今時サンタは緑色 - 今時サンタは緑色
病院の壁は白い色
「た、ただいまぁ」
 今日も一日くたくただった。やはり力仕事は体力をごっそり持っていかれる。ホルビーである事が幸いして穴をほって地面をならしたり岩を砕いたりすることは苦ではないものの、こうもこき使われるとやっぱり疲れる。
「あ、おにいちゃん!」
 もう日も大分落ちていたが、病院はまだ面会時間を過ぎていなかった。病室にいたリナは、僕の顔を見るなり頬を膨らませる。
「もう! 家じゃないんだからただいまなんて言わないでよ、恥ずかしい! それに疲れてるなら病院にわざわざこなくていいって言ったじゃん!」
「いいんだぁ、ここが僕らの家なんだからぁ」
「面会時間過ぎたら追い出されるでしょ!!」
 今日もリナのメンタルは元気だ。
「ほら、もうすぐ雪が降るんだって。私の事はいいからさ」
「リナぁ、僕には出来すぎた妹だぁ」
「私の話聞いてる!?」
 そうか、もう雪が降るのか。そう思いながら、椅子にどかりと座って机に顎をのせる。リナのプンスカは右から左に受け流しながら、ふと僕の視界に入ったのはカレンダーだ。
「もうすぐクリスマスかぁ」
「どうせサンタさんなんかこないわよ」
「夢が無いなぁ」
「だって、私知ってるもん。サンタさんは両親が夜な夜な子供の枕元におもちゃ屋から買って来たおもちゃをおくんでしょ? そして朝になったら、さもサンタさんがきたかのように! 詐欺よ、詐欺!」
「リナぁ……」
 お前はいつからそんなにリアリストな妹になったんだ。
「つまり、両親に捨てられた私たちにサンタさんなんかこないってこと!」
「それポジティブなの、ネガティブなの」
 僕らの両親は、離婚した後消えた。多分病気のリナと学生の僕をどちらも世話したくなかったんだろう。僕らはそれを日常会話に持ち込めるほどに寂しさが薄れてしまっていた。
「サンタねぇ」
 今年は僕がサンタ役になっても良いかなぁ。妹に夢を――。
「私、いらないからね、おにいちゃん」
 妹よ、おまえはエスパータイプか何かか?
「サンタさんに来てもらうくらいなら、怪盗に来てもらいたいよ」
「怪盗? それはまたどうして」
 怪盗とは、この街に蔓延っているエンターテイメント性の強い泥棒たちのことだ。予告してものを盗み、気まぐれに悪に鉄槌を下す事もある。まぁ、義賊は少数派らしいけど。
「サンタさんなんかより、ずーっとかっこいいもん!」
「ひどい」
 夢を与えるサンタさんより犯罪者が好きとは……世の中も変わったもんだ。
「“黒影”なんていいじゃなーい! かっこいいし!」
「“黒影”?」
「おにいちゃん、しらないの?」
「だって忙しいし、テレビなんて見ないし」
「モグリ!」
 はいはい、世間に疎いお兄ちゃんがわるうござんしたよ。



「しゃ、借金?」
 寝不足で遮断されていた思考が、一気に冴え渡った。決して気持ちのいい物じゃない。恐怖で神経が研ぎすまされたのは言うまでもない。
 僕の目の前に紙切れを突きつけているのは、昨日までは見た事も話した事も無いゴウカザルだ。
「僕、そんなにお金借りた覚えないんですけど」
「だからぁ、この書類見てって言ってんの!」
 ゴウカザルは印籠のようにかざした紙切れをばんばんと片手で叩いて言う。
「わかる、これ、借用書よ借用書。サインあるでしょ」
 よく見たら、確かに僕のサインがある。え、でもこんな書類いつ――。
「ああああああっ!!」
「やっと思い出した? ね、君はこの建設会社から金を借りてる訳よ、アンダースターン?」
「ちょ、ちょっと待って! 多分何かの間違いですよ! 現場監督のチャゲさんに会わせてください! その人に書いてって言われたんです!」
「そいつやめたよ」
「エッ!?」
「だから、今日から俺が現場監督な訳よ、わかる?」
 チャゲさんがやめた!? 昨日の今日で!? そんな事一言も言っていなかったじゃないか!
「だ、だけど……」
「だけどもクソもあるかああッ!!」
「ぐわぁああッ!」
 僕は、脳天に“かわらわり”を食らった。ぐ、ま、まさか、そんな……! 僕は殴られたショックと、目の前に突きつけられた事実に動けなかった。
「ぐだぐだいってんじゃねぇや! テメェが自分で書類にサインしたんじゃねぇか! この分の借金、テメェできっちり払うこった!」
「ぐっ、ううっ」
 地面に倒れた僕に、ゴウカザルが蹴りを入れてくる。痛い、苦しい、息が出来ない。
 チャゲさん、どうして……?
「で、でも……そんな金額、はらえません……」
 妹の手術代の三倍近くある。リナのために貯めている貯金を崩すなんてもってのほかだし、それを稼ぐなんて……!
「今すぐ払えねぇってんだったら、ここで一生タダ働きだ!」
「そ、そんな……!」
 目の前に、またゴウカザルの手刀が振り下ろされようとしていた。だ、だめだ……動けない……。僕は細い息をしながら目をつぶった……。

「――そこまでだ」

 痛みはこなかった。その代わり、低い声が僕のとなりで響く。恐る恐る目を開けてみると、そこにいたのは新人クン――ナイル君だった。
 彼は、ゴウカザルの振り下ろされようとしていた腕を片手で掴んでいた。
「んだ、テメェ」
「もうすぐ他の奴らが来る。この場面を見られて困るのは現場監督の立場のあんたじゃないのか」
「……チッ」
 ゴウカザルは掴まれた腕を無理矢理ほどいて、肩を怒らせながら場を離れた。
 た、助かった……?
「大丈夫か」
「うっ、ううううぅ……」
 ナイル君が素っ気なくそう言って、僕を立ち上がらせてくれたけど、急に涙が止まらなくなった。
「ううううううう……」
 騙された……。
「僕は騙されたんだぁ……!」
 借金? そんなものは知らない! ただただ僕は、ここの作業員として雇ってくれたはずのチャゲさんに騙されたという事実に、涙しか出て来なかった。
「あんなに優しくて、こんなに長く稼がせてもらって、信頼して感謝してたのに」
 本当は僕が弱い立場にいて、まだ若くて、何も知らない子供っぽいところにつけ込まれたんだ! 最初から、僕を騙すつもりで雇ったんだッ!
 悔しい。
「ぐやじい……」
「……」
 ナイル君は黙ってた。僕の泣き顔に、泣き言に。もしかしたら呆れてたのかもしれないけど。でも、かまわなかった。
 僕は、傷だらけの体をずって歩き出した。
「どこへ行く」
 ナイル君が厳しく問う。
「チャ、チャゲさんを、探す」
「探してどうする?」
「見つけて、ぜ、絶対見つけて、借金を撤回させる」
「話が通じる相手か? どうやって探す? 場所の見当はつくのか?」
「わからないよ、わかるわけがない!」
「場所も分からない相手を――」
「――じゃあどうしろって言うんだッ!」
 ありもしない借金を撤回させる。そうじゃなきゃ、リナの手術が出来ない。リナは助からない。
 僕はいくらこき使われたって良い。一生個々で縛り付けられてもかまわない。騙された僕が悪い。
 だけど、リナだけは。
 リナの幸せだけは、僕があげなきゃ行けないんだ。
 サンタさんにもなれない。忙しくて、貧しくて、プレゼントもあげられない。
 両親に捨てられて、病気になって、いつも一人で過ごして。そんな妹に、もう少しで笑顔をあげられたはずなんだ。 それが出来たのは僕だけだったんだ。
「僕だけがリナのサンタになれたのにッ!」
 僕はどうなったって良い! 最悪、借金を背負う事になっても良い!
「でも、リナの手術だけはどうしても受けさせたい!」
 殴られても懇願する、それだけは譲れない。ボロボロになっても、かっこわるくても。騙された負け犬でも。
 僕は、キッとナイル君を見据えた。彼がどんなに恐ろしい存在でも、このときだけはしっかりと目を見据えてやった。

「それとも君は、僕にやられっぱなしの不甲斐ない兄でいろとでも言うのかいッ!」

「……」
 ナイル君は押し黙った。
 僕は目が回った。いろんなところを蹴られたダメージがでかい。
 ナイル君が、だんだん高い場所にいるように見えて……。
「おい、リオ。おい――」
 目の前が真っ暗になった。



 うっすらと、少しずつ。深海から浅瀬に体が浮き上がるように意識が覚醒して来て、周りの音が聞こえて来る。
「めずらしいなァ、我が弟が家族以外にここまで肩入れするったァ」
「だから、いつから俺はアンタの弟に……」
 ここは、どこだろう。
 目を開けてみると、ゆったりとしてた黄色い明かり見えて、ジャズの音色が聞こえる。周りを見渡すと長いカウンターと丸い椅子。そして僕が寝ているのは高そうなソファの上。
 ここは、バー?
「お、目が覚めたらしいなァ」
 例のカウンター席に座っていた男が声を上げた。鋭い爪、赤くなびく髪、全身は灰色の毛で覆われた、右目の潰れたゾロアークだった。誰だろう、この人……。
「リオ、大丈夫か?」
 その横で迷惑そうな顔をしながら座っていたのはジュプトル――ナイル君だ。
「ナイル君……僕、一体どうなって」
 ズキリ、と頭が痛んだ。そうだ、僕はゴウカザルにめちゃくちゃに殴られて……。
「そうだ、借金……」
「まぁまぁまぁ待てって」
 立ち上がってバーから出ようとした僕を止めたのは、初対面から一分も経っていないゾロアークだった。彼は存外に強い力で僕をカウンターに座らせる。
「いくっつったって、そのチャゲの場所が分かんなきゃただの徒労だろうがよォ」
「なんで、その名前を……」
「俺が教えた」
 ナイル君がさも当然とでもいうふうにクールに言った。
「大丈夫、そいつは一応信用できる。ゾロアークのスカーレットだ」
「一応は余計だって。おう、スカーレットだ。ここいらじゃアカで通ってる、よろしくなァ」
 なんだか良く分からないが、絶対“ヤバいこと”をやっていそうな人相のゾロアークと握手をするハメになった。
「そんでェ? 聞いたぜ、あんたカモられたんだってなぁ。しかも茶色い毛のチャゲと来た」
「知っているんですか」
「あいつらは、“悪”の風上にもおけねえやつらなのさ。小物のくせに力の弱い堅着から金をむしり取りやがる」
 ナイル君がごほん、と咳払いをした。おっといけねぇと取り直すアカさん。言葉の要所要所に突っ込みたいところがあったけど、聞くのが怖くてやめた。
「で、あんたどうするよ。まず正面からやり合うのはきついぜ。単体で、しかも素人だ」
 アカさんが目を細めて尤もなことを言う。頭ではそんな事は分かっている。でも、何も出来ない自分がもどかしくて、すぐにでも、何かアクションを起こさなければと焦る僕がいる。
 と、アカさんがいきなり指(爪?)をパチンとならした。
「そうだ、それなら怪盗にたのみぁいい」
「怪盗?」
「おい、スカー」
 黙っていたナイル君がとがめる口調で名を呼ぶ、しかし、アカさんは無視して続けた。
「怪盗の中でも、義賊あたりに検討付けてアプローチすりゃあいつらの弱みを盗んでくるかもなァ。そうなりゃこっちのモンよ。“黒影”あたりなんかはおすすめだぜェ」
 僕らの間に挟まれて座っているアカさん。彼は僕の方に向いているからナイル君の表情は見えないけど、僕には見えた。目でポケモンを殺せるんじゃないかってほどの眼光を一瞬だけ光らせてアカさんを睨んでいたんだ。
 それを知る由もないアカさんは、ヒャッハハと他人事のように笑ってグラスを仰いだ。酔っているのだろうか。
「どうよ」
 アカさんもまた鋭い眼光をこちらに向けた。だけど、僕の答えは決まっている。
「いえ、怪盗に泣き寝入りはしません」
「ほう?」
 彼の潰れていない方の片目が怪しげに光る。
「騙されたのは僕がちゃんと書類を見ていなかったからです。僕のせいです。それで怪盗にたのんで始末を付けてもらうのは、何か違う気がします」
「なるほどなァ、ナイルが気に入る訳だぜ」
 アカさんがニヤニヤとナイル君を見た。彼は正面を見ながら素っ気なく返す。
「悪いのはあんた以上にあのエンブオーたちだ。まぁそれはともかくとして、怪盗に頼まないのは俺も賛成だな」
 そして、琥珀色の液体が入ったグラスを持って彼は断言した。
「怪盗にロクなヤツはいない」

ものかき ( 2016/04/07(木) 23:05 )