11 They'll be back;the Survey team.
――拝啓、先生へ。
リィとの乱闘、ならびにスピカの暴走。あの日は色々とありましたが、数日経った今では比較的落ち着いています。スピカの体の方も異常はなく、きのみ拾いではしゃぎまくっている姿には多少安心しました。
彼女への“こわい”という思い。
あんな恐ろしい感情は、奥深くに沈めておいた方がお互いのためなのでしょう、きっと。
*
先生が言っていたっけ。「ピースの揃わぬままの確証のない推論をこじらせると、思わぬ真実を見逃すことになりかねない」と。スピカのことをあれこれ考えてしまうおれにこそ、そのセリフがまさにふさわしかった。
負の感情に触れると発光するヒトカゲ、スピカ。彼女に関してわかっているのはそのことと、探検家カイがギルドに託したポケモンだ、ということだけ。ピースがあまりにも少なすぎる。
彼女へおれが抱く恐怖は、きっと「わからない」ことへの恐怖なんだ。そう信じたい。
「もずくー! きのみー!」
スピカの声がおれの頭の上よりもさらに高い位置から降ってきた。見ればなんと、やつは小さい体で木の枝によじ登ってやがる。果樹園で育てている木だから背こそそこまで高くないものの……。
「おーう。あんまり高く登るなー、落ちても知らないぞー!」
「もずくー! うけとめー!」
「おれが受け止める前提かよ」
決して、おれを必要としてくれている唯一の相手が、おれの感情に触れて暴走してしまうことを、恐れているわけでは――。
「――ああ、やっぱりここにいたか。果樹園ほんとに好きだよな、おまえら」
と、俺の背後から声がかかった。スカタンクのおじさんではない声だ。振り返らなくてもわかる。数日前に嫌という程叫び声を聞いたからな。
「なんだ、おれを冷やかしにでもきたか? リィ」
振り返るとそこには、あいも変わらず雪色の毛並みが眩しいキュウコンが立っている。おれがそう言ってやったらケッ、と吐き捨てておれの目の前にまでずんずんと近づいてきた。顔がちけぇよ。
「……」
「……」
そして、沈黙。スピカが心配になったのか、枝から降りておれの腕にしがみつく。
「なんだよ、おれに用があってきたんじゃないのかよ」
「……かった」
声が小さくて聞き取れないぜ。
「あぁ?」
「悪かったって言ってんだよ」
そう言うリィの顔は謝ることがさも不本意だというふうに、今にもわなわな震えだしそうなのをこらえているようだった。
「え、あ、ああ……」
どうも、プライドというのは面倒くさい。
だが、素直にこちらまで出向いて謝ってくれたことは殊勝だと思った。ここはおれも誠実さで返すべきか。
「いや、もういいよ、べつに。それより、処罰とやらは大丈夫なのか」
「てめぇが心配する問題でもねえな」
ごもっともで。
「もずく! りぃ! なかなお!」
「おう、“なかなお”だな」
「今日からちゃんと探検家としての基本的なことを教える。十分後にギルド入り口に集合だ」
「あ、いや……そのことなんだけどさ」
言いたいことだけ言ってさっさと背を向けて去っていく勢いだったリィをひきとめた。奴はひきとめられたことがそんなに不満だったのか、「あ゛あ゛ん!?」とドスの効いた声とともに首だけこちらに振り返る。
「提案なんだが……あんたが、ルテアさんの仕事を手伝ったらどうだ?」
「う、え、なっ……なんだって?」
ルテアさんの名前を出した瞬間、リィは面白いくらいに顔をカッと真っ赤に染めてうろたえた。どうもあの一件があってから、リィは彼への想いを隠そうともしなくなったようだ。あの日の夜に、なにか吹っ切れる出来事でもあったのだろうか。
まぁ、だからこその提案なのだが。
「ほら、あんただったら探検隊のこともよくわかっているはずだし、おれがいまからわざわざ基本を教えてもらうよりルテアさんも仕事を振りやすいだろ。ギルドはもう卒業してるんだから、ここにいなけきゃならないわけじゃないし」
「だ、だが、そしたら、て、てめぇはどうするんだよ!」
「おれは、しばらくだったらここの果樹園の手伝いでもいいかと思ってる。おじさん一人じゃこの果樹園の木々は多すぎるだろ?」
なにより、スピカがここを気に入っているみたいだしな。
「おれが直接ルテアさんに提案しようと思っているんだが……そのほうがあんただって良いだろ?」
「わたしをあんまり舐めてくれるなよっ! そ、そりゃ、いいにきまってるけど……で、でも! わたしの儚い想いは、ルテア様のあの言葉をもらった日に終わってるというかっ! なんというかっ……」
“ルテア様のあの言葉”? なんじゃそら。
赤らめた顔を前足で隠すリィ。というか、自分から“儚い想い”とか言ってしまっているが、大丈夫か。
「と、とにかく! わたしはルテア様からの依頼をこんどこそ確実にこなす義務ってもんが!」
「あ、そう。ならいいんですけど」
いきなりくねくねしだしたリィを不思議に思ったスピカが、「う?」と言いながら彼女の挙動を凝視していた。
「と、とにかく! はやく入り口に来い! 一秒でも遅れたら容赦しねぇ!」
*
遅れたら容赦しない、と言われたので最速で身支度を整えたが、杞憂だった。入り口、つまり解放された門の前にたどりついてもおれとスピカ以外に誰もいない。ようはリィより先に着いたわけだ。
「スピカ、お前、今回ばっかりはついてきちゃいけないぜ。いまから多分ダンジョンに入るぞ。な。ここに残ってけよ」
「うー!」
「ジェムが多分遊んでくれるぞ。『ポケモンは暇という死因で死にうるのか』ってレポートを作ってるみたいだし……」
「またせたな」
リィが探検隊支給のカバンを肩から提げて現れた。そしておれたちの前につくと、早速と言わんばかりにかばんを開けて中身をほいほいおれに手渡していく。
「これが、不思議な地図。こっちはトレジャーバッグ。中にはりんご、オレンのみ、ゴローンの石くらいは入っていたと思う。あと、これが探検隊のバッジな。本当は探検隊に所属したら支給されるものだ。特別に貸してやるからくれぐれもなくすなよ」
「あ、ああ……」
うわぁ。リィは間をおかずに情報を一気に詰め込ませるタイプか。
「そしてこれが……」
「ひゃああああッ!」
「「!」」
叫び声。いきなりのことにおれたちは二人して条件反射的に戦闘態勢をとった。いや、まて、この声。
「てめぇ……ッ、なにやってやがるッ!!」
振り返った先の光景が目に飛び込んできた瞬間、おれは思わず叫んじまっていた。
目の前で、スピカを念力で宙に浮き上がらせている何者かがいた。二身等で、全身は茶色で、目を青く光らせ、手についた三色の光を点滅させ……。
オーベムが片手を上げて、スピカを念力で締め上げている!?
「う、うぅ! いたい! いたいよぉ!」
「スピカを離せッ!」
おれが駆け出そうとした瞬間、おれの肩スレスレ横から青白いビームが飛ぶ。“れいとうビーム”は、念力を操作しているオーベムの手へ的確にヒットした。インパクトの衝撃で直角に真上へとはじかれた奴の手が氷漬けになっている。その拍子に念力が解けたみたいで、浮かんでいたスピカが地面にどさりと落ちる。
「スピカッ!」
「も、もずくぅ!」
思わず駆け出してしゃがんだ。どうやら怪我はないようだ、スピカは大泣きしておれの懐へ飛び込んでくる。
「ビビッ……」
「わたしの記憶違いでなければ、あなたとは初対面だったはずですわ。それなのにわたしの連れの連れに手を出すとはどういう了見でいらっしゃるの?」
“れいとうビーム”を放ったのは言わずもがなリィだ。彼女はダメージに呻いたオーベムの眼前に立ちはだかってそう淡々と述べる。
「みたところ、ギルドに出入りしている探検隊ではなさそうですわね」
「ビビッ」
オーベムが、氷漬けになっていない方の手を再び上げようとする、が――。
「――待て、レム!」
この場の誰でもない、第三者の声が響く。この期に及んで今度はなんだ?
オーベムをレムと呼び現れたのは二体のポケモン、張り込みポケモンのデカグースに、コブラポケモンのアーボックだった。声をあげた方はどうもデカグースの方らしい。
おれはスピカを守るように背中の後ろへ回した。リィは相変わらず新たな登場ポケモンへ冷たい視線を送るのみである。
「いや、俺たちの仲間が失礼をしたな」
「もとより、わたしたちもギルドでのこれ以上の技の出し合いは避けたいところですわ。ペナルティはもうこりごり……名乗りなさいな」
「俺たちは調査団チームの“サンバーク”だ」
「“サンバーク”……? 記憶違いでなければ、一ヶ月以上まえにカイお兄様とともに行方不明になった調査団ではありませんの?」
「そうだ。今日はそのことでギルドにきた。そして……そこのヒトカゲに用がある」
「スピカに……だと?」
このタイミングでスピカを預けた探検家・カイと一緒に行動をしていたポケモンが現れるだと……!?
「このヒトカゲはギルドで預かっているポケモンですの。しからば調査団“サンバーク”、ヒトカゲに用があるのなら先にギルドの責任者に会って事情を説明するのが筋というもの……そうでなくとも、幼いポケモンに今の念力はなんですの? 無礼者!」
「いや、まっことその通りだ。すまん。ギルドの親方は在席か?」
「今は代理が対応いたしますわ。ついてきなさいな」
その言葉を最後に、リィはツンとした表情でギルド内へとんぼ返りをするこことなった。すれ違いざまにおれへ「くれぐれもヒトカゲから目を離すんじゃねぇぞ」と耳打ちをされる。わかってらぁ、そんなこと。
おれはリィの後ろへついていく“サンバーク”とやらを睨みつけた。
こいつら、一体何者なんだ? どうしてスピカを、いきなり攻撃なんかした?
こいつらは、スピカのことを知っているのか――?
*
もちろん、こんなことになっておれがただただ黙って待っているはずがない。リィたちはおそらく副親方の部屋へ向かったはずだ。おれはスピカをジェムのところに預けて副親方の部屋へ向かう。向かったはいいが、勝手に入ることはおそらく許されないので、扉の鍵穴から中の様子を伺うことにする。
「デンゴ、カーラ、レム……“謎の秘境”探索前以来だな……よく、戻ってきてくれた」
声の主はシャナさんだった。おそらく“謎の秘境”から無事に戻ってきたことへの労いだろう。鍵穴からあたりを確認すると、場にいるのはシャナさん、スバルさん、リィ、そして“サンバーク”の三人だ。
「あんたたちには聞きたいことが山ほどある……だが、どこから聞いたものか」
「カイは……カイは無事なの!?」
スバルさんが間髪入れずに尋ねる。その声の切実さは、今までおれのなかでは聞いたことのないものだった。その質問に答えたのは、チームのリーダー格らしきデカグース、デンゴだ。
「カイは――生きている。だがそのまま無事でいられるかは時間の問題なんだ、スバル嬢。ことは一刻を争う」
「あいつは、あたしたちをかばったばっかりにみがわりになっちまって……!」
アーボックのカーラが苦々しい顔で目をつぶってそう声を絞り出した。
「どいういうこと……!?」
「それを説明するために、俺たちは“謎の秘境”からからがら逃げ出して、やっとのことでここに来たんだ」
スバルさんの声に、デンゴがすかさずそう言った。だがそれに反応したのはシャナさんだった。
「ひとつ質問だ。話から察するに、あんたたちは辛くも“謎の秘境”から逃げて来た。だというのに、カイは今でもそこで何かトラブルに巻き込まれているらしいな。なのに、ここへくるまでになぜ一ヶ月も期間を要した?」
「それは俺たちもすまねぇと思ってる。だが、一度調査団の拠点に戻らないことには対策を立てられない状況だったってこった」
「対策?」
「それを含め、全てを説明する。あの日、“謎の秘境”へ挑んだあの時に、カイと俺たちの身に何があったのかを――」
――They'll be back;the Survey team.――