SubFile.怪盗ができるまで
SubFile.2
 ガキを送り迎えする時は、決まって奴に俺の前を歩かせる。そうした方が何かあった時に対処しやすいからだ。仮に奴を俺の視界に届かぬ背後に置いたとして、曲がり角で誰かに音もなくさらわれたら気づかないままお陀仏だぜ。
 ガキは黙って俺の前を歩いている。怪我は日に日に増えていくばかりで、奴の片足はびっこをひいている。傷が治りかければまた別の場所に傷を作る。奴自身、もう隠居に殺されかける瞬間の恐怖が目に焼き付いているだろう。
 だが奴は、文句もいわねぇ、弱音をはかねぇ、涙を見せねぇ。仮にもなんども殺されそうになっている奴が、泣き叫んで「もうこんな仕打ちはヤダ」だの「死にたくない」など抜かしてくれりゃ、イラついたこの俺も一発殴って黙らせて、スカッとできるもんだってのに。
 こんな面白みもないガキに出す手もねぇ、隠居への攻撃はかすりもしねぇ。最近はガキがバーに出入りしているせいで女の子も寄ってこねェ。
 このイライラはどこにぶつけるべきだ?
 そんなことを考えているうちに、いつの間にかガキの居候している、シケた家屋の門の前だ。“不思議荘”だかいうボロい家の中で、四人で暮らしているらしい。
 キモリは黙ってゆっくりと、塀を通り抜けて引き戸に手をかける。俺は塀に体重を傾けて、奴が完全に家に入るまでを見届ける義務がある。がらり。少しだけ戸を開けて、奴は何を思ったのか俺へ振り返った。
「どうしたら」
 こいつ、喋りやがった。あまりにも普段言葉をきかねェものだから、本当に喋れないんじゃないかと半ば本気で疑っていたのだが。
「あン?」
「どうしたら−−あんたみたいに、強くなれる?」
 いったい、何がどうしたっていうんだ? 俺みたいに、だとォ? 目の前に“デュパン”っつうバケモンがいるってのに、そのセリフは俺への嫌味か?
「隠居相手に技を受けても、追っ手を追い返す時も。いつも、あんたは笑って、余裕を持っている。どうやったら強くいられる? どうやったら、誰の相手にも普通の表情でいられる?」
「しらねェよ」
 ガキのセリフに食い気味に俺は言ってやった。ただでさえイライラしてるってのに。どういう風の吹き回しだ?
「強さってのはさァ、ほら、よくわかんねぇんだよ。わかるかァ? わかるだろ?」
 奴の瞳がまっすぐに俺を映しているのがわかりやがる。俺は、長い髪をボリボリと掻いた。ガキに返答の間を与える気なんざなかった。だから何回も、わかるだろ、と言い聞かせた。
「俺にそんなこと説明させようたって、そりゃァ土台無理な話だぜ」
 だから、俺に救いを求めんじゃねぇ。
「俺は、あんたの家族とやらからあんたの苦悩を隠すすべなんぞしらねェ。俺は、俺様だ。テメェのことはテメェでどうにかしやがれ」
 俺は、基本誰にも肩入れしねェ。誰の手も借りねぇし貸さねェ。俺は、この俺様のためにしか動かねェ。
「だからァ、そんな目で見んな。いい加減ブン殴るぞ」



「ひぃいい! やめてください、お、お願いしますッ! 金なら置いていきます! なんでもしますからァあああ!」
「うるせェ」
「ぎゃぁああッ!」
 とりあえず、帰り際にわざわざ暗い路地に寄って、なんだかチンピラっぽいやつをボコボコにすることでストレスを発散することに決めた。兜組や仲介所と結んだ不可侵条約の中に“チンピラを殴り倒すな”という項目はなかったはずだ。確か。
 俺のストレス発散の贄に選ばれた哀れなやつは、黄色い体に黒い縞模様エレブーという種族で、まぁなんか怪しげな取引っぽいことを相手のブーバーにやっていたからボコっても大丈夫だろう。ちなみにブーバーは足早で逃げた。
 エレブーを殴っていて思った。そうだ。これが、強さだ。圧倒的なまでの暴力、他人が逆らえないように凄み、他人の心を掌握し、思い通りに動かして、俺様が俺様のためだけの利益を追求することだ。この町に来た時も全く同じことをした。そして俺は紛れもなく、この町の権力の一端になったはずだ。
 だけど、まだだ。まだ兜組と仲介所がいやがる。やつらを落とさねぇ限りは俺がこの町で好き勝手できやしねぇ。
−−仲介所お抱えのやつを、世話、することになった−−。
 そうだ。あのガキって確か仲介所の怪盗になる予定だから、いまこうして地獄の修行を繰り広げていて、俺がそれに付き合わされているんだったなァ。ふん。だったら、それこそあのガキをもってして、仲介所を内側から俺様のモンにすりゃいい話だ。
 はん。わざわざ真面目に監督や梅雨払いをする必要はねェ。隠居が俺を使って好き勝手やるんだったら、俺がガキになにを仕込んだところで、それは俺の勝手だぜ。
 あのガキを、とことんまで使い倒してやる。

「よォ」
 俺は、今日も今日とて修行のために、午後一でガキの送り迎えだ。学校帰りのガキ−−隠居の弟子が初等教育なんぞ笑わせる。ガキの頭の良さは高校を卒業できるレベルだ−−は、俺に一瞥をくれただけで一度不思議荘に引っ込んだ。荷物を置くためだ。
 再び俺の前に現れたガキは、怪訝そうな顔をしながらも、いつものように先に道を歩き始めた。俺がいつもと違って奴に声をかけたからだろう。
「テメェ、どうして俺様みたいに強くなれるかって、聞いただろ」
 ぴくり。前を歩くキモリの動きが一瞬だけ止まった。
「俺様のいうことを聞けば、俺様の強さの秘密、教えてやるぜ」



−−SubFile.2 ロウの強さ−−



「ヒャッハァアアアアア!」
 さすが、ジジイが仕込んだやつだけあってガキの動きはそんじょそこらのチンピラとは訳が違った。
 事前に暴れたい場所の内部の下調べを命令すりゃ完璧に偵察しやがるし、この町にやってきちゃ少々困る奴を急襲する時だって、俺への介錯は抜かりない。そこら辺のあぶねぇ路地にでも一人歩かせておけば、ポケモンを金に錬成する連金術師−−もとい、臓器バイヤーたちがガキに群がってくる。そこをボコってピョンピョン跳ねさせりゃ金もドバドバ手に入るってもんだ。
 美人局ならぬガキもたせ……俺もうまい商売考えやがる! 天才だ!
「こりゃぁいいぜェ! たんまりと稼げらァ! 女とも遊び放題だぜ!」
 思わず叫んだ俺を、ガキは普段とかわらねぇ淡々とした表情で仰ぎ見た。俺は酒を飲んでいたのもあるし、奴の目の前に何枚かの札と小銭をくれてやった。今日はやけに気分がいい。
 こんなに使える上に、あぶなくなりゃおいて逃げりゃいい都合のつきやすい存在。器用で戦闘慣れしているとはいえガキはガキだ。逃げ遅れてお縄になってもさほど極刑にはならないだろ。はぁ、隠居のジジイが弟子を持つ理由も、これで一ミリ……いや、一ミリセックくらいはわかりそうなきがするぜェ。
 しかも、隠居の修行から四ヶ月ほど経っているが、未だにガキは隠居に“一矢報いる”ことができてねぇ。今後ずっと怪盗の前段階としてジジイの拷問を受けていくなら、半年とは言わずずっと監督してやる。修行が終わらない限り、俺はこのガキを使い放題だ。
 俺は手を汚さず、リターンはハイ。最ッ高にクールで汚い悪ってェもんだ。
 もちろん、隠居にバレりゃ俺もヤベェ。さらにいえば、仮にガキが捕まったり死んだりしたら、俺も隠居にガキが受けたものとおなじ運命をたどらされるだろうな。が、俺に何の報酬もなしに監督を頼んだ、奴の落ち度もあるってもんだ。
「おいガキ! 明日はもっと大きいヤマ当てるぜェ! お前が潜入、俺様誘導! いいだろォ?」
「……ロウ」
「おいおいおいおいィ、俺のファーストネームを俺たち以外が聞いているかもしれねぇ場所で気安く呼ぶんじゃねェよ」
 そうだ、こいつそういえば俺が暴れている最中とか、潜入先でも俺の名前を軽々しく呼ぼうとしてやがったな。ジジイめ、教育が足りゃしねぇ。
「面が割れちゃァ困るんだ。作戦中俺のことはファミリーネームでも呼ぶんじゃねぇ。今度呼んだらぶん殴る」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「うーん、そうだな」
 こればっかりは何にも考えていなかった。ま、いいか。酒の力だ。酒の力。今この場で考えた単語で俺を呼ばせよう。
「よし! これからテメェは俺のことを兄貴と呼べ!」
「……兄貴」
 いつもは熱のこもりゃしねぇ声しか出さねぇガキに、ほんの少しだけ感情がこもった気がした。気のせいか? ああ、気のせいだな。お前が今感じているもんは、ただの幻想だ。早いうちに捨てちまえ。
「べーつに構いやしねぇだろォ? どうせテメェに本物の家族なんかいやしねぇ。この先誰を兄貴姉貴と呼んでも、血なんざ最初から誰とも繋がっちゃいねぇんだ。俺が年上、テメェが年下。だから兄貴と呼ばせる。それ以上もそれ以下もねえよ。わかったな?」
「……ああ、“兄貴”」
 おう、兄貴と呼ばれると悪い気がしねぇ。まぁそれに、ここまでいろんなもんに手を出させちまったこいつは、ははっ、もう俺の弟分みてぇなもんか!
 いざとなったら手放せる、実に都合のいい弟分。
「兄貴」
「おう、なんだァ?」
 俺は瓶ウィスキーの最後の一滴を飲み干して、それを路地裏に放り投げた。パリンとガラスの割れる音がした後、ガキが神妙な顔つきで俺に言いやがる。
「これが、あんたの強さ……なのか?」
 その声は、皮肉やら嫌味とかじゃなくて、心底、そう、心の底から言葉通りの疑問を投げかけているように俺には聞こえた。
 弱いものを蹂躙し、金を巻き上げ、湯水のように使い、好き勝手、俺のために“それ”をする。そしてそのために使えるものはなんだって使う。ガキだろうと、大怪盗だろうと。そうさ。それが−−。
「俺の強さ、さァ。いいだろォ?」
 俺は、俺の悪事を隠しもしねェ。逃げ隠れもしねェ。悪いことを正当化もしたりしねぇ。
 だから、俺は怪盗にはならねぇんだ。
 盗みを偽善と抜かす義賊になる気もねぇし、悪事で誰かを喜ばせるなんてもってのほかだぜ。
「俺は、目的のため−−楽しいことのためだったら、なんだってするぜェ」
「……」
「どんな時でも不敵に笑え! どんな恐怖も武者震いだと思え! 悪いことなら開き直れ! どんな手段でも喜んでつかってやれ! なぁ、“弟”よォ!」
 酔いどれってのは、本当に気分がいいなァ!
 そう叫んだ俺に対し、ガキは何も答えなかった。奴にまだ正義という名の感情が残っているのであれば、義憤に燃えただろうし。俺に同調したなら、俺みてぇな大人になるだけだ。
 どちらにせよ、俺には関係のねぇことだよな。




 兄貴、これはどうしたらいいと思う?
 弟よ、そりゃ、こっちのほうが大儲けできるに決まってやがる。
 兄貴、この戦法はどちらのほうが卑怯だと思う?
 弟よ、スポーツマンシップなんぞ守っている奴は、おめでたい死にたがりだけだぜ。
 兄貴、こういう奴がガンつけてきたら、どうあしらう? 
 弟よ、おめぇもガキとはいえこの遊びを覚えておけ。これをマスターすりゃ仕返しも完璧、ついでに俺様が大儲けだ。
 兄貴、学校の女子が下駄箱に妙な手紙を入れてきた、新手の刺客か? 無視? 仕返し?
 弟よ、うぶな女の心も読めなきゃ、男失格だぜ。
 兄貴、ふっかけられたポーカーで身ぐるみ剥がされそうになったんだが。カードは全部暗記したはずなのに。
 弟よ、イカサマは大人のたしなみだぜェ。わかったな。よし、じゃあ今すぐ仕込め−−。

ものかき ( 2017/11/12(日) 01:12 )