出するように求めたのだ。
いくら悩ましいこととは言えどそれは無理ではないか、とゴールドが口にしかけた矢先、ジョーイは冷水をかぶせられたかのように表情を凍りつかせた。慌ててそばにあるキーボードを小型マシンガンの速さで叩き、あっという間にファイルを2部プリントアウトしてよこしてきた。
何者だこの人。
そう思う余地なくワタルに1部を手渡された。エコロジー根性にモノを言わせ、1枚のA4になるべくサイズ縮小して載せたため、インクがとびとびで読みにくい。ニックネームと同時に種族名もあったから、かろうじて判別できた。縮小しなければならないほどの多くのポケモンが苦しんでいるのか、という認識が、ゆっくりと後を追ってきた。
先に共通点に気づいたのは、ゴールドだった。
いやまさか、と思う。
でも、これ以外には考えられない気もする。
紙切れの上端からちらりとワタルの顔を覗いてみた。
面白いくらいの速度で両のまなこを往復させ、ワタルは今もリストを読んでいる。
言い出そうかどうか、口の中で言葉を転がしているときだった。ふたりの間を割って入るように、受付そばのモニターが別の色素を宿した。
『番組の途中ですが、ニュースをお伝えいたします。先ほど、チョウジタウンの北に位置する「いかりのみずうみ」にて、あかいギャラドスが出現したとの報告がありました。早速ですが、駆けつけた取材班による中継ライブを御覧ください』
『はい、こちらはいかりのみずうみです。只今の時刻は午後3時18分。雨がとても激しいです。世にも珍しい、あかいギャラドスがいるのが私の肉眼でかろうじて確認できます。ギャラドスは怒りに我を忘れ、暴れている模様です。豪雨で視界を閉ざされ、そちらに正常な映像をお届けできないことをお詫び申し上げます』
『――ありがとうございました。引き続き中継をお願いいたします。さて、ギャラドスの怒りの原因とは? そして色のあかい理由とは? 皆様もご存じの方が多いでしょうが、ギャラドスは普通、青々とした鱗を持った――え? は、はい、も、もういちどライブによる映像を、』
『た、大変です! ギャラドスを相手に、ドンカラスに乗ったひとりの少年が戦い始めました! ご覧になれますでしょうか! 湖の端にいるメガニウムがはっぱカッターで気をひきつけ、あ、危ない! す――すごい! 今の攻撃を寸前でかわしました! 豪雨の中、果敢にも少年とドンカラスがメガニウムをサポートし』
それ以上の言葉は耳に届かなかった。
ふたりは、食い入るように画面を見つめた。
ゴールドは、はっきりと網膜に焼き付けてしまった。
滝のような雨の向こう、左右にはじけ飛ぶ映像の向こう、無謀なフィールドコンバットを繰り広げているその少年の髪の色を。雨雲の世界、ドンカラスの体は保護色のように溶け失せ、少年は自分で飛んでいる風に見えた。
ゴールドは、腹痛と頭痛が同時に来たような顔をしている。内心はあっけに取られていた。
もはや意図的としか思えないタイミングで、どこかのタブンネが誰かを見てずはははははははは。
「……………………あの。ばか……………………」
「あの少年、きみの知り合いか?」
「悪友です」
あの向こう見ずが、10年連れ添った幼馴染です。だなんて、逆さ吊りにされても口から出せたものではない。ゴールドはグレンゲを預けっぱなしにすることを決断、即座に出かける準備を始めた。地図を確認しようとポケギアをいじろうとし、しかし電波でラリってたことを思い出し、一瞬死ぬほどキレそうになって地団駄を踏む。
「待つんだ。ここからいかりのみずうみまではかなりの距離がある。歩こうが走ろうが、今から行っても間に合わない」
じゃあどうしろと――ゴールドが振り返ったとき、ワタルが自分のボールに手を添えていた。
「ついてきたまえ」
そう言われたが、ポケモンセンターを出ないことには始まらないため、いずれにせよワタルについていかざるを得なかった。
「走っても無駄だし、自転車を飛ばしてもおそらく相当の時間がかかる。だからといって、ここにずっととどまっているわけにもいかない」
ワタルが、モンスターボールを投げた。
ボールの中から飛び出したその巨体を見た途端、ゴールドはまた地面が揺れると思った。
立派な図体をしたそいつは、地に足が付く直前、体格にしてはやけに小さく生えている翼を使って浮遊した。
空の王者、海の化身。その名もカイリュー。ポケモンの中でも最も育てるのが難しいドラゴンタイプの、こいつはその筆頭格。裏を返すと、その力をうまく使いこなすことが可能となれば、これ以上にないくらい頼もしいパートナーとなりうる。
何者だこの人。
ゴールドは再びそう思った。
これだから、うかつに他のトレーナーを笑えない。
「カイリュー、いかりのみずうみまで飛んでくれ。この少年も一緒だ」
――了解っ。さあ乗って乗って。
カイリューが頷き、背を向けて体を低くした。ワタルが飛び乗り、こちらに手をさしだしてきた。
「そらをとぶのは初めてか?」
初めてだった。
しかし、何故か怖そうとは少しも思わなかった。出会って60分にも満たない見ず知らずの男性のポケモンの背中を借り、そらをとぶ。正気ならばそこで数秒とも考えただろうが、おそらく正気じゃなかったのだろう。自分も電波にやられたのかもしれない。好奇心が奥から突き出てくる。大地を駆けたし、海も渡った。残るは空だけだった。三つの世界の残りひとつへ、今から自分は飛び込めるのだという実感を、味わってみたい。木登りよりもスズのとうよりも高い景色が一体どんなものなのか、知ってみたい。
差し出された手を、1秒でつかんだ。
― † ―
ふたりの人間を乗せたカイリューが、空を飛んでいる。
行き先をかんがみると、いかりのみずうみらしい。以前行ってみたことがある。森に囲まれた、だだっぴろい水たまりがあるだけで、ちっとも面白くなかった。目印程度にしか使わないだろう。おまけに人間もやたら多い。水と陸を縫い付けるようにつりざおを並べ、ぼーっとして、ウキが引っ込んだら即座にとりかかる。自分の釣り上げたやつのほうが大きい、と喧嘩腰で競いあう。そのくせ、たまに水に帰すし、あれの一体全体何が楽しいんだろう。魚が食べたいのならば直に潜ってとればいいのに。
そんなことを思い返しながら、カイリューを遠巻きに眺めているポケモンがいる。
かの色違いフライゴンである。
タンバシティでの一件後も、やはりこいつはちょくちょくとゴールドの行く末を空から観察し続けていたのだ。
こいつが煮ても焼いても食えない性分なのは重々承知であろうが、ドぎついお灸をすえられる決定的な出来事が、いよいよここで起きてしまった。
――進化したときから、いや、それよりも前からずっと、背中に乗せるべき人をひそかに考えていたというのに。レッパクたちにはなくて自分だけが持ち誇る、空を制する力。いつか使うだろうと思って、他の誰にも寄り添わずに単独行動してきたのに。
その人は今、自分の背中には乗らないで、あんなヤツの翼を借りている。
ずるい、にも近い感情がぐつぐつと煮沸する。
どうして「近い」かというと、早々にそんな気持ちを認めたくないからだ。だから別のものを用意して、己をごまかすしかない。ゴールドがずるいのかカイリューがずるいのか、フライゴンは自分でもよく分かっていないのだ。
――あんなにもアプローチしてきたくせに。ぼくの翼が好きだって言ってくれたくせに。ひと声かけてくれれば、別にどこにでも連れていってやってもよかったのに。
しかしそいつはお互い様というものだった。その申し出を拒み続けてきたのは紛れもないフライゴン自身だ。二度目の旅立ちのあの日、ワカバの森。こころで分裂したもう一方の自分による意地を振り払えず、ついに自ら再起の道を閉ざしてしまった。進化する直前で体調がおかしかったなど、後から取って付けた言い訳に過ぎない。
いざ本当にフラれてみると、こんなにも胸の中を虚無に支配されるとは。
後悔がなじってくる。だからもっと早く素直になればよかったのに、と。意固地になって置いてけぼりにされたあと、やっぱりついていくくらいなら、最初から「うん」と言えばよかったのだ。これだとみっともなさが倍増するだけだ。
――今、あの顔にはどんな表情が浮かんでいるのだろう。
やっぱり喜んでいるのだろうか。
だとしたら腹が立つ。そんなことでいちいちはしゃぐだなんて単純すぎる。所詮子供だ。自分がナックラーだったあのころから、ちっとも成長していない。
それとも怖がっているのだろうか。
それはそれで腹が立つ。やたらな高度を確保してゴールドを怖がらせるな。そんなに高いところを飛んでなんの意味がある。ましてや初めての経験かもしれないんだ。寒いに決まってるんだからもっと優しく扱え。
こんな色とはいえ、遊びや飾りで羽なんか生やしちゃいない。いくらかの自信も、一応、あったにはあった。もっと丁寧に気流を感知して、軽やかに飛んでみせよう。それに引き換え、なんだあの力任せな飛び方は。品の欠片もない。図体がでかくて重量が安定しているものだから、調子に乗っているのかもしれない。あ、ばか、風圧で落っこちたらどうするんだ。そうじゃないそうじゃない、あんたが思っているよりそのエアポイントは大きいんだ、もっと慎重にくぐりぬけて――
人間を乗せた自分でも(しかしながら未経験だが)制御できないであろう気圧の穴を、あのカイリューは人間ふたりを乗せたまま、なんの造作もなくあっさり貫通した。
もどかしくて、どうにもできない。
こころの内側を、ばねのようなものがせわしなく跳ね回っている。
為す術は、一応、無くはなかった。目も当てられないわるあがきだ。それは自認している。
フライゴンは、見事な速度で飛行をしているカイリューを、これでもかとばかりに睨んでいる。
空に誓う。今後、あいつの飛び方だけはぜったいに真似してやるもんか。一挙手一投足全てを覚えてやる。定石、『登竜門』を使うのならば、自分は二度とそれを使わない。右から攻めるクセがあるのならば、反対に左から攻める。たつまきを出すのならば、対抗してもっと大きなすなあらしを出す。何かのきのみを好むのならば、それを不味い味と決めつけて一生口にしない。
まあったく、ややこしいやつである。
これではどっちが子供なのだか知れたもんじゃない。
セラミックみたいな神経をしているくせに、妙なところでささくれ立ってやがる。
こいつはどうも、色違いの事情よりも自分の性格で損をする節がある。
ぐずぐずに風邪をひいてから、やっと健康の大切さを思い知るタイプなのかもしれない。
フライゴンだって、
フライゴンだって、悔しかったのだ。