02 水水氷、炎Nおまけに電電飛
【覚悟ならし続けている。1年以上も前から】 レッパク
02 水水氷、炎Nおまけに電電飛 母からの許可も、こっちが戸惑いそうになるくらいあっさりとおりた。いくら自由奔放がモットーとはいえど、これはいかがなものか。ちったぁ疑問に思えよ所詮俺は穀潰しだったのかよ、とゴールドは卑屈な方向へ考えてしまう。
「せっかくスクールに通わせてくれたのに、ごめん」
「いや、それはいいの。ゴールドがバトルで稼いでくれたお金があったから」
あの貯金そんなことに使い回してたのかこの母。自分が節操ない性格になったのは間違いなく母の血だと思い知る。このままだと5年後、絶対母と同じように、酒に強い『ざる』になってしまう。家にずっといるのも所在ないからスクールに通いたい、と申し出たのもゴールドだし、自分で稼いだ金を自分の為に使うのだから、まあ別におかしいところはないが。
「それよりも、あれの準備をしなくちゃいけないんじゃないの?」
「あれ?」
「だって、スクールを卒業することなく途中で辞めてワカバから出るんだったら、『おいうち試験』があるんでしょ?」
あ。
縁がないものだと思い込んでいたから、こころの底から忘れていた。
描写を今まで伏せておいたが、1年前に旅をやめたゴールドが新たに通い始めたスクールは、それなりに優秀なトレーナーを送り出してきたところである。ゆえに、生半な状態のトレーナーとして旅立つことは、親よりも友達よりもまずこのスクールの制度が許さなかった。
しかも、試験は筆記ではない。
実践で、つまりはガチンコで、トレーナーの器に足りうるかを確かめる。
スクールを中退して旅立つ者の背中めがけて最後にふっかける試験。それを通称、『おいうち試験』と呼んでいた。
― † ―
「まさか、こういう形できみの実力を知ることとなるとはね」
まさか、こういう形でスクールで戦うこととなるとは。
コトネはどこか嬉しそうに、不敵な笑みを浮かべた。一方のゴールドは苦い顔を崩せない。
質問に適当に答え、書類を適当に書き、押印を適当に済ませ、そんなことに一日を適当に潰して、実際に試験をするのは、ミカンの連絡を受けてから二日後となってしまった。
ゴールドが通っていたスクールは前述の通り優等生向けだったが、実践演習用のバトルコートは
御座が似合うほどのおざなりな設備だった。単に地面の表面を掘り返し、ならして固めなおしただけの、ごくごくシンプルなフィールド。スクールの学生の実力に伴った決断であろう。炎がゴウゴウ水がバシャバシャ岩がゴロゴロ冷気がびゅうびゅう雷がどっかんどっかんされるたびにいちいちコートの整備に投資をしていたら、今頃このスクールは3回は潰れていたはずだ。
――どーすんだよこれ。
げんなりである。
石を投げれば当たるほどの野次馬だらけだった。
新たな噂は伝播が速い。元気だからよく増殖するし、あらぬ変異もしやすい。おいうち試験自体も珍しいことだったが、それ以前にゴールドの実力を知りたさのあまり、授業そっちのけで見に来た観客が大勢いた。見えないバリアでも張られているかのように、コートをぐるりと縁取っている。実践演習をサボりにサボった実力未知数のゴールドと、現にスクールで総合的に優秀な成績を修めているコトネが、初めてぶつかり合うのだ。こんなに面白そうなイベント、中々ない。裏ではこっそり金や昼飯のおかずの賭けがされているに違いない。
昔はスクール内の優秀トレーナーではなく、講師が直々に厳密な試験で相手していた。それは裏を返せば、講師に積年の恨みをここぞとばかりに返せることも意味する。いわゆるお礼参り。つい昨日まで机をくっつけて同じテキストを開いてシャーペンのしっぽをカチカチしていた同級生が、ケンタロスを制する闘牛士のような扱いをされる。勝てば官軍、負ければ賊軍。講師の素行を改めて探り直したり、一丸となって対策をとったりと、ヤジのアンバランスさが職員側で問題視され、今の形に落ち着いたそうだ。
現に、コトネは調子に乗ってる(と思ってるらしい)ゴールドの立場をこの機に思い知らせてやろうと、野心メラメラの眼光ギラギラだった。
「一昨日のわたしの話に意味を見出したのかは分からないけど、一度戻ってきた以上、逃げ出すことは許さないよ。行くならきっちりとわたしに、わたしたちに、その実力を見せてからにして」
俺の屍を越えてゆけ、とばかりに挑発的にボールを突きつけ、コトネはそう告げた。
「エントリーのルールを」
ゴールドはコトネにではなく審判に訊ねた。
「1体エントリー、合計3体。勝ちの多いトレーナーの勝利とします」
2回勝てばそれで勝負あり、ということか。忘れかけていた。
コートも用意されているため、とりあえずは公式試合に含まれる。野試合――フィールドコンバットとは違うため、自分も一緒に戦場に潜り込んで指示を出す、というような必要はない。
「なんだか、わたしなんか眼中にありません、って感じね」
「そう見えてたんなら謝る」
本当に眼中になかったからごめん、と再度こころの中で謝る。
「もう! 久しぶりのバトルなんでしょ? 試験云々以前に、ちょっとは楽しむって気構えを見せないと!」
これが終わったらこいつの小言もしばらく聞けなくなるのか、とゴールドは構える。観客の視線が一層強く両者に注がれる。
コトネはマリルリを、ゴールドはドロップを繰り出した。
― † ―
「体がなまってないか心配でしたけど、思い過ごしでよかったです」
「むぐぐぐ――」
緒戦は事のほかあっさりとケリがついた。
同タイプでの水攻め合戦だったので、重量のあるドロップのほうがふんばりがきいており、力押しした形ではある。ころがるで激突してきたのにも耐え、ヒレと頭のツノでうまくさばいた。
ドロップは他のラプラスと比べればまだまだ子供で、メスで、体つきは小さいほうだ。それでもメンバーの中では一番でかく、グレンゲなみのパワフルさを持っていた。みずでっぽうの射程範囲もレッパクの電撃に劣らない。そのレッパクがうっかりタフガイと評したら、「タフはともかくガイは不本意です」と頬をふくらませたことがあったので、それ以来そこらへんにまつわることは極力触れないようにしている。ムキになって前ヒレを上下にじたばたとさせたあの姿は、ちょっと可愛かったが。
「てっめー! 逃げたり隠れたりしてねえで男らしく堂々と戦えっての!」
「やーなこった」
二戦目。グレンゲはオオタチと対峙した。こいつがまたすばしっこい。穴を掘ったり砂をかけたり背後をとったりと嫌がらせのオンパレードで、グレンゲは地団駄を踏みつつもえんまくで応戦した。小細工嫌いで真っ向勝負が大好きなグレンゲにとってはやりたくない戦法だった。
やむ得ず、相手を誘い出すスタイルに変更。2足歩行から4足歩行へ。まぶたを閉じ、放った煙の乱れから相手の気配をつかんでゆく。
「ちっ、どこにもいねえな。まーた穴掘りやがったかあんにゃろめ――」
――グレンゲ!
大将の声が聞こえた。
――オオタチが今まで掘ってきた穴がそのまま残ってるんだ。うまく使えばいい。
「あ、それか」
目を開き、自分に一番近い穴を探す。2時の方角。考えるよりも先に体が動いた。跳びかかるようにして頭を穴につっこみ、肺活量にモノを言わせ、炎を吐いた。
無数にある穴という穴から、グレンゲの炎が火砕流のように上空へ向けて溢れでた。
へろへろになった状態でオオタチが這いでてきて、がっくりとうなだれ、戦闘不能となった。
マリルリとオオタチは、これまでいつもコトネのそばにいた。学内の規則違反者を情け容赦なくぶちのめしてきたことを、学内で知らない者はひとりもいない。その2匹がこうして負け、ゴールドの勝ちは確定した。
ため息も、歓声も、起きなかった。
― † ―
なぜかコトネの顔は悔しそうといった感じではない。負けを認めない、というわけでもない。
「流石は『三色』の名を冠するだけはあるね。この試験をあっという間に終わらせてしまうなんて」
そこで少し黙った後、
「バッジ4つの実力は伊達じゃない、と」
観客に大きなどよめきが走った。
レッパクのボールが不意にびくんと揺れた。
審判は手を挙げて終了を告げようとするが、コトネはそれを制した。
「待ってください。……お願い。最後にもう一回――わたしのわがままだけど――お互いのラストに控えていたポケモンで戦わせて。納得してないわけじゃないの。1年たったけど、わたし、もっとゴールドくんのことが知りたかった。このスクールに来た理由とかそんなことじゃなくて、純粋に、色々なことが。このままゴールドくんと最後まで戦わずに行かせてしまったら、きっとわたし後悔すると思う。だから――」
こいつ、蛇だ。
意外と抜け目がない、とゴールドは思う。実践には参加しなかったのだから、バッジのことはもちろん、詳しい手の内も一切見せたことがない。スクールに入った以上、手持ちの正体が筒抜けなのはごく当然だからいいとして、どういった戦法なのかまでは誰も知らない。あだ名まで付けられているなんて思わなかったが、たぶんレッパク、グレンゲ、ドロップにちなんだのだろう。まったく物好きな奴らである。
どこで仕入れた情報なのかはともかく、コトネが「優等生」である理由がちょっとばかり理解できた。
――勝負はもとより、単に俺の正体をみんなの前で明かしたかっただけじゃないのか?
よく分からない奴がよく分からないままスクールを出ていったら気分が悪い。刺せぬ釘があるのは始末が悪い。このタイミング、この視線の中、ゴールドの正体をばらし、試験の続行を申し出た。ゴールドの不明な部分に大体の合点がいった今、引き続きやらなければ損だという空気ができあがる。コトネはそう踏んで、建前であれ自分の心情を告白した。すでに、勝ち負けの結果より、純粋にこのバトルの顛末を見届けたい、という雰囲気にすり替わってしまっていた。
とはいえ、斜に構えた物の見方をするのは自分の悪い癖だ。こんなもの、全部己の想像がひねり出した
歪な人物像にすぎない。
本当にコトネは自分と純粋に戦いたくて、この試験の代表を申し出たのかもしれない。その可能性をゼロにすることはできない。
ならば、失礼の無いよう全力で応えてあげよう。ゴールドもゴールドで、戦いの感覚を取り戻せるいい機会だった。
構える。
構える。
ボールを繰り出す。
ボールを繰り出す。
どちらが先かはあえて伏せておく。
「エモちゃん!」
「レッパク!」
― † ―
レッパクは妙に勘がいい。
天啓と言ってもいいかもしれない。「こうすると危ない気がする」「ここが急所かもしれない」などという、理屈じゃない何かが、突如こころの中で小さく破裂するのだ。
左や真ん中や右と、選択を求められることは何回もあった。時々、レッパクはそれを自分の思考に差し込まれる直感で切り抜けてきた。グレンゲにもドロップにも、そしてゴールドにも無い、レッパクだけが持っている刺激だった。重要な決断を迫られるときであったり、今日の
夕餉だったりとムラも激しい。実力のひとつだと言うつもりはないが、これほど顕著に冴えるのもおかしいとレッパク自身思っている。さっきも、次は自分の番だという気がどこかしらで生まれ、武者震いを起こした。
本来ならば、このまま自分の出番もなく試験が終わるはずなのに、である。
敗北の決定したコトネがバトルを続けようと申し出るよりも早く、である。
愉快な見目姿とは裏腹に、エモンガはオオタチよりも素早かった。滑空のなんたるかをこころ得ている。
もたもたしていると絶対にやられる。
雷の匂いを察し、レッパクは真横へ跳躍。直後に雷撃のまばゆい光があたりへと炸裂した。視覚から潰してくるつもりかと思いつつ、二手三手を先読みし、右へ左へ突っ走る。音と空気の流れだけで状況を察知。
浮遊できるという利点をエモンガは使い、常に上から攻撃をしかけてくる。電撃と風を同時に操り、生まれてずっと共にあった力学を存分に活かし、空中からのたいあたりまでかましてくる。
その長所が狙い目だ。
あいつをまず地面に落とさなくてはならない。レッパクは体内の電流をノック、後脚の筋力を解放。奴の影をトレスして、適度な距離まで追いかける。簡単に測量した後、エモンガの土手っ腹に的を絞り、身をたわめることもなく、信じがたい力で跳んだ。エモンガはこれを揚力に頼って対処。ずいぶんな相対速度ですれ違い、お互いの隙間の静電気が爆ぜた。
悠々とかわされたがそれでもいい。飛び跳ねた運動エネルギーを無理矢理殺し、レッパクは空中で振り返る。サンドパンもかくやとばかりに全身の毛を逆立たせ、エモンガよりも上空からミサイルばりの雨を見舞う。ある程度ヒットしたことを認めるも、まだまだ戦闘不能には至らない。
着地と同時にまた高速移動を始めるが、相手はそれよりも一足先へ移っていた。なぎ払うような戦風を巻き起こされ、レッパクはぎりぎりのところでこれをかわす。幸いにも、頬が紅の一線に染まっただけで済んだ。お返しの電撃を放つと、鏡のように向こうも真似てきた。初めて衝突しあう電撃と電撃。激突に耐え切れずに裂けた電流が四方八方へ飛び散る。余波をためらわずにレッパクは正面から突っ込む。隙を見つけ、再度跳びかかる。
エモンガの姿が、蜃気楼のようにすっと消えた。
――かげぶんしんか。
遅かった。宙で空振る無様な格好を笑うかのごとく、どこからかの電撃がレッパクの全身に突き刺さった。耐えがたき衝撃に吹っ飛ばされ、景色が色素の嵐となって視界を狂わせる。着地できないのを覚悟で目を固く閉じ、空中で回りつつ落下。地面に叩きつけられたのは背中からだった。受け身が取れなかったのはきつく、体勢を立て直す余裕はどこにもない。
――これだ。
レッパクは、思う。
――やっぱりおれには、こっちの生き方のほうが性に合ってる。
容赦なく降り注ぐ追撃を受けつつ、レッパクは目を覚ましていく。
――使ってみるか、あれ=B
この瞬間、戦いを忘れた1年間と
訣別した。旅をやめてからも、暇を見つけては主に黙ってこっそりとグレンゲと一緒にコンビネーショントレーニングをやっていたことを、ほんのりと思い出す。あれが決して無駄ではなかったことが嬉しい。
主を信じるこころに、今も昔も嘘偽りはない。こうしてワカバに戻ってきても、いつかきっと再起すると思っていた。
主が立ち上がったのならば、自分もそれに続くまでだった。
道はひとつだけでいいのだ。
怠惰な生活はおしまいだ。だらけた戦法に身をまかせるな。定石を思い出せ。ドロップもグレンゲも勝った。消化試合だろうと、ここで負けるのは許されない。戦意の奥、少しでもためらっていた自分に鞭打ち、動力炉の中に放り込み、鼓舞し、あらゆる感情でGOサインを出す。腐りかけていた戦闘経験が、ようやっと息を吹き返しはじめた気分。
また戦える。
やり直せる。
自分はやれる。
おれは、あいつを倒す。
鈍痛を気合で押しつぶし、開眼する。犬歯をちらつかせ、喉仏を軽く震わせた。その表情は、笑ってるようにも怒ってるようにも見えたのかもしれない――ラッシュを続けていたエモンガが少しだけひるんだのを、決して見逃さなかった。レッパクは全身に帯電。空気中のマイナスイオンを吸引、
濾過、己の力へと変換。血流に戦いの記憶を刻み込み、循環器系の回転をやや乱暴にする。
これからの瞬間加速度を想定するにあたって、余計な負荷と恐怖を自分自身が感知してはならない。臨戦心理に電流を投じ、Gを嫌がる神経の大体を麻痺させ、一時的に眠らせる。
それ以外の神経が研ぎ澄まされ、運動性能が飛躍的に向上した。
今までの動きが冗談のようなスピードで、レッパクは接近を開始。エモンガが逃げまどいつつ落とす電撃はことごとくかわされ、傍からすればエモンガがやけくそに雷を落としているようにしか見えなかった。レッパクは数瞬とその場に立ち止まることはない。螺旋状の迂回をしつつ、じわじわとエモンガとの直径を狭めていく。逆時計回りの戦法。すなわち、一番得意とする定石、『
時計返』。
行き先にまたも4つの雷がやってくる。
――いけるか!?
久方ぶりの感覚加速のため、視覚の反映がやや遅れている。けれどこの程度なら問題ないと信じ、勇気のギアをトップへ。気配と直感だけで避けてみせる。稲妻状のシルエットを彷彿とさせるジグザグ、
ひとつ、
ふたつ、
みっつ、
射程間隔を流し目で勘定し、4つ目で跳びかかった。
エモンガがニセモノを作り出すよりも早く、
――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!
力の限りのなきごえをあげた。
それを、生態学でいう相手を追い払うための威嚇と分類するならば、少し間違っている。この音には、敵を突っぱねるほどの野太い、野性的な力強さは含まれていない。いかなる言葉の形容も尽くしがたい、とにかくすさまじく鋭い声だった。
鼓膜をつんざく声量に、コトネを含む観客の3人にひとりは腰を抜かした。
数秒前から察していたゴールドは何も言わず、普通に小指を耳栓代わりにしていた。
当のエモンガもたまったもんじゃない。
一瞬何が起きたのかも分からないまま、しばらくの硬直を余儀なくされた。最後に知覚できたのは、超至近距離からの渾身の10まんボルト。充実した時宜を得て放たれた電流は抵抗力を受けず、よどみを知らない。ついに重力に屈して地に堕ちるも、レッパクはその姿を最後まで見届けることはせず、ただ踵を返し、すたすたと己が主のもとへと戻っていく。
――こいつ、イーブイのころから喉の調子がちょっと変わっててな、
観客の大半は耳を引きちぎられたような気分だろうが、ゴールドは構わずに続ける。
――別の意味で強烈な『なきごえ』を出せるんだ。だから俺はこいつに
裂帛と名付けた。よほど追い詰められないと使わないとっておきだし、最後の最後で俺もこいつも正体を明かしたんだ。これで満足か?
片膝をつき、ゴールドはレッパクの頭をなでる。
左耳に飾ってある羽根が、きらきらと輝いていた。