21 Want to be here;Spica.
魔神は、粒子になって消えた。
どうしてそうなったかは、先生を含め誰もわからなかった。
だけどもしかしたら、スピカに会いに行った、つまり魔神の心に触れたおれが、魔神の憎しみを溶かしたのではないか。そう言ってくれる者もいた。
おれは、そんな大層なもんじゃない。
おれは結局、スピカを連れもどせなかった不甲斐ないゲコガシラだ。
だけど、おれの気持ちは変わらない。
おれは、どういう結果になったとしても、あの日のことを後悔しない。
おれはスピカに、もう一度会えて自分の気持ちを言えたのだから――。
*
世界ってのは、平和になった途端に暇になる。そういうもんだ。おれは波風立たないのが好きだからそれで結構だが、おれの周りの大人たちはそうもいかない。
副親方の後任が見つからないシャナさんは、代理をしながら後任探しで頭を悩ませっぱなしだ。おれはそのまま彼が引き継いでしまえばと思っているし、それはギルドの誰もが考えてることだ。だけど彼は今回の一件で重いポストは身動きが取れないことに気づいてしまったみたいだ。それで躍起になって後任を探しているというわけ。
スバルさんはあの後もしつこくおれに探検隊になってくれとせがまれたけど、本当におれはごめんだった。毎日のように今回みたいなことが起きたんじゃ、こっちはたまったもんじゃない。彼女自身も探検家なのだからダンジョンでもどこでも自由に飛び回ればいいんじゃないかって言ったけど、どうも最愛の相手が危険なところへしょっちゅう飛び回っているのを見ると、自分はギルドで待っていてあげたいという気持ちになるらしい。是非とも本人に聞かせたい限りだ。
リィは、おれの提案通りルテアさんの仕事先に赴くことになった。自分の気持ちを伝えるかどうかは定かじゃないが、やっとこれで暴言から解放されるというわけか。おれも、シャナさんもな。
調査団“サンバーク”は改めて調査団本部へと帰還していった。おれがギルドに戻った後、三人から平身低頭で謝られたが逆に困った。魔神に操られていたのに申し訳ないもどうこうもない。あれは事故だ。
憎む程度のことですらない。
彼らは調査団本部に戻ったあと、しかるべき処理を受けるだろう。それで十分だった。
ギルドですれ違いざまにカイさんと会った。
「やあ、モズク君」
彼は“謎の秘境”でのキリッとした雰囲気のかけらも残していない様子で、ほんわかと陽気におれへ片手を上げる。
「なんだかそこらを歩くような格好じゃないけど、どこかへいくの?」
「ええ、まぁ」
おれは彼の質問を適当に濁した後、改めて頭をさげる。
「カイさん、ありがとうございます」
「僕は何もしていないよ」
「いえ、そんなことはありません」
おれは、みんなに支えられた。
だけどなにより、彼の言葉がおれの背中を押してくれた。
“君の価値を決めるのは、誰かの言葉じゃない。君が何を為したかだ”。
きっと彼が英雄とよばれるのは、そのバケモノじみた強さのおかげじゃないんだろう。
彼を英雄たらしめるのは、きっと彼の心の強さだ。
誰かを支え、立ち上がらせてくれる、彼の心の強さなのだ。
“生きとし伝説、生ける英雄”。
おれはカイさんを忘れることはないだろう。
「では、おれはこれで」
「うん、モズク君。――叶うといいね。いってらっしゃい」
まるで、おれのこの後の行動を分かりきったかのような言葉だった。
おれは正直びっくりして、もう一度すれ違ったカイさんの方を振り返る。
彼はもう、場を去った後だった。
トレジャータウンの入り口には先生が立っていた。おれたちは示し合わせたわけじゃないけれど、同じように遠出の格好をして、同じタイミングでトレジャータウンの入り口に着いたわけだ。
「先生、また旅ですか」
「当たり前でしょう」
「道に迷わないでくださいよ」
そんなことを言っても無駄だとわかっていつつも一応言っておいた。先生は極度の方向音痴だ。まぁ、そのおかげでおれは先生と出会えたのだけど。
先生との出会いが全ての始まりだった。おれは気まぐれに命を救われ、憎しみ以外の道を知り、そして事件を追う探偵としての先生の背中を追うことで、強さと、洞察力と、その他のいらない雑多な癖を手に入れた。
おれの今を形作っているのは、紛れもなく先生だ。
「おや、まるであなたは私とは別の場所に行くような口ぶりですねぇ。どうです? この際、助手としてわたくしの仕事を手伝ってはくれませんか?」
「え」
助手? 出会ってから今まで、一度もかたくなにおれを助手と呼ばなかった先生が、おれを助手だと?
「いままでのあなたは盲目的にわたくしについて来るだけでしたが、今は違うでしょう? まぁ、決めるのはあなたですがねぇ」
先生が笑っておれに言う。
まるで、おれを試しているみたいだぜ、先生。
おれの心が決まっていることを、もう看破しているくせに。
「いいえ、おれは一人で旅に出ます」
「ほう?」
「スピカを、探してみようかと思って」
スピカはあの時、魔神ごと光の粒子になって消えた。
本当は、躍起になってまでスピカを探したいわけじゃない。ただ、もしかしたら、どこかに風に乗って飛んで行った粒子が、またおれをスピカに会わせてくれるんじゃないかと、おれらしからぬ希望的観測を抱いているだけだった。
それくらいの漠然とした目的の方が、旅も楽しくなる気がする。
会えたらいいな、会えればいいな。
“叶うといいね”。
ええ、そうですね、カイさん。
――それくらいの、気持ちなんだ。
「先生、今まで、お世話になりました」
おれは先生に頭を下げる。
今まで面と向かって、彼に感謝を述べたことがなかった自分に気づいた。
もう、遅すぎるくらいだ。
「モズク、あなたはもう一人でも大丈夫だと思いますよ。ですが、会いたくなったらいつでも会いに来てください。わたくしはあなたが望む限り、ずっと、あなたの先生ですよ」
先生は、にこりと笑う。
そして、おれと先生はそれぞれ別の旅路へと向かった。
スピカ、お前は今、どこにいるんだろうな。
もしもこの長いおれの旅路で、万が一会えたなら。
また、ぎゅーしような。
それを考えると、憎いだけと思っていたこの世界がまるで色を変える。
そう、おれはお前がどこかで、生きているだけでいいんだ。
おまえが、いてくれるだけで――。