19 ジョルトソニア
【居場所がないなら、作ってやるよ。それくらいお安い御用だ】 ゴールド
19 ジョルトソニア「いや、ほんっっっっっとうにすまん」
――ごめんなさい。
「いえいえ。エンジュへ戻るついでに修理に届けてくれるんでしたらそれでかまいませんよ」
ゴールドはそれでも頭を下げ、合わせた両手を後頭部あたりにそえている。様式は違えどレッパクも同じだ。刃のように鋭い耳をここぞと垂らし、水中はおろか地中にすら沈み込んでしまいそうなほどしおらしくなっている。話の脈絡をいまひとつ理解し得ないグレンゲとドロップも、とりあえず揃って
叩頭している。一生分の謝意を使い果たしそうなほどの詫び入れバリューセットにミカンは苦笑いし、素直に好意に甘えることにした。
ポケギアの修理だった。
つくづく難儀だった。
おつかいがやっと終わったかと思いきや、更なるパシリが追加されてしまった。
かのミカン戦にて、星の北と南がひっくり返るのではというほどの電磁波をトリガーしたレッパクは、ゴールドとミカンのポケギアを綺麗さっぱり意識不明の重体にいざなった。何を押してもノイズまみれ。どこを叩いても反応なし。アルフのいせきで聞いた音波よりも不可解だ。家のくたばりぞこない家電をこれまで何度もレッパクと診てきたゴールドだったが、今回ばかりはさじをぶん投げた。もしかしてジムのそばを通っていた一般人も巻き添えにしたのではと冷や汗ひとつも垂らしたくなるが、さすがにそこまで責任は負えない。
次なる目的地はチョウジタウンなので、その途中エンジュを通り抜けるのは当然の話であり、そこはさておこう。重要なのは、どれくらいの時間そこにとどまるかだ。
ここまで虫の息のポケギアを直すには、やはりあの人しかいない。
また会いに行かなくてはならない。
「これから本格的に旅をするとなると、3匹だけではこころもとないですよ? ましてやリーグとなると」
「そうだよなあ。3体以上のエントリーを相手にする戦いではやっぱり厳しいか」
3体同時エントリーで辛勝したほどだ。3体以上を3体以下だけで相手することは、特にルールに背いてはいないが、不利なことに違いはない。少数精鋭による結束の力は本物だが、この先トライアタックの一本槍だけで通用するとも限らない。フライゴンは空の彼方だし、そろそろ新しい仲間を加え、みんなの負担を減らしたほうがいい。ポケモンたちを管理するのは、自分の最優先すべき務めだ。
さてどうしたものか、とゴールドは思う。
― † ―
というわけで、またまたエンジュである。
ポケモンセンターに、奇怪な一団がやってきた。
かつてねえほどのどん底ふてくされボンクラパーティだった。
ゴールドのコンディションは微妙だった。決意を新たにした今、トラウマも幾分か克服できたとはいえ、まだまだまだまだ足取りは重い。自分のポケギアだけの問題ならともかく、他人のポケギアも責任が伴っているとなると、心情きついものがある。
レッパクのコンディションは最悪だった。ただでさえ気負いしているというのに、38ばんどうろでのライコウとの邂逅が脳裏に蘇り、いよいよ死にたくなっている。こいつの周りだけ雨が降っていてもおかしくない。「アカリちゃんを病気に追いやったのはお前の仕業か」と問われても、今ならたぶん即座に「うん」と答えるだろう。
グレンゲのコンディションはいまいちだった。この前、エンジュで感じた体調不良に似ていた。我慢すりゃあなんとかなるレベルであるが、引きずられるようについていくのがやっとだ。そんなにしんどいのならば無理に歩かず、ボールの中に収まっていてもいいような気もする。しかし、入ってしまえば最期、ボールを揺すって回復を訴える気力も無いままくたばってしまうと思っているらしい。
ドロップのコンディションはそれなりだった。しかし野郎ども三者がこんなザマのため、気のきいたことなんてとてもとても言えず、カキのように押し黙るしかない。自分も同じく元気ないふりしたほうがいいのかしら、なんてとんちんかんな思惑にまで至るのだった。
「うーわー」
これがマサキの開口第一で、
――あららら。
これがポリゴンZの開口第一だ。
「これまた派っ手にめげたもんやなあ」
――ごめんなさい。
「直りますかね?」
「中身だけでも生きてれば幸いやけども」
そう言いつつ、マサキは相棒のパームトップパソコンを起動した。
破損具合を説明されたが、ゴールドもレッパクもびたいち分からなかった。プラスとマイナスのドライバーのみでは直らないことだけはなんとなしに理解した。
ポリゴンZなりに簡単にまとめると、電波の送受信をするハードアンテナから走るチップがほとんど焼き払われ、システムの7割弱がおジャン。復帰は到底見込めないとのこと。
塵芥と化したパーツをいちいち交換するよりかは、いっそ買い換えたほうが早い。まず、ネジを外して外格フレームをとっぱらう。そして、ボタン――ではなく、むき出しの端子から直接コードブレイカーを流しこみ、セーフモードを強制ブート。インターフェースも死んだ以上、ディスプレイはコンピュータ上にデュアル表示して確認。生き残っているプライベートファイルやコンフィグだけでもバックアップをとり、避難させる。それを新品に移せばなんとかなるとのこと。
これでもまだまだよく分からない。
「せめて生き残ったデータだけでも新しいほうに移植するってことか?」
――ですです。それを守るメモリーは外注の規格です。みなさンが新しいポケギアに乗り移るときの、データの移しやすさを考慮してますので。まァでも、レッパクほどのパワーを通すとなると、まだ雲行きは怪しいンですが。
パームトップパソコンから伸びるコードたちが、帝王切開されたポケギアのあちこちに接続され、点滴を受けているようにも見える。傍から見れば、なかなかかっこいいことをやっているように思えなくもない。しかし、ポケギアに標準マウントされているコネクターも黒焦げの今、プラグに食らいついているのは特殊加工された赤と青のワニ口クリップたちで、そこだけがいささかみすぼらしい。
にしし、マサキは笑い、
「ここまでぶっつぶれるとかえって清々しいわ。こらほんま、レッパクの将来が楽しみやで」
しょんもり。
「ああもう、皮肉抜きで褒めてくれてるんだからいい加減元気出せ」
ゴールドはレッパクの頭を拳で3回こづく。
新品のポケギアを調達しなければならないから、もちろん金がかかる。死にかけのポケギアから内部データを移植するのだから、手間もかかる。再度ポケモンリーグを目指す旨を聴いて大喜びだったとはいえ、タダでここまでやってもらうわけにもいかない。代わりに何かできることはないかとゴールドは申し出てみた。
「あー、せやなあ。ワイは特に――あ、そや。あっこ。昨日からなんやけど、ウソッキーがおったあたり」
ゴールドが先回りして、
「またあいつのとおせんぼですか」
「うんや」
本当に言っていいのか、と考えているのか、ドライバーの尻で頭をかいて、
「今度はサボテン」
― † ―
本当にサボテンだった。
彩りといい、とげとげしさといい、見目姿といい、誰がどう見ても力いっぱい指をさしてサボテンと称えることができる。よほど病院と墓場の近い画伯でない限り、これを「みのなるき」と呼んで白いキャンバス一面に赤ペンキをぶちまけなかったはずだ。
そして許しがたいことに、最近のサボテンはゆらゆらと踊ることも覚えたらしい。
――主、こいつ、
「ポケモンだ。――またしても」
おそらく別の地方で確認されているポケモン。時代はグローバルになったもので、「おらが地方限定の新種」なんて口上は、サビの浮いた売り文句に成り果てていた。確か、イッシュ地方に多く生息している――
――ご主人、ウソッキーが水に弱かったのなら、
「いや、こいつは正真正銘のくさタイプだったはず。グレンゲでいい」
――おまかせなすって。
余談だが、ここでウソッキーの話をしておく。
エンジュの南には、ゆがんだ逆さYの字にそれぞれ35、36、37ばんどうろが伸びている。しぜんこうえんへ行くもよし、エンジュへ行くもよし、キキョウシティへ行くもよしの、ジョウトを旅する上では欠かせない道だった。が、それらが交差する極細の一点で、めちゃくちゃ意図的にとおせんぼしていたポケモンがいた。もちろん通行はできないし、炎で攻撃してもびくともしない、やっかいな相手だった。木に扮したウソッキーのタイプがいわだと完全にバレるのには、見事なまでの時間がかかった。ある意味ではヤツの「勝ち」とも言える。
いずれにせよ、サボテンがこんなところにいては、マサキとその他大勢がコガネシティに帰られなくなる。引っこ抜くにもぶすぶすと痛みがともなう。スコップや重機で掘り返すのもちょっとかわいそうだ。
――なんで今まで追い払われなかったんでしょうね?
――さあな。とにかく行くぜ!
レッパクがピンときて、
――あ、いやちょっ
その先の言葉もろとも焼きつくし、かえんほうしゃがサボテンの根本に襲いかかった。
途端。
――あっつぅーい! 何するのー!
定石、『
風見鶏』。
右旋転の型。サボテンがくるりと振り向き、足下を固定。両手からミサイルばりを発射してきた。
すかさずレッパクが前に立ち、同じ技で対抗した。サボテンのミサイルばりは、レッパクのそれとは違い、本当に細い針を射出していた。弾ききれなかった26発中、9発がレッパク、3発がゴールド、10発がドロップ、残る4発がグレンゲにそれぞれ刺さってしまった。
「いってててて――やっぱこいつマラカッチか」
服が鎧の代わりになってくれたので、深い傷には至らなかった。目に刺さったら事だった。みなが追っ払えなかったわけである。何かちょっかいかけるたびに反撃されては、近々針山になってしまう。とりわけ針の大嫌いなグレンゲは相当のおかんむりで、
――よっくもやりやがったなこの! んなところにいたら迷惑千万だてめえ!
――そんなのあたしの勝手でしょー! あんたが火ぃ吐かなきゃーあたしだってお返ししないってば。
サボテン、もといマラカッチが両腕をシャカシャカ振り、ギザギザの口を怪獣のようにうがーと開ける。
あとちょっとでケンカ雲ができかねない間を、ゴールドが割って入った。
「悪かった。そいつを責めないでやってくれ。気のつかない命令をした俺の責任だ。体を炎で炙られたら誰だって嫌だよな」
マラカッチがゴールドの靴から帽子までをじろーっと見上げ、
――あんたがこいつらの親玉ー?
「親玉というか、うん。保護者みたいなもんだ」
――だったらしっかり躾けておいてよねー。あたしの肌デリケートなんだからー。
そう言ってマラカッチは体をリズミカルに振る。サボテンの肌にデリケートも何もあるのか、と顔に出ているグレンゲをなだめ、
「なあ、物は相談だが、そこをどいてやってくれないか。みんなが通れなくて困っているんだ」
ええー、とマラカッチは不服そうに、
――またあたしを追い出す気ー?
――また? どういうことですか?
頭部から対になって生えている花の右側が、ぴょこぴょこと36ばんどうろを指す。
――あたし、アルフのいせきにいたんだけどさー。
つまり、こういうこと、らしい。
アルフのいせきには、意外なほどポケモンが生息している。人間の手が深く入り込んでいない古い土地柄のため、ひとつの特殊な生態系を確保したそうだ。ドーブルやネイティなど、ジョウト地方でもそれなりに珍しいポケモンが住んでいる。
そこが大昔からの遺跡と判明したからには、新たな「土地」として割り当てなおすこともできず、逆に遺跡の調査が次の企画として持ち上げられる。
謎が謎を呼び、車輪をまわすコラッタのごとく研究が空回りし、長時間の滞在が余儀なくされる。
噂が噂を呼び、ミステリーな話を聞きつけた観光客までもがやってくる。
神秘的な気配を堆積している遺跡に、好奇心らんらんの人間様が次々に訪れる。
さて、問題。
誰が一番はた迷惑をこうむるか。
「つながりのどうくつと似た弊害が、起こるべくして起こってしまったか」
――あたしだって別段、人間が立ち入ることくらい構わないよ。ここ最近なんか特に暇で暇で死にそーだったし。
――サボテンとは思えん着想だ。
――そんなことゆーな!
マラカッチはレッパクの頭を真上からぼかりと叩いた。
――あんたたちの頭だって、あたしたちの細胞だって、最小単位で考えて突き詰めれば、違いなんてどこにもないの! そこらへんの雑草だって、落ち葉だって、小枝だって、大樹だって、その先端にまで「意識」を宿らせていて、みんな立派に「生きてる」の! 表現できないだけで、きちんと笑ったり泣いたりしてるの! お分かりー?
むうう、と意外にもレッパクが押されている。植物のポケモンだけに、説得力がある。
ドロップがくすりと笑って、
――レッパクって結構女の子の扱いが苦手ですよね。
――大将と似てるよな、そういうところも。
うぐぐ、とレッパクは唸る。
どこがだよ、とゴールドも舌打ち。
――それはともかく、よっぽどマナーのなってない人間ともなるとあたしたちも黙っていないわけ。ゴミをポイ捨てしたやつとか物を壊しちゃったやつには、さっきのようにミサイルばりで刺しちゃったり、ネイティがテレポートでどっかに飛ばしちゃったり、ドーブルがペイントで看板をカモフラージュしちゃったりー。
薄々話が見えてきた。ゴールドがマラカッチの言いたいことを総括するに、
「仕返しをしたら理不尽にも今度は追い出された、と」
自分たちなりの、という言葉はあえて伏せた。
――そー! なんであたしたちが出ていかなくちゃいけないわけー!? 邪魔なのは向こうじゃないのー!?
マラカッチはすぐさま頭部の花を垂直に立て、両腕を上下にばたばたさせてぷんすか怒る。腕の中にあるらしい何かがシャカシャカとやかましい音を立てていた。やりすぎ、というところには考えが及ばなかったらしい。懲らしめるためとは言えテレポートはいかがなものか。ミステリーツアーどころではない。
「で、次なる落ち着く場所を探したら、自分はここになった、と」
偶然か必然か、かつてウソッキーがいたところとまったく同じここに。
――そのとーり!
マラカッチがびしりとゴールドを指さした。シャカ、と一度だけ鳴った。
――アルフのいせきも乾燥してて居心地よかったんだけど、なんだかここも栄養ほどよくていいんだよねー。適度に耕されてるしー。気に入っちゃった。
そりゃウソッキーがかつてそこに根はってたからなあ、とゴールドは思う。
「ひとつ、不躾なこと訊くけどな、」
ゴールドは自分の首の後ろに右手を回す。曇った光を目に内在させ、
「本当にお前、マナーの悪い人間だけにそれをやったのか?」
シャカ、とまた音が鳴った。
今度は腕ではなく胴体からだった。「ぎくり」という擬態語の代わりを表すには十分だった。
マラカッチはさっきまでの威勢の良さはどこへやら、たちまち目を泳がせ、
――あー。ええっと。それは、そのう。
――関係のない人たちもやっちゃったんですか。怒られて当然ですよ。
――いーでしょ別にー! 退屈だったもん! ちょっとびっくりさせようと思っただけだもん!
ゴールドとレッパクが、煙になりそうなくらいの分厚いため息をつく。続けてグレンゲが、すっとぼけたようで実はなかなかうがったことを言った。
――要するに、寂しかったんじゃねえの? 構ってもらいたくて。
――さ! 寂しくなんかないもん! あんな奴らとおさらばできてせーせーしてるくらい!
必死で否定しているが、シャカシャカと音が邪魔をして、ちっとも迫力がない。あきれて返す言葉もないレッパク。耳を貸して損した、と横たわってあくびをもらすグレンゲ。ドロップにいたっては目を閉じ、リズムに合わせて鼻歌を歌い出そうとまでしている。下手するとこいつまでそのうち舟まで漕ぎ出しかねん。
むなしい抗弁とさとったのか、マラカッチもやがて腕を振り回すことをやめた。
ゴールドは間合いを見計らい、
「で、これからどうするんだ?」
――あんたたちはどーしたいわけ? やっぱりここどかなきゃならないの?
マラカッチは質問で返した。
「人間、嫌いになっちまったか?」
ゴールドは更に別の質問を畳み掛けた。
答えにくい内容だったことはゴールドも分かっている。マラカッチは目線を適当にはずし、
――迷惑さえかけなければ、お好きにどーぞって感じ。
「ならいいんだ」
口の端を上げて笑う。
「アルフのいせきには戻れないし、いずれにせよここも動かなくてはならない。だから、次の『場所』が必要。そこでだ。こういうのはどうだ?」
空のモンスターボールを取り出した。
ゴールドを除く全員が、生まれたての真珠を見つめるような目で、その新品のボールに視線を集めた。
「俺たちと冒険をする。昨日と同じ自分と景色はそこにはない。色々なところを巡り、今までとは違う毎日を教授する」
マラカッチは戸惑いもしなかった。唐突の提案に思考がまっさらになったのか、本心からの生の疑問がまず率直な質問を選んだ。
――ほんとにー? 退屈しないー?
「新しいことを知る楽しさってやつが分かるよ。俺と一緒に来れば」
マラカッチがそこで初めて熟考した。これからもずっと立ち止まったままなのか、人間によって示された道を歩いて行くのか、生き方を左右する重大な決断である。成り行きで知り合った自分たちについていくことが本意になるのか、難しいところだろう。
いきなりボールは失礼かとゴールドも思い改め、ボールを腰に戻す。仕切り直して、何もない手のひらを柔らかく差し出した。
それを見たマラカッチはしばらくうつむいたあと、やがて差し出された手の上へ、慎重に自分の手を乗せた。
うつむいたまま、もぞ、と照れくさそうな仕草を見せて、
――手、握ってもらえたの、初めて。
「そうか。そりゃ光栄なことだ」
――でも、あたしなんかでいいの?
「お前のミサイルばり、すごかったよ。その力が必要だ。ぜひ仲間になってくれ」
――うん。分かった。あたし、やってみる。いろんなところ連れてってよねー?
「ああ、まかせておけ」
そこでマラカッチが顔を上げ、初めて優しい笑顔を作った。
――よろしくね、リーダー。
「リーダーってお前」
――主だ。
――大将だっての。
――ご主人です。
「お前らなあ」
かくして、マラカッチ――ソニアが、新たにゴールドたちの仲間として迎えられた。
フライゴンを除くと、これが正式な「4体目」のメンバーとなる。1年以上ぶりの新規参入のため、レッパクたちにとってもソニアにとっても慣れないところが多々出てくるだろうが、上手くやっていけるだろうと信じている。
メンバーを管理するのは、自分の最優先すべき務めだ。
契約というには少々生臭いので、これはどちらかというと約束に類するものなんだろうな、とゴールドはひっそりと認識している。