SubFile.3
「−−なに? ガキが消えただと?」
俺の監督生活も、もう少しで半年といったところか。今日は、隠居がガキに稽古をつけいている現場へそのまま直行したのだが、ジジイは開口一番そうぬかしやがる。
「うむ。どういう、わけか。なんの、連絡も、つかん。消息も、不明だ」
「はっ、とうとうガキもテメェの修行に嫌気がさしたんじゃねぇのか?」
「……?」
「……!」
「……」
「い、いや、わかってるぜェ? 冗談言っている状況じゃねぇよな? あ、はははは……」
確かに、バックれるにしてももっとうまいやり方があるだろう。下手に姿を隠すより、家族になにかあったとか、適当な理由をつけてサボるほうが意外にジジイ相手には通りやすい。
「しかも、消息を、仲介所の知り合いに追ってもらって、いるのに。いっこうに、つかめない。何かトラブルに、巻き込まれたか、否か……」
「あいつが、か? ここまでくりゃ大人が何人よってたかっても、ガキはそれよりつえェはずだろ」
他でもなくあんたがそう仕込んだんだからな、ご隠居。
しかし、しちメンドクセェことになりやがった。俺は探しやしねェからな! この街を歩き回ってガキを探すなんて不毛な徒労、まっぴらごめんだぜ。
「しかたが、ない。我々で探しに、行く」
「我々って、ジョーダンだろ、おい! 当ても何もありゃしねェ−−」
「−−その必要はありゃしねぇぜ、じいさんどもよ」
俺ら以外は誰もいないはずのこの場に、第三者の声が響いてきた。俺と隠居は一瞥だけをそいつにくれてやった。なんのことはねぇ、そいつが殺気をまとっていたらそれなりに構えたってもんだが、その声の主はたとえ奇襲をかけたって目をつぶって追い返せるような弱い気配しか無かったからな。
だけど、しかしありゃ、どっかで見た顔だな。
「ンだ、テメェ」
黄色い体、黒のイナズマ縞模様、エレブーという種族だ。
「見りゃわかるだろうがいまこっちは取り込み中なんださっさと失せやがれェ」
「おやいいのかなァ? ガキは俺らのボスが預かってるんだ」
「……」
何を言ってやがるんだ、こいつは。
「ふん、どうやら、本当に覚えてねぇらしいや。それほどあんたにとっちゃよっぽど些事だったってぇことだな、なぁ“スカーレット”さんよ。俺はあの日の屈辱を忘れもしねぇがな!」
「あぁン!?」
エレブー? エレブー……。ああ!
数ヶ月前に俺がボコったあのエレブーかァ!
「はん! また俺に金目のものを提供しにきてくれるたァ、律儀もいいところだぜ、ありがたくいただいて行くぜェ?」
「“ボスがあれを、預かっている”、とは」
俺が指をバキバキと鳴らして、早速エレブーをちゃちゃっとかだづけようとしたその時、隠居が俺の前に腕をだしてきやがった。そしてエレブーへそうたずねやがった。
「おいジジイ、なんで止めやがる? 黙ってるより殴って吐かせた方がよほど生産的だろォがよ」
「おっと、そっちのじいさんは物分かりがいいようだな。ああ? この前みたいに俺に指一本でも触れてみな。ガキの命はねぇぜ」
「はァ?」
「あれの、安全は確認できて、いない。話だけは、聞こうか」
「ああ、忘れもしねぇよアカさんよ。あんたは俺に屈辱的なことをしてくれやがった。ガキはその礼といったやつよ。なぁ、アカさん、テメェとガキを交換だ」
「この、徹頭徹尾、自分以外に、興味もないこやつが、まさかあれの、ために、貴様さんたちのところへ、赴くと思うの、かね」
癪だがもっともなことを言ってくれやがる。
「どうだかな? 最近アカとガキは面白おかしくつるんでるみたいだったぜ? いろんなところでやんちゃして……おっと、もしかしてそれはじいさんに秘密にしてたのか?」
チッ。
「それに、どのみちガキを取り戻さなければならないんじゃないのか? じいさん−−いや、老怪盗“デュパン”、あんたの立場ならな」
「……」
こいつ……そうとう調べ上げてやがる……。
「大切な大切な怪盗の卵を、そのゾロアークとなら引き換えてもいいっつってんだ。場所は埠頭の倉庫、日没まで待つ。時間が過ぎたらガキの命はねぇ、もちろん“デュパン”、あんたがきてもガキの命はねぇな。アカさんよ、あんたがきてくれりゃうちのボスが丁重にもてなすぜ」
はははッ、とエレブーのそいつは笑ってそう言い捨てて俺たちに背を向け去って行いった。俺様が試しに“ナイトバースト”を放とうとしたが、前動作段階で隠居が止めに来やがった。
エレブーが消えてからも、しばらくは沈黙が続いていた。
そう、沈黙だ。隠居は、俺に対してなんのモーションも起こしてきやがらねェ。
「……怒ってないのか、隠居」
「なにを、だ」
「テメェが唾つけてた弟子に、勝手に色々やったことだよ」
「……貴様さんの、性格だ。やめろと言ったところで、あれを使い倒さなければ、癪、だったろう。それに、貴様さんの仕込みは、あれにとって、役に立たんことも、ない」
「はン」
ジジイにはすべてお見通しだったってェわけか。
「埠頭の倉庫を根城にする組織……ありゃアースの手下だったっぽいな」
頭のアース率いる一派は、埠頭に住み着いて変電所の電気だかなんだかを横取り・密売買したり、取引先相手の都合のいいように停電を起こしたりして生計を立てている奴らだ。かなり暴力的で、正規の変電所の管理会社と揉め事になっても暴力で黙らせて来たもんだから、誰も口や手を出せないことで有名だった気がする。数ヶ月前に、偶然にもその部下の一人から俺はカツアゲしちまったってわけだ。お礼参りたァ律儀なことよ。
「チッ、よりにもよってガキと一緒の現場じゃないところからこうなるとはなァ」
ガキと組んだ現場なら、あいつの落ち度ってことで俺は無関係を装えるのによォ。
「こりゃ完全に俺の落ち度じゃねェか」
「ならば、これに懲りて、無駄な暴力を、控えることだ、な」
「うるせェ!」
俺様に指図するんじゃねェよ、耄碌寸前の隠居ごときが。
「ふん、だから、貴様さんには、誰も、寄りつかん、のだよ」
「……。で! これから、どうするよ?」
「……?」
「……!」
「……」
「……」
いや沈黙されても、さすがに今日ばかりは、あんたがなにを言いたいのかわからねェぜ!
「“どうする?”、とは? やることは、いつもと、かわらん。あれは、私が、仕込み途中、だ」
ゾクリ。この俺が、そう。この俺様が……。この隠居に対して背筋を凍らせた。
「万が一、あれに、綻びでも出来ておれば、どうなるかは……。貴様さんも、知っておる、だろう?」
−−SubFile.3 怪盗ができるまで−−
結局、あの手下のエレブーの言うことはなに一つ聞かないと言うことになった。当たり前だ、あんな単純な脅しが隠居に通用するはずがない。何人が寄ってたかったところで、誰を人質に取ったところで、埠頭倉庫全体を深い眠りに落とせば万事解決だ。そして高層ビルさえ軽々悪夢に落とすジジイが、まさか倉庫ごときの大きさに苦戦するわけがねえ。
唯一の懸念事項は、相手が引退した老怪盗・“デュパン”であると知っている点か。眠り対策をされている可能性がある。もちろんジジイにかかれば寝ている相手も起きている相手もさほどかわらないだろうが、ジジイの急襲の後、倉庫で誰か一人でも目覚めていれば、ガキを殺すことくらいはできる。
だとしても、相手は“デュパン”。影に隠れてどこにでも潜入できるバケモンだ。先にガキを抑えてあとは相手を完膚なきまでに叩き潰す。殺さずの暗黙がなければ全員あの世行き……たしかに“やることはいつもとかわらない”。
隠居は怪盗より、確実にアサシン向きだ。
俺は何もしなくていい。
俺の落ち度とはいえ、何もする気が起きない。
隠居が御身自ら出向くのだから、むしろ邪魔なだけだ。
だが。
−−兄貴。
わざわざ俺へのお礼参りのためにガキを誘拐したのは、俺の弱点か何かを吐かせるためなのは明白だ。アースたちがガキ相手にどれだけ非情になるかはわからねェが、捕まっている今この時に何をされているかくらいは想像がつく。
バカヤロウ。俺を誰だと思っていやがる。天下のロウ=スカーレット様だ。俺様は俺様のためにしかうごかねェ。ガキがどうなったって俺には関係のないことだ。
都合が悪くなりゃ、誰だって切り捨てる。そうできるのが俺の“強さ”だったはずだぜェ。
−−兄貴。
弟って、そりゃ言葉の綾ってやつだぜ。バカな。ガキだってそんなことはわかっているはずだ。俺様に弱点なんざねぇんだから、適当なことゲロって拷問から解放されているに違いない。
まさかな。
まさか、真面目に口を割らずにいまも拷問を受け続けてるって、そんなわけねぇよな?
俺様の落ち度で、捕まったってのにな?
さすがにガキでもわかるよな?
もしそうじゃなかったら、奴は俺様の何を見ていたんだ?
まさか、テメェの目が節穴だってことはねぇよな?
「あーあァ、俺はなんてバカなヤロウだ」
気づけば、埠頭の倉庫に来ている。
気づけば、倉庫の中へ足を踏み入れている。
気づけば、迫ってくる奴らを全員叩き潰している。
気づけば、最後の部屋の鉄扉の前に立っている。
隠居が手を出すなと言ったのになァ。俺様は俺様のためだけにしか動かねぇのになァ。
「あーあァ、俺はなんてバカなヤロウだ」
この時の俺は、忘れ物を取りに行くみたいな心持ちだったぜ。なんて肩の力が抜けてやがるんだ。ああ。ただただ、俺は確かめて見たくなっただけなんだ。
俺のためにしか動かねぇこんな俺を、奴はどう思っていたのだろう。
気づけば、鉄扉に耳を近づけて、中の音に聞き耳を立てている。
「なぁ、おい、ガキよぉ。そろそろ吐いてくれてもいいだろ?」
エレブーの声だ。
「遊んでる女の名前、女とよく行く場所、弱い酒の名前、一人になる場所と瞬間……なんだっていい、どんな些細なことでもいい」
そして、雷鳴、叫び。
「あいつはなぁ、自分さえよければ、誰がどうなったって構いやしねぇ。たとえあんたでもな。そんなん、あんたが一番わかってるだろうが」
「……そ、でも……」
「ああ?」
ガキの声だ。
「うそ、でも……、たとえ、嘘でも……俺を、弟と呼んだのは、あいつ……だけ、だ……」
気づけば、鉄扉に手をかけている。鉄扉が開く。
気づけば、中から差し込む眩しい光に一瞬目が眩む。
気づけば、足を踏み入れている。そこには−−。
「よぉおおおおォ、なんでだ? なんで律儀にこんなことなってんだ?」
例のエレブーと、一派の頭領・エレキブルのアースと……そして、ガキ。
いまこの瞬間になっても、ボロボロで、息も絶え絶えで、ついさっきまで痛めつけられてたことは明白な、キモリのガキ。
縛り付けられて、吊るされて。電撃を扱う奴らがどんなことで痛めつけるか、想像できねェバカじゃねぇだろ?
バカじゃないと思ってたんだぜェ?
「テメェ、俺の許可なしにどォしてボロボロになってやがる」
「……ッ、あ……兄貴……」
「よう、助けに来たぜ−−弟よ」
まずは、俺を脅すためにガキを楯にしようとしたエレブーを“ナイトバースト”で吹き飛ばす。ボスのエレキブルが俺に走ってくる。“かみなりパンチ”。悪かぁねェ。だがそんな巨体の素早さなんぞたかが知れてるだろォ? パンチが迫る間に奴の背後に回って“辻斬り”を打ってやる。急所は見抜いている。「ガッ」と呻きをあげた、文字通りやつの“アース”を引っ掴み、倒してやった。そこに、本日二発目の“ナイトバースト”を撃ち込んでやる。
アースは完全に沈黙した。エレブー共々。
ハッ……。ジジイの手を借りるまでもねェ。やっぱり、俺の落ち度は俺がカタをつけなきゃ寝覚めが悪いぜ。
「ど、どうして……?」
俺はガキを拘束から解放してやった。その間に、奴は心底不思議そうにしながらそんなことを抜かしやがる。
「ああン? シケたこと聞くんじゃねェよ! 俺様が暴れたいと思ったんだよォ! それ以外に理由がいるかァ!」
次にそんなシケたこと聞きやがったら、ブン殴るからな、まじで。
「ハッ、ハハハハハァッ!」
たとえ嘘でも、ガキを弟と呼んだのは俺だけ、か! どんなおめでたい奴だよ? お前。
「ハハハハハァ……」
たとえ嘘でも、俺を兄貴と呼んだのはテメェだけだぜ、弟よ。
*
本当なら監督は半年って約束だ、そろそろ終わらせてくれなきゃ困るぜ。
そう思いながら、今日も今日とてジジイの半殺……いや、訓練はつづく。危ない瞬間になれば、俺様がまた直々にガキとジジイの間に入って技を受け止める手筈なのだが……ほれ来た。
ガキが膝をついた瞬間を狙って、慈悲躊躇なにもなく、最大の力で放たれる“悪の波動”。だからァ、それをガキがもろに食らったら運が良くても全治期間不明の重傷を負うって言っているだろうがよ!
「おらァ」
素早く間に入って、両手をクロスさせて技を受ける準備をする。気休めにジジイの技を少しでも受け流せるよう“つめとぎ”をしておいたが、所詮あれは防御には向かねェ。
「ぐおッ」
ジジイってんなら少しぐらい技の威力が衰えてもおかしくはないだろうが。膝を折らないように踏ん張りつつ、相手を沈めんと本気の殺気で放った技に怯えているであろうガキを視線だけ追う。
ありゃ。
「……いねぇ」
ポカッ。
俺がガキを見失ったのとほぼ同時に、あらぬ場所であらぬ音を聞くことになった。“ポカッ”?
それと同時にジジイの技が終わり、俺は“悪の波動”で遮られていた視界の先が良く見えるようになった。お、おい……まさか。
「な……ッ、なな……ッ」
ジジイの頭に……。
「なななな……」
ジジイの後頭部を……。
「なんだとぉおおおおおォ!?」
ガキの尻尾が……“はたく”が、ジジイの後頭部を打ってやがるゥッ!!
ぶわり、と。その事実に思考が追いついた途端、一気に俺の背筋に悪寒が走って、冷や汗がダラダラと垂れた。
「な、なにやってやがるゥ!? ガキィ! ジジイに殺されてェのかァ!?」
ああァ……思い出しちまったじゃねェか……。俺が初めてジジイに会った時……俺が奴に奇襲をかけたら、お、おおおおォ……。やばやばやばい。やばみがゲシュタルト崩壊しそうだぜェ。いや、もうしてやがる。
いや、待て、よく考えろよ俺様。この修行の趣旨を……。
ガキは傷だらけになりながらも、ジジイの頭を叩き終えてさっさと俺の方−−つまり隠居の正面に戻ってきやがった。ピンと伸びた背筋、だがほんの少しの震え。そして俺と同じくダラダラと流れる嫌な冷や汗。色々な感情が混じっていやがる。そりゃそうだ。
ジジイは沈黙したまま、ピクリともしねえ。
「……」
「……」
「……」
「……私の技を受けた、ロウを死角にし、私の背後に回った。そして、“悪の波動”で、手のふさがっている、私の後頭部を、狙う……。私と、正面から渡り合えば、今後一切、かすり傷を負わせることも、叶わない、と、策を講じた、結果、なのだろう」
そして隠居は、戦闘態勢を解いた。一気に場の空気が変わって、俺様とガキはその場にへたり込むことになる。
「本来監督のみの、ロウすらも使ってやろう、という策略。さらには、私の殺意への、恐怖を克服し、機会を待つ、その精神。ふん、その知恵。誰から盗んだの、だろうな?」
どんな時でも不敵に笑え、どんな恐怖も武者震いだと思え、悪いことなら開き直れ、どんな手段でも喜んでつかってやれ−−。
俺はガキを睨んだ。
ガキは目を逸らしやがった。
まさか、使い倒してやろうとした相手に、逆に利用されることになろうとはな。いや、俺をこんな風に使うくらいなんざ、まだまだ甘ちゃんだなァ。
「甘い、甘い、甘ったるい! 俺様を使うってェんなら、籠絡くれぇしてみろやァ」
「ふん、だが、そうしないのが、貴様さんの、弱さか、強さか」
お、おい……ジジイ、今、ガキのことをなんて……?
「−−これで、仕込みを、終了とする。ロウ、長らく、世話をかけたな。もう帰って、よいぞ」
*
それから、また少し時間が経った。俺は文字通りガキの世話から解放されて、いつも通り面白おかしく力を振るう日々が戻ってきやがった。
だが、俺の助けが必要な修行が終わったってのに、時々ガキは俺のバーに顔を出しに来やがる。どうも、今までと変わらず今いる家は居心地があまりよくねェらしい。俺はガキが現れるたびに酔っ払っているから、弟、弟と言いながらガキを楽しいところに連れまわしてやった。その習慣は、ガキが進化してジュプトルになろうがしばらく変わることはなかった。
そして、今日。
どうやら、ガキの初仕事の日らしい。
予告状なんて気障ったらしいことをしなきゃならんのが、怪盗ってェめんどくさいやつらだ。
そのせいで夜の街はサーチライトで忙しく照らされてやがる。自ら敵を呼び寄せる愚行、まぁ俺様は嫌いじゃねェ。ふてぇやろうどもだな、まったく。
「なんでここまで見に来ちまったかなァ。あーあァ、めんどくせェ」
「ふむ……確かに、珍しい、な」
「うぉッ!?」
いきなり背後から聞こえたバリトンに、俺は全身から飛び上がりそうになった。俺が背後を取られて今の今まで気づかなかった。そんなことをできるやつは数えるほどしかいねェ。
「ジジイ! いるならいえやァ!」
「……?」
「……!」
「……」
「……いや、なんでもありません」
しかし、初仕事はおそらく隠居も一枚噛んでいるはずだろう。こんなに派手なことをしなくても良かったんじゃねェか?
「そうでも、ない……。やつの、台頭は、おそらく。この街を、変える、ことと、なるだろう。派手なら、派手なほど、良い」
この街を、変えるだァ?
「この街は、遠からぬ未来、奇跡の街、と呼ばれることと、なる」
「……」
「これから、やつは、様々な怪盗と、あいまみえることに、なるだろう。時には、盗んだ獲物を、横取りされろうに、なったり。人質を取られながら、その恐怖を押し殺し、盗みを、したり。予告状もなし、に勝負をふっかけられたり。この世で、犯罪者と名のつくものどもは、真正面から、ぶつかる者など、いやしない」
俺は、ガキを手駒として使い、都合が悪くなりゃ切ろうと思っていた。汚ねェ手段もたくさん教えた。
おそらくガキは、今後どんなやつを相手にしようと、軽々ひねりつぶすはずだ。
そう仕込んだのは、他でもねェ。兄貴分の俺様だ。
「おい、ジジイよォ。まさか、俺様をガキと引き合わせたのは、最初から……」
「貴様さんも、なかなか、たまには、役に立たんこともない、な」
「はッ」
怪盗どもめ。
「犯行時間、のようだ」
そう言って、隠居はもうガキに興味が失せたかのように、音もなく俺のそばから消えていやがった。それと同時だろうか。分散して街を照らしていたサーチライトが、一点−−ビルの屋上に集中する。
もうすぐ、現れる。
やつが。
怪盗“黒影”が。
あの老怪盗が強さを仕込んだ怪盗が。
この俺様が悪を仕込んだ怪盗が。
この街にやってくる。
この街に風を運んでくる。それは奇跡か、はたまたそれ以外か。
まァなんにせよ今は、素直に喜ぼうじゃァねぇか。
新たな怪盗の誕生を、エンターテイメントのさらなる隆盛をな。
「ふん、様になってるぜェ、弟よ−−」