シザー・マザー - シザー・マザー
4:豊縁最強男
『君がメグミだね? 初めまして、ボクの名前はダイゴ』
 ディスプレイの向こうにいる美青年は、さわやかな笑顔でそう名乗った。なるほど、この人がセイゴ君の従兄弟か。しかし、どっかでみたことがあるような……。
「あ、もしかして雑誌とかによくでてらっしゃいます……? 人違いだったらごめんなさいなんですけど」
『あ、いや、うん……。まぁ確かに職業柄よく雑誌には出さしてもらってるんだけど……』
 調子狂うな、とダイゴさんは人差し指で頬を掻いた。何がどう調子が狂ってしまったのかは私には見当もつかなかくて、助け船ほしさにセイゴ君を見た。するとセイゴ君はダイゴさんを指さす。曰く、「うーん、この人は自分のことを知らない人にはあまり会わないから」ということである。それって、あなたの従兄弟はナルシストってことになるけど。
「――まぁ、知らないのも無理ねえわな」
「なんであんたこっちきてんの」
「その言いぐさはひどいぜメグちゃーん」
 この通話にお呼びでないサイリが、しびれを切らしたらしく私たちの方へ歩み寄ってきた。こいつどうした? 遅れて私の横へ来たシイナへそう目で問いかけると、彼女は苦笑しながら肩を落とした。
「メグちゃん、この人チャンピオンだぜ」
「チャンピオン? 何の?」
「ホウエン地方で一番強いポケモントレーナーってこと」
「へえ」
 いまいち実感がわかない私にセイゴ君がさらに補足する。
「言うなれば超有名スポーツ選手ってところか」
 なるほど、だったら雑誌に出るのも頷ける。
 サイリ曰く、チャンピオンはポケモンリーグ(要は政府の機関の一つ)が抱えるトレーナーの中で一番強いので、その肩書きはスポーツ選手どころか政治的なことにも首をつっこめるものらしい。わお。
「セイゴ君、すごい人が従兄弟なんだね」
『――えっと、話をしてもいいかな?』
「あ、すいません」
 話題はダイゴさんのことなのに、当の本人が目の前にいたのをすっかり忘れていた。ダイゴさんは少し困った顔と、紳士的な苦笑を足して二で割った表情になりながら、仕切り直しとでも言いたげに咳払いをした。そしてサイリを見る。
『それで、そちらは?』
「プロトレーナーのサイリでーす。通りすがりに、メグちゃんが妙な輩に追いかけられていたので助けましたぁ」
 至極まじめな表情で間延びした自己紹介をかました。ポケモントレーナーのチャンピオンってことは、サイリにとってはあこがれの存在だと思うんだけどそんな自己紹介でいいのだろうか。
 だがダイゴさんは、私の予想に反してサイリの言葉に少しだけ目を大きくした。そして『……プロトレーナー。ならば丁度よかった、君も話を聞いてくれるかい』と丁寧な対応である。
「あの……いったいぜんたい私はどうして、なんかすごそうなチャンピオンさん……あなたに呼ばれたんでしょうか」
『君はハッサムと赤ん坊を介抱したら、妙な輩に追いかけられた、間違いないね?』
 はあ、そりゃまあ今頃になって夢オチとか大規模なドッキリって訳ではなさそうですよ。
『そうか……』
 ダイゴさんは蛾眉をすこしだけゆがめて手を顎に当てた。そして、意を決したようにこちらをまっすぐと見据える。

『落ち着いて聞いてほしい。おそらく君の拾ったその赤ん坊――A国の王位継承者だ』

「……」
「……」
「…………」
「……えっと」
 ダイゴさんが何を言ったのか、一回では理解しきれなくて私たちはディスプレイの前に立ち尽くしながら沈黙した。かろうじて声が出せたのは、メンバーの中でも比較的メンタルのしなやかなシイナだった。
「……あの赤ちゃん、お姫様ってこと?」
「あの子、男の子だろ」
 かろうじてセイゴ君がそうつっこむ。
『驚くのも無理はないだろうね。でもこれは国家がらみのことだから、チャンピオンのボクからしっかりと、一つずつ順序立てて説明しよう』





『ニュースとかでやっているから、今A国が実質内戦状態にあるのは知っているよね?』
 内戦。ホウエンに住む私には一生縁のない単語だと思っていた。少なくとも、先ほどまでは。
『A国は王政の国でね、代変わりは今でも世襲だが、それに不満を持った市民が暴動に走った。それがいわゆるニュースで言う“改革派”ってわけだね』
 ついてきてる? というダイゴさんの言葉に、なんとか大体察しはついた、とセイゴ君が答える。
 ダメだ、私は彼の頭の回転の速さにはついていけそうにない。
「改革を掲げる市民の中には過激な集団もいるって話だし……王子様の身を案じて誰かが赤ん坊を国外に逃がしたってわけ? ――ハッサムをお供に」
『ご名答』
 それで、A国から脱出したハッサムは、赤ん坊の世話をしながらホウエンで私に見つかるまでずっと逃げてきたってこと? スケールが壮大すぎて私には手に余る話だ。
 今更ながら、とんでもないものを拾ってしまったとすごく思う。
「じゃ、じゃああのシークレットサービスかっこかりはA国の人間ってこと?」
『“シークレットサービスかっこかり”?』
「黒ずくめの追っ手のこと」
 ダイゴさんのオウム返しの質問にセイゴ訓が間髪入れずに補足する。
「でも追っ手は一般市民って感じじゃなかったんですけどね。どちらかというと戦い慣れている奴らだった。ポケモンも見た感じ訓練されている」
 サイリは興味なさそうに、私が出会ってから初めてプロトレーナーらしい感想をもらした。
 そうだ。あんな銃をホウエンに持ち込んで町中で発砲するような危ない奴が一般市民側である“改革派”だとしたら、A国の市民の標準スペックはとんでもない。恐ろしくてそんな国とは関わりたくないですね……。
『“改革派”の中には、王政に反対するために寝返った政治家や兵士もいると聞いている。黒ずくめはそういう輩なのかもしれない』
「それで、何も関係のない……メグミは命を狙ったのっていうの」
『もちろん、ホウエンの市民へ向けて発砲したこと、チャンピオンであるボクは許すことはしないけどね』
 静かに憤慨を露わにしたシイナの言葉――殊に“命を狙った”という単語が、私のふだんの生活から余りにかけ離れていて実感がわかなかった。足下がふわふわとして、地面に着いている感じがしない。みんなの声が遠っざかっていく。
 とんだ冬休みだ。冬にアイスなんか買いに行くからこんなことになったんだ。
「おいおい、メグちゃんだいじょーぶか?」
 ポン、と肩をたたいてきたのはサイリだ。普段からバトル慣れしているせいか、彼はこんな状況を突きつけられてもへらへらとしている。
「まさか……こんな内戦とか、王政とか、過激派とか、私には無縁の世界だと思ってた」
「ホウエンとか、シンオウとか……ここらの人は偉く平和ボケだからな!」
 サイリは破顔して、さらりとそんなことを言ってのけた。このチャラ男、まるで世界を自分の目で見てきたかのような口振りだ。
「自分は平和ボケしてないと?」
「俺だってトレーナーだぜ? 旅もしてりゃいろんな国と人に出会うさ」
「ああそっか……」
 そういえばサイリはプロトレーナーか……。
「国外でもカロスとかイッシュなら治安もいいけど。……そうだな。メグちゃん、李国って名前の国知ってる?」
 初めて聞く名だ。私は首を横に振った。
「最近まで鎖国状態だったから無理もねぇか。アーレイスなら名前ぐらいは知ってるよな? うん、そこのお隣さんなんだぜ。……で、あそこの治安の悪いのなんのって」
「まさか、サイリは李国へ行ったの?」
「いんや。行こうとしたら流石にアーレイスの国境で止められたぜ。どのみち山脈が険しすぎて無理だけど。――で、李国からアーレイスに来たっていう人に話を聞くと、だ。そこは戦争の余波で数年前まで内戦続き。鎖国状態だから国の人間全員が食っていくだけの技術も経済もないから、子供はみんな飢えてるって話だ。……俺らと同じ地上に住む人間の話だぜ」
 やわらかい表情を崩さないまままじめな話をするサイリが珍しかった。いきなりただチャラかっただけの男から、トレーナー、そして大人としての一面を見ている気がした。
「つまり……私たちは平和ボケはいけないってこと?」
「いやいや、平和ボケしてないとかわいこちゃんとデートできねぇじゃん!」
「……」
 何が言いたいチャラ男。
「そんな白い目で見んなよ……。つまり、今は平和でも、治安悪い状況とかそういうのって、遠いようで結構身近な話ってこと。だから、俺たちもふとした弾みで平和とおさらばになる。――今回みたいに、な」
「……それで、状況は把握したけど俺らどうすんの? このままだったら赤ん坊を抱えている限り俺たちは命を狙われ続けることになる」
『うん、そこでなんだけど――』
 セイゴ君のもっともなしつもんに、ダイゴさんは、一瞬言葉を切って居住まいを正した。そしてその後、堅い口調と声音でこう続けた。
『サイリ、君のプロトレーナーとしての腕を見越して、頼みたいことがある』
「はいはーい。薄々予想はしてましたよー」
 へらぁ。相変わらず閉まらない声と顔と姿勢でサイリは言った。だけどダイゴさんはそんな軽い反応に取り合うつもりはないくらいに真剣だった。

『A国の王子――その赤ん坊を、ホウエンリーグ協会まで護送してほしい』

「……やっぱりなー」
 私はもう、思考も精神もキャパオーバーだ。自分に突きつけられた頼みでもないのに、ダイゴさんの言葉に動転してしまいそうだ。
『すでにA国からホウエンリーグへ、秘密裏に赤ん坊の保護してほしいとの要請が来ている。できればボクの方から王子を保護しに行きたいのだけれど……』
「ま、兄さんは目立つからね」
 ダイゴさんがお茶を濁した所へ、セイゴ君が容赦なくとどめをたたき込む。表情が固まるダイゴさんをよそに、サイリは「なるほどね」と、若干ため息混じりにつぶやいた。相手が男か女かでこの態度の差である。
 だけど、ため息が出てしまうのはいか仕方ないとは思う。だって、ただ通りすがっただけなのに、銃を撃ってくるような奴が追ってくる危険依頼をいきなりされて「はい受けます」と言うわけにも――。
「――その依頼……報酬はいくら出してくれますー?」
 って受けるんかい!
「サイリ、本気!? こんなに危険な目にあったのに」
「心配してくれてるんだー、メグちゃん。大丈夫、怪我とかしたら知り合いの弁護士に頼んで法外な賠償金請求すっから!」
 弁護士? 法外な賠償金請求!? こんな状況で何言ってんだこいつは! ポケモントレーナーって意味分からない!
「心配とかじゃなくて! いやそりゃ心配だけど……それ以上に危険な依頼を受けることがおかしいんじゃないのかってこと! っていうかしかも報酬って……!」
「俺だってプロトレーナーだぜ、メグちゃん。俺のポケモンの腕を買った上で赤ん坊の用心棒しろって話だ。だったら腕に見合った報酬を求めるのだってふつうの反応だろ?」
 だめだ、このバトルマニアには何を言っても通じない。
『報酬……か。では、これはどうだろう』
 ダイゴさんも、まるでサイリがこの依頼を受けることも、そして報酬を要求してくることもまるで予想していたかのような冷静さで、懐からポケナビ(私のと違って最近登場したばかりの、スマホみたいなマルチナビ型だ)を取り出した。そして二、三操作をして、画面をこちら側に見せる。
『カナズミジム、ツツジ』
 そして、一言だけそう告げた。正直意味が分からないが、どうやらダイゴさんのポケナビに移っているのは電話帳のプロフィールらしい。
「……」
 サイリの表情が、固まっている。こんな表情は初めて見た。何がどうなってるって言うの……。
 私が横にいるシイナと、彼女の腕の中のミジュマルと一緒に首を傾げている間にも、ダイゴさんはさらに端末から女性の写真付きプロフィールを出していく。その様子は、まるで昨日私が見ていたワックスの商品紹介画面に似ていた。うん、デボン社の手法にそっくり。
『フエンジム、アスナ』
「あ、あああ」
『コンテストアイドル、ルチア』
「ひぃっ」
『そして――ヒマワキジム、ナギ』
「おおおおおッ」
 バァンッ! サイリがテレビ電話画面に手を乱暴につけてポケナビの中の美女に顔を近づけた。後ろからセイゴ君のため息が聞こえてくる。
『赤ん坊を無事にこちらが保護した暁には――彼女たちのすべての連絡先を紹介しよう』
「受けまぁあああす! ――ぐぼぉっ!?」
 よくわからないが腹の底から女としての怒りが沸き上がったので、サイリの腹部に蹴りをかましておいた。

ものかき ( 2015/02/14(土) 17:12 )