僕の未来は何の色
朝。ベットに顔だけ突っ伏す、という妙な寝相から起き上がった僕は、その瞬間からリナに機関銃のような叫びを浴びせられる事となった。
「お兄ちゃん! サンタさん! サンタさんが来てくれたんだよ!」
「ううん? リナ、君は少し前までサンタさんの存在を信じていなかったんじゃなかったっけ?」
昨日より、精神は幾分か安定していた。少なくともリナに今僕がおかれている現状を隠し通すほどの体力は戻って来たみたいだ。いつも土木作業で鍛えられていたおかげか、体力の戻りは異常に早い。皮肉なもんだ。
リナは見ている僕が心配になるほどの上機嫌で、なにやらカードのような物を僕の目の前に印籠のごとく突きつけて来た。僕はなんだか人に何かを突きつけられる事が多い。
「なにそれ、トレーディングカード?」
「そう! 怪盗名鑑カード“黒影”出張イベント参加者限定バージョン! サンタさんがくれたのー!」
「……」
ごしごし、と目をこすってもう一度まじまじとカードを見てみた。どうやら、幻の類いでは無いらしい。本当に僕が寝ている間、サンタさんが枕元にリナへプレゼントを老いたというのか?
「知ってる? お兄ちゃん! 今時のサンタは赤くないよ! 緑なんだよ!」
「エェッ?」
だとしたらその“緑のサンタ”、リナをこんなに喜ばせてくれて嬉しいんだか、リナがいるのに不法侵入を許して怒りがわくんだか、よくわからない。
「そうそう、お兄ちゃんにもプレゼントがあるんだって」
「エッ」
僕に? サンタさんとは面識が無いんだけど……。
リナから喜々として手渡されたのは、なんの変哲も無いただの朝刊。お金の節約の為に新聞を取っていないとはいえ、ありふれすぎててプレゼントには少し拍子抜けだった。
「まぁ、ありがたいっちゃあありがたいけど……」
朝刊を開く。『ニセモノの“歌姫”の続報!』とか、『猛威衰えぬ“怪盗狩り”』とか、よくわからないゴシップみたいな記事が踊る中……。
「これは……」
『ゴロツキ集団“茶色い毛”の頭・チャゲとその一味が一斉お縄!? 検挙の決め手はタレコミ電話の証拠立件!
昨夜、警察へ“茶色い毛”の犯罪行為の証拠を掴んだとのたれ込み電話が寄せられた。取材に寄ると警察は、その電話の相手が“武器証人とのつながりを暴露した録音がある”と言ったらしい。正体不明のタレコミ屋はその後すぐに、警察のポストへその録音を投函したと見られる。警察はその証拠をたよりにアジトへ潜入! チャゲを始めとする“茶色いひげ”構成員を検挙し、バイヤーから買い取ったとおぼしき違法な武器を摘発した! 後に警察はそのタレコミ屋の正体を調べたが、警察のビルの防犯カメラにはそれらしきポケモンは写っておらず、その正体は不明である――』
「ちゃ、茶色いひげが……」
「お兄ちゃん?」
潰れた。組織が、潰れた? ……借金は? 僕が払うべき借金は? 昨日の涙は? 明日に怯える恐怖は……?
「うう……ううううっ」
「お、お兄ちゃん!? どうしたの? 大丈夫?」
よかった……今日から、今日から誰にも怯えなくてすむ。リナも手術を受けられる。僕も痛めつけられなくてすむ。
こんな奇跡が……!
「こんな奇跡が、あるんだ……!」
ああ、神様、アルセウス様! 僕、ちゃんと勉強します。今日の奇跡を噛み締めて、ちゃんと勉強して、今度は悪いポケモンに騙されないようにしっかりと行きます。
そして、これを教えてくれた。この情報をプレゼントしてくれた、サンタさん。
「サンタさん、ありがとう……!」
*
その後、僕はあのゴウカザルから受けた傷を治す為に、数日間休みをもらった。
だけど、その休みが明けていざ建設現場へ戻ってくると……。
「――え? 辞めた?」
「おう、あいつ辞めたぜ。というかゴーリキーさんに追い出された」
ナイル君は、クビになっていた。
どうやら四度目の遅刻をしてしまって、現場の長であるゴーリキーさんの逆鱗に触れてしまったらしい。彼はドラゴンタイプではないものの、キレたらそれくらいの剣幕をしていてもおかしくはない。
「あいつ、遅刻魔だけどまっさか本当に四度目の遅刻するとはなー馬鹿だよなー……お、おい、リオ! どこ行くんだ、仕事始まるぞ!」
僕は、ナイル君を探した。その日、ずっとずっと探しまくった。僕の本能が彼に会っておくべきだと言っていた。
走って走って。彼の行きそうなところを全て当たったけど。やっぱり、いなかった。
僕は、ナイル君の事を知らなすぎた。
なぜ、僕が彼を探したのかは分からない。だけど、どうしてか、一緒にアジトに行ったその日に、“茶色い毛”が検挙されるなんてどうしても偶然に思えなかった。
素性も怪しかったし、彼が“茶色い毛”に何かしても不思議ではなかった。
彼に連れられたバーも探してみた。アカさんの姿も探してみた。だけど、バーの名前が分からなくては探しようがなかった。名前を確認しておかなかった自分を激しく後悔した。もちろん、この広い街の中でナイル君を探す事が出来ないんじゃ、アカさんを探す事もできやしない。
お礼を言いたかった。
ナイル君に、お礼を言いたかったんだ。なのに、何も言わずに僕の前から消えなくてもいいじゃないか。
君が、僕をとどまらせてくれたんだ。
――妹が悲しむだろうな。
やけになった僕を思いとどまらせてくれたのは、ナイル君のその言葉だった。彼の言葉が無ければ、僕はここで無事に立っていなかった。
ナイル君の馬鹿野郎。
「お礼くらい、言わせてくれたっていいじゃないか……!」
*
あの体験から数年経った。その間にリナは無事に手術を受けて、そして成功した。
退院した妹を連れて僕らは晴れて二人暮らし。リナは学校へ行き、僕はしばらくあの土木作業場で仕事をした。その合間を縫って、二度と同じ目に遭わないよう、しっかりと勉強をして、お金のあまりかからない大学へ行った。
僕はいま、大学で勉強をしながら、僕みたいに悪い大人に騙された人を救う仕事をしたいと思っている。
あの日以来、やっぱりナイル君とは会えていないし、次の年だけは少し期待していた“緑のサンタ”も現れる事は無かった。リナはがっかりして、やはりサンタはおもちゃ屋の商戦戦略だとふてくされた。
いま、ナイル君はどうしているだろう。彼に、今後会う事はあるのだろうか。
そして、一度だけ現れた、幻の“緑のサンタ”さんにも。
もし会えたら、言わせてほしい。もちろん、この言葉を。
ありがとう。