怪盗“黒影”シリーズ あとがき
怪盗“黒影”は、1を書いていた頃から三部作の予定でした。最初に無印の連載を始めたのは2013年の7月。2が2015年の9月末。そして本作が2016年10月。3年の時を経て、黒影は無事に完結となりました。一番の長寿小説である「へっぽこポケモン探検記」は連載終了まで5年。負けじと劣らず黒影も長かった……。
なぜ三部作なのかといえば、先述したへっぽこの影響です。あれは全十章の大長編。しかも休まず同じページ上にコンスタントに載せ続けなければならなかった。別にプロの小説家になりたい訳ではなかったので、この“コンスタント”というのが意外に難しい。
章をまたいだら、一回休んでじっくり今後の内容を吟味したい。あと、連載が止まったときのプレッシャーを回避したい。それが黒影を三部作に分けた最大の理由でした。
さて、黒影は意外に少数精鋭キャラ小説です。私自身、話の内容よりもキャラクターに会話をさせることへ重きを置いています。ここで少し三部作に出て来たキャラクターを振り返ります。
ナイルと仲介のヨノワールは、2007年に発売した「ポケモン不思議のダンジョン」であまりにも有名な盗賊ジュプトルと探検家ヨノワールのコンビから着想を得ています。怪盗“黒影”の全ては、彼らが皮肉の応酬をする場面を思い浮かべたところから始まったのです。
ナイルが言葉を使って本気で仲介を殴り倒そうとしているのに対し、実のところヨノワールはその60%の力しか使っておらず、彼を言い負かそうとすればボコボコにできるものを、いつも余裕の笑みで見守っています。ナイルは完全に遊ばれています。
ヨノワールが専属仲介になりたての頃は皮肉の応酬にすらならず、いつもデッドボールを食らうがごとく理屈で言い負かされてきました。彼の発言センスはヨノワールによって磨かれたと言っても過言ではありません。
ロウ=スカーレットは、ナイルにとって“悪”の師匠であり、その顔の広さを使って情報を提供するサポーターであり、なによりナイルの多感な心を支えるメンタルコーチの役割があります。そして何よりロウ自身が、怪盗“黒影”の純粋なファンの1人なのです。
この作品は全体の実に四分の一を悪タイプが占めているのですが、その中でもロウは生粋の“悪”タイプ。大酒呑みで酔うと当たり前のように周りへ迷惑をかけ、女をたらしこむ遊び人であり且つ扱いがうまく、そしてなぜか顔が広く腕っ節もそこそこ強い。それは奇しくも、絶対に他人に迷惑をかけまいとし、女性関係は奥手であり、自分の信頼した者以外へは決して心を開かぬナイルとは正反対なのです。
しかしその正反対さが、ロウがナイルを弟のように目をかける理由にもなっている。ナイルに持っていない性格の全てを持つロウは、反対に自分の成し得ないことを弟に託していた。
遊び人でしか生きられない自分の代わりに純粋な恋を楽しんでほしかったし(結局それは叶わぬものとなってしまったが)、そして義賊怪盗として強きをくじき弱きを助けるナイルの姿に密かなあこがれを抱いていた。だから、それを邪魔する仲介所も気に食わなかった。
だから彼は、ナイルを弟と慕い続け、一流の悪に育て上げようと心身を注いでいたのです。
音速で空を駆け獲物を奪う。その姿、風に錐で穴をあけるがごとし。
ヨノワールが言葉の立ち回り、ロウがワルい大人の教師だとしたら、ナイルにとって“大きく見える背中”の役割となったのは、3に登場した“風錐”になります。
今回の窃盗試合は“風錐”に軍配が上がりましたが、単純な“技術”・“推理力”だけを見るならばそれは“黒影”ことナイルの方がレベルが上です。アフトとティオが人質に取られた時、全ての作戦を立てたのはナイルでした。そして仲介の『私の知るあなた様では、私の計画を突き止める事など……』という言葉の通り、“怪盗狩り”を使ってヨノワールが得ようとしたものを推理したのは“黒影”であり、“風錐”はまずそんなに複雑なことを考えようともしていませんでした。システムハッキングに関しても、綿密な作戦の立て方にしても、その適性は、普段から細かなところまで考えるナイルの方に軍配が上がるのです。
しかし、彼の強みは“経験”と“カリスマ性”。
どんなピンチの状況も不敵に笑い、冷静に立ち回って逆転のチャンスをつかむメンタルは、若いナイルでは持ちようの無いことです。様々な逆境に焦り、困惑し、絶望するナイルを、彼は必ず冷静な状況へと引きずりこむ力がある。そして彼自身の持つガブリアスとしてのバイタリティが、細かな憂いを全て吹き飛ばします。
どんな逆境も不敵にくぐり抜け、見る者たちを楽しませる怪盗として重要な部分を持っている彼は、仲介所の怪盗として動くナイルの人生で、今までに触れたことの無いキャラクターでした。
“風錐”の怪盗としての強みは奇しくも、父親としてもナイルを支えることとなりました。
まだ怪盗“黒影”3がプロット段階だった頃、“風錐”は自分がナイルの父親だったと分かった時、父親なんて経験など無いのだから戸惑いでうまく立ち回れないというキャラクター像だったはずなのですが、彼をナイルと触れさせた瞬間、まぁまぁ怒る、叱る、笑い飛ばす……。父親っぽいことを、家族の関係が明かされる前から私の手を離れてやってくれちゃいました。不思議荘の面々では埋めることの出来ないナイルの心を埋める父親は、やっぱり“風錐”しかいないのだなぁと思いました。
あと忘れてはならないのが、エイミ刑事とフレア刑事のコンビです。警察内のポケモンは、モブを含め全てを悪タイプで統一したのですが、二人はその中でも体格も同じで全長も近い、歴代の作品の中でもピカイチの名コンビでした。
当初は3でも、エイミ刑事は前作と同じくナイルと熾烈で愉快なバトルをさせるつもりでした。が、3ではなによりもナイルの内面的成長に重きを置く方向性になったため、書きたかったエイミとナイルの絡みは泣く泣く割愛……。しかし、意外にも2でかませのつもりで登場させたフレアが良い感じに師匠っぷりをみせてくれました。
2を読んでくださった方の中に、「摩天楼のような二人の雰囲気が好きだ」と言ってくださった方もいらっしゃって、3ではナイル以上に、フレアと絡ませる結果となりました。今作で摩天楼を舞台にしたのも、じつはその発言を逆輸入してみたり(笑)。
個性あるキャラクターたちは、主人公であるナイルのなんらかの先輩であり、何らかの教師でした。黒影シリーズ全体を通して、ナイルを成長させる物語になるとは、書き始めた当初は思ってもおらず……。
へっぽこポケモン探検記を書いて以来、こんなにも完結して清々しい気持ちになる作品に出会えるとは思っても見ませんでした。
そんな怪盗“黒影”、ここまでお読みいただいて本当にありがとうございます。今後、この作品とおなじぐらい清々しく完結する作品に出会えるかどうか(笑)。そこは作者の努力次第。精進して参ります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。またどこかの作品でお会いしましょう。
――“では、お勤めご苦労”!!