SubFile.怪盗ができるまで
SubFile.1
 強さってのはさァ、ほら、よくわかんねぇんだよ。わかるかァ? わかるだろ?
 俺にそんなこと説明させようたって、そりゃァ土台無理な話だぜ。
 だって、俺様はつえェんだからよ。この街に来る前のまァいろんなことをやったさ。盗み。強襲。ゲリラ。情報操作。長い付き合いの奴を簡単に裏切ったりしたしよ、お高く止まった女のプライドを、体ごと蹂躙することもわけはねェ。
 俺は、努力したためしなんかねェ。だがァ、強いんだよ。
 だから、強さってんのは、わからねぇんだ。わかるかァ? わかるだろ?
 この街に来てからも訳はねェ。まずは、お偉いさんに一発蹴り入れてェ黙らせた。そいつ、なんかそいつは、結構この街でもヒエラルキーがたけェほうでさァ。ボスの復讐とばかりにわんさか俺へ爪や歯をむけてくる。だが、それも返り討ちにしてやったらァ、どうだ、俺を危険視した他の組織が今までいがみ合っていたのにも関わらず連合を組んで俺を討伐しようとしやがる。お互いに黒い腹の内を探り合っている仲だってェのに、いきなり連合を組むなんざ最初から理論が破綻してやがる。そこんところを俺が適当にあること無いこと、有象無象、嘘と真実を織り交ぜて色々噂を流してやったら、俺を討つ前に同士討ちときたもんだ。
 それにこまった仲介所と、兜組? とやらが、俺に和平交渉を持ちかけてきやがった。「あんたをもう、この街から追い出す気はねぇ。ただし、今後この街の治安を乱す外敵やらなんやらが来たら、情報を売ってほしい」ときやがった。うーん、ま、気まぐれで俺はそれを了承した。俺も仲介所とやらと兜組とやらに逆らうには、ちとこの街が居心地がよ過ぎちまっててな。あいつらを壊滅させようとしたら、ま、簡単なことなんだが、それこそこの街を潰すことになっちまう。
 そういうわけで、俺がこの街に来てからも俺の強さはかわらなかったってこった。どんな奴が来ようが、結局俺は「強さって何だ?」って自問自答するほど落ちぶれることも無かったってこった。
 まぁ、もちろん。俺自身が「俺より強ェえ!」って思う奴は片手の指の数ほどいるにはいるが、そいつらを目の前にしたって、俺は自分の価値を下げたりはしねぇ。
 だから、強さってのはさァ、ほら、よくわかんねぇんだよ。わかるかァ? わかるだろ?
 俺にそんなこと説明させようたって、そりゃァ土台無理な話だぜ。
 だからァ、そんな目で見んな。いい加減ブン殴るぞ。





「ひ、ひ、久しぶりっすねェ、ご隠居! はははははは……」
 ああ、これはやばい。やばいやばいやばいやばやばやばい。ヤバみがゲシュタルト崩壊しそうだぜ……。というか、もうしてやがる。やばい。落ち着けよォ、この俺様だぜェ?
 恐怖が百八十度ひっくり返って、俺はもう笑うしかなかった。というか、恐怖が臨界点を超えると笑いしか出てこなくなるのかァ? 俺はミミッキュもびっくりなぎこちない動きで(俺自身もびっくりだ)、バーに現れたそいつにそう言うしかなかった。
 俺がこの街でクソ仲介所たちと不条理条約を結んでから、少し治安が収まった頃だったか。俺が新しく構えたこのバー“ノイジー”に、「俺より強えぇ!」奴が現れやがった。
 誰がどこにいても、どこまでも追いかけてくる黒い影。一度睨まれたらとどめを刺されるまでそらすことのできない空色の目。赤い襟と、ゆらり揺れる白い髪。
 ダークライだ。
 この街、いやこの街にとどまらず、怪盗黎明期に世界各地で絶対最強の名をほしいままにした老怪盗・“デュパン”だった。
 というか、いつの間に俺の店の中に入って来やがったんだ、ヤロウ……! しかも、よりによって俺の目の前に現れるのがこんなに厄介な奴じゃなくてもいいだろォが! 美女をよこせ、美女を!
「……良い、店だ」
 ホエルオーの鳴き声も霞むバリトン声で静かに言う。
「そ、そりゃどうも……」
 ただ、一時期こそ社会と名がつけば表裏に関わらず名を恐れられて来た“デュパン”も、ある時を境にぱったりと盗みをやめた。なぜぱったり怪盗をやめたのかについては、「盗むものは全て盗み尽くしたから」と言う奴もいるし「歳で耄碌し始めたのでは」と言う奴もいる。俺から言わせればそのどっちも的外れだ。奴は耄碌していなくとも最初から頭のネジが二、三本トンでいるし、盗みをやめたのはただただ気まぐれに過ぎない。何よりも華麗で、冷徹で、そいでいてガキみてぇな最古参、それが“デュパン”って奴だ。
 隠居した後は、俺みたいに裏で好き勝手やっている奴の前へ気まぐれに現れては、嵐のように災厄を撒き散らしてそのまま消えていくのが日課となりつつあるらしい。
「そんな奴がいってえ、何しに来やがったってェんだ……」
「時に、ロウ」
「あ、はい。なんすか」
「……」
「……」
「弟子を、取ることとなった」
「……はぁ」
 話が見えねェんだが……。いや、待て。ん?
「で、弟子!?」
「うむ」
「ご隠居に、っスか?」
「それ以外に、何がある」
「へ、ヘェエエエエ……そ、そりゃ、良かったじゃねぇっすか……ははは」
 まさか、そんなことを言うためだけにここに来たわけじゃねぇだろうな? もしそうなら今すぐにぶん殴って追い出……いや、それができれば苦労はしねェか。
 いや、それにしても、忍びの者や、仲介所や、助手、弟子のなんらかを雇っている怪盗たちの中、唯一誰の力も借りずに最強の地位を確立していた“デュパン”が、弟子を持った? こいつみたいなのがもう一人できるってことか? 冗談じゃねぇぞ。世の中に“デュパン”みてぇなやつが二人以上出て来たら、俺の頭が割れちまう。
「仲介所にいる、古い知人の、頼みでな……。仲介所お抱えのやつを、世話、することになった」
 淡々と、ゆっくりとした、低く小さい、だがなぜかその声でビンを割れんじゃねえの、って感じの声で奴はボソボソとそう抜かす。
「で、で? そんなんご隠居の勝手っすけど、それが俺になんの関係があるって言うんですかァ?」
「……“勝手”?」
「い、いやぁああああァ、お、俺も自分のことのよォに嬉しいッスよ! そりゃ!」
「そうか、やはり……喜んでくれるか」
 そうでもいわねぇと俺の身が危険だろうがよォ。
「それがな、仲介所のよこした弟子が、まだ年端もいかぬ、子供らしくてな」
「は、はぁ」
 子供の頃にこのジジイと出会っちまうったァ、きっとそいつの運命線はねじれにねじれてやがる。
「うっかり、加減を、間違えるかもしれん」
 なんの“加減”だよ?
「だから、ロウに、まかせる」
 何をだよ!
「弟子の教育に、立ちあってくれ、頼む」
「はァ?」
 何いってんだ、このジジイ。
「私がうっかり、間違えて、弟子が深手を負わぬよう、監督してはくれまいか」
「い、いや、どれくらい攻撃すれば死ぬかとか、どれくらい手加減するとか、わかるだろうが、普通!」
「……?」
「……!」
「……」
「……わかった。百歩譲ってご隠居が手加減できないとするッスよ? だけど俺に立ち会いを頼むのはお門違いっつうかァ……よそ当たってくださいよ!」
「私が、弟子をとった、となると、ライバル怪盗たちが、黙っては、いないだろう。有象無象を使って、刺客を放ってくるかもしれん」
「だから俺に守れってか!? ガキのお守りなんざもっと勘弁だぜ!」
 遊ぶ時間が減っちまう。それに一秒だってこのイカれジジイの近くにいたかねぇし……。
「ライバル−−テメェにライバルがいるとも思えねぇが−−いやともかく! 仮にそいつらが有象無象をけしかけたところで、怪盗どもには殺さずの暗黙があるだろうがよォ!」
「狙ってくるのが、怪盗だけとは、限らん」
「ンなら、テメェの弟子の露ぐらいテメェで払えやァ!」
「……?」
「……!」
 だめだこりゃァ。どうもこの隠居には、露払いなどという些事を御身自ら行うという思考回路にすら至らなかったらしい。
「ダメ、か?」
「……」
「……?」
「……!」
「いや、か?」
 うわぁァ。奴の背後にヤッベェ黒いシルエットが見えてやがる……。こいつ天然なんだよなぁ、天然でこの刃物みてぇなオーラを放ちやがるんだよなァ。わざと凄んでるんなら全く怖くねぇのになぁ……。一秒後にこの俺様の首が飛んでるんじゃねぇかっつう錯覚すら覚えるんだよなァ……。いや、例の暗黙があるから簡単に殺されることはないだろうが、手加減ができないと言っている相手の半殺しなんざたかが知れてやがるぜ。
「ち、ちなみに」
「うん?」
「そのガキの教育には何年かかるんで?」
「スペック、にも、よるが」
「スペック? ああ、ガキにセンスがあるかってことか」
「早いほど、良いと、言われている……ロウの監督が、要る期間は、半年、といったところか」
 年単位ではなく、半年と来たか。
 今ここで殺気に殺されるか、半年ガキのお守りに耐えるか。そんなもん、答えはもう決まってやがる。


−−SubFile.1 老怪盗−−


「おいおいおいおいィ! 待てやァッ!」
 本日もう何度目になるかわからん隠居のガキへの攻撃に、俺は慌てて割って入る。ぐぉォ。“悪の波動”か。
 同じ悪タイプで効果はいまひとつのはずの攻撃。にもかかわらずこの俺様が膝をつきそうになった。だかかろうじてそれに耐えたのは、曲りなりのプライドってェもんがあったからだ。監督っていう仮にも簡単なお仕事でヘトヘトにへばっただなんて知られたら、末代までの恥だぜ。いや、まずもってへばってねェし!
 俺はなんとか技を受け終えて、痺れた両腕を軽く振り払った。そして技を放ったはずなのに表情がいつもと寸分違わぬ当の本人へずいと詰め寄る。
「だぁ、かぁ、らァ! 今のは確実に重傷もんだったろォがよ! もう五回目だ! 五回目ェ!」
 弟子育てる前にまずテメェが学習しろよ!
「うむ、すまん。次から、気をつけよう」
「その言葉を俺はもう信じねェぞ!」
「……?」
「……!」
「……」
「カァッ! もう、やめだやめだ!」
 俺はお手上げの合図として万歳し、隠居に背を向ける形になる。
 例の弟子は、キモリつう種族の、本当に年端のいかないガキだった。“年端もいかない”なんてコトバの綾で、実際に現れるのはまぁせいぜいが思春期を終えたわけぇもんくらいにしか思っていなかったが……。まさか本当に、老怪盗がこんなガキを怪盗として育てることになろうとは。世も末だな。
 ナイルとかいうそのガキは、息も絶え絶えで瞼を開けておくのもつれェらしい。だが、場を去ろうとする俺に半目で視線を投げかけてやがる。
「ンだよ、その目は」
「……」
「ア? 言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
「……うっ」
 ドサッ。と、ガキは言葉の代わりにその場でぶっ倒れやがった。
「ロウ。それを、バーに、運んでやれ」
「チッ!!」

 隠居とガキの稽古が始まってから、二週間は経ったか。その間俺は冗談なしに、もう両手では数えられないくらいほど瀕死のガキの命を救ったことになる。
 そもそも隠居の手ほどきは、手ほどきという名の拷問だ。いや、拷問というならまだ生かす気が垣間見えるが、奴の場合は半殺しに近い。隠居は心底キモリ族への加減がわからねぇみてぇだし、ガキがキモリ族じゃなかったとしても加減がおかしいだろう。
 曰く、怪盗の一歩は「地の強さから」らしい。「地頭がよければ良い」みたいなノリで言いやがるが、ガキ相手にそんな戦闘訓練してどうするよ。
 師が師なら弟子も弟子だぜ。こんなトチ狂った修行になぁんの文句も言わねェ。血反吐だして、一日になんども意識を失っても、一度も修行をサボりやがらねぇ。いや、サボったらそれこそ隠居に殺されるだろうが、それにしたってだ。
 ガキのガキっぽいところが何一つ見えねェ。キモチワリィ。

 俺のバー・“ノイジー”のソファへ適当にガキを放り投げ、俺はローブシンのマスターへ強い酒を頼む。アルコールでも入れねぇとやってられねェ! カウンターの端から音もなく隠居がやってきたが、俺はそのまま酒を飲み干してグラスをダンと叩きつけた。心配しなくてもマスターがしっかり奴のぶんまで酒を用意している。
「で! あとどれくらいで俺様は解放されるんだ!?」
「まだ、二週間だ」
「しってる! 半年の約束だってェことはしってる! だが! 半年いっぱいずっとあのトチ狂った訓練をするわけじゃねぇだろィ!」
「案ずるな。他の、仕込みも、同時進行、している。スペックは、ほどほどの、ようだ。尾行術、ハッキング、地理、ハード操作、情報収集、気配を消すことも、まぁまぁだ」
 隠居はそう言ってロックグラスを手に取り、そして視線だけガキの横たわるソファを一瞥する。
「だが、どうも、催眠術に関しては、よくない。種族の間に、横たわる壁、だろうか。試しに、“くさぶえ”を、仕込んでみたが、せいぜいが、笛の聞こえる範囲を、眠らせるだけだ。音がかき消えたら、なんの効力もない。なんと、使えぬ、術よ……」
 そりゃおめぇ、一瞬で高層ビル全域にいるポケモンを深い眠りに落とすようなバケモンと一緒にされちゃ困るだろうがよ。
「だが、ほどほどと、言っても、どれだけ他の仕込みが済んだところで、私に一矢報いることが、できなければ、あれを外に出して運転、させることは、ない」
「免許教習所の段階みきわめみたいに言うんじゃねぇ」
 しかし、このバケモン−−老怪盗“デュパン”に一矢報いれる奴なんざいるのか?
「ガキもガキだ! よくもまぁテメェの修行に付き合いやがる! そこまでして怪盗になりたいのかァ!?」
「私にあれの、事情など、知らん」
「だろうなァ!」
 誰よりも華麗で、冷徹で、そいでいてガキみてェな最古参。そんな隠居が、ポケモン扱いすらしない弟子の込み入った事情に、わざわざ踏み込むはずがねえ。
「オーナー」
 と、その時、今まで一言も発することのなかったマスターが、ワイングラスをクロスで磨きながら、ソファの方を見やって俺に言う。
「彼がお目覚めのようです」
「……今日は、これで、終いにする。ロウ、あれを家に、送ってやれ」
「へいへい……」
 また露払いか。ここは俺様いるの町だぜ? わざわざこんな夕方から、俺が通る場所で襲われるわけがねぇだろうが。
 俺はロックグラスの中身を飲み干して、椅子からひょいと飛び降りた。その時にはすでに隠居の姿は跡形もなく消えていて、これもまたここ数日の日常の一つだ。陰になってバーを出て行ったんだろう。気配を消すのが癖になっているのか、消えた瞬間もわからねぇ不気味なジジイだ。
「おいガキィ! さっさと帰るぜ、前歩けェ!」

ものかき ( 2017/11/10(金) 22:14 )