6 Need job. Neeed job. Neeeed job.
――拝啓、先生へ。
ギルドの副親方代理との面接はそれなりに悲惨なものでした。大の大人がおれ……いや、ぼくを相手に本気のバトルです。……ええ、先生、わかっていますよ。悲惨なのはそこじゃないとおっしゃりたいのでしょう。
そんなこと、自分が一番よくわかってるんだよ。
*
カクレオン商店にて。
「え? ここで働きたいって? うーん、この仕事はカクレオンが働くのに最適な種族だからねぇ。ああ、ダンジョン内で店を広げてる時に仮にドロボウに盗まれても、すぐに飛びかかって捕まえられれば考えなくもないかな。僕たちみたいに!」
ペリッパー郵便局にて。
「え? ここで働きたいと? 繁忙期は本当に目が回る忙しさだけど大丈夫? ちなみに君、荷物を口に入れて空を飛んだ経験は? え? ない? あ、そっかぁ、うーん」
カイリキー引越し屋にて。
「え? ここで働きたいだ? おう! 力のある奴はいくらいてもこまらねぇぜ! ほれ、早速今から百キロの荷物五十個をちょいと届けに行くところなんだ。は、何いってんだ今日は少ない方なんだぜ」
アマージョのマッサージ屋にて。
「えん? ここで、働きたいですってん……? うふん、ここの業務……しってるん? マッサージ、その他……よん。そう……その他がメ・イ・ン。あらん……もう帰っちゃうのん? かわいいからちょっとサービスしてあげるのにん……」
「だめ、だ」
ことごとく玉砕だ。
「だめだぁあああああ」
ここまでことごとくとなると、意外と、精神的にくるものがある。
なにか、一つでいい。たった一箇所だけでいいのに、そのたった一箇所のおれの居場所が見つからない。おれについてきてしまったスピカも、もうくたびれてしまったのか足取りが重い。つまりスピカに引っ付かれているおれの足取りまでもが重いってもんだ。歩きにくいったらない。
いきなり訳も分からずバトルをさせられたのは理不尽だったが、だからといってギルドの内職までも蹴ったことは、少しばかり惜しいことをしたのかもしれない。
「スピカ、本当に、お前だけでもギルドにいた方が良かったと思うぞ。なぁ、お前一人でも戻れよ」
だが奴は、いったいどこにそんな頑固な精神力を溜めているのか、断固として首を縦に振らない。
勘弁してくれ。体力があるわけでもねぇのに、こんなに、歩き疲れちまって……。
仕方がないから、町の中心地の近くにある低い丘の上の草原で、おれたちは一旦休むことにした。日差しがぽかぽかと暖かいが、悠長にしていたら日没もすぐにくる。
無理してでもこいつを引っぺがして、ギルドに残していた方がこいつのためだっただろうか。だが、今更あそこに戻るのもものすごく気が重い。
バトルをした時の、シャナさんを思い出す。
彼は終盤で、確かにおれのことをにらんでいた。あれは多分、気のせいじゃないだろう。
バトルの時の隠しきれない高揚。そしてその高揚を裏切られたと、訴えるようなにらみ。多分、普段不必要なことを言わぬであろう彼は、バトルの時が一番正直なんだ。そんなことを考えられるほどのおれの観察眼がいやになる。
おれの心は、あの時確かにあのバケモンに見透かされていた。
そして、それを咎められているような気がしてならなかった。
「……めんどくせぇな、くそ」
そんな相手と、もう一回あいまみえるなんて、おれはごめんだぜ。
おれは、モズクというゲコガシラは、こんな矮小な自分は、探検隊に必要とされていないんだ。
そんなこと、おれ自身が一番よくわかってるんだよ。
だったら、おれを必要としてくれる場所は、いったいどこにあるっていうんだ。
「もずく……だいじょぶ?」
ふと、スピカの声でおれは我に返った。スピカが腕を掴んでおれを見上げてくる。
「なん、で……」
また心が軋む。
沈没前の、水圧に押しつぶされかけた船のような、耳を塞ぎたくなるひしゃげた木の音が、きこえてくる気がする。
そう、おれは沈没しかけている。
荒立てないと誓った、おれの心の水位が上昇している。
「なんで、おれの心配なんか、してやがる」
なんで、おれなんかについてくる。面倒はできるだけ避けたがる、バトルも最後までまともにできない、居場所もどこも必要とされていないおれのことを、どうしてお前は心配する?
気休めでもするつもりか。
「離れろよッ!」
ドン、とおれはスピカを押しのけた。何度も突き放そうとしているのに、無条件におれへついてくるこの得体の知れないヒトカゲを、どうにかしないとおれはおかしくなりそうだった。
スピカは小さく悲鳴をあげてしりもちをつく。そしてまるで、信じられないとでも言いたげな目で、おれを見上げてくる。
おれは立ち上がる。しりもちをついたスピカを、頭から見下ろしている。
「も、もずく」
「お前は、ギルドに必要とされてるだろ! 行方不明の探検家への手がかりなんだろ! おれとは違うだろ! なのになんで、わざわざおれにまとわりついてくるんだよ! 当てつけかよ!?」
ああ、やばい。
おれは、心だけは穏やかに波立てないようにしようって、誓ってたんだけど。
無気力でいないと。面倒なことには蓋をしないと。
そうしないと、思い出しちまう――。
「う、ううぅうう」
スピカは目に涙を浮かべて、おれの吐き捨てた言葉を受けて、頭を抱えた。
「ごめ、ごめなさい……」
瞬間、おれは頭からひやりとしたものをふっかけられた気がした。
「なんであやまってんだよ……ッ」
なんでこいつが、謝る必要があるんだよ?
ちがうだろ、わかってるだろ。
スピカはそんなやつかよ。
おれにまとわりついて、自分の境遇とおれの境遇を比べて、おれのことを哀れむような、優越感に浸るような、そんな高度なこと、できるわけがないだろ。
何回か、暴力的な息を吐いて、落ち着こうとした。スピカから背を向けて、数歩歩いて、ちょっと呼吸をした。冷静になろうとする。冷静になれる。いつもみたいに、心を鎮める。
「はぁああああ」
ばーか。おれのばか。ああ、スピカは何にも悪くない。よし。そうだ。仕事がみつからなくて、おれはいらいらしてるだけ。
スピカの方を、もう一度振り返る。
「スピカ、ごめんな、おれ、どうかしてる……」
「うぅううう」
なんだ?
頭を抱えて、激しい頭痛をこらえるかのようにしゃがんでいるスピカ、その全身が……。
「スピカ、お前、光ってないか?」
「うぅううう!」
気のせい、じゃない。確かに目の前でうずくまっているヒトカゲを、まるでチョンチーの放つ光のような、黄色く淡く鈍った光が、まとわりついている気がする。
おいおいおい、何が何だかわからないが。
これ、まずい気がするぞ。
「スピカッ!」
おれは、さっきまでの自分へのどす黒い感情をすっかりと放り去って、駆け寄って、頭を抱えるスピカに両腕を回した。
「スピカ、ごめん、おれが悪かった。なんだか、よくわからないけど、な、落ち着こうぜ」
「うぅ……!」
「おれの声、聞こえてるか?」
「も、もずくぅ」
固く目をつぶったまま、スピカが訴えるようにおれの名を呼ぶ。
「おう」
「うぅ……もずく、こわくない?」
「こわくない、こわくない」
「こわいこころ、もうない?」
「ない。――ないさ」
今はない。心を波立たせない限り、もう、現れることはない。
そうか、あれは、怖い感情か。
あたりまえだな。
スピカは、何に苦しんでいたのだろうか。呻きをあげていながら全身を光らせていたそれは、おれがそばで声をかけてやることで、少しずつ収束していった。
そして、完全に光が収まった時。
「も、もずくぅ!」
おれに抱きついてきたそのヒトカゲは、確かにいつものスピカだった。
やっと、冷静になれた。その時になってやっと、おれは思った。
今のはいったい、なんなんだ?
スピカは、いったい、何者だ?
*
スピカもだいぶ落ち着いて、日は西に傾きかけていた。とりあえずおれはスピカをギルドの手前まで返してやることにする。門が閉まる前にできれば彼女をギルドに預けてしまいたかった。
「なぁ、スピカ」
おれは、スピカの手を握りながらふと名前を呼びかける。
「う?」
「お前、どうしていつもおれのそばにいようとするんだ?」
「もずく、たすけてくれた」
いや確かにお前をダンジョンで助けはしたけれど、それ以外のことは、なにもやっていないんだぜ?
「ぎるどつれてってくれた」
「おう」
「いっしょ、ねてくれた」
「まぁ」
「おねちゃん、こわいの、たすけてくれた」
「あぁ……」
スバルさんがスピカに詰め寄った時か。
「すぴか、つかれたら、もずくとまってくれた」
スピカが、さきから比較的まともな文章を発している気がする。
「もずく、やさしいね」
「そうか?」
面倒ごとに関わることを、極度に嫌うこのおれが、やさしいだなんて、一度も言われたことがない。
「もずくすき!」
「あ?」
「ぎゅー、していい?」
「……うん」
おれより一回り小さいヒトカゲは、おれにぴとりとくっついて、ぎゅっとした。
スピカにはおれが、必要なのだろうか。
おれはスピカに、必要とされているんだろうか。
そう、信じてもいいだろうか。
「まあ、それでスピカがいいってんなら、いいか」
「あい?」
「ほら、ついたぜ」
ぎゅーをしていたスピカをかるく体から引きはがして、ギルドの前の門を指差してやった。朝礼の時にいたダンバルが念力を使っていて、いままさに門扉が閉じられようとしているところだった。
「あのー」
「ン、ンンーーーーーー!?」
おれたちの存在に気づいたダンバルは、ギョロギョロと一つ目を動かしておれたちを凝視していた。怖がったスピカが、すかさずおれの腰の後ろに隠れる。
「ア、ケサノ。モズクサンニ、スピカサンデスネ? ドウゾ、スバルサンガ、オマチデスヨ」
「じゃあな、スピカ」
「あぁん、もずくぅ!」
「会いたきゃ明日にでも来るよ。じゃ、おれはこれで――」
「――ナニヲオッシャイマス! モズクサンモ、オヨビデスヨ」
「……はい?」
*
「はぁい、数時間ぶり! 待ってたよ、二人ともね」
スバルさんはギルドの入り口すぐの場所で立っていて、陽気な声でおれたちにそう告げた。スピカが戻るならおれも戻って来ると踏んで待ち構えていたらしい。まさかこの期に及んで、おれを探検隊に引き入れるつもりじゃなかろうか。
「やだぁ、そんなに警戒しなくてもいいじゃない、モズク君。バトルのことは謝る。うちの副親方代理が見境いなくなっちゃって」
「いや、それはいいんですけど」
まさか、謝るためだけにおれをギルドへ招いたわけではあるまい。
「そのお詫びと言ってはなんなのだけれど、一人、働き手が欲しいと言っていた知り合いを思い出したの。どう? 会いに行ってみない?」
「それは、探検隊界隈の仕事ではないということですか」
「そうね。まぁ町役場の仕事とでも言えばいいかしら」
「はぁ」
まぁ、まともそうだな。
「決まりね。いまちょうどシャナさんと一緒に食堂にいると思うから、行きましょう。スピカちゃんも来る? ……ええ、もちろんそうだよね!」
ギルドの食堂はだだっ広かった。おそらく、探検隊全盛期の頃のポケモンのキャパシティに合わせて作られたのだろう。クレベースもホエルオーも難なく入れる広さだ。だが今はギルドを一般に開放している時間も過ぎ、広い食堂はほとんどが空席で、弟子たちがまばらに座っているだけであった。
身長ニメートル近いバシャーモは、そんな弟子たちの中でも特に目立って見えた。おれたちは示し合わせたわけでもなく、シャナさんのいる席に三人で近づいていく。
そしてその横の席にいるのは、黒い毛並みを持ち、赤い鋭い目が特徴のポケモン、レントラーだ。シャナさんは、レントラーに向かって盛大に肩を落とす。
「俺は、もーいい加減、探検家志望の指導者としてやっていく自信がない!」
「あいかわらずお前のネガティブに衰えはねぇのなぁ。久しぶりに来てやってみれば……なに? 今度は新参相手に初手で本気出して逃げられたって? ははぁ! これは傑作だぜ」
レントラーが盛大に笑う。全部“新参”に聞こえているからな、その会話。
「お前がまともに育てた探検隊はカイとリィ、二人のバケモンくれぇだ。噂を聞きつけてゾロゾロやってくる探検隊たちに、あいつらみてぇなバケモンはそうそういねぇ」
「スバルも弟子だったぞ」
「ははぁ、なに言ってんだ、スバルはほぼ俺の弟子だ」
「なに抜かしてやがる。俺は――」
「――カイの鍛錬に夢中の間、誰がスバルに電撃を仕込んだと思っていやがる。現にスバルはもうお前を師匠と呼ばねぇ」
「ぐうっ……」
「教え方は一流だが、いい加減、自分のさじ加減に自覚を持たねぇとな。最近のワカモンにお前の無自覚なスパルタは合わねぇんだよ」
「俺がスパルタ? 冗談だろ?」
「うわぁ、こいつまじでやべえ」
「ごっほん!!」
スバルさんが少々気まずそうな顔とともに咳払いをした。そうすると二人は初めておれたちの存在に気づいたようで、同時に気まずそうな顔になる。レントラーの方は、どうやらおれが“初手で本気を出されて逃げた”やつだと悟ったようだ。
「お、おう! スバル、久しぶりだな、ははは!」
「……えー、こちらがさっき言っていた働き手の欲しい方」
スバルさんはレントラーを完全に無視し、おれたちに振り返ってそう言った。だが、無視された当の本人はそんなことは慣れっこらしい、スバルさんの一歩前に踊り出て、破顔一笑した。
「おう、このギルドに若いモンとは珍しい! 俺はルテア。見ての通りレントラーだ。まあ、気軽にルテアって呼んでくれ、よろしくな!」
――Need job. Neeed job. Neeeed job.――