01 ポケギアは告げる
【生き様を見つけるために生きるって時点で、まずなんかちょっとなあ】 ゴールド
第一章 失われた1年 01 ポケギアは告げる///
ものすごく久しぶりだけど、本格的にレポートを再開する。トレーナーとして旅立てる資格を再度手にした今、俺は昨日までの無愛想なテキストスタイルからは一新しなくてはならない。ちみちみと書くのはやめだ。
レポートは、日記とは違う。
ポケモンの生態記録でもない。
定義が曖昧なのは否めないが、なるべく「自分の言葉で」「自分の出来事を」「自分の感じたことを」「他人が読んでも分かるように」、が俺に課せられたレポートのルールらしい。最後の、他人が読んでも分かるようにってくだりに納得いかない感じがするけれど、まあ、お命頂戴されるわけじゃないし、別にいいだろう。確かに俺は自分のポケモンたちに名前をつけて呼んでいるし、これからのレポートにもそれを使うつもりだ。他人がこれを読んだら頭がこんがらがる。改めて自己紹介を踏まえて、そして自分自身のためにも、再確認しておく。
最初に思い浮かぶのといえばやはりレッパク。サンダースの♂。一緒にいてくれた時間は一番長い。5年前、俺はアサギからワカバに引越して来たが、それからのつきあいだ。もろもろの詳しい事情は長くなるので今は伏せる。冷静で頼れる奴。いつも俺に忠実でいてくれる。
次に、グレンゲ。マグマラシの♂。わんぱくなのか勇敢なのかよく分からないが、とにかく元気。こいつの血の気の多さには色々助けられたこともあった。わけあってウツギ博士からもらった奴で、俺が1年とちょっと前、ポケモンリーグを目指すこととなったきっかけのひとつ、と言ってもいいかもしれない。
最後に、ドロップ。ラプラスの♀。加入当初は落ち着かないところもあったが、今ではすっかりとけこんだので安心している。慎重な性格をしているのではっきりしないところもあるが、いつも穏やかで優しい。極稀に毒舌。いざという時にはびしっと決めてくれる。
俺はこいつらとともに、再びワカバと別れ、一時的に旅立つこととなる。
よし。初日だし、今回はこれくらいでいいだろう。詳細は次回からだな。
1年前については、こころの整理がついてから、ゆっくりと書きたいと思う。
(以下、数行の空白があり、追記されている)
忘れていた。今度こそ最後になるが、俺はゴールド。15歳。
自分のことを書き記すのもなんだかむずがゆいが、書かないわけにもいくまい。
生まれはアサギ。10年間そこで暮らしたあと、ワカバに引っ越してきて更に5年過ごした。ごくごく普通の人間だ。多分。
こんな味噌っかすの俺を慕ってくれるこいつらには、なんというか、ある意味情けない気持ちすら覚えている。他にもっといいトレーナーいるだろ、とかそんな具合。なにゆえに俺なのか。つくづく理解に苦しむ。
でもありがとう。これからも、よろしく頼む。
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― † ―
ポケギアを忘れた。
らしくないポカだ。
左手首がやけに軽いはずだった。
朝起きて履歴をチェックしたところまでは憶えている。そのあと事もなげに1階に降りて、母の並べてくれた朝食をもそもそといただき、おそらくその時そばに置いたままだった。
ボール3つを腰に取り付けることは忘れないのにな、とゴールドは思う。
別段、忘れること自体は構わない。最近は特にいじらなくなったし、こうしてスクールでキノコの原木となっているだけの自分にとっては、ただの高価なおもちゃとなりつつあった。
事実、こうして放課後になってまで気づかずに過ごしていたのだ。
誰かの気配。
「――ちょっとゴールドくん、ポケギアどうしたの? ダメじゃないの毎日付けて持ってこなくちゃ」
別段、忘れること自体は構わない。構わないが、今日はそうはいかないようである。
スクールにて同じクラスであるコトネは、こうして何かとゴールドに食ってかかっていた。理由も分かっている。1年前、ポケモンリーグを目指すことを途中で諦めた負け犬トレーナー。そんな奴がまたぴかぴかの「見習い」としてワカバタウンのスクールに戻ってきたら、そりゃあ内心穏やかじゃないだろう。そのくせ座学でもコトネの成績を上回るのだから、クラスの中心であるコトネがハンカチ噛み締めるのも無理はなかった。
「きみ、トレーナー続けてるんでしょ? まだまだこれからじゃない。何があったかは聞かないけど、やり直すことだってできるんだから」
でもってこいつはときどきこうして、注意なのか応援なのかよく分からない呼びかけをする。自分を踏み台にしたいだけかも知れない。みんなのまとめ役として、このやさぐれた自分を良い方向へと修正する。そういった美しいストーリーを勝手に想像していたら、それこそおめでたい。
確かにスクールに編入早々、ゴールドは座学の成績において立派な「山」を作っている。しかし相対的に考えて、高いところがあれば低いところもあるということだ。スバメも真っ青の超低空飛行スレスレを見せているのが、
実践演習、だった。
ナマケロでももうちょっと誠実だというほどのサボりを、ゴールドはとことんキメてきたのだった。その時間となると屋上へ行ってUFOを探したり、こうして誰もいない教室でぼんやりの、だいたいどちらかだった。
コトネが気にくわないのは、そういった不可解な点なのかもしれない。
ゴールドはなおも頬杖をつき、窓の外を眺めていた。
ふと顔を上げて視線をちらりと向け、
「たまたま忘れただけだよ。悪かった、明日からは気をつける」
「いやあの、そうじゃなくってね、」
放課後に気づかれたのは幸運だった。朝に見つかったら一日中つきまとわれていただろう。席を立ち、納得行かないコトネを尻目にゴールドは教室を後にした。
― † ―
やはり朝食時に忘れていた。
1階のテーブルにそのままの姿で残っていたからである。
特定の順でキーを入力しないと中は覗けない仕様なので、母に触られた可能性はひとまず否定する。そもそも母はこういった機械類にめっぽう弱い。お陰で家の家電製品どもは揃いも揃ってロートルジジイばかりだ。
「誰かから電話が来てたわよ」
「え」
珍しい。こうして旅をやめて家に戻ってきた際、大体のトレーナーの登録は削除した。ポケギアはそこらの携帯電話や通信機とは違い、お互いの電話番号を認識させておかなければ電波送受ができない。
着信履歴を触る前に、誰からの電話かを考える。
思い浮かばなかった。
今日スクールに来ていた学生なら、電波に乗せるなどという面倒な事はせず、直に話を持ちかけてきたはず。
仕方なく電源を入れ、すぐにその正体を知った。うっかり変な声が漏れた。
ミカンだった。
ウツギ博士や、その他適当に知り合った学生なら分かる。ポケギア越しに他愛のない話をすることは、今でもゴールドは別に嫌いではなかった。でもって、ミカンが自主的にかけてくることはまずありえないと思っていた。まともに電話をよこす機会など、『誕生日おめでとう』か『あけましておめでとう』のどちらかだ。相手が迷惑だったらどうしよう、とかそういう余計なことを考えているに決まっている。
「時間を置いて、2回かかってきたの」
己が目と耳を疑った。母の言う通りその小さな液晶ディスプレイには、間を置いて2度の着信が残されている。留守だと知ったらもうかけてこないはずのあいつが、立て続けに自分に発信してきた。ありえない。アサギの海が沸騰したとかいう話のほうがまだ信じられる。あいつは2度も続けて電話するタマじゃないという、10年つきあってきた上での自信にヒビが
ポケギアがメロディとともに震えた。
椅子から転げ落ちそうになるくらいめちゃくちゃびびった。
ポケギアに命でも宿ったのかと、一瞬本気で思った。
ちょっと両手のひらで踊らせたあと、ゴールドは恐る恐る相手の名を目でなぞる。
3度目の正直だった。
『アカリちゃん、アカリちゃんの様子が、おかしいんです。ぐったり、してて、こう、顔色が』
他人行儀の丁寧な口調は相変わらずだった。やっと繋がった安心感からか、事態が深刻だからか、久しぶりの会話が嬉しいからかは察しかねるが、ミカンの涙声は電波越しでもよく伝わった。嗚咽を噛み殺そうとしている様子が甲斐甲斐しい。
「とりあえず落ち着け。ポケモンセンターに連絡はいれたのか?」
ぐしゅ、
『うん、ジョーイさんが来てくれました。でも、持ってきたキットでも原因がつかめないみたいで。アカリちゃんは誰のポケモンでもないから、ボールで運べないですし』
アカリちゃんのことはゴールドも憶えている。晴れの日だろうと雨の日だろうと、きっと隕石が降る日であろうと、アサギの灯台で健気に海を照らし続けるデンリュウのことだ。記憶が正しければ7代目。ゴールドとミカンの幼い頃は、甘い味のしそうな毛むくじゃらのモココだったが、ふたりが9歳になるときには綿を卒業し、立派な姿に進化していた。アカリちゃんがいないと、アサギシティは海一帯を支配する濃霧のせいで船が出せない。ゴールドもミカンも、アサギで捕れる魚が好きだった。
「何か手はあるのか?」
愚問だったな、と我ながら思う。あれば電話などかけてこないはずだ。ましてや、5年前にワカバに引っ越してきた自分のもとへなど。
『あるには、あるんです』
意外な返答だった。
涙目をこすっているらしい、ちょっとした間。
『海の向こうのタンバシティ、の薬屋さんなら、アカリちゃんの、病気でもなんとかなるかもしれない、って』
「しかしそこで話が戻ってしまう、と」
ぐしゅ、
『ええ、危険をおかしてまで、船は出せません。でも、このままだと、アカリちゃんが――』
八方塞がりで、自分に電話をかけてきた、といったクチか。
港町であるアサギシティなら、船乗りや漁師がみずタイプのポケモンを所持していてもおかしくはない。が、それはあくまで漁の手伝いをしたり船のメンテナンスを加担してくれる役割をもったポケモンであり、海を堂々と乗り越えるための職務を背負わされたポケモンではない。テッポウオとかニョロゾとか、そこらへんが関の山だろう。
『ゴールドくんなら、なんとか、してくれると思って、その、』
俺が水ポケモンを持っていなかったらどうするつもりだったんだよ。
「俺が水ポケモンを持っていなかったらどうするつもりだったんだよ」
思ったことがそのまま口に出てしまった。う、と苦くつぶやいたミカンの声を、ゴールドは聞き逃さない。
ジョウト地方という尺で考えると、ワカバからアサギまではかなりの距離がある。しかし、一度外へ出たことのあるゴールドなら旅の要領をこころ得ているので、決して難しい道のりでもない。その上、水ポケモンも持っている。ミカンの要望にぴたりと適した、とびきり上等な奴が。
しかし、アサギに行くためには、どうしても「あそこ」を経由しなければならない。
それだけが、唯一気がかりだった。
美しいシルエットが、極彩色の煌きが、脳裏にちらりと現れ、ゴールドはひとり顔をしかめる。
『もしかして、ゴールドくんも、』
「――持ってるよ。水なら。海も渡れる」
後味悪い訃報を知らされたくなかったので、正直に告げることにした。
電波の向こうからそれはそれは明るい気配が流れこみ、不穏な空気を緩慢にした。
『ほ、本当ですか!?』
「準備出来次第、そっちに向かう。だけどちょっと時間がかかる。理由は考えなくても分かるな?」
うん、うん、とひたすら返事している。
「とにかくお前はアカリちゃんのそばにいてやれ。何かあったらすぐに電話かけてこい」
ぐしゅ、
『ありがとう、本当に』
「礼は事が済んでからだ。切るぞ」
切った。
ポケギアを机の上にことりと起き、椅子の背もたれに体重を預ける。天井にあごを向け、喉をあらわにし、でかいため息をついた。
「穏やかじゃない感じだったけど、大丈夫?」
「いや、あんまり」
あごをかっくんと引っ張り戻す。右人差し指の第二関節で、こめかみをぐりぐりする。
ミカンは、電話をかけるというなけなしの度胸を絞ったのだ。
1年前、自分はワカバを旅立ったが、アサギにたどり着く前にこうして戻ってきた。あいつと顔をあわせずじまいだ。
自分に言い訳をしてここでうだっている暇は、きっとなかった。
― † ―
一旦家を出る。
ワカバは気候上、いつもゆるやかな風が吹きつける街だった。優しい気温と土壌に恵まれた草木にちなんだ点もあって、ワカバタウンと名付けられるほどである。風は花粉や種を運び、また新たな生命があちこちで芽吹く。花の香りに安らぎを得るせいか、野生のポケモンたちの気性も比較的おとなしめで、駆け出しトレーナーがスタートの拠点とするのにもうってつけだった。
ゆえに、一度ワカバをあとにしたゴールドがここに戻ってくるという横紙破りに、スクールのみなが疑問を隠せずにいるのだ。
何があって、またここへ戻ってきたのか。
図太い学級新聞と下世話な週刊誌が「何もそこまで」と同情するほどの憶測が、声なき言葉でスクール内を飛び交った。単にやる気をなくしただけだとか旅費が足りないとかホームシックにかかったとか不治の病にかかったとかポケモンがストしたとか才能が追いつかなくなったとか、とにかく色々あった。ある意味反面教師なところもあって、学生たちはなおさら旅立つための意識を克明にしていた。資金はしっかり、装備もしっかり、こころ構えもしっかり、相棒となるポケモンはなおさらしっかり。
ばっちし全部耳に届いていた。
薄情な噂はいつしか風化して、ゴールドはあっさりと教室の背景と化していた。
当初はあれこれ思われたんだろうなと苦い記憶をたどり、ウツギ博士が日夜格闘している研究所へと足を運んだ。
「デンリュウの病気、か――」
正対するようにゴールドが椅子に座ると、
錆がこすれて不満そうな音を立てる。猫舌のウツギ博士はちみちみとコーヒーをすするのが癖だった。最近ますます抜け毛が気になりだして、それが豆の消費量に若干貢献しているもよう。
「ぼくでも前代未聞だね。流行病といった具合でもなさそうだし」
「ええ。ちょっと前までは元気全快で、灯台の役割にはなんの支障もなかったそうで。それがある日突然バタンキュー」
「それで、きみはどうしたいんだい」
ウツギ博士の遠慮要らずの切り出しに、ゴールドの口元は一文字に結ばれる。
自分がどうして旅を途中でやめたかは、このウツギ博士は知っている。知った上で問うのだと理解した。自分に差し出されたコーヒーを見つめたまま、テーブルにひじをつく。左手で頭を支え、右手でこんこんとテーブル表面を叩く。
腰に取り付けたボールへ意識を凝らす。
「俺は行ってもいいんです。アレ≠ヘ所詮、俺個人の問題ですし。ですけど、その、『こいつら』が何と言うか――」
「今訊いてみればいいじゃないか。君の仲間なんだから」
ウツギ博士は朗らかに笑ったが、ゴールドはつられて笑うことはできなかった。
― † ―
いつの間にか空は夕刻を
粧っていた。
目を閉じる。右足を少し引いた、やや半身を開く構え。ウツギ研究所の前で、ゴールドは風を感じとっている。頬をなで、前髪をすくっていくその流れに身をまかせ、目を開き、腕を引き、
腰のモンスターボール3つを両手でかっさらい、瞬時に投げ出した。
機敏で鮮やかな動作だった。
1年前に封印した動作だった。
中にいたポケモンが3体、綺麗に横に並んで姿を現した。
向かって右から行こう。サンダースのレッパク。ワカバタウンに引っ越してきた10歳の頃から一緒に暮らすこととなった、今でもかけがえのない存在。左耳に飾ってある羽根が、夕映えの中で白い光を灯している。
次鋒、マグマラシのグレンゲ。レッパクほどではないが、こいつとも関係は長い。一度目の旅立ちの際、餞別としてウツギ博士が託してくれた、ちゃきちゃきの熱血漢。
最後、ラプラスのドロップ。旅の途中、つながりのどうくつで出会った。まだ子供だが物腰は柔らかで、先走りがちなグレンゲをなだめるのにも一役買っている。昔はそれなりにお茶目だったらしいが。
6つの視線を一挙に受けて、ゴールドは
逡巡する。
「さっきまでの話――聞こえてたか?」
――ああ。
レッパク、
――おうよ大将。
グレンゲ、
――私でよろしければ、力になります。
ドロップ。
早過ぎる返事だった。
もちろん実際に言葉を交わしているわけではない。だが人間は、ずっとポケモンのそばにいると、自分のであれ他人のであれ野生のであれ、声から「言いたいこと」がだんだんと手に取るように分かってくる。その耳触りのここち良さを初めて味わったとき、嬉しくて、照れくさくて、むずがゆくて、なんと表現したらいいか知らなくて、当時のゴールドははにかんだ。
またも目を閉じ、絶えず吹きつける風を鼻で吸い込む。
言った。
「1年間、窮屈な思いをさせてすまなかった。許してくれとは言わない。お前たちの主人はこんな腰抜けだが、今一度、勝手ながらも力を借りたいと思っている。俺の幼なじみのポケモンが危ないんだ。みんなで、助けてやってくれないか」
雷と炎と水と、それら以外全てを覚悟した。
――堅苦しいねえ、大将よお。そんなんだからしまらねえんだよ。
「うん?」
中央、前足をへらへらとさせているグレンゲの言葉に、首を傾げる。
――こう、「お前ら今すぐアサギに行くぞー!」くらいの気概があっても誰も文句言わねえって。俺たちは大将と一緒にいることを決めたときから、みんなで確認しあってるんだよ。何があっても大将を信じようってな。
――そういうことだよ、主。おれは、おれたちは、誰も主を腰抜けだなんて思ってはいない。実際、くじけたこころを反省し、誰かのために歩こうとする。その気持ちが主の中にあるんだ。立派だよ。
――グレンゲとレッパクに全部言われちゃったので、何も残っていませんが……私も同じ気持ちです。それに、ここでの生活も私は好きでした。戦いにせよ、休息にせよ、それは大切な自分の時間ですから。無駄だとは決して思っていません。
こころに、「みしり」と軋むものがあった。
ゴールドはうつむき、帽子を外し、前髪のひと房を下から握った。
もったいない。どうしてこんないい奴らが、なおも自分を信じてくれるのか。
1年間の不甲斐なさに許しを乞うはずが、あろうことか逆に励まされた。
なおさら情けなくなってくる。
もう、自覚せざるを得なかった。
いっそ叱られることで全てを白紙に戻そうとしていた、意気地なしな自分がいたことを。
今までの罪悪感は、いつしか新たな罪悪感に成り果てた。
即刻思い返すべきだ。すまなかったとはなんなのか。そんな一言でチャラにできるとかどこまで愚昧なのか。逃げ腰で謝罪するとか大概にしてほしい。罪を罪で上書きするとか勝手にもほどがある。トレーナーが腰に付けるボールは、断じて遊びでも飾りでもないのだ。1年間を棒に振ったのは自分だけと思っていたのか。こいつら以上にしっかりしなきゃならないのはどこのどいつだ。どんな気骨のもろさをしているのか。その気さえあれば、望まれるのならば、自分などこの場で八つ裂きにされてしかるべきだ。
戦っているのはてめえじゃなくてこいつらなんだ。てめえの15年分以上に、血に恐怖したのもこいつらなんだ。指令塔が背ぇ向けて逃げて、前線離脱したら、また何食わぬ面下げて先頭立ってやり直しかよ。おかしいだろ。見ろよ、なんだよこれ、どうかしてるとしか思えないだろ。どうしてそんな力強い輝きを持った目つきで自分の主人を信じることができるんだよ。なんでこんな目をしたこいつらが、手負いとなる確率が俺よりも何万倍も高いこいつらが、人間のさじ加減ひとつで生き方を決められなくちゃならねえんだよ。なあ、
苦しい思考は、そう長くは続かなかった。
どうして――
どうして、こいつらはこんなにも弱い自分を慕ってくれるのか。
それが、どうしても知りたい。
もう一度、一緒に歩き出してみれば、その強さの理由が分かるのかもしれない。
「――よし、分かった。じゃあ、思いきって言うぞ。こころして聞いてくれ」
レッパクが、グレンゲが、ドロップが、ゴールドにならって真剣な顔つきになる。
「近い日、アサギシティに行く。目的はアカリちゃんの病気を治すため。みんなの覚悟をしかと受け止めた。その力、俺が預かる」