Want to be here.
8 Strong.Stronger.Strongest;She loves almost all.
 ――拝啓、先生へ。
 ルテアさんは、救助隊の内職に付くための一つの条件を出しました。リィというキュウコンに、探検家のイロハを教わって来いというのです。ですが、実際にそのキュウコンに会ってみると、彼女はとんでもない豹変ぶりを見せました。おれは……いや、ぼくは、いつになったら波風立たない日々に戻れるのでしょう?





 昨晩は日が沈みきっていたのもあり、ルテアはそのままビクティニのギルドに一泊して、朝食まで相伴にあずかった次第である。そんな彼の元に、シャナが神妙すぎる顔つきで寄って来た。
「いや、まじ、な、ルテア」
「おう、なんだ」
「あのな――」
 相棒は世話話もなしに、いきなり本題に入るつもりらしかった。シャナは疲れたかのようなため息とともにヤンキー座りをして、レントラーの肩にぽんっ、と手を置く。そして――。
「――リィを嫁にどうだ」
「冗談は今の顔芸だけにしろ」
 電光石火の返答であった。だがシャナはルテアの受け答えをとうの昔に予想していたのか、彼の肩を持ったまま、はぁあああと息を吐き、がっくりうなだれる。
「リィは、俺にはもったいないくらい、ますます強くなっちまいやがって……巷のオスたちは、日に日にあいつに恐れおののくばかり……。もらってやれるのはお前くらいしかいない……」
「娘を、親友に、結婚相手として薦めるたぁ、お前も相当疲弊していると見える」
「冷静に状況を語るな。虚しくなる」
「俺もお前ももうおじさんだぜ?」
「年の差婚って言葉こそ、最近じゃあ珍しくも何ともないだろ?」
「おいシャナ、気を確かに持て。おかしすぎるだろ、この状況」
 面倒だ、とばかりにルテアは肩を掴んでいるシャナの手をぞんざいに振り払った。そして彼はそのまま食堂の出口へ歩いていくが、シャナはしつこくついて来る。娘を授かってパパになってからというもの、自分の子に関しては持ち前のネガティブもさらに拍車がかかっているようだ。ルテアはうんざりして、歩きながら彼の方を振り返る。
「あのな。必ず結婚すりゃ幸せってわけでもねぇ。一人でもやっていけるだろ、リィの場合」
「いや、だが、俺は、聞くに耐えない暴言を吐かれてからというもの、何年もあいつと会話をしていない」
「まぁ、そりゃあリィはお前のこと……」
 ――いや、それ以上言ったらこいつの心がポッキリ折れるか。
「まぁ、リィも誤解されやすいという点ではお前譲りだからなぁ、どうにももったいないというか」
「それでいて、このままオスメス問わず誰よりも強くなっていったら、さらにあいつは孤独に――」
 とつぜんシャナの言葉が途切れた。そしてその視線は、ルテアの背後の食堂出口に注がれている。
「あ? なんだよ、どうした?」
「い、いや。いまちょうどフリエーナが廊下をとおりすぎたもんだから」
 ――あいつ、めちゃめちゃ怒ってたな。
 シャナがそう思ったのと同時に、スバルが慌てた様子でリィの後を追っていった。「リィ、待ってぇええ、これには訳がぁあああ」という悲痛な叫びが尾を引いて消えていく。その後をすぐ、モズクがスピカの手を引いて――なかば引きずって――うんざりした様子で同じように食堂を通り過ぎていった。
 首を傾げているシャナの横で、ルテアも同じ様子を見ていた。少し困惑した表情になっている。
「スバルは、モズクをリィに預けてくれるんだったよな?」
「そのはずだが」
 ほかでもない、自分がリィを指名して、モズクを預けるようにスバルへ頼んだのだ。だが、どうもトラブルが起こったようである。
 そして、リィにトラブルが起こる理由は、大抵相場が決まっている。
 ――あいつら、うっかりシャナの名前でも出したかな。
 交渉が不調に終わったままになればモズクがあまりにもかわいそうに思えて来る。なにせリィを推薦したのは他ならぬ自分なのだから、この責任は自分にあるというものだ。
「しかたねぇ、俺も行ってリィを説得してやるか」





 どうも、“名を言ってはいけないあのポケモン”ことシャナさんは、その実リィの父親だったらしい。だがそんなことはどうでもいい、父親だろうと何だろうと禁句なものは禁句だったって訳だ。リィはそのままそそくさと果樹園を後にして、おれたちが追いついた後もこんな調子だ。
「リィちゃんってばぁああ」
「ちゃん付けで呼んだところで、わたしの心は変わりませんわ、お姐様!」
「これには、訳があって……!」
「どんな訳だってんだァ!? ああァ!? どーせ、あのクソ親父がまたバトル中に加減を間違えでもしやがったんだろうが! あいつの尻拭いなんてごめんだぁあああ!」
「り、リィちゃん、口調、口調!」
「あ、あらやだ、わたしとしたことが……」
 ああ、もううんざりだ。勘弁してくれ。いつまでこの会話は続くんだ。
「ルテアからのご指名なんだよ? リィちゃんは」
「あ、あら、ルテア様の……?」
 リィは一瞬だけ顔が明るくなったが、何を思い返したのか、再び「ふんっ」とそっぽを向かれるはめになる。気難しいなぁ。面倒くせぇ。
「ど、どうせまたお姐様の方便でしょう? だまされませんわ」
「――いや、実際に俺が君を推薦したんだぜ?」
 と、二人の会話にやっと第三者が割って入ってくれた。助かった。おれも、もちろんスピカも口を挟む余地なんて一切なかったもんだから、この会話に一石を投じてくれるなら誰だって大歓迎だ。
 おれたちの前に現れたのは、昨日会ったレントラー、ルテアさんだ。
「ルテア様! は、はるばるギルドまで……! おひさしゅうございますわ」
 リィはルテアさんの姿を確認すると、慌てたように前足で頭の毛並みを整える。一方ルテアさんは、おれたちが初めて会った時と同じようにニッと破顔一笑した。
「なぁ、リィ。俺の顔に免じて、モズクにいろいろ教えてやってはくれないか?」
「で、ですが……」
「少しでいい。基本的なことを教えてくれたら俺が引き取るから」
「ルテア様が……?」
 予想外のポケモンが話に割って入ったことで自身の調和が崩れてしまったのか、目を泳がながらうつむくリィ。そんな彼女に向かって、ルテアさんは一歩近づきその顔を覗き込んだ。
「な? だから、頼むぜ」
「……」
「うん?」
「は……はい」
「よし、決まりだな」
 ルテアさんの説得は鮮やかなものだった。そして説得後も迅速だ。彼はリィから承諾を得た一瞬ののちに、ギルドの出口へ去っていく。去り際スバルさんとすれ違った時に「世話かけさせんな」と小さく言ったが、スバルさんはにこりとしたまま、それを彼への返答とした。
「じゃ、モズクとやら。リィからしっかりいろんなことを教わるこったな。その後は改めて――ようこそ、俺たちの町へ……ってな!」
 おれですら不覚にもかっこいいと思ってしまったルテアさんのそんな言葉を、彼が出口から姿を消すまでリィは名残惜しそうにその背中を見ていた。その姿すらも、この雪色のキュウコンにかかれば一種の芸術にまで見えて来るものだが、その芸術も一瞬のことで、ギン、とおれはにらみつけられる。
「勘違いすんじゃねぇぞ? わたしはルテア様からおおせつかったまでだからな。じゃなきゃ新米の世話なんかするかよ」
 わーお。おもしろいまでの豹変ぶりだぁ。声のトーンが軽くオクターブ単位で違うなぁ。……頭抱えたくなるぜ。
 リィがおれに向かって開口一番に発したのはそんな言葉だった。言葉というより暴言だ。おれについて来るスピカには、できれば聞かせ続けたくない単語群だ。
「新米の指導が不本意なのはわかったので、さっそくお願いしますよ、せんせ――」
「――次そう呼んだら氷付けにするぞ」
「うっす」
 もとより、おれが心から先生と呼ぶのはただ一人だけだ。





 なにはともあれ、おれはやっと仕事の準備に取りかかれるというわけだ。探検隊のイロハなど、それこそ依頼を受け、ダンジョンを歩き、報酬を受け取るまでの一連の動作さえ済ませれば一瞬で身につく。そうすればこことはおさらばして、救助隊の内職に晴れて就職だ。
 ……が。
「あの……リィ、さん?」
「黙れ」
 まだ何も言ってない。
「どうして、おれは昨日と同じ果樹園に連れてこられているのでしょう?」
 ギルドの掲示板で依頼を探し、受注処理をしなければならないのでは?
「う?」
 スピカも、自分たちが果樹園に連れてこられたことに多少の違和感を覚えたらしい。おれの腰にひっつきながらキョロキョロとリィの表情を伺い見ている。
「新米にやらせる依頼などないわ。こっちにはこっちの仕事があるんだよ。わたしがダンジョンで依頼をしている間、ここで庭師の真似事でもするこったな」
「そんなことをしていたら、おれはいつまでたってもルテアさんのところに行けなくなるけどな」
「“ルテアさんのところ”、だ?」
 青い瞳で鋭くにらまれるはめになった。どうしてこうもこいつは、おれのことをいちいち噛みつきやがるんだ……。
「ふん。――おい! ジジイ!」
 リィはおれに一瞥くれた後、これまた汚い言葉で果樹園に響き渡るほどの叫びをあげた。すると、ドタドタという乱暴な足音共に、スカタンクがご立腹の様子で走って来る。
「俺様をジジイと呼ぶんじゃねぇッ!」
 ああ、数日前にフワライドと一緒にスバルさんに横槍を入れて、仲良く電撃を食らっていたあのスカタンクか。
「喜べジジイ、手伝いを連れてきてやった」
「ふざけんな、お前、ルテアに頼まれてこの子らを預かってんだろ? おめぇんところのを俺に押し付けてんじゃねぇよ。屁をこいてやろうか? ええ?」
「ならその汚い空気ごと凍らせててめぇに叩きつけて、雑魚にふさわしい醜悪な彫刻を作ってやるわ」
 リィはそのスカタンクにさも興味あらんといった様子でそう吐き捨てると、くるりと踵を返した。もちろんその暴言の数々を並べている間に、おれはスピカの耳を塞いでおいた。
「リィ、おい! こいつらを本当にここに放る気……待て! 俺様の話を最後まで聞いて行けーーッ! くそ、まじで行きやがった……」
「うぅ、りぃ、いっちゃた」
「……」
 おれは、もはや絞りだす言葉も見つからない。
「あーあ、あんたらも難儀なことだなぁ、よりにもよってリィのやつに何かを教わろうなんざ……」
 スカタンクはリィからの不当な扱いに慣れているのか、あえて彼女を追いかけるようなことをせずにあっさりと諦めておれたちにそういった。くるりと果樹園の中へ体を向け、“ついてこい”とばかりにクイッと前足で手招きをする。仕方がない。おれとスピカはだまってスカタンクについて行った。
「まぁ、数時間でもここの仕事を手伝ってくれるならありがてぇ。飯くらいはだすぜ」
 スカタンクは、リィの“ジジイ”発言の通り確かに年老いたポケモンによく見る色あせた毛並みをしていた。きのみを取るために足を伸ばしたり、曲げたりするのも一苦労らしい。それを見かねたスピカが、おれから離れて自らスカタンクを手伝いに行ったのだから、その程度は分かってもらえるだろう。
「おじさんは、リィのことよく知ってるの?」
「知ってるもなにも、俺様はあいつのタマゴが見つかった時からこのギルドとは腐れ縁だぜ」
「いつもあんな感じ?」
「いつもこんな感じ、だな」
「よく我慢していられるね」
 おれは“水手裏剣”を放った。きのみがつながっている枝を切断して、高い場所にあるそれらを落としていく。スピカはそれが面白かったようで、ちょうど少し先に落ちたヒメリの実を、きゃっきゃと騒ぎながら拾いに行った。おじさんはおれの技を見てほお、と感心してくれたようだった。
「……あいつも、まぁ、ちょっとかわいそうなやつなんだよ」
「あの邪智暴虐ぶりをみて、かわいそう?」
「生まれつきの邪智暴虐はいねぇだろ?」
「おじさんは、“生まれながらの悪はいない”主義?」
「いんや、生まれながらの悪は、確かにいるし――いたさ。だが、そんなバケモンは百年に一匹いるかいないかだ。悪者になったり、憎まれ者になるには、やっぱりきっかけってのがあるもんだ」
「リィにもきっかけがあったと?」
「さぁな。なにがきっかけだったかまでは、知らん」
 おじさんは、クラボのみを手に取った。それをつまみ食いとばかりにバクリと頬張る。
「リィは、戦闘の天才である自分のオヤジに、戦いのセンスを見出だされちまったがために、否応無しに戦い方を教わることになった」
 おれはシャナさんはごめんだ、と思ったが、戦い方を教われること自体は喜ばしいことだ。おれが先生から教わった戦い方は、今でもおれの財産になっている。
「だが、あいつは強くなりすぎた。同世代の探検家が、あいつに全くついてこられなかった」
 リィも最初のうちは、他の探検隊との力の差に戸惑いつつ、謙虚な態度こそ崩さなかったという。ポケモンたち、ことオスのポケモンたちに恐れられないよう、言葉遣いも上品に振る舞った……そう、ちょうど、彼女がスバルさんやルテアさんと話すときのように。
「だがあいつは、あるときふと、ああなった」
「ふと?」
「ふと。自分より強い相手を異常なほどに尊敬し、どこまでも探し求めるようになり、その過程で自分より弱い奴、自分にない強さを認められない奴を見つけたら……さっきみたいになる」
「おじさんはそれを、かわいそうだっていうのか?」
「理解できないかもな、若造。だがぁ、俺様だって伊達におじさんやってるわけじゃねぇ。やっぱり、かわいそうだぜ、あいつは。あいつが親父を許せねぇのは、自分をここまで強くしてしまったことへの恨みつらみのせいだろうな」
「ふーん」
 おれは理解しようとも思わなかった。
 リィには、父がいて、たぶん、母もいる。
 自分の家族が、今の自分の生活を支える強さを仕込んでくれている。
 彼女には家があり、ギルドがある。
 そして、探検家という職業において、おそらく彼女の戦闘力はどこまでも必要とされている。それを――。
 “許せない”? “恨みつらみ”? なにいってやがる。
 そんなものは、相手が今ここにいてくれるからこそ、ふつふつと湧き上がることのできる感情だ。
 目の前に、恨みの対象がいてくれているのに、いつまでも本人にそれをぶつけずに、それを燻らせているなんざ……。
 ……それこそ、究極の甘えじゃねぇか。
 ――ズキリ。
 いや、気のせいだ。
 おれの心は、軋んでなんか、いない。
 そうおれが自分に言い聞かせたとき、その瞬間に、目ざといスピカの心配そうな目と、おれの目があってしまった。







 ――Strong.Stronger.Strongest;She loves almost all.――

ものかき ( 2018/01/26(金) 22:03 )