03 頭のいたいはぐれ者
【過去はもう変わらねえさ。あるのは「今」だけだ】 グレンゲ
03 頭のいたいはぐれ者 実はもう一匹、ゴールドには馴染みの深いポケモンがいたりする。
「1年前も言ったけど、どうしてぼくも行かなくちゃならないの?」
高い下生えに木漏れ日が射し込まれる。ツルが絡んでいる
百枝の樹木は、ゴールドのあちこちに影を落としていた。空気が引き締まるほど気温は涼しげで、頭上からはポッポたちの楽しそうな鳴き声が聞こえ、バタフリーやアゲハントが華麗に飛び交っている。
家の背後にはちょっとした雑木林が広がっているのだが、更に奥へと頑張って立ち入ってみれば、たちまちワカバは野生の部分をむき出しにする。ここはポケモンの住処のひとつで、それ以外の色々な生物もここを拠点として始まってゆく、天然の城だった。付近に生えている草むらを凌駕する繁栄力を誇るため、それなりに好戦的なやつもいたりいなかったりで、駆け出しの戦力を揃えたければここも候補としてあげられる。が、この入り組んだ迷宮は軽い気持ちだと中々一筋縄では攻略できぬ。
ゴールドもレッパクも子供のころだ。半ば冒険のつもりで適当に進んでいると、ナックラーの集団に出くわした。その年は湿った風も大して吹かず、日差しも程良く照りつけており、水分もそこらの木のねっこが蓄えているから、環境としてはうってつけだったのかもしれない。あたり一面穴だらけのナックラーだらけだと、人によっては生理的な不快感をそそられるかもしれないが、当時の無垢なゴールドにとっては何もかもが新発見だった。特に鮮やかな輝きをしている一匹を見つけ出すと、ずうっと観察することを決めた。
「だったら別にいつまでもここにいる必要ないだろ。お前には立派な羽があるじゃないか。好きなところへ飛んでいけよ」
「それこそぼくの勝手だよ。小さいときから住み慣れたここが気に入ってるんだ。ほっといてよ」
ひねくれたところはどうか許してもらいたい。色違いの性と述べてもよい。このビブラーバ、色合いが他と異なるせいでナックラーの頃から集団とも疎遠になりがちで、孤独な生き方をしてきた。遺伝子レベルの我慢強さで耐え抜き、綺麗なオレンジ色の羽をはためかせるビブラーバに進化した。されど、やはり忍耐強さとはまた違う点で及ばぬところがあったのだろう、まことにいびつな性格を形成した。
色違いのポケモンは、進化しても果たして色違いのままだ。
つまり、集団で一斉進化し空を飛べるようになっても、こいつは相変わらず他と距離を置かざるを得なかったのだ。巣立つこともほどほどにし、結局ずうっとここにいた。
そこを、ゴールドとレッパクに目をつけられたのが、運の尽きだった。
そして、この色違いビブラーバは、意地っ張りな性格を盾に、ずうっと頑なな拒絶を続けてきた。
ナックラーのころから承知していたはずである。このまま居座り続ける限り、ガキのゴールドは懲りずに自分を観察しに来て、いずれは仲間にされるだろうと。だのに、こいつはナックラーからビブラーバになった今でも、ゴールドがガキから少年になった今でも、ただただここに住み続け、手招きにNOと返すだけだった。
このねじれた態度に抵抗があるのか、レッパクとドロップはビブラーバのことが正直苦手だった。木で鼻をくくったような奴で、もし仲間に引き入れてもいつ抜け出すか分からない。そんなことなら初めからこのトリオで進むほうがよっぽど効率が良い。気乗りしないメンバーのためにわざわざ足並みを揃えたくはない。
反して、ゴールドとグレンゲは「分かってる」つもりだった。ちょっと照れくさいだけだよ、寂しい過ごし方をしてきたから、素直に信じられないんだろ。誠実に接してやればきっと打ち解ける――そういった寛大かつざっくばらんな考えで、いつも両腕を広げていた。
現実は厳しい。
レッパクが改めて説得を試みるも、ビブラーバはいつものごとくそっぽを向くだけだった。
「アサギに行って、海を渡って、帰ってくるだけなんでしょ? ぼくが出る幕なんて無い。それに、今ついていっても――」
「なんだよ」
口先だけは達者なビブラーバは珍しくそこで押し黙り、
「――なんでもない。とにかく、話はこれで終わり。用がこれだけなら、もう帰って」
適当に言い捨てると、耳に透き通る羽音を立て、空の彼方へ飛び去っていってしまった。
― † ―
――相変わらず無愛想な奴。
――こっちは真剣にお願いしているのに、つれないですね。
「そう言うなよ。もしかしたらと思ってダメもとで訪ねてみただけだし、俺はみんなの力を頼りにしてるよ」
――大将の言う通りだって。いくら顔なじみだからっつって、急な話を持ちかけられたら困るだろうよ。あいつとはまた今度ゆっくり話つけりゃいいじゃねえか。
ちなみに、ビブラーバが先ほども少々触れていたことだが、この勧誘は二度目で、1年前の旅立ちのときもゴールドとレッパクとグレンゲは一度仲間に引き入れることを試みている。結果は言うまでもない。
「じゃあ、まあ、仕切り直して、と」
帽子を深くかぶり直す。靴紐を縛り、つま先をとんとん。リュックを肩にかけ、ポケギアを携え、ぴっとワカバの外を指さす。
ルートを脳内でぼんやりと広げてみる。シミュレーション開始。まずは最寄りのヨシノシティへ向かう。そのあと続けてキキョウシティへ。32ばんどうろへ南下することなく、西を目指して進めばいい。分かれ道に気をつけていればそのうちエンジュシティに辿りつき――
美しいシルエットが、極彩色の煌きが、
めまい。
――主っ?
――ご、ご主人、大丈夫ですか!?
ただごとじゃない体のふらつきに、大げさなくらいみなが狼狽した。卒倒する寸前までいったゴールドはひたいの右半分を手で覆う。網膜の奥に張り付いたあのポケモンが、あざ笑っている。気がする。
「くそ。いい加減忘れたいのにな。しょっぱなからこんな調子じゃだめだ」
だから自分は1年間もこうしてひきこもり続けてしまったのだろう。いつか克服しなければとは思いつつも、結局何もできなかった。あのときポケギアが鳴らなければ、今頃自分はスクールであの日のままぼんやりしていただろう。
ほっぺを挟むように自分で両手を見舞ってやり、活を入れる。
「よし行くぞ! 寄り道は一切なしだ! トラウマが立ちはだかろうが槍が降ろうがもう後に引けるか!」
上等だこらなんでもかかってこいやあ、とやる気抜群のグレンゲが頭と腰を発火させた。