19 The Truth Outside the Dungeon;Named“Unkwon”.
「レムさん、あなた――魔神に操られてはいませんでしたね?」
誰一人として予想すらしていなかったローゼの言葉に、場にいた全員が驚愕で目を見開いた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと、ローゼさん?」
スバルは慌てた様子でローゼの腕のヒレを掴み、引っぱり、レムから距離を取らせた。
「ローゼさん、それは一体どういうことなの!?」
――もし仮に彼の発した言葉のそれが間違いであったならば、ローゼはレムにとんでもない失礼なことを言ったことになるよ!
スバルは、喉まで出かかったその言葉を飲み込む代わりに、彼を引っ張ったのだ。だが引っ張られた当の本人は涼しい顔をしている。
「わたくしの言葉以上の違う解釈ができますか? この状況で」
「あ、あんた! いきなり部屋に入って来たと思ったらなんなんだい!?」
今度はカーラがローゼにずいと寄って来た。スバルは、再びカーラのお腹の模様も怒っているように見えてくる。
「探偵だなんて聞いてあきれるよ! なんの証拠もないのにそんなこと言ってたらあたしが許さないからねッ!」
「落ち着いてください、カーラさん。わたくしはなんの確証もなしに申し上げているわけではありませんよ」
「――じゃあ証拠を見せてみろ」
カーラの斜め後ろにいたデンゴが鋭く放つ。彼ら二人は仲間であるレムを囲うように立っていることに、スバルは気がついた。
「では、僭越ながらわたくしが、彼が魔神に操られていないという根拠を説明して差し上げましょう」
ローゼは自身の腕のヒレを持つスバルの手をやんわりと押しのけ、鼻の上に乗ったメガネを片手で抑えつつ一歩前に踏み出る。
「レムさんが、もしやこの期間魔神に操られておらず正気だったのでは、という疑念を抱いたのはカイさんの言葉です。“なにかを忘れている気がする”。彼は、まだ頭にモヤがかかっているようだ、という言葉の後にそんなことをおっしゃっていました」
「それ自体はなんにもおかしくないだろう。だってカイは長い間、魔神に波導とやらを吸われていたんだからな」
「ええ。でも操られていた頃の記憶がないあなた方お二人と違い、カイさんには魔神にとらわれる前の記憶ははっきりとしているみたいです。なのに、何かを忘れている気がするとおっしゃっていました」
「でも、その言葉自体はそんなに気にすること? だって、カイの勘違いかもしれないじゃない」
スバルがおっかなびっくり言う。ローゼはその言葉も予想済みとばかりに大きく頷いた。
「ええ。その言葉だけではなんの確証もありません。ですから、わたくしはこの一連の“謎の秘境”での出来事を、各ポケモンの視点から、もう一度吟味してみることにしました。すると、面白いことがわかってきましたよ?」
その言葉を機に、探偵は部屋の中を徘徊し始めた。スバルはローゼの徘徊を見るのが初めてではない。彼が自身の推理を披露する時の癖なのだ。
「まず、第一の確証。それはあなた方がギルドの入り口でスピカさんを拘束しようとした時です。そう、モズクとリィさんがその場に居合わせた時ですね」
「残念ながら、その時の記憶は俺たちにはないんだがな」
ふん、と鼻を鳴らしてデンゴが腕を組む。
「ええ。ではここで一度時間を遡って、あなた方が捕らえられた時のことを整理してみましょう。カイさんの話はこうです。魔神はあなた方を捕らえたあと、カイさんはリングの一つをもってダンジョンから脱出、その後脱出した“謎の秘境”の入り口でリングが光り、ヒトカゲに姿を変えた。こういう順序だったはずです」
ローゼは利き腕の人差し指を立てた。
「魔神も、あなた方も、リングがヒトカゲに姿を変えたところを見ていない。ヒトカゲに姿を変えたのはいわば“擬態”です。魔神の手から逃れるための擬態なのですから、あなた方は擬態したポケモンの種族を知らないはずでしょう」
調査団“サンバーク”も、一度はカイ君に追いつきスピカを捕らえようとしたが、カイがスピカを逃したせいで一度取り逃がしている。
「その時に一度ヒトカゲの姿を見ていますが、なにせあなた方は操られている間“記憶を保持できない”。それはデンゴさん、あなた自身の証言がそれを物語っています」
「ああ、その通りだ」
「つまり完全復活をしていない魔神フーパは、スピカさんが発光した時にだけ大まかな座標を知ることができ、そのつど操り人形であるあなた方を座標に差し向けていた、という状況になります。さぁ、ここでひとつの疑問です」
ローゼははたと徘徊をやめた。そして改めてレムを見る。
「あなたは、ギルドの入り口にたどり着いた時、的確に、ヒトカゲへ、メンバーの誰よりも真っ先に、攻撃を仕掛けていましたね? あの時はゲコガシラとキュウコン、三種族のポケモンが場にいたにもかかわらず。まるでリングが擬態したのが、初めからヒトカゲだったと知っていたかのように」
「ビビッ……そ、それは……」
「続いて第二の確証」
ローゼはベムの言葉を挟む間も入れず、次の推理に移った。
「これは、モズクの話を聞いた時です。あなたがたは、“謎の秘境”に訪れたモズクとスピカさんを待ち伏せし、捕らえた。そしてレムさん、あなたは魔神復活のためにモズクの記憶をこじ開けましたね」
「う……」
レムが呻いた。スバルは聞いていられなくなる。そして耳を塞いでしまいたくなった。
操られてやってしまったことに対して、ローゼの言葉はあまりにも鋭すぎた。だが、その意味ですらこの場では百八十度変わってくる。
“モズクの記憶をこじ開ける”。
ローゼの推理通りなら、レムは“操られていない正気の状態”で、このあまりにも酷い仕打ちをモズクに対してしたことになるのだ。その罪深さを、スバルは痛いほど知っている。
「こじ開ける、なんて意地悪な言い方をしましたが、実のところ本題はそこではありません。問題は、モズクがあなたに記憶をこじ開けられる時の最後の状況です」
「最後? どういうことだい?」
「モズクは、その時の状況をわたくしにこう言いました。“緑の目がこちらを覗き込んでいた”、と」
「あっ……」
スバルが思わず小さく声をあげた。彼女は、“謎の秘境”でモズクたちとカイを助ける時に、操られていた際の“サンバーク”を見ていた。
「あの時、操られていたデンゴとカーラは、目を真っ赤に染めていた」
「その通りです、スバルさん」
ローゼがスバルに向かって指を鳴らす。
「あの赤い目は、魔神に操られているときの特有のもの。ごらんなさい――今のカーラさんの目は白い網膜に黒い瞳、そしてデンゴさん、あなたもそうですね。ですが、レムさん、あなただけが操られている時も瞳は緑色でした。つまり――」
ローゼはここに来て、もう一度レムの目の前に寄った。まるで、言い逃れをできないようにするために。
「――あなたは、魔神に操られていなかったばかりか、そのまま魔神の言いなりに動き、そしてなんらかの理由でカイ君の記憶を改竄していた。……違いますか?」
「……」
「………」
誰も、ローゼのその言葉の後に発言をすることができなかった。全員がレムの発する言葉の一言目に集中していた。
「ビ……」
そして、レムは、その場でへなへなと座り込んだ。
「ボクは、ずっと、こわかった……あんなつよい魔神に、倒されてしまうんじゃないかないか。そして助けられた後は、ボクだけが正気のままあんな恐ろしいことに加担してたことが、バレるんじゃないかって……」
「れ、レム……! お前、本当に……!? 俺たちみたいに魔神に操られてたんじゃなかったのか!?」
「いったい、どういうことなんだい!? 説明しておくれよ……!」
二人にそう言い寄られたレムのことを、ローゼは冷たい目で見下ろしていた。そんな様子を一歩引いたところで見るしかなかったスバルは、彼らに何と言えばいいのかわからなかった。その上で、先ほどローゼに言われた言葉の意味を、真に理解することになった。
――スバルさん、“サンバーク”のしたことを、あなたは許せますか?――
「ボクは、あの時、“謎の秘境”の最深部で、カーラとデンゴもろとも、“サイコキネシス”で拘束された。そして“悪の波動”をもらう瞬間に、カイがボクらをかばって技を受けたんだ」
「みんな、逃げろ」。カイの叫びがレムの頭の中でこだまする。
「みんなは知っているかもしれないけど、ボクはブレインポケモン。洗脳、記憶の改竄、頭の中を覗き見ることが一番得意な種族なんだ。だから、襲って来た魔神の洗脳も、カイがボクらをかばったおかげで一瞬の隙ができて、ボクだけがその隙をついて逃れることができた」
カイがリングを持ってダンジョンから逃げる時、レムも一緒にカイに付いてダンジョンを脱出した。
「そして、ボクはカイと一緒に、ダンジョンの入り口でリングがヒトカゲに変わる瞬間をこの目で見た」
「なんてことだい……!」
カーラが悲痛に小さく叫ぶ。ローゼはここでまた一つの核心を得たかのように言葉を紡いだ。
「そのあと、あなたはずっとカイ君と行動をともにしていましたね? そしてわたくしはカイ君が魔神に捕まる前に一度、手紙を受けて直接彼の前に参上している……ですが、あなたの記憶は全くありません。もしや、わたくしの記憶も改竄したのですか?」
「……うう、はい」
「いつですか」
「あなたが、モズク君を助けに現れた時です……ボク、怖くなって……」
「ああ、なんということでしょう」
ローゼはレムの記憶改竄能力に感服はおろか畏怖の感情さえ抱いていた。こうやって謎を暴いたにもかかわらず、未だにローゼの記憶の中に、一度会っているはずのレムの記憶がかけらも残っていないのだ。あの場にはカイ、自分、レム、そしてカイのあぐらの上で眠るスピカがいたはずなのに、レム一人の記憶だけが綺麗に抜け落ちている。
「ボクとカイはあのあと、操られたデンゴとカーラに攻撃を受けました。スピカを逃して、二人で応戦しました。でも、ボクは仲間をどうしても攻撃することができなくて……! カイはボクをかばったせいで、魔神につかまってしまったんです」
「そんな……! それでレム、あなたは怖くなって今までずっと魔神の言いなりになっていたというの!?」
スバルがここに来て初めて叫んだ。張り詰めていた空気が、ここに来てスバルの叫びで破裂した。
「捕まったカイを死ぬ直前までほったらかしにして、スピカちゃんを消そうとして、秘境で二人を待ち伏せにして、モズク君の辛い記憶をこじ開けて……それでしまいには、二人と一緒に魔神に操られていたふりをして、今の今まで黙っていただなんてッ!」
「スバルさんッ!」
ローゼが叫んだ時にはもう、スバルはレムへと走り出していた。だがレムの頬に手を振り上げた直前でローゼに背後から止められる。ローゼはスバルの腕の付け根に自分の腕を回して、彼女を拘束してレムから距離をとった。スバルはもがいてローゼの腕から逃れようとする。
「は、離してよッ! 離して……! なんで、どうして正直に話してくれなかったのよぉ……ッ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……! どうしても魔神に、逆らえなくて……! もしかしたら、このまま操られたことにしていれば、どれだけよかったかと思って、カイが捕まるときに、カイの記憶からボクを消したんだ……! こんなことになるなんて……! うう……!」
デンゴとカーラは、何も言うことができなかった。彼ら二人は操られている時の記憶がない。ないからこそ後から聞いた自分たちの所業の罪深さを悔いることはできても、苦しみを当事者のように感じることができない。
だが、レムは全てを覚えている。どれだけ罪深いことを自分の意思でしたかを覚えている。
「レムさん」
涙を流すスバルをこれ以上近づけんと背中に回し、代わりにローゼはレムの前にでた。
「わたくしは、魔神に逆らえずに様々なポケモンを傷つけたことに対しては、もうどうとも思っていません。その臆病さはきっとあなただけのものではないでしょうし、幸いにも死者はでませんでした。しかし」
ローゼの目が鋭くレムを捉える。
「あなたは罪深いことをしておきながら、カイ君や“サンバーク”が助かってもなお、勇気を持ってそれを告白せず、なかったことにしようとしました。……その所業をわたくしは、到底許すことができません」
「うぅっ……!」
「その上でまだ良心の呵責を感じるのならば、どんな些細なことでも構いません。魔神について、気づいたことを話してください」
「気づいた、こと……」
レムの腕の三色の光が忙しく点滅した。きっと体と同じ大きさほどある彼の脳内では高速で記憶の洗い出しが行われているのであろう。
「ボクは、魔神から洗脳を受けかけた時に……一瞬だけ、逆に魔神の脳内を覗くことができました。なんというか、その、脳内で魔神のことをのぞいた時……少しだけ、負のオーラの薄い部分が見えたんです」
「なんですって!?」
この時になって初めて、ローゼは大きく目を見開き、柄にもなく叫んだ。
「それは、おそらく魔神の急所……! スピカさんが残っている可能性のある箇所です! どこなのです!? それは!」
「えっと、それは――」
全員が、先ほどとは違う意味でレムの次の発言に全神経を注いだ。
「魔神の胴体の、真ん中についている輪っかがあるじゃないですか。その輪っかの中の――黒い空洞の部分です」
――The Truth Outside the Dungeon;Named“Unkwon”.――