8:初心者幸運
迷彩服に身を包み、筋肉質だけどモデルさんになれるんじゃないかっていう感じの女性軍人さんは、慣れた手つきで私に拳銃を突きつけている感じだった。「感じだった」と言ったけど、めっちゃ銃を突きつけているのはまぎれも無い事実だ。
「この場を乱したのがまさかあんな細腕の男と貴様のような子だとは」
「ご、ごめんなさい……」
「まあいい。さっきの男とホウエンチャンピオンが中佐を止めにかかっている。もうどのみちこの計画は破綻だ。ただ、私が逃げるときの人質くらいにはなってもらう」
せっかく凄く奇麗な顔をしているのに、言葉の語尾はやっぱり軍隊さんみたいな口調で、表情も怖かった。ハッサムは、私に銃を向けて、自分に背を向けている女性軍人さんにどうにか攻撃できないかと隙をうかがっているようだった。ど、どうしよう……なんとか隙を作れないかしら……。
「ええっと、人質って具体的にはどんな感じになるんでしょうか……」
軍人さんはもちろん私の質問なんかには答えない。銃の標準をそらさずに腰に付けたモンスターボールを手に取って、それを放った。するとそれはパッカリと開閉して、中から光と共にポケモンが現れる。まるで鎧を着込んだかのような風貌だった。なんというか、幼い頃に見た怪獣映画に出てくる怪獣が、鉄の鎧をまとって、一角獣みたいな角を生やしている。
あれに踏み潰されでもしたらひとたまりもないなぁ。いやいやいや、冗談じゃない……!
「ボスゴドラ、ハッサムを始末しろ」
「し、始末ゥ!? ぎゃぁ!」
まったまったまった! 私が“始末”という言葉に驚いてハッサムのところに走っていこうとすると、美人な軍人はそんな私の手首を掴んで、後ろに回して、ひねり上げてしまった。
「いだい、いだだだだだ」
再びおねぇさんと密着したわけだけど、その頭に銃を突きつけられてしまうと何もできなくなる。ボスゴドラって呼ばれた怪獣は自慢の鎧を光らせて頭からハッサムに突進しようとしている。だけど、私を人質に取られてしまって、ハッサムは動けないようだった。
えええ、ちょっと、私をかばうために甘んじて攻撃を受けようっての……!? 勝手に乗り込んだのは私だよ!?
「“アイアンヘッド”!」
おねぇさんが指示を出す。
なんとかして、ハッサムだけでも救う方法は!? やばいやばいやばい。ああああ、何か考えろ、何か、何か!
こういう時、あのチャラ男ならどうする!? サイリなら? あのトレーナーズミラクルを起こす彼なら!?
「あ、ああああ――赤ちゃんッ!」
「……なに?」
「赤ちゃんの居場所! 知りたいでしょ!!」
トレーナズミラクル!!
私ったら、女子大学生の、文系の、講義もろくに聞かない思考力の、とっさに考えついた言葉にしては天才よ! ここで赤ちゃんの存在を思い出すとは! いや、ここは脳内サイリにに感謝か!
女軍人さんは私の言葉をうけてボスゴドラに手を挙げた。ボスゴドラの頭の鎧は、ハッサムの眼前数センチすんでのところでとまった。ひぇえ。ゆ、優秀なポケモンですな。
「赤ちゃん……というのは、A国の王子ということか」
「まぁ、そうです」
「ハッタリで命ながらえようとするとは。なぜ貴様のような一般人が王子の居場所を知っている」
「そ、そりゃぁ……あはは。そんなにきつく手を締め上げられて銃を突きつけられてたら、話せるものも緊張して話せなーい……なん、ちゃって……」
ものすごい形相で睨まれました。
「ハッタリじゃないんですぅ……本当のことなんです、あのハッサムは王子様の護衛なんですぅ。私の手持ちじゃないんですぅ。あの……信じてもらえないかもしれないですけど」
「いや」
「え」
予想に反して、女性軍人さんはハッサムのことをすんなりと受け入れてくれた。そして、私のひねり上げた手を離してくれる。ひぇええ。まじで痛かった。捻挫したかも。
でも今はそんなことを気にする場合ではない。軍人さんは私を離してくれたけど、未だに銃口はこっちを向いているし。ならばこっちはさっさとハッサムのところへ逃げて銃口から守ってもらおう。情けなくハッサムの方へ走って背中に隠れた私は、ひょこっと顔だけ軍人さんを見る。
「離してくれたってことは、このハッサムが王子の護衛だってことだけは信じてもらえました?」
「信じるも何も、彼女は私が育て上げたポケモンだ」
「へっ? か、彼女……? あんたメスだったの?」
ハッサムはゆっくりと首肯。まじかよ……。すまん。ずっとあんたをオスだと思ってたぜ。
「なに? しかもこの女軍人さんに育てられたの?」
ああ。だったらあのスケコマシのサイリについていこうとしないのも納得だわぁ。男って信用ならんよね。こうやって言うと男女差別って言われかねない世の中だけど。
「まさか、ここにきて私を裏切るために現れるとはーーだが、そんなことはどうでもいい」
ボスゴドラがふんす、と鼻息を荒くして一歩前に出る。そして軍人さんも銃口をこちらに構え直した。私は慌てて顔をひっこめる。
「王子は、どこだ。返答次第では命を助けてやってもいい。だが、ここではぐらかせば……」
かちり、と。どこかのアニメかアクション映画のように銃のハンマー(っていうんだっけ?)を上げてくる女軍人さん。あ、あああ。私とハッサムが超絶ピンチだってことは何一つ変わっていない。
サイリ様、私の妄想内のサイリ様、先ほどのようにまた私に知恵をお貸しくださいぃいい。どうかぁあ。
「ぽ……」
「なに?」
「ポケモンバトル!」
「は?」
「目と目があったらポケモン勝負! でしょ!? トレーナーって! ね! バトルに勝ったら、赤ちゃんの居場所を教えてあげる!」
もおおおおぉう! 何言ってるんだろうか、私は。こんなにおっかない鉄赤鋏と、鎧怪獣を育て上げた女軍人さん相手に勝ち目なんてあるわけないのに、なんでまたそんなこと口走っちゃうかなぁああ! 脳内サイリ、許すまじ。
「……」
「………」
「…………」
「……面白い」
女軍人さんは、八重歯を見せて獣のように笑った。
あ、あちゃぁ。
彼女もサイリ系バトルマニアだったか……。
「素人ごときが、スポーツでしかないポケモントレーナーの暗黙を引き合いに出し、勝負を挑むとは。――ボスゴドラ、“アイアンヘッド”」
軍人さんは間髪入れずにボスゴドラへ軽く腕を振り下ろし、聞いたこともないさっきの技名を再度指示してきた。巨体からは考えられもしない爆速で頭からボスゴドラが突っ込んでくる!
ちょ、ちょっと、勝負とか言って混乱に紛れて逃げようと思ったけど、これじゃどうしようも無いじゃない!
ハッサムは飛び退いた。ついでに私は担がれた。そしてボスゴドラは攻撃の対象を失って地面に頭が埋もれる。ごきゃぁと、デボン社ビルの床の大理石が、乾いた粘土なんじゃないかってくらいに軽々しく破片が飛び散った。ひぃいいい。
そんななか私はハッサムに、受付の裏側にぞんざいに放り投げられて、彼は一人でもう一度ボスゴドラのところへ舞い戻ってしまう。
「ちょ、ちょっとぉ!」
私を安全圏に避難させてくれたのは嬉しいけど、あんた一人でどうすんのよぉ!
ハッサムはボスゴドラの懐に入ろうとスタートダッシュを切る。だけど、私はポケモンバトルといったのにハッサムへ指示も出せなさそうだ。
「“アイアンテール”」
もちろん、女軍人さんはそんなことをわかっていながら手加減なんかしちゃくれない! 今度は尻尾を光らせたボスゴドラに、彼女は人差し指を突き出して、その手首をくん、と下にして指差す。
「大理石を剥ぎ取れ」
ボスゴドラの尻尾が大理石に食い込んだ。そしてその尻尾で埋まっているはずの大理石が剥がれ、それがハッサムに投げられる。大理石で攻撃しつつ、視界を遮るつもりだ!
「飛んで!!」
思わず叫んでる。ハッサムはその場でジャンプした!
ハッサムは私の言うことに従った!?
彼女が跳躍したと同時に、下から剥ぎ取られた大理石にハッサムは思わずハサミを使って頭をガードした。ハッサムは今、視界が奪われて、かつ空中で身動きが取れない状況!?
しまった! 軍人さんはこれが狙いだったのね!
「恨むなよハッサム、恨むならその女についた自分を恨め……“ヘビーボンバー”ッ!」
やばい!
私の指示のせいでハッサムが!
「ハッサムッ!!」
今から行って、どうにかなる!?
ならないよ!
でも、どうしよう! なんとかしなきゃ!
「ハッサ……!」
――ハッサムが、こっちを見た。
え、なに、逃げろっての?
もしかして最初から私の指示に従ってバトルしてたのは、私を逃がすためだったの?
今ならもしかして、夢中になった軍人さんから、逃げられるかもしれないけど! でも、あんたを置いて逃げろっての? 自分の育て親に倒されようとしてるんだよ!?
――そんなに自分より赤ちゃんが大事なの!? そう訓練されてるの!?
“ヘビーボンバー”を指示されたボスゴドラが、ハッサムよりもさらに上に跳躍して、回転しながら落ちてくる!
――ばか……。だとしたら……。
思わず受付を飛び出した!
――ハッサムを、助けなきゃ!!
「ざけんなぁあああああ! もっと自分を大事にしなさいよぉおおおおおおっ!」
その瞬間、目の前が真っ白になった――!?
*
「うっ!?」
いきなり目の前が眩しくなって、目を強く閉じて腕を目に当てる。なに!? だれ!? なにがこんなに光ってるの? いまお取り込み中なんですけど!
「まさか……この光!?」
軍人さんがうろたえたように叫ぶ。だけど、軍人さんは私のことを見てそう叫んでいる。ということは、軍人さんが光っているわけじゃ無いのね。
え、ちょっとまって、光の発生源……私のポケットとハッサムからなんですけど。
ドゴォオッ!
「うわぁあ!」
それと同時だろうか、ものすごい音が響き渡る。さっきのボスゴドラの存在をすっかり忘れていた。いま、ハッサムはあの重量級の鎧に押しつぶされそうになっていたんだった!
今の音は、もしかして……!
「ハッサムぅううううう! うわぁああん!」
ばかぁあああ! バトルなんて素人ができるわけのないことを仕掛けなきゃよかったぁあああ! 爆風と埃が時間差で私を襲う。だけど、そんなのには構ってられずに思わずへたり込んでしまった。
私のせいで、ハッサムが……!
埃が晴れてきた。軍人さんと命のやり取りをしていること自体すっかり忘れて、私は踏み潰されてぺちゃんこになっちゃったであろうハッサムのところへ行く。
「ごめんねぇえええ! ……あ、あれぇ?」
埃が完全に晴れたら、なんだかさっきまでの二体のポケモンの様子がよく見れた。
ハッサムは潰されてなんかいなかった。むしろ、なんというか……上から押しつぶすために降ってきたボスゴドラを、持ち上げてる?
しかも、そんなハッサムの姿が、なんだかいつもと違うんですけど……。
鋏、まえよりおっきくて長いホチキスみたいになってません???
両腕のホチキスの両端を限界まで広げて、ボスゴドラを挟んでます?
「なに? どゆこと?」
よくわからないけど、ハッサムは無事だったってこと!?
「ボスゴドラ! 距離を取れ!」
我に帰ったかのような女軍人さんが声を裏返らせて叫ぶ。そうだ、まだバトルは終わっていない!
「だめ! 離さないで! なんならそのまま挟み潰して! いつもみたいに!」
「き、貴様ぁあああ!」
「ひぃいい!」
私の言葉に、なぜか女軍人さんが激昂した。いや、あなたの手持ちを「挟み潰して!」なんて言ってごめんなさい! だからこっちに銃を向けないで!
再びピンチ! 撃たれる……! そう思って両手で頭をガードするなんて意味のないことをしたけど、その間にドスンとボスゴドラを放り投げたハッサムが、高速で軍人さんに迫る。そしてそのまま銃を弾いて、手の中でバキャァと潰してしまった!
な、ナイス! 哺乳瓶を壊すだけが能じゃないのね!
「おのれぇええ、こんな小娘ごときの絆でメガ進化しただと!?」
「なに? メガ進化!?」
「ボスゴドラァッ! こっちもメガ進化だ!」
ちょ、ちょっとまって、なんの話をしてるの!? そんな進化の機械化みたいな単語聞いたことないんだけど。もしかして、私のポケットの中身と関係あっちゃったり?
そんなことを考えているうちに、頭に完全に血が上っちゃったらしい女軍人さんはどこからか取り出した宝石のようなものを手に取った。あれは! サイリが私に預けてくれたカフスの宝石と同じもの! それはさっきの私を混乱させた光と同じ光を放ち、ボスゴドラもそれに呼応して七色に光り輝く。
もう、勘弁して……これ以上どうしようっていうの……!?
そう考えている間にも、ボスゴドラはその姿を変えていき……いや、姿は特に変わってないか。さらに図体がでかくなって、さらに鎧が太くなったって感じ。腕には何かヒレのようなものがくっついてるし。動きにくくない? それ……。
「メガボスゴドラ! そいつらを始末しろ! 人間の生死は問わんッ!」
「グモォオオオオオオ!」
メガボスゴドラは大きく叫んで、手始めと言わんばかりに地面へ拳を強く打ち付けた。どごん、と脈動した地面から、私たちの足元に岩が盛り上がる。
まずい、岩石で四方を封じられた! 身動きが取れない! こうなったら、上から逃げるしか……! ああああ!
「“ヘビーボンバー”ッ!」
やっぱりぃいいい!
ここからじゃ岩のせいで見えないけど、上に逃げるしかないなら上からさっきの攻撃指示するじゃない!
「わぁあああ!?」
万事休すなの!? 私たち……!?
「げ、ゲロゲロ!」
「え?」
「へ?」
「グモォ!?」
「?」
こ、この声……。
思わず、攻撃が来るであろう頭上を、首がちぎれん勢いで見上げる。そのときちょうどまさにメガボスゴドラが跳躍したところだった。だけど、問題はそれじゃない。私たちに照準を定めようとしていたボスゴドラの顔に……!
「ゲロゲロ!」
目隠しとばかりに、緑の体が飛びついた!?
「か、カクレオオォオオオオオオオオオンッッ!?!?」
「グモォオオオ!?」
いきなりのことにボスゴドラは大慌てだ! 私たちの真上に来るはずが、カクレオンの文字どおり体当たり目隠しを食らったおかげで着地先が少しずれた!! これは!!
「ハッサムッッ!」
私は彼……いや、彼女に叫ぶ!
「なんでもいいからあのボスゴドラをぶちのめしなさぁあああああああああああいッ!」
ハッサムは跳躍! そして、その両手を思いっきり光らせて、ボスゴドラの懐へ、ぶち込んだッ!
ほとばしる打撃音!
断末魔のようなグモォオオのさけび!
寸前で張り付いていたボスゴドラから剥がれたカクレオン!
もう、何が何だかわからない!
「ゲロゲロぉ!」
私は、落ちて来るカクレオンをキャッチした。それと同時に……。
ズドォオオオン、と。ボスゴドラが地面に落ちたまま、ピクリと動かないのが岩の隙間から見えた。
「あれ……」
もしかして私……勝っちゃった、とか……?