怪盗という仕事
Steal 4 スナッチ
「おきろーーーーーー! 朝だぞーーーーー!」
「ぐっ……!?」
 つい先ほど布団に潜り込んだばかりかと思ったが、いつの間にかマルが俺の腹にダイブしてきている。眠い。ただひたすらに眠くて仕方がない。
「おきてっ、朝だよっ、おきてっ!」
「ぐふっ、おいっ、やめっ……!」
 腹の上でトランポリンを始めるな! 俺を殺す気か……!





 いつもと変わらない朝だった。食卓に全員が顔を合わせてもぞもぞと口を動かしている。好青年ことアフトは新聞を俺の目の前ででかでかと広げながら「あれ! “黒影”が盗みに失敗しちゃったのか!」と小さな叫びをあげている。俺は味噌汁のお椀と箸をもちながら、さりげなく新聞を持つアフトの方をみた。
「……盗品は無事ってことなのか?」
 俺が展示室に侵入したとき、すでにアメジストはなかった。盗まれたか、もしくは事前に隠されたか……。いや、あのこざかしいカードの存在を加味すると、おそらく前者だろう。だったら、もしかしたらマスコミが盗品の行方について述べているかもしれない。
「……いや、なにも書かれていないよ」
「なに?」
「でも、何にも書かれていないってことは、盗品は無事ってことなんじゃない?」
 盗品についてなにも書かれていない……。では、今アメジストはどこにある? 本当に今も展示室の中に収まっているのか? もしや、警察がマスコミに報道規制をかけているのか?
 いや、そんなことより、アメジストを先に持ち去った奴は、いったい何のためにそんなことをした――?



――Steal 4 スナッチ――




「おや……あなたがしくじるとは珍しいこともあったものですねぇ」
 昼下がりなのにポケモンの気配も感じられない公園のベンチ。いつものように俺たちは距離を置いて会話をしていた。“仲介所”の仲介人であるヨノワールは、俺がアメジストを盗めなかったと聞くと、嫌み皮肉の雨あられと来た。
「勘違いしないように言うが、これはふつうの失敗と訳が違う。獲物が横取りされたんだ」
「横取り……?」
 こいつに依頼の失敗を認めるのはなかなかに癪だったが、俺の言葉を聞いたヨノワールはさすがに少しまじめな顔つきになった。
「あなたは普段嘘をつくような性格ではなかったはずですが……」
「証拠もある」
 俺は、例のカードを指で挟んで取り出し、ヨノワールめがけて投げた。彼は種族柄大きなその手でカードを受け取る。
「『残念でした、またどうぞ♪』……?」
「そいつは間違いなく性格が歪んでやがるぞ、誰かさんみたいにな」
「あなたは、このカードを作った者から獲物を横取りされたと?」
「そいつの目的は詳しくはわからん。だが、俺はそいつに“妨害”されたことは間違いない。おそらく――」
 俺は背もたれに体を預けて空を見上げる。曇り空だ。やはり、悪い予感は的中した。
「――ここ最近、この地域一帯で、怪盗が仕事に失敗する数が増えているのはそいつのせいだろうな。だからまだ、この依頼を失敗として処理するには早計だ」
「ふむ……」
 仲介人が依頼を失敗と判断したらその時点で俺たちはその依頼に手を着けられなくなる。もちろん報酬なんてもらえないし、信用はがた落ち、今後仕事が回ってこない可能性も高い。だが、仕事を“妨害”されたとなれば話は別だ。
「仲介、俺にそいつを探させろ。カードの作り主を警察送りにして、アメジストも奪い返す。そうすれば文句はないはずだ」
「しかし、依頼人にはどう説明いたします? 依頼に失敗したと思っている彼らを納得させるのには骨が折れるのですが」
 ヨノワールの声が若干楽しそうだ。やはりこいつは性格が歪んでいる。
「クライアントどもの機嫌取りは貴様らの十八番だろうが。『“黒影”、がもっと面白いものが見れると言っていた』とでも言っておけ」
「ほほう、それは妙案だ、かしこまりました」
 ヨノワールは、カードを丁寧すぎる動作で俺に返してきた。そう、このふざけたカードは重要な手がかりだ。なくては困る。
「ご依頼が無事にこなされることをお祈りいたしますよ。もし、そのカードの送り主がほかの怪盗も妨害している者だとしたら、そして、捕まえることができれば、“仲介所”からあなたに謝礼がでるかもしれません。しかし、失敗したら……おわかりですね?」
「……ふん」
 どうせいくら報酬が増えようが、その金の行き先は決まっている。失敗したときは……そのときだ。
「では、私はこれにて失礼いたします」
 ヨノワールはいつものようにアタッシュケースをその手に持って、音もなく俺の前から消えた。
 俺は、一人になったベンチで空を仰ぐ。
「……一雨来そうだな……」
 ……失敗だと? ふざけるな。俺は、しくじるわけにはいかないんだ。
 この依頼には、不思議荘の存続がかかっているのだから。
 俺は、手に持った例のカードをまじまじと見つめた。ふざけた文面の書かれた面を何気なしに裏返してみる。
「……ん?」
 今になって初めて気づいたが、そこには『怪盗“スナッチ”』と書かれていた。





 ビルの最上階、アメジストが展示されているはずの展示室では、観客の代わりに鑑識と警察が右往左往してた。
 今、私の手には一枚のカードが握られている。送り主は……怪盗“スナッチ”。
 昨晩、怪盗“黒影”が逃げ出した後、粉々になったガラスの散乱したこの部屋のなかに、いったいどこから投げ込んだのか、このカードが落ちてあった。
『警察各位

 怪盗“黒影”が盗む予定であったアメジストを、この怪盗“スナッチ”が代わりに盗ませていただきました。怪盗を狙う怪盗である私の活動で、警察の方々は混乱した怪盗をさらに捕まえやすくなるだろうことと存じます。お互い、職務に全力を注ぎましょう。アメジストほか、今までに盗んだ盗品は大切に扱わせていただきますので、ご安心を。

怪盗“スナッチ”』

「事後報告型の怪盗ね」
 と、私の後ろから知らぬ間にカードをのぞいていたロズレイドのマリア刑事が断言した。
 事後報告型の怪盗。つまるところ、予告状を出さずに獲物を盗む怪盗のことを言う。
「最近じゃ、ご丁寧に予告状を出す怪盗なんて古株ぐらいなものよね」
「予告状を出せば警備は厳しくなりますからね。しかし、問題なのは……」
 そう、この怪盗“スナッチ”が予告状を出す怪盗なのか出さない怪盗なのかはこの際どうでもいい(どちらにせよ迷惑なことには変わりは無い)。彼の恐るべきことは、あの大怪盗“黒影”の獲物を狙ったあげく、“黒影”よりも先にアメジストを盗み出したことにある。横取りという卑怯な手を使ったとしても、アメジストを盗み出す難しさの面で言うとハードルは“黒影”も“スナッチ”も一緒なはず。
 なのに、“スナッチ”は今回、なんの痕跡も残さずに“黒影”よりも先にアメジストを盗んで見せたということだ。つまり、単純に怪盗“スナッチ”の手腕は“黒影”と同様か、それ以上ということになる。
「怪盗“スナッチ”の盗みの被害はこれで何件目でしょうか……」
 ここ数ヶ月、この地域の怪盗の獲物をことごとく奪い続けているのがこの怪盗“スナッチ”。いったいどうやって様々な情報を仕入れてくるのか……まったくもって謎が多い。
「んー、そうねぇ……。まぁ、不幸中の幸いなのは、この怪盗“スナッチ”が自身の存在をマスコミに明かしてないことかしらね」
「そうですね……」
 怪盗が盗みをするときは、必ずと言っていいほど野次馬とマスコミがわんさかとあふれかえって迷惑きわまりないのだが、決して警察が怪盗の犯行予告などを外部に漏らしてこうなるわけではない。怪盗らがわざわざ警察とマスコミ、どちらにも予告状を送りつけているから面倒なことになっている。
 この点において、怪盗“スナッチ”はマスコミに自分の存在を明かしていないので、マスコミは彼のことを知らない。報道規制もしやすかった。
「とりあえず、アメジストを“スナッチ”に盗まれたことがマスコミにばれるのは時間の問題ですね。……ちょっと、そこの鑑識!」
 私は、近くでしゃがんで作業をしていた鑑識を呼んだ。呼ばれた鑑識は静かにこちらへ寄る。
 瞬間、私は少しどきりとした。その鑑識の種族が、ジュプトルだったからだ。
 怪盗“黒影”も、種族がジュプトルということだけわかっている。まさか、こいつは……。
「何でしょう?」
 私はちらりと彼の羽織っている鑑識のジャケットの名札をみた。そこには、名札はたしかに本物のようだ。
「このカードもそちらで調べてちょうだい。なにか手がかりがつかめるかも」
「わかりました」
 ジュプトルは、無愛想な顔で私の手からカードをするりと抜き取る。そして、なにも言わずにくるりと持ち場に戻ろうとした。
「ちょっと」
 私はたまらずに彼を呼び止めた。なんなんだろう、この胸騒ぎは?
「なんでしょう?」
「……いえ、なんでもないわ」
 いや、まさか怪盗“黒影”が、昨日の今日で犯行現場に戻ってくるはずがないか。第一メリットがないし。
 ……気のせいよね……。





 鑑識の作業はあらかた終了したようだ。俺は、ビルの正面玄関から悠々と自動ドアをくぐって駐車場へ向かう。その手には、先ほどエイミ刑事から渡された怪盗“スナッチ”のカードがある。
 駐車場についた俺は、少々大きめのバンの後部へ近づき、トランク部分のドアを開ける。
「情報収集はなかなかうまくいった。あんたのおかげでな」
 広めの後部座席には、俺が少々乱暴に手足と口を縛ってやったジュプトルが、キャタピーのように転がっていた。そう、彼が本物の鑑識官というわけだ。
 偶然か必然かはわからないが、鑑識チームの中に同じ種族がいて助かった。
「このジャケットは大いに助かった。あんたに返そう」
 俺は羽織っていたジャケットを、無造作に後部座席にいるジュプトルへ放り込む。彼は、なんだか恨めしそうな表情と憧れの含んだ表情を足して二で割ったような、複雑な表情をしていた。
「元々乱暴は俺の趣味ではないが、今回は悪かったな。……ほかの鑑識仲間が来るまで、すこし辛抱していてくれ」
 俺は、そいつの元へ一枚のカードを投げ込む。怪盗“黒影”がこいつになりすましたことが書いてあるカードだ。こうでもしないと、なぜこのジュプトルが縛り付けられているいるのか誰も説明してくれないからな。
 それにしても、犯行の事後報告をするのは久しぶりだ。
「では、“お勤めご苦労”」
 とりあえずそうとだけ言って、車の扉を閉めた。少々同種族への申し訳なさに、胸が痛んだ気もしなくはない。
「……しかし、あの刑事は敏感なんだか鈍感なんだかよくわからないな」



「怪盗“スナッチ”。こいつはおそらく怪盗だけを狙って、同業者(おれたち)の獲物を横取りすることに快楽を感じているとんでもない奴だ。マスコミに自分の存在を明かさないという点でもそれが伺える」
 昼下がりの人気のない公園、そこでいつものようにおれとヨノワールが座っている。俺は極力視線を合わせないように、天を仰いでいた。
 だが、こいつさえ捕まえてアメジストも無事に取り返すことができれば万事解決と言うことでもある。怪盗“スナッチ”がどこかへアメジストを流してしまう前になんとか取り返さなくては。
「しかし“黒影”様、あなたは一口に怪盗“スナッチ”を捕まえるとおっしゃりましたが、手がかりは何一つつかめていません。そのカードからも有力なことはわからないでしょう。いかがなさるおつもりで?」
「逆に聞くが、“仲介所”はなぜこいつの存在をいっさい把握していない?」
「……」
「当ててやる。どうせ、怪盗“スナッチ”の罠にはまった怪盗は、すべからくお縄についているからだろう」
 “仲介所”は、こうして怪盗たちへ仕事を回しているものの、あくまで秘密結社なのだ。こいつらは、自分たちの存在が知られるのを恐れて、警察に捕まった怪盗とはよほどの例外がない限り接触しようとしない。だから、怪盗“スナッチ”の存在に気づけなかったのだ。
「そう、怪盗“スナッチ”の情報をつかむためには、今までに奴が獲物を横取りした案件を洗いざらい調べる必要がある」
 こいつの協力を得るのはいささか癪だが……この件の早期解決のためだ。いたしかたあるまい。
「仲介、協力しろ」
「かしこまりました。なにをすればよろしいですか」
「どうせ、刑務所にいる怪盗との接触は“仲介所”ではタブーなんだろう。……ここ最近、この地域で怪盗が犯行に失敗した案件をリストアップしてほしい」
「かしこまりました。少々お時間をいただきますが、よろしいでしょうか」
「かまわない。こちらにも別件で少しやることがあるんでな」

■筆者メッセージ
前回のお話に拍手をくださった方々、読んでくださった方々、ありがとうございます!
ものかき ( 2013/07/17(水) 22:04 )