怪盗という仕事
Steal 10 限られた時間の中で
「……て……ねぇ? ……!」
 ……うるさい。静かにしろ……。ただでさえこっちは頭を内側から金槌でガンガンと叩かれているというのに。
「ぷーたろー? ねぇ、大丈夫? 起きてよ!」
 外側から音波で攻撃とは、これだから最近台頭してきた新手は好かないんだ。
「ぷーたろーーーってばああああっ!」
「あぁ……くそ……」
 今ので頭がきぃんときた。音叉だ。巨大な音叉で頭を直接殴られたような感じだ。
 目を閉じていても痛い。開けていても痛い。ならば、ほんの少しの間だけ起きあがってこいつをどうにか黙らせるしかない。
「うるさいな、だまっ――」
「うわぁあああん! ぷーたろーもう起きないと思ったよおおおおおっ!」
「ぐっ……!?」
 茶色い毛の固まりが俺の首周りに抱きついて来やがった。なんだこれは。……マルか?
「なんだよ……俺が起きないなんていつもの事だろ……」
 ようやく俺は正常に物事を判断できるようになった。なんだ、新手の怪盗が音波攻撃でもしかけてきたのかと思った。
「だって、だって……っ! いくらお寝坊さんでもっ、いっつも昼ぐらいには起きてくれるのにっ……! お兄ちゃんなんだかいっぱい怪我してたし……!」
 困ったことに、俺の首をホールドしたマルが俺の耳元で泣きじゃくりやがった。まったく、こっちは頭痛が激しいんだよ……。
 ……怪我? 俺がいつ怪我なんか……。
「!」
 と、俺の中で記憶がフラッシュバックした。そうか、俺は怪盗“スナッチ”からマナフィ像を取り返した後……。
「あー、あれはな、なんというか……そう、建築会社のバイトで、高場で作業してたら事故って全身強打しちまって」
「ぐすん……“けんちく”?」
「ああ。なんだ知らないのか」
「しらない」
「じゃああんさんに教えてもらえ」
「うん、わかった」
 マルはおとなしく俺から離れて部屋から退散した。どうやら、うまい具合に引き離すことができた。あの大声をいつまでもとなりで聞いていてはたまらない。
「……高場で作業、ね」
 俺はもう一度布団に体を預ける。なんとももっともらしい嘘が簡単に口から漏れたものだ。誰かが俺をあざ笑ってくれれば、どれだけ気持ちが楽だろうか。
 このウソツキが、と。
「全身強打は嘘じゃないんだがな……」
 こうやって俺は、全身の上から嘘を塗りたくって、その上へまた嘘を塗り固めていくわけだ。
 あいつは、スリルの狭間を行き来するとか言ったものの、実際のところは立場も定まらずブレにブレた人生だ。だが、嘘つきの鎧をかぶりながら、大切な人と同じ屋根の下で生きている……俺は俺でそういう人生というわけけか。
『――あなただって、そうじゃなくって?』
 ああ、確かに。俺もある意味あんたと同種だよ。
 ふと、右手にある押し入れを首だけで見た。取り返したあれらは無事だろうか。何よりも、不思議荘の誰かに見られてはいまいか。
 俺は、重く鈍い頭を持ち上げて、どうにか立ち上がった。ふすまの取っ手に手をかけてからりと押し入れをあける。
 そこには、確かにマナフィ像とアメジスト、どちらの盗品も無傷で目の前にあった。



――steal 10 限られた時間の中で――


 俺は、怪盗“スナッチ”と飛行警官のドンカラスともども地面に強くたたきつけられた後、意識はもうろうとするものの、すぐに目を覚ました。あのとき、まだそこまで高さがあったわけではないのにうまく着地できなかったのは一生の不覚だ。俺としたことが。
 目を覚ました俺は、ほかの警察が来る前にどうにかその場を退散し、あらかじめ調べてあった“マリア刑事”の住処に向かう。案の定、そこにアメジストがあった。隠したり、金庫に入れてすらいなかったのを見ると、よほど自分の正体がばれないことに自信があったのかもしれない。もしくは、本当にどこかにうっぱらう寸前だったのかもしれないと思うと、今となっても背筋が凍る。
 とりあえず俺は、キッチンの引き出しの中にあった黒いポリ袋を拝借して、二つの盗品を中に入れて不思議荘へ戻った。
 ……恥ずかしい話だが、そこから俺の記憶がかなり曖昧になっている。
 不思議荘へ帰ってきたとき、住民の誰も起きていないことだけはしっかり確認した。そこはもう長年の癖だ。その後、たぶん俺は自分の部屋に戻って盗品を押し入れにつっこんだ、と思う。
 だが、いま俺の頭やら腕やら足やらに巻かれている真新しい包帯もそうだし、俺が身を預けている布団もそうだし。自分で手当をした記憶も布団を敷いた記憶もまったくない。たぶん、俺のあまりに遅い起床に様子を見に来ただれかがやってくれたんだろう。マルがやたらと心配していたのも恐らくそのせいだ。今はあまり顔を見たくないが、後で不思議荘のみんなにはお礼を言っておかなくては。
「はぁ……」
 俺は長い間肺にたまっていた淀んだ空気をため息として吐き出した。このため息はまぎれもなく安堵のため息だ。生きた心地がする。
 盗品を取り戻せたんだ。兜組との契約も果たせる。不思議荘も守れる。仲介所にも面子が立つ。
 万事解決。それでいい。

 それで、いいに決まっているんだ……。





「ほほう、それであなたはその出で立ちなのですね? いやいや、実にお似合いですよ」
 イヤに露骨な言葉が、人気のない公園内にこだまする。俺の怪我人姿を見ながらその言葉を放つ奴の顔に、ニヤニヤとした嫌らしい笑みが見え隠れしている。それが俺の癪に障るんだよ、この目玉が。
「もっとマシな皮肉は言えないのか」
「わたくし仲介めの最大級の賛辞でございます」
「仲介所は社員教育にどんなマニュアルを使ってやがる」
 きっと社訓は「賛辞は皮肉で」とかだろう。間違いない。
「回収したアメジスト、及びマナフィ像はどちらも本物であると確認されました」
「当たり前だ」
「怪盗“スナッチ”も見事に捕まえられたようで、毎度お見事な手腕でございます」
「何もかもが皮肉か嫌みにしか聞こえん」
「わたくし仲介めの最大級の賛辞でございます」
 怪盗“スナッチ”――ロズレイドのマリアの事は、今朝の新聞で確認した。どうやら、俺と一緒にコンクリートに全身打撲したあと、エイミ刑事が追ってくるまで彼女は目を覚ますことができなかったらしい。あえなくご用だ。普段から鍛錬しているようにも見えなかったし、そこに今回のツケが回ってきたのかもしれない。
 おもしろいことに、逮捕された彼女は自分が怪盗“スナッチ”であることを潔く認めているみたいだった。正体がばれてしまっては怪盗であることを隠さない。彼女も曲がりなりに怪盗としてのプライドがあったわけか。
「とりあえず今回は特別に、アメジストの依頼は完遂したとご報告させていただきます。……特別ですよ?」
「うるさい。わかっている」
「では、報酬はいつもの口座に……」
 仲介はいつものようにアタッシュケースをパチンと閉じ、丁寧すぎる物腰で一礼した。
「仲介所のご利用、まことにありがとうございます――」
 一礼から顔を上げる瞬間の、あの笑み。あの小賢しい口元だけは、丁寧とはほど遠いものだったがな。
「――“黒影”様」





 怪盗としての依頼を完遂した後も、右へ左へ忙しい。仕方のないことだ。今日が“あの約束”からちょうど一週間なのだから。
「……確かに、耳をそろえて来たな」
 約束――一週間以内に指定額を兜組の頭であるハヨウに持っていくこと。そう、俺は仲介と別れた後、すぐに兜組の本拠地へ向かった。今回はもちろん、一人でだ。俺が部屋へ入るなり放ってよこした別口の口座の中に、きっちりと指定額が刻印されている。それを部下に確認させたハヨウは、その部下からの報告を受けて初めてそう言った。
「しかしまあ……こわっぱがここまで痛々しい姿で私の前に現れるとは思っても見なかったがな」
「武器商人が何を言っている……」
 今の俺よりも痛々しいところを見てきたし、実際にしてきたはずだ。
 まあ、そんなことはこの際どうでもいい。
「約束通り、今後一切不思議荘には手を出さないでもらおうか」
「いいだろう。あそこはなかなか気に入っていたのだが……いたしかたあるまい」
 その口調からは、それが本心なのか否かはわからなかった。だが、裏世界を多少なりとも牛耳っている武器商人が、しかもここまで巨大な邸宅にすんでいる組の頭が、あの不思議荘を本気で気に入っているとしたらなかなかに趣味が……。
 これ以上はティオさんが怖そうだからやめておこう。
「今日はヌマクローを連れてはいないのか。あのおびえた様子がなんとも笑いを誘ったのだが」
「……ああ。あいつは何せ“カタギ”なんでな」
 俺の目の前で肘枕に悠々と寄りかかっているキリキザンは、元々鋭い目を細めてうなった。
「ほう……わっぱ、まるで貴様が堅着ではないような口ぶりだな」
「言葉の綾というやつだな」
「ふん、まあいい」
 ……恐らく、ハヨウは直接言葉で伝えなくても、俺が堅着ではないことぐらいはわかっているのだろう。こういう奴らは、気配だけで、目を見ただけで、同族や同業者を見抜けるものだと昔とある人が言っていた。あえて俺にそれを聞かないのは、そして先ほどの言葉は恐らく、堅着に紛れて生きる俺への配慮なのかもしれない。
「去るがいい、こわっぱ。おそらく貴様と会うことはもう二度とあるまい」
「……最後にひとつ、聞きたいことがある」
 去り際、そう口を開いた俺に対して、ハヨウは怪訝そうな顔をする。
「もしかして、この件のことは妙に丁寧な物腰のヨノワール持ちかけられたんじゃないのか?」
 不思議荘のことも、そこを買おうとしたことも、すべてが誰かの差し金だとしたら。そいつから大量の金を積まれたとしたら? もしくはこのハヨウが、そいつからの頼みを断れない立場にいたとしたら……?
「こわっぱ……」
 一瞬、ゾクリと何かが背筋を走った。ハヨウは刀のついた腕を、俺へとまっすぐに向ける。
「世の中には、知らなくていいことがある。掃いて捨てるほどある。今の質問は、その塵芥(ちりあくた)の一つにすぎん」
 今の寒気は。ハヨウから放たれたものか? いやそれとも、別の巨大な何かからのプレッシャーか……?
 なんにせよ、少し邪推しすぎたか。
「悪い。今の言葉は、忘れてくれ」
「……さぁ、もう行くがいい。……ナイルとやら」
 なにか。俺の知らない巨大ななにかが、この地の底で渦巻いているように感じる。それこそ、怪盗など赤子のようにひねるつぶせるほどの、巨大な何かが……。





 仲介とも話をつけ、ハヨウとの契約も問題なく果たした。今度こそ、何もかもが解決した。そう思いながら不思議荘へ帰ろうと思ったのだが。
 何かを忘れている気がする。
「ああー! ぷーたろーが外でてるー!」
 と、その何かがなんなのかを深く考えようとしたそのとき、数メートル離れたところから頬を膨らませたマルがいた。そうか、もう下校時間だったのか。
 マルは俺の目の前にまで走ってきた。背中にしょった小さめの鞄がバタバタと歩調に合わせて振り回される。
「怪我人は外にいちゃいけないんだよ! むう!」
 この子なりに説教しているつもりなのだろうが、イーブイという種族柄、頬を膨らませてもまったく怖くない。というか……むしろ愛嬌がある。
「俺の体なんだから外にでられるかどうかは俺が判断するんだよ」
「そういうのを“へりくつ”って言うんでしょ? ママが言ってた」
 さすがティオママ。息子のボキャブラリー増強に余念がない。
「きっと今頃、『勝手にお外にでちゃだめー』って、アフトお兄ちゃんとママ怒ってるよ?」
「お前のママを怒らせるのは相当にやばいが、あのつぶらな瞳のあんさんが怒ってもなにも怖くはないん――」
 あ。
 思い出した。まだ解決していなかったことを……。
「――いや、あんさんを怒らせるのも相当にやばいな」
「でしょー?」
 事情を何も知らないマルは、何が楽しいのかニコニコと笑いながら毛並みの豊かな尻尾を左右に振っている。
「でもしんぱいしないで! 僕も一緒にあやまってあげるよっ!」
「……あやまる、か」
 アフトの気持ちを考えずに、俺のやりたいようにやってしまったあのときのことも、素直に謝ったらまた仲直りができるのだろうか。
 あれから、ふと思い出すごとにアフトのあんさんとティオさん、それぞれの言葉を思い返していた。
 怪盗であることは、今となってはどうにも覆せないし、この先もずっと背負っていくしかない。
 だが、今この瞬間、マルとしゃべったりしている“ナイル”の時間も、紛れもなく俺の過ごす時間にほかならない。
 一人で生きていけること。それはとても大事なことだが、“自立”と“無茶”は違うんだろうなぁ。だから……。
「一緒に謝ってくれるのか? マル」
「うんっ! だって、お兄ちゃんは“ぶきよう”だからね!」
「またお前はそうやって変な言葉を……」
 誰かの厚意も、素直に受け取っていいんだよな。怪盗だって、それぐらいは許されるよな。
「よし、今日は特別に家まで抱っこしてやるぞ」
「え、どうしたのお兄ちゃん急に! “どういうかぜのふきまわし”っ?」
「……やっぱやめた」
「わーーーっ! うそうそっ! うそだよお兄ちゃんっ、抱っこしてー!」
 怪盗にも、たまにはマルと一緒に謝ったり、怒らせたあんさんと仲直りする時間があったっていい。
 今回の件のように、ふとした拍子で俺は不思議荘にはいられなくなるかもしれない。だからそうなる前に、タイムリミットが来る前に。
 仲直りをしにいこう。そして、あんさんと、ティオさんと、話そう。
 やっぱり、怪盗のことはどうしても言えないけれど。
 俺や、家族のこと。限られた時間の中で。
 照れくさくてとても大切な、これからのことを少しずつ話していこう。

ものかき ( 2013/09/26(木) 20:43 )