7 He who must not be Named.
――拝啓、先生へ。
絶望的かと思われた職探しは、ここの来て一筋の曙光が見えて来ました。働き手が欲しいというレントラーがいるのです。ただ、スバルさんにシャナさん、二人と繋がっているレントラーに一種の不安を覚えたことは、先生にだけ正直に言っておきます。
*
「ああ、そっちのスピカってのがカイの奴のねぇ……で、そっちのゲコガシラが仕事を探してるって?」
もう何回かになるおれたちの身の上話を聞いたレントラーのルテアさんは、ひとしきりウンウンと頷いてそう言った。スバルさんから「彼は隣町の町長なんだよ、そして元救助隊なの」と紹介されたが、目の前の血の気の多そうなレントラーに役所仕事が似合うかといえば、怪しいもんだ。
しかも探検隊の次は救助隊かよ。やはり今度の仕事にも暗雲が立ち込めて来たぞ。
「ルテア、確かにこの前会った時に『暇なやつは俺んとこ連れてこい』って言ってたよね?」
「俺からも頼む。戦闘の腕は保証するぞ」
スバルさんとシャナさん言いわれ、ルテアさんは唸った。
「ちなみに、お前らが紹介するってことはモズクは探検隊ってことで間違い無いよな?」
スバルさんが首を横に振る。
「え? 違うのか?」
「おれはただの一般ポケモンです」
「うーん、じゃあ無理だな」
間髪すら入れぬ返答に、おれは一瞬耳を疑うはめになった。だがそれはおればかりでなく周りも同じだったようで、スバルさんは「むう!」と言いながら黄色い頬を膨らませて帯電した。
「このまえと話が違うじゃない! あれ冗談だったの!? どういうことよ! 町長なんでしょ!」
「町長は関係ねぇだろ! や、マジな話な? 冗談なしに今の俺はクソ忙しい。しってるだろ? 俺たちの町に新しく救助隊支部を設立する話を」
「それで手一杯でこっちに顔を出せなかったみたいだな」
シャナさんは言った。確かに、先ほどの二人の会話で久しぶりに会った、と言っていたな。
「まだまだ暴れ足りねぇ俺と、あくまで町にいてみんなを守って欲しいと願う死んだ親父との折衷案だ。町長になった暁には町のための救助隊を作り、それを俺が面倒見る。やっとこさ軌道に乗せられるか、乗せられないかってところまでこぎつけた状況だ……これだけは抜かりなく進めなきゃならねえ」
「だったら支部の中で働く奴が足りないだろう。俺だってモズクを救助隊として雇ってくれって言っているわけじゃ無いんだから」
「支部内のみで働くにしても救助隊としての最低限のことを知ってもらわねぇとな。バッジの使い方とか、地図の見方とか、依頼のやりとりとか……。探検隊も救助隊も“イロハ”自体はかわらねぇだろ? 探検隊ならそこんところをわきまえているから即戦力だけど、そうじゃなけりゃ、キホンのキから教える時間が俺には割けないってこった」
だから最初、おれが探検隊かどうかを聞いたのか。ようやく合点がいった。
「ま、わるいな坊主」
「いえ、ありがとうございます」
一応話はきいてくれた、礼くらいはしなければなるまい。おれが素直に頭をさげると、ルテアさんは一瞬だけ呆けたような顔をして、そして少し苦笑いをした。
「はぁん。別にどうしても救助隊になりたいってわけでもなかったんだなぁ」
「まぁ、そうですね」
「スバルと、しかもシャナまで推して来たから俺はてっきり……」
「だって強いんだもの、他の仕事なんてもったいないじゃない! 一応探検隊に誘ってみたけど……」
スバルさんが、ルテアさんの言葉の語尾へ食い気味になって叫んだ。
「連れと待ち合わせているもので、待っている間にリスキーな仕事はちょっと困りますね」
「こんな感じ」
「ははぁ」
なんでそんなに物珍しそうな目で見るんだよ。どうせおじさんたちはみんな「最近の若いモンには野心がない」とでも言いたいんだろう。
「よし、わかった! 一つ条件を出そう」
と、思った矢先。ルテアさんはなにを思いついたのか、一人高らかにそう言って尻尾をご機嫌とばかりにゆらゆらと揺らした。
条件? なんだ、いかにもその不穏な単語は?
「簡単な話、俺が時間を割けないってだけで、誰かから探検隊のイロハを教わってからこっちに来てくれれば何の問題もないわけだ」
「はぁ、まぁそうなりますね」
「だったら、文字通り基本を教わってから俺んところに来い。それがモズクを雇う条件だ。おいシャナぁ、バトルしてみてその腕を買って斡旋するなら、お前が面倒見ろよ、指導者様!」
いや、ほんと。シャナさんに教わるのだけは勘弁してください。
「いや、俺は……」
「あー、そうか! てめぇじゃ話にならんから俺のところにまでわざわざ来てるんだもんな」
「ぐ……。だ、だが、俺以外が面倒みるにしても、ギルドで手隙のやつはいないぞ」
シャナさんがバツが悪そうに、控えめにいった。するとルテアさんは、今までで一番悪意があるとも言える、なにかよろしくないことを企んでいるような満面な笑みを浮かべて、シャナさんにずいと詰め寄った。
「ひとり、いるだろ? お前の代わりに面倒見れる奴が」
「……おい、まさか」
「る、ルテア、正気?」
「ほらスバル!」
その先は言わせねぇ、とばかりにルテアさんは二人の言葉を遮って叫んだ。心なしか、楽しそうに。
「――モズクをリィのところへ連れて行け!」
*
次の日の朝。おれとスピカはスバルさんのとギルドの入り口で待ち合わせることになった。
「はぁい。ぐっどもーにん……」
件のポケモンが今はギルド裏の果樹園にいるらしく、おれたちはスピカを含め三人で果樹園に向かうことになった。おれの先を行くスバルさんの足取りが、重い。ついでに言えば背中からどんよりとしたオーラが見えている、気がした。
「もずく、おねちゃん、どしたの?」
スバルさんのあまりの意気消沈ぶりにスピカがおっかなびっくり聞いてくるが、そんなことおれが一番知りたいぜ。いい加減、たらい回しにされるのも飽きて来た。
「モズク君」
「なんですか」
「ごめんなさいね」
「今更ですね」
「ルテアのところで、働く?」
「まぁ、食いっぱぐれるのは困りますからね」
先生が来るまで、そう、あくまでそれまででいい。ただ怖いのは、年単位で拠点に戻らないのがざらな先生が、いったい何日後にこのトレジャータウンに戻って来るかが未知数なことか。
その点、ルテアさんの住む町はここからそう遠くないから、仕事の選択肢として悪くない。昼は支部、夜はトレジャータウンにとどまることもできるだろう。そしたら、先生と合流しやすい上、スピカとひっつかず離れずうまいぐあいに距離感を保てそうだ。
そう、だ。スピカ。
こいつ、光ったんだよな。
「う?」
あの時のあれは、一体何だったんだ。こいつをギルドに託したという、カイという名の探検家の消息と何か関係があるのだろうか。後にでもスバルさんに、この摩訶不思議でまったく信じてもらえぬかもしれぬ昨日のことを、報告したほうがいいのだろうか。
ただ、とりあえずは目の前のことだ。
「で、今から会いに行くリィさんとやらは、どんなポケモンなんですか」
「ギルド所属の歴代の探検隊の中で、最速でダイヤモンドランクにまで上り詰めた探検家。まぁ、その点じゃ実力は折り紙つきだね。多くの探検家がチームを組む中で、ソロを貫き続けている」
ほう。そりゃすごい。
「……大丈夫、ですかね」
スバルさんの背中を見ている限り、大丈夫なようには見えない。
「ほんとに、“百聞は一見にしかず”を体現している子……彼女の性格を言葉で表すのは難しいわね」
やっぱり、大丈夫じゃないんだな。ああ、面倒だ。
「ひとつ、約束してもらっていい?」
「はい?」
「リィの前では、絶対に、シャナさんの名前は出さないで」
「はいぃ?」
なんでまた副親方代理の名前を出すなっていうんだ。なんだ? 彼とどんな因縁があるんだ?
「はぁ、わかりましたけど」
「絶対よ」
スバルさんの声が本気だ。これは、詳しいことを聞いたら途端に面倒くさいことに巻き込まれそうな気がした。
「はぁ」
おれはハブネークのいそうな藪は突かない主義だ。
「あ、いたわ」
果樹園には様々なきのみがなっていた。規則正しく群生している木々たちの入り口に、確かに立っている一匹のポケモンがいる。目を奪われるような姿の、ポケモンだ。
頭の毛から尻尾の先まで、純白にも薄氷のような水色にも見える体毛に包まれ、その尻尾は九つに割れており神々しく風にゆらめいていた。
キュウコン、という種族だろうか。だが、おれの記憶にあるキュウコンは黄金の毛なみだ。だが、目の前のポケモンは初めて見る。あんな姿の、ポケモンがいたのか。
「はぁい、フリエーナちゃん。元気にしてる?」
スバルさんが間の抜けたとも、陽気ともどっちつかずの声でそのキュウコンに声をかけた。すると彼女はゆらりとこちらに振り返り、スバルさんの姿を認めるとふわりと音もなく跳躍して目の前に躍り出た。
「――まあ! スバルお姐様! お姐様から会いにいらしてくださるなんて、なんたることですの!」
このポケモンが、本当にギルドの歴代探検隊で、最速のダイヤモンドランク取得ポケモン? そうは見えないんだが……。
「リィ、仕事の調子はどう?」
「本当に、手応えのないものどもばかりですわ。わたし、最近では一見お強そうな方をお見かけしても、少しもワクワクいたしませんの」
前言撤回。言葉の端々ににじみ出る尋常じゃない強者感。
「お姐様が会いにいらしたのは、わたしに何か用事があってのことですの?」
「ご推察! じつは、この子たちを預かって欲しいのよ」
おい、おれとスピカをセットみたいに言うな。仕事を教えてもらうのはおれだけだ。
「あら……」
リィという名の不思議なキュウコンは、おれたちを一瞥だけしたのち、またスバルさんへと視線を戻す。自己紹介もなしか。
「彼はモズク。まぁ訳あってリィに、彼へ探検家のイロハを教えて欲しいってわけ」
「あら……それはかまわないのですけれど、一つ教えてくださる? どうしてギルド所属の探検隊ではなく、わたしに白羽の矢がたったのですの?」
「あはは」
スピアーの毒針のごとくいきなり確信をついてきたリィに、スバルさんはポーカフェイスを装って笑った。そう、リィに会う前、スバルさんに言われたことを思い出す。
シャナさんの名前は、絶対出すな。
だから、本当なら彼に面倒を見てもらうところを、リィが代わりに見ることになっただなんて、スバルさんは口が裂けても言わないはずだ。
「ほら、カイはどこにいるかわからないし……」
「そうでしたわね……カイお兄様……どちらにいらっしゃるのかしら」
遠くを見つめる仕草もいちいち様になりやがる。だがその後すぐに、「あら!」と何かを閃いた顔になった。
「でも、わたしにお話が来るということは……まぁ! もしかして、そのゲコガシラは相当腕がお立ちになるのね! だからわたしに白羽の矢が立った! そうでなければおかしいですわ」
「うんうん、そうだね!」
勝手に話を方向変換したリィに、スバルさんはすかさずおだてに入る。だが――。
「――で! どなたとバトルいたしましたの!?」
「え?」
「どなたに見初められましたの!? 気になりますわ! ええ、ええ! そこのゲコガシラが強いお方に見初められたなら、わたし、もう興奮してしまいますわ! でも、カイお兄様ではないのでしょう? いったいどんなお強い方のご紹介ですの!?」
「あっはっはー」
再び強者への興味に立ち戻る。なるほど、ルテアさんからリィという名前を聞いた瞬間の、シャナさんとスバルさんの顔が引きつった理由が、何となくわかってきた。
「あの――」
「――しゃなさん!」
え……。
一瞬にして、この場が固まった。スバルさんが紡ごうとした言葉を遮ったのは、おれでも、ましてやリィでもない。だが、確かにその声の主の言葉に、おれたちは全員で固まっていた。
「もずく、しゃなさん、たたか!」
あちゃあ。
スピカ。
お前かぁ。なにやってんだよ。
「あー」
やっちまいましたね、スバルさん。おれはそういう思いで彼女を見た。すると、おれの横のライチュウは思考停止とでも言わんばかりに、口は半開きで、白目をむき、頬が引きつっているせいで鼻の穴がめいいっぱい広がっている。
これは重症だ。
場の空気が瞬時に数度下がる。比喩ではない。おれたちは一斉に一点を見た。そう、キュウコンだ。
リィは俯いていた。だが、確実に彼女の周りから温度が奪われている。そして、再び顔を上げた時……。
「――あ゛ぁ゛? あんのクソ親父だ?」
低く、ひくーく、それこそ氷点下ばりの、ドスの効いた声をあげた。いや、まて。ツッコむところがあまりにも多すぎる。だが、それよりも……!
「く……くそおやじぃ!?」
――He who must not be Named.――