18 鋼の律動 その3
【戦場を、共に駆ける】 レッパク
18 鋼の律動 その3 ――おーい! みんな大丈夫かー! 生きているかー!
ゴールドの声で意識を取り戻した。
地鳴りが静まっていた。
10秒以上ということはあるまいが、確実に失神していた。
疲労と鈍痛で震える体を必死に起きあがらせる。臓物の配置が入れ替わったような気もするが、気のせいだと信じたい。混沌の中、レッパクは横っ面に二発、右後ろ足に一発、結構なお手前をいただいていた。鉄の味がする。口の中を舌でまさぐり、赤い唾を吐き捨てる。折れていないだけついていると自分に言い聞かせた。
一部の痛点に通電。痛みを全身に流して薄める。
「ドロップ、スプリンクラーの要領で水を撒け!」
しゃべる気力もないのか、返事はなかった。しばらくのち、弱々しい雨がふりそそぎはじめる。煙がやる気を無くし、景色が徐々に鮮明になる。先ほどよりもかなり背が低くなったNAILが、無様な姿となったこちらを見てあざ笑っていた。
「あれでも手加減したつもりよ」
それはレッパクも理解していた。こいつが本気で暴れたら、このジムなんてハリボテも同然に決まっている。しかしそのほかにも、NAILが全力でそうしない理由を、ここの空気がはらんでいる感じがする。
意外と近いところにてグレンゲとドロップの姿を確認。タンバでの戦いで経験値を積んだのか、くたばっていてもおかしくない今の乱撃をかろうじて耐え抜いていた。それでも両者ともダメージが大きく、朦朧としている。相手のペースに巻き込まれて力尽きるのも時間の問題だった。こうなってしまえばフォーメーションも何もあるまい。自分だけでも独立して行動し、討っていくほうが堅実だ。
もしくは――
再び地鳴り。
口だけで叫んだ。
「下から来るぞ!」
本当に下から来た。レッパクたちはそれぞれ攻撃発生地点に適当にあたりをつけ、負けたくないという根気だけで避ける体勢に入る。姿の見えない間隙を狙ってしっぽを地面に潜り込ませていたようで、土を噴き出し、アッパーの要領で突き上げてきた。叫ぶのがいくらか遅れていたら、あのまま天国まで飛んでいたかもしれない。
しっぽよりも先に、レッパクは再度RIVAとELESを見据える。
――変だ。あいつら、電撃が吸い込まれるとはいえ、なんであんなにNAILから距離をとっているんだ。NAILの暴れる範囲が広いから? いや、それでも不自然だ。
悪いことをしてしかられた子供のように、RIVAとELESは今もなおNAILから離れている。
疑問がひとつの仮定を生む。
投げやり気味に牽制の電撃を出してみるが、それは避雷針代わりとなったしっぽへ落ちるに済んだ。どこかでつっかえているのか、なかなか引っ込もうとしない。
迷っている暇はなかった。
「グレンゲ、RIVAとELESを放棄。NAILの気を引いてくれ! ドロップはそのしっぽを氷漬けにしろ! 使えなくするんだ!」
魂胆は読めずとも、必死さが伝わったらしい。レッパクの指揮が、グレンゲたちの痛覚と意識の間に食い込み、隙間を作った。この痛みから逃れられるのならとその命令にすがり、なかば機械的に動き出した。闘志を再加熱させたグレンゲが炎をがむしゃらに噴き散らし、NAILをそそのかす。どうにでもなれとばかりに、ドロップが凍てつく吐息をいびつに生えている鼠色のオブジェめがけて吹きつける。地中で摩擦を起こしていたのか、しっぽはすでに高熱を帯びており、ヒートショック攻撃にもなった。初めてNAILが上体をうねらせ、苦痛の轟音をジム内に響かせる。瞬くうちに氷は熱を相殺し、しっぽの動作を鈍らせ、地面との境目から閉じ込め、やがてきめ細やかな輝きを施した美しい螺旋の氷柱となった。
「ど、どうですか!」
「上等だ!」
仮定を確信にすべく、レッパクは駆けた。
下半身が埋まっているおかげで体が短くなった今ならば、NAILの頭へ登れる。小動物みたくせわしなく跳びすさり、もんどり打つように地を転がりつつ横へ移動、また起きあがる。死角に潜り込んだ隙に、一気に詰め寄る。何かを察したRIVAとELESが、威嚇射撃のつもりらしい二つのラスターカノンをレッパクに向けて射出してきた。当たれば終わる。レッパクは捨て身の覚悟で着弾点を計測し、ギリギリまで引き寄せ、最終的には右へ逃げた。
狙いを気づかれたようだがもう遅い。ラスターカノンの爆風すらも計算に取り込み、味方に回し、NAILへの最後の接近。弓矢で射止められたかのように体から突き出ている棒を足場にし、レッパクは間もなく頭へ着地した。
「あ、どきやがりなさい! そこはお嬢の特等席なのよ!」
レッパクは聞いていない。遠くに離れたRIVAとELESをそれぞれ一回だけ見る。体に力をこめる。体内の電流で五感神経野をキックし、いつもの手口で感覚を加速。
この瞬間から、世界の1秒は、レッパクにとっての10秒と換算される。
「ふんっ――あんたの電撃も――なかなかみたい――だけどね――残念ながら――しっぽを氷漬けにしたって――無駄よ――! 近くから――放つことによる――圧力なんかも――わたしの体には――通じないわ――!」
加速させすぎたあまり、頭がつーんとする。NAILのしゃべり声がやたらとろくさいものに感じられ、うまく聞き取れない。聴覚の一部だけで言葉の尾ひれをつかんでいた。大意がなんであれ、怒っているのには違いないだろうと見当し、用意していた台詞を早口に吐いた。
「はなからそんなこと気にしていないよ。邪魔なら振り落としてみろ」
動揺したところにこうした挑発をまぜこむのはたやすい。言われなくとも、と口車に乗ったNAILは残りの上半身だけでレッパクもろとも地中へ突っ込もうとした。
視界いっぱいに、地上の質量が迫ってくる。
――今だ!
0.2秒目、
アサギの灯台での、RIVAとELESの周波数の『クセ』を思い出す。
空気中のマイナスイオンを変換。
――来い!
0.4秒目、
力の限りで周波数を揃え、コガネシティのラジオとうが傾きそうなほどのド級の電磁波を放った。
その瞬間から、NAILは巨大な磁石と化した。
ゴールドの足元から忽然と缶コーヒーが消える。二つのポケギアが一瞬火煙を吹いて、スパークした。
ずっと離れていたはずのコイルが6つとも、弾丸の速度で引き寄せられる。その他の金属体もNAILの体に殺到し、こびりついてゆく。
ややもすると、レッパクが出した電気が流れ切ってしまう。
0.7秒目、
電流の
殿がついえてしまうまさにその瞬間、とある範囲内まで近づいてしまっていたRIVAとELESは、運動エネルギーに後押しされ、自らNAILの体へ飛び込んでいった。
己の磁力によって、RIVAとELESは、NAILの体に張り付けとなった。
1.0秒目、
レッパクは渾身の力で特等席を蹴り、後ろへ離脱。
三日月のように背中を反らした、美しい後方宙返りだった。
数瞬の差をおいてNAILは顔面から地面に激突し、身動きがとれない状態となった。S字型フックが頭と下腹部だけを粘土に埋め込んだような、どっちつかずの光景だった。
やはりな、とレッパクはせせら笑う。
RIVAたちがNAILから離れていたのは、ひっつかないようにするためか。磁力でアイアンテールが動くということは、RIVAたちの体も同じということだった。
そして、ハガネールやイワークの類は、蛇同様、頭のほうに大きな推進力が備わっているようだ。
これで時間が稼げる。間に合うかもしれない。
「おうおう、どうなってんだあいつ」
感覚の加速がまだ微妙に持続しているレッパクは手早く、
「長くなるから一回しか言わないぞ。ああいうやつが地面に潜るとき、全身を器用に使わなければ地中をろくに進めない。蛇同様、逆戻りもできない。しっぽをなかなか引っ込められなかったのもそれだ。体があんなふうに中途半端に埋まった状態で、今度は頭だけを無理に突っ込んだらどうなる? さっきも言ったが逆戻りは難しい」
「そんなの一回じゃ聴き取れませんってば。あとでもう一度説明願います。それよりも、」
「――そうだな。グレンゲ、ドロップ、こっちも『あれ』をしよう。おれとグレンゲが左右へ立ち回るから、ドロップはここらへんでいい」
待ってました、とグレンゲが左へ回った。
レッパクたちが位置を確保する前に、NAILはやっとの思いで顔を引きずり出した。正面には精神を統一させているドロップしかいないことと、RIVAとELESが自身にひっついていることに気づく。レッパクとグレンゲの存在を確認する前に、まとめて動きを封じるべきと判断したのか、
「RIVA、ELES、そこにいていいわ。きんぞくおんを出してちょうだい!」
チルタリスが螺旋墜落しキレイハナが卒倒し窓ガラスが爆発するのではないかというほどの、何もかもが外れた世界一不快な三重奏だった。NAILのいやなおと、RIVAとELESのきんぞくおんが、ジム内の空気をめちゃくちゃにかき乱した。
レッパクは、グレンゲは、ドロップは、少しも嫌がる様子ではなかった。
「え、ええ? どど、どうしてきかないのよ!?」
「んなもん慣れてっからなあ。レッパク、お返ししてやんな」
もちろんそのつもりだった。
雪辱の念を燃やし、のどの奥から腹いっぱいの声を出した。
NAILたちの体が真っ赤に染まりそうなほどの、けたたましい雄叫び。
信じられない、といったマヌケ面だった。
言葉を失ってばっきばきに固まったNAILをよそ目に、レッパクとグレンゲとドロップは、ついにたどり着く。
レッパクとグレンゲの定石が重なった。
グレンゲとドロップの定石が重なった。
ドロップとレッパクの定石が重なった。
真上からレッパクたちを頂点として結ぶと、見事な三角形ができあがるはずだ。
NAILたちは、その重心にいる。
「おれたちを相手に3体同時エントリーをしたのが、運の尽きだったな。1体エントリーだったら――ちょっと危なかったよ」
避雷針のしっぽは、分厚い氷によって閉じ込められている。
囲まれたこの定石からNAILたちが逃げるのと、レッパクたちが攻撃を一点に注ぐのと、どちらが速いのかは明らかだ。
「ドロップ、グレンゲ、
結を頼む」
「
生命の
滴ひとひらり」
「咲かせてみよう
戦華!」
定石、『
三位一体』。
レッパクの雷撃。グレンゲの烈火。ドロップの冷風。
これ以上はないくらい絶妙に息のあった、特製のトライアタックだった。