18 How will we save Her?
ギルド、カイさんとスバルさんの部屋にて。
「方法はわからないけど今すぐスピカちゃんを救いたい? もちろん、協力するよ!」
ギルド、“サンバーク”にあてがわれた部屋の前にて。
「やっと出番ですわね。わたし、あなたがたが戻ってからというもの“サンバーク”の監視しかしておらず体がなまっておりましたの」
ギルド、副親方代理の部屋にて。
「スピカを救出するとなると、魔神討伐隊よりも先に“謎の秘境”に向かわなければならないな。今は親方もいらっしゃるから自由に動きやすい。どうにかしてみよう」
ギルド、食堂にて。
「もわ? ごくん。……失礼。やっとモズクもやる気が出ましたね? ええ、命令に背くことには慣れています。すぐに作戦会議といきましょう」
カイさんの呼びかけで集まってくれたのは、スバルさん、リィ、シャナさん、先生だった。大陸に点在するギルドたちの動きは魔神討伐へと向かいつつある。「僕たちはその決定に背くわけだから協力者は必要最低限で」ということでカイさんが声をかけたポケモンたちだった。
さっきの会議で、先生は確かに「スピカを救う方法はない」と言っていた。なのに、彼らは二つ返事で、危険が及ぶ上にうまくはいかないかもしれないおれのわがままに付き合ってくれた。
魔神がまだいるであろう“謎の秘境”に向かうのは、おれ、カイさん、リィ、シャナさんの四名。スバルさんと、腕の立つはずの先生はこちらに同行せず、おれたちがギルドを発った後の行き先をはぐらかす役に徹するという。
おれたちはメンバーが決まり次第ギルドを発った。一刻も早く、魔神の元へ向かわなければ。
スピカ。おまえを、必ず連れ戻してやる。
*
数日前と同じように、“謎の秘境”の前に立つ。因縁の場所だ。
「ここは、今後の僕にとっても忘れ難い場所になるだろうね」
カイさんは厳かに言った。そんな彼に対して「なにか策はあるか」とシャナさんが尋ねる。
「策というほどではありませんが、もし魔神の中に、取り込まれたスピカの自我が少しでも残っているとしたら、モズク君の声には反応するかもしれません。幸いにも僕は波導が使えます。僕の波導が、モズク君の気持ちを魔神に伝える手助けになるかもしれない」
「では、わたしたちで魔神を牽制しつつ、そこのゲコガシラに賭けてみるしかありませんわね」
「ああ。モズク君が立ち上がったからこそ可能性が出てきた作戦だね」
「そ、そんなこと……」
もともと、おれを立ち上がらせてくれたのはカイさんだ。
「作戦は決まったな。さぁ、行くぞ」
シャナさんが先陣を切って歩き出す。おれたちはそれに続いて歩き出した。
……当たり前のことだが、ダンジョンにいる間おれにはほとんどやることがなかった。
たしか、“謎の秘境”は難易度の高いダンジョンだと聞いている。だが目の前の三名は、ギルドでも名高い“バケモノ”たちだ。英雄と称されるカイさん、“爆炎”の娘・リィ、そしてこの二名を育て上げたシャナさん。彼らは迫り来る敵ポケモンをバッタバッタと波導弾で吹き飛ばし、れいとうビームで凍らせ、炎のパンチで黒焦げにしていった。
そして、おれが初めにスピカを連れ立って歩いた何倍もの速さで、おれたちはダンジョンの最深部へたどり着いた。
そう、ここからが本番だ。
フロアへの入り口に向かって、生暖かい風が吹き抜けている。そして、聞こえてくるのは……。
――オォオオオオオオオオ……!
「いるな」
「いますね」
「よくもまぁ、封印された恨みつらみを持っていながら、未だにここにとどまっていられますわね」
「“理性”が残っているのかもね」
各々が、感想を述べた。そんなおれたちの顔はみな緊張でこわばっていた。
スピカ、そこにいるんだろ? いま、助けてやるからな。
この先に、なにがあって、どんな結果になったとしても……。
おれは、今日ここにきたことを、絶対に後悔しない。
フロアの最深部に踏み込むと、そこには確かに魔神の姿があった。ピンクの髪を逆立て、鋭い牙を持ち、その巨体を念力で宙に浮かせ、胴体の腹の部分はひときわ大きなリングが付いていて、その中は黒い空間が広がっている。そして、六本の腕輪をつけた六本の太い腕が俺たちの前で待ち構えている。
魔神が、咆吼する。
「オォオオオオオオオオオ!」
ビリビリと、空気が振動する。そうか、これが長年の憎しみを持った者の叫びか。おれはすくみ上った。だが、それ以外のメンバーは全員構えをとる。
「手筈通りだ。リィ、陽動するぞ!」
「指図すんじゃねぇ、クソ親父ッ!」
二人は同時に地を蹴った。それを合図に魔神フーパは五本の腕を腕輪の向こうの異次元に収納し、リングのみが動いたリィとシャナさんに向かって迫ってくる。
「いまだ、僕たちも行こう!」
カイさんの声に、おれも弾かれたように地を蹴った。カイさんの横を走る。
*
リィが“れいとうビーム”を放つ。まっすぐにフーパの本体へ迫るが、魔神は素早くリングを操作して、リングをビームにくぐらせた。
「なんだ!?」
普通のリングなら、ビームはリングを通りぬけただけで終わるだろう。だが、リングの向こう側に見えるのは真っ暗な空間だ。ビームはリングの向こうの空間に吸い込まれる。
「ッ!」
シャナが息を短く吐いて、瞬時に後ろを振り返った。そこにはもう一つのリングがある。そしてそこから、先ほどはなったはずのリィの“れいとうビーム”がまっすぐ彼に向かって放たれた。
「ぐっ!」
シャナは避けきれずに手をクロスさせその攻撃を受け止める。腕の炎を燃やしていたおかげでなんとか軽微なダメージで済んだようである。リィが驚愕とともに叫んだ。
「あのリング! くぐらせたものを別の空間にワープさせる力があるのか!?」
「自らの巨体もここに呼び寄せたくらいだ。飛び道具的な技は効かないぞ! 同士討ちになりかねない!」
「わかってるっつうの!」
話している間にもリングは待ってはくれない。リングの向こう側から“悪の波動”が飛んできて、二人は飛び退く。
「遠距離攻撃がダメなら、凍らせりゃあいい話だろッ!」
“フリーズドライ”、氷の膜が瞬時に地面をつたい、そのまま空気をも凍らせて浮遊していたリングの動きをとめた。だが、他のリングから現れた腕が、凍ってその場に固まったリングの回収にかかる。
「ちっ……!」
ここは砂漠の真ん中のダンジョンだ。周囲は乾燥しており、空気中に凍らせるための水分が足りなさすぎる。シャナと二人がかりで相手をしても、ここまで苦戦を強いられるポケモンなど初めてだ。
「強いお相手は、嫌いじゃないですわよ!」
リィは冷や汗とともに不敵に笑い、迫り来る攻撃を避けるために再び地を蹴った。
*
ギルドではローゼがある場所へ向かっていた。目的の場所に早足で向かっていると、反対側からライチュウが向かってくる。スバルだ。
「ああ、スバルさん、首尾はどうでしょうか?」
「なんとかごまかしておきましたけど、バレるのは時間の問題ですよ」
「わかっていますよ。ウィントにはそれらしく言っておきましたが、彼一人ではギルドの親方たちの決めた討伐日時をひっくり返すこともできないでしょう」
「そんな状況なのに、ローゼさんは今から何をするつもりなんですか」
今日のスバルは勘が良かった。ローゼはそんな彼女に向かって感心する。
「ほう。わたくしがなにか企んでいるとでも?」
「企んでいるとは言いませんが、ローゼさんがギルドに残ったことに少し違和感を覚えました。こういうとき、あなたならモズク君やカイのサポートに回ると思っていたので」
「……」
ローゼはニコリとしながら再び歩き出した。その後ろをスバルはついて行く。
「スバルさん、“サンバーク”のしたことを、あなたは許せますか?」
「許すも何も、彼らは魔神に操られていただけです」
「いえ。操られていた、いなかった云々を抜きにして、調査団として、カイ君を死ぬ一歩手前までの危機に追い込んだこと……それ自体を許せるかと聞いているのですよ」
「それは、もう仕方がありません。カイは探検家です。自分が危機に陥ることを承知で未知の場所に赴くのが探検隊なんです。カイに関しては、誰にも叶わぬ強さを手に入れてしまってから、さらにそれが顕著になりました。私は、そんなカイと一緒になると決めたんです。今回の件も“サンバーク”のだけのせいじゃない」
「……そうですか。それを聞いて、少し安心しましたよ」
ローゼがそう言っていた時、背中しか見えないスバルには彼の表情を窺い知ることはできなかった。
「今から、“サンバーク”に話を聞きに行きます。彼らには、まだ少し用があるのです」
そう言ったのと同時に、二人は“サンバーク”のいる部屋の前にたどり着いた。
「失礼しますよ」
相手の許可を得る前に、ローゼはスタスタと中に入って行く。そんな彼の様子を見て、スバルはため息とともに後を追った。
「あ、おお。探偵さんとやらか。また俺たちに何か用か?」
デカグースのデンゴが、少し前に自責の念で取り乱していた時よりも幾分か平常に戻った様子で二人に声をかけた。場にはもちろん、カーラと、レムもいる。
「いえ、用があるのは一名だけです」
「え、なんだって?」
カーラが状況を理解できずに聞き返す。
「わたくしが用があるのは、あなただけですよ。オーベムのレムさん」
「ビビッ……?」
指名を受けたレムは、手についた三色の光をいつもとちがう規則性に点滅させる。ほんの少しだけローゼから遠ざかったレムに対して、彼はズイ、とまるで逃げられぬようにするかのごとく詰め寄った。
「単刀直入にお尋ねいたしましょう。レムさん、あなた――魔神に操られてはいませんでしたね?」
*
おれたちの方にもリングと腕が迫ってきていた。そのうちの一つから今まさに光線が放たれようとしている。
「“波導弾”!」
カイさんが秒速で放った“波導弾”が、リングの端を強く弾いた。リングが傾いて光線の軌道がそれる。おれたちは辛くも攻撃をかいくぐった。そして、フーパの本体の目の前にまでおどり出る。
ぎろり、と魔神の目がこちらをにらんだ。
「オオオオォオオ!」
ブン、と太い尻尾でおれたちを振り払おうとする。それをカイさんと同時にしゃがむことで避け、俺はありったけの声を張った。
「スピカーーーーーッ! 聞こえるかァッ!」
おれは叫ぶ瞬間に動きを止めていて、相手を倒そうとする魔神としては格好の的となった。腕がおれを叩き潰そうと迫ってくる、あんなのに叩かれたら一瞬で終わりだ。やばい……!
「モズク君ッ!」
地面と手のひらの間でサンドウィッチにあわやなりかけた瞬間、カイさんが“神速”のごときの速さで、おれを抱きかかえて走り抜けた。間一髪魔神の“はたきおとす”は空振りに終わる。
「も、もっと近くじゃないとだめか!」
「接近する!」
そう言ったのち再びカイさんが“神速”を使う。おれは彼の肩に必死にしがみついた。カイさんの両腕には白い波導でできているであろう剣を纏っていた。“ソウルブレード”と名付けられているらしい独自の技を身にまとい、彼は目をつぶり、耳の下のふさを逆立て、三百六十度の視界を持つという波導の目を凝らした。
跳躍。
腕がおれたちを殴り、はたき落とそうと迫ってくる。カイさんはそれを剣でさばき、奴の太腕を足場にしてさらに跳躍し、リングから放たれる光線を剣の一閃で真っ二つにする。
これが、英雄の戦闘力か。
おれたちは、あっという間に宙に浮かぶ魔神の眼前まで来た。おれはカイさんの肩に足をかける。彼を足場にして飛ぶ!
「おおおッ!」
一瞬、着地できずに落ちるんじゃないかという恐怖が頭をよぎって、視界がスローに見えた。音がなくなる。
だけど、ここで落ちたら終わりだろッ!
「わぁッ!」
フーパの髪の毛にしがみついた! よし!
「おい、スピカ! きこえるか! おれだよ、モズクだ!」
「オォオ! オオオッ!」
俺がしがみついたことで、魔神がパニックになったのか頭を大きく振る。うぉ。強くしがみついてないと落ちてしまう!
目をつぶって振り回されるのをやり過ごす。うっすらと開けた目で陽動をしているシャナさんとリィのところを見るが、彼らを相手していた腕すらもおれの方に迫って来ていた。二人がこちら側に走ってくるのが見える。
「はなせぇええええ! おりろぉおおお!」
「な、なぁ! スピカ! おまえ、まだ消えてなんかいないだろ? な? だってさ、封印したポケモンたちの、その子孫であるおれたちが憎くて仕方ないんならさ、すぐにでも消しに行きたいだろ!?」
おれも、長いこと誰かを憎んでいたからわかる。
いますぐにそこへ行って、殺してやりたいくらいのはずだ。憎いって、そういうことだ。
「だけど、そうしなかっただろ? だって、お前はそんなことやりたくないもんな!」
「うぉおおおッ!」
腕の一つがおれを掴みにかかる。シャナさんの“かえんほうしゃ”がおれたちの間を遮って牽制した。
「なぁ、一緒に、帰ろうぜ。おれには、おまえが必要なんだ! ――うおぉあ!?」
魔神が頭を無茶苦茶に振る。髪が乱れて、それにしがみつくおれは遠心力で手が離れそうだ!
「オオォッ!」
瞬間、魔神の目がカッと見開かれる。なんだ? 六つのリングが一斉に眼下のシャナさんとリィ、そしてカイさんを取り囲む。しがみつくおれの目に、カイさんが何かをすごい形相で叫んでいるのが見えた。
だが……!
「みんな、くたばれぇ!」
太い声で魔神が叫んだ。
ドドドド! リングの向こう側から、目視できぬ素早さで六つの拳が高速で三人のいる地面を連打した。今までにない腕の速度、そして威力! 土ぼこりが盛大に上がる、三人の悲鳴が聞こえる!
「カイさん! リィ! シャナさん!」
おれは思わず叫んでいた。みんなは、みんなは無事か!?
「!」
土煙の間から、地面に倒れ伏して動けないみんなの姿が目に映る。みんな、ボロボロに――!
「あっ……!」
その一瞬の隙に、おれは頭を振った魔神の髪から手が離れた。真っ逆さまに、おちる……!
「がッ……!」
そのまま地面に叩きつけられた。い、いてぇ……! う、うごけない……!
目だけどうにか、どうにかひらかないと……! おれは、もう……!
うっすらと開いた瞼の間から映る視界の先で、腕の一つがおれを始末しようと拳を振り上げているのが見えた。
くそっ……! 万事休すかッ……!
おれは強く、目を閉じた――。
――How will we save Her?――