Want to be here.
PROLOGUE the Dungeon;Named“Unknown”.
「――この奥だ」
 僕の横にいた仲間がそう声をあげた時の、みんなの喜びようといったらなかった。だけどその大げさにも思える、どよめきにも歓声にも似た声たちが上がるのも無理はない。
「この奥がダンジョンの最深部だ……!」
 ダンジョン“謎の秘境”は、そう簡単に僕たちへ深部を見せてくれそうになかった。
 だが、どんな物語にも終わりがあるように、どんなトンネルにも出口があるように、どんな夜にも朝の光が来るように、ダンジョンにも終わりがあり、出口があり、光がある。無限回廊のダンジョンなどというものは存在しない。
 僕らは、ついにこのダンジョンの最深部にたどり着いた。
 “謎の秘境”。
 その言葉の通りこのダンジョンは謎に包まれている。ごく数週間前に起きた地殻変動の影響で、僕らの住むこの大陸に新しいダンジョンが現れたのだ。地殻変動はもとより、このダンジョンが見つかったのもごく最近のことで、しかも所在地は普段ならポケモンすら近寄りもしない砂漠の奥地ときた。
 まさに謎多き未踏の地。まさに秘境。
 そう、だからこのダンジョンはまだ名前がなく、便宜上“謎の秘境”となっているわけだ。
「……で、どうなんだ。この奥になにかおっかねぇバケモンでも潜んでる気配はありそうか?」
 半分冗談、半分真剣に僕へそう問いかけたのは、僕の依頼主――つまるところ今回の調査団のリーダーともいうべきポケモンだ。
 いつも寝ているようだが物事を鋭く見張る目、茶色と黄色の年季の入った毛並みに、両手足には鋭い爪。デカグースという種族のデンゴだ。彼にそう問われた時、僕はすでに目を閉じて集中しきっているところだった。なのでいま彼の姿は、青白い輪郭として僕の網膜に浮かび上がっている。
「今、この奥の波導を読んでいるところだよ。だけど……うーん、なんというか今までに感じたことのない気配だ」
 僕は正直にそう言うしかなかった。今までに出会ってきたたくさんの悪党やボス、番人やお尋ね者などはピリピリとした攻撃的な波導を放って来る。だけど、これはどうも……ピリピリという気配こそないものの、なんというか、おどろおどろしい。
「なにか、不気味な感じの……」
「へぇ、あんたみたいなやつでも“不気味”って感情を抱くことがあるのかい」
 デンゴとは反対隣に体をくねらせて現れたのは、お腹に威嚇のための顔のような模様をつけたポケモン・アーボックのカーラだ。この遠征部隊の中でも唯一の女性調査団員。そしてみんなの姉御、といった感じだろうか。僕はついつい、目を閉じて波導を読んだまま小さく笑ってしまう。
「はは、少し僕のことを買い被り過ぎていないかい? 僕だって人並みの感情くらい持ち合わせているよ。怖い時は怖い、不気味な時は不気味……ってね」
「なんてたってあんた、“生きとし伝説、生ける英雄”って言われてるらしいじゃない? どんな敵が来ても、あたし、あんたのこと頼っちゃうからね」
「いやいや、君たちは僕なんかがいなくても十分強いよ」
「あらぁ、嫌味な謙遜に加えて、さらにはお褒めに預かれるなんて光栄だわぁ」
「――そんなこと、より」
 普段滅多に喋らないはずの、もう一人の調査団員が無機質な声で僕らの会話をさえぎった。茶色い岩のような頭を重そうに振りながら、腕にある三色の光を無規則に点滅させているレムという名のオーベムだ。
「いくのか、いかないのか」
「そりゃおめぇ……わざわざ海を渡ってここまで来て、引き返すなんて調査団“サンバーク”の名が廃るってもんよ。本部から任された遠征メンバーの代表として、何かしら戦果を持ち帰りたいところだし?」
「そのためにこっちの大陸に詳しくて、つよぉい探検隊様を一人雇ってるんだし?」
「……だし?」
「も、もちろん、報酬ぶんの仕事はちゃぁんとやりますし?」
 三者が三様に僕を見ながらそう言ってきたもんだから、僕は肩をすくめて自分でも自分らしからぬなぁと思う言葉を発してしまった。
 そうだ。いくら波導の正体が探れないとはいえ、ここで引き返そうと言って引き返すようなメンバーじゃない。それに彼らの戦闘力は申し分ないし、ここまで深部に来たというのに物資の面も意外に充分残っている。
 それにもしかしたら、この入り口の向こうには、お宝だけが無造作に置いてあって「はいおしまい」というあっけない結末が待っているかもしれないじゃないか。
「では、いっちょ気合いでも入れて進みましょうか」
 僕が軽くそう言って一歩を踏み出すと、「おう」「ええ」という掛け声と、ビビッと鳴る指先の点滅でそれぞれ返答が来た。
 そう、このダンジョン最初の踏破者として、僕らが大陸の歴史に新たな名を刻む瞬間だ。


「なーんか、言う通り不気味な空間ねぇ……」
 “謎の秘境”の最深部に踏み込んだ僕たちのうち、最初に声をあげたのはカーラだった。最深部は、洞窟の中にポカッリとあいた、鍾乳洞のようながらんどうの空間だ。だが、鍾乳洞の代わりに広がるのは風化しかけの岩ばかり。
 ……ここの空気は、なんだかひどくよくない。息を吸う空気というより、なにか淀んだ澱のような気が漂っていて……。
「なんにもねぇな」
 デンゴの言う通り、この空間にはお宝も、お宝を守るような強いポケモンもいなかった。
「……ビビッ、ここ見て」
 レムが何かを見つけたようで、洞窟の奥から僕らに声をかけた。デンゴとカーラはそんな声に期待のこもった目ですぐにレムの元へ駆け寄ったけど、僕はワンテンポ遅れてそちらに向かうことになる。
「これ、たぶん、台座かなにかだよ」
 レムの指摘した場所には、平たい大きな岩が鎮座していて、そこに上がれるように階段状に小さな岩が敷き詰められていた。彼の言う通り、何かを置くか祀るための台座か何かなのだろう。
「台座があるってことは、ここには何かが鎮座されていたってわけね」
「それがものか、ポケモンかはわからねぇがな。おぉい、あんたの波導とやらではどう見え……おい、大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ」
「えっ……あ、ああ」
 僕は、デンゴにそう言われて初めて自分がこの澱んだ波導に吐き気を感じていることを知った。台座には何も鎮座されていない。この空間に祀るべきものが失われているのは確かだった。
 だが、間違いなく……間違いなくこの澱みの核はその台座からだ。近づけば近づくほど、僕の吐き気はさらに激しくなる。
 この台座の上に、間違いなく、何かがある。
 おそらくその何かは、波導を読むことができる僕にしかわからないだろう。だけど僕には、ここにあるかもしれない得体の知れない「何か」の存在を、彼らに伝えることが躊躇われた。
 僕らは、果たしてこの場に入ってよかったのだろうか――?
 その時、洞窟の入り口から突風が吹き荒れた。
「おうぁ!?」
 ここは風化しつつある岩が四面を囲む空洞。風化しているということは、ここはよく風が吹くんだろう。もしかしたら、最深部から別の出口につながる道があるのかもしれない。
 その風は、岩から長い時をかけて削り取られた砂塵を大きく舞い上がらせた。僕らはみんなで目を閉じて、その砂をやり過ごす。
「お、おお!? おい、見てみろよ!」
 そして、一番最初に目を開けたデンゴが、先ほどまで何もなかった台座を見て、今までとは違う声音をあげた。
 台座の上に、灰色の岩とほぼ同じ色をした置物のようなものが倒れていた。先ほどまでは、見つけられなかった代物だ。
「なんだ、これは……」
 僕は思わず呻くように言っていた。
 置物……大きさと長さはトロフィーぐらいだろうか。おそらく、長い間ここに置かれていたせいで突風で倒れ、色も褪せて台座に積もった砂の中に埋もれていたんだろう。
「なぁーんだ、あるじゃねぇか!」
「ま、待つんだ……!」
 僕の制止の声は、彼には聞こえなかった。デンゴは嬉々とした表情でその置物を手に取る。カーラとレムも同じようにデンゴのそばによって、おそらく後の“戦利品”になるであろうそれを嬉しそうに、そしてまじまじと眺める。僕は、その様子を一歩引いたところで青くなりながら眺めるしかなかった。
「で、デンゴ……!」
「おーい、あんたも来いよ! ……もう色も褪せちまっているが、何かのお宝じゃねぇか? だって、こんな僻地の奥地の立派な台座に置かれていたんだからよ」
「これはビン……いえ、陶器でできているわね。あ! これ、蓋がついているわよ!」
「蓋……ビビッ」
 三人は興奮した様子だった。カーラの言葉でその謎の置物の蓋の存在に気づいたデンゴは、それを開けようと手を添える。
 ――ズッ……!
「う……くっ」
 ま、間違いない。その置物が……そいつが、この辺り一帯を支配している澱のような重い波導の正体だ。
「ま、待てッ!! 開けるんじゃないッ!」
 僕の声は裏返っていただろうか。デンゴには今の叫びが、声を出した僕自身よりも数倍切羽詰まったように聞こえたらしい。彼はびくりとその手を止めた。
「ど、どうしたんだよそんな声出して……はは、らしくねぇな!」
「たのむ……たのむから、それを置いてはくれないか、元の場所に」
 そして出来ることなら、ここのものには一切触れずに、そのままワープ機能を持つ探検隊バッジでここを脱出したい……そんな気分だった。
 彼らは“秘境のダンジョンを踏破し、今まで誰も見つけたことがなかった未知のお宝を手にいれた”、という手柄を欲している。いや、たとえ彼らでなくとも、冒険者はみな手柄を欲するだろう。だから普段なら冷静な彼らも、その手柄を目の前にして、すこし必死になっているように僕には見えた。
「これ、価値があるかもしれないとはいえただのアイテムじゃないか。そんなに怯えたみたいな声出さなくても……まさか、これがあたしたちを攻撃するとでも言うのかい?」
「……ビビッ」
「おいおい、天下の最強探検家様だろ? まさか怖気付いたか?」
「僕が、なぜこんなに長く探検家を続けられているか、わかるかい」
 三人は答えなかった。だけど「今更何を言っているんだ」と目が語っていた。
 僕は自惚れているわけではないが――強い。大陸の中でも一二を争う、とまで言われたことがある。
 だから彼らもこう言いたいのだろう。“僕の腕っ節が強いから、今までどんな難しい仕事もこなすことができたのだ”と。
 だけど、違う。
「僕は――慎重なんだ。たとえ臆病と言われても、悪い予感がした時点で一旦引き返すんだ」
 そして認めたくないことに、僕の予感は悪いほどよく当たる。
「だから……」
「……わかった」
 デンゴは、今まで見たことがないであろう僕の気迫にそれこそ一種の“不気味さ”を感じているようだった。そして「さっきから本気でお前の顔が青白いしな」と付け加え、まずは置物の蓋から手を離す。そしてもう片方の手を離そうとするが……。
「あ、ありゃ……」
「どうしたの、デンゴ?」
「て、手が……」
「ビビッ?」
「こいつから手が離れねぇ……」
 なんだって……!?
「力が抜けねぇんだ!!」
 ――カタカタカタカタ……。
 そう叫んだのとほぼ同時だろうか、その置物がデンゴの離れない手のなかで小刻みに揺れ始めた。僕の目にはあの澱の核部分が、今にも溢れ出さんばかりにその置物の中から暴れ出そうとしているように見える。
「おいおいおいおい……なにがおこって……!」
「どうにか手をはなすんだ、デンゴ!」
 僕は叫んだ。置物の周りにまとわりついている何か良くないものが、デンゴの腕を絡めているように見えた。
「わるいね、デンゴ!!」
 カーラの危機察知能力は早かった。アーボック特有の体をくねらせて、その尻尾をデンゴの置物を持つ腕へと絡ませる。そして――。
「いで、いででででででで!!!」
 腕を思いっきり締め上げた。その拍子にデンゴの指が反るように大きく離れ、ごとりと色あせた不気味な置物が台座の上に落ちる。
「台座から降りるんだ、早く!」
 三人は僕の指示に従うままに台座から降りて隣に来るが、置物は未だにカタカタと揺れたままだ。
 揺れたまま、置物の蓋が少しずつずれていく……。
 一体、何が起こるっていうんだ……?
「す、すまん……俺があんたの指示にすぐにしたがってりゃ……」
「な、なぁにさ! あの置物からどんなバケモンが出てきても、あたしたちにはつよぉい探検家様がついているんだし……」
「ぼ、僕なんかいなくても君たちは十分強いし……」
「くるよ!!」
 レムが僕らの注意を置物へと戻させた、その瞬間――。

 ――置物の蓋が、外れた――。

 ズアッ、と僕らを含めた四方に向かって、黒にも紫にも見える不気味なオーラが吹き荒れる。
「うぉお!?」
「くぅっ!」
「ぐうっ……!」
「ビビビ」
 迫る黒い澱みに、目を開けていられなくなる。腕で顔をガードする。
 ――グオオオオオオオオオオオオォ……。
 この、声。そしてこの波導。
 吐き気が、止まらない――。




 そう、僕らは。このダンジョン最初の踏破者として、大陸の歴史に新たな名を刻む――はずだった。

ものかき ( 2018/01/22(月) 18:50 )