第六十六話 その後 1
――騒動で散らばっていた全員が何とか眠りの山郷へ戻ってきた。だが、スバルが緊急事態ということで、すぐにギルドへ戻ることになった。そんなこんなで暫く僕らはバタバタしていたから、少し落ち着いた所から話し始めよう。
★
――ここは……。
僕がまぶたを開けてみると、目の前には漆黒の闇が広がっていた。
そうか……ここは夢の中なんだ……。
どうしてここが夢の中だとわかったのかはわからない。でも、何となくこの感覚には何回か覚えがある。だとすれば、ここには“彼”がいるはずで……。
僕は漆黒の中を歩き始めた。足が地をついている感覚は無い。前に進んでいるかどうかも僕には判断できなかった。だから、僕は“彼”を探し求めて声を張り上げた。
「“僕”! いるんでしょ!? お願い、出てきて! 話がしたいんだ!」
彼と話がしたい。彼があの時何を思い、どうしてあんなことをしたのか……。僕は声を張り上げ、歩き続ける。だけど誰からも返事がない。漆黒の景色も変わらない。
「隠れてないで出てきてよ! 聞きたいことがいっぱいあるんだ……!」
――来るな……。
「! “僕”……?」
僕は足を止める。四方に目を向けるが闇以外に目につくものがない。彼の子へは聞こえるのに、いったいどこにいるのだろうか?
「そこにいるんだね!? 姿を見せて! 話がしたいんだ!」
――……去れ!
「“僕”! ……はっ」
背後から異様な音がしたので振り返ってみると、視界いっぱいに……濁流が迫ってきた!
飲み込まれる!!
「うわぁああああッ!?」
★
「――はっ! えっ……! あ……」
僕はあわてて目を覚ました。叫ぶようなことはしなかったが、一瞬体がビクッと震えてここがどこだかキョロキョロする。そして、さっきのが夢だったことに気づいて、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら、僕は座ったまま寝てしまっていたようだ。何気なく自分の手を見下ろしてみると、その手には小さくて黄色い手がしっかりと握られている。
スバルの手だ。
今僕はベッドの上でいまだに目を覚まさずに眠っているスバルの手を握っていたんだ。
ローゼさんの指示で山郷に戻った僕らは、すぐにでも大怪我を負ったスバルを医者にみせなくてはいけなかった。そこで、タッチ差で戻ってきたルテアさんたち、そしてシャナさんと一緒にギルドへ戻った。
その後、スバルはすぐに駆けつけたショウさんに診てもらい、何とか一命はとりとめた。一緒に連れてきたトニア君のほうはなんと貧血を除くとほぼ無傷だったという。(ナハラ司祭は山郷にとどまっている。)
ルテアさんは救助隊“フォース”と一緒に、NDで脱け殻みたいに動かなくなったクーガン、バソン、フワライドを調べている。ミーナさんは、レイ(サーナイト)さんの話によると、アリシアさんに目の前で起きたことを泣きながら話していたらしい。ローゼさんはウィント親方と一緒に怪盗“D”ことヴェッタさんをギルドに拘束する手続きをしている。そしてシャナさんは、今回の騒動をラゴンさんに報告していた。
そして、僕は……。
「――カイ君?」
部屋の入り口から、誰かが僕の名を呼ぶ声が響いた。僕がゆっくりとその方を振り返ってみると、そこにはローゼさんの姿が。
「……ローゼさん」
我ながら情けないぐらいの小声でその名を呼んだ。すると彼はそれが許可の意とでも思ったのか、部屋の中に足を踏み入れ僕の前に立つ。
「……カイ君、君はかれこれ一日近くそうしているでしょう? 少し休んだらどうです? 背中の傷にも響きますよ」
「……いえ、僕はそばにいなくちゃいけないんです。スバルのパートナーとして……」
そう言って、僕はスバルの顔を見た。彼女は時々、夢にうなされているかのように顔を歪ませて呻き声をあげる。傷の痛みと戦っているのか、それとも……。どちらにしても、今僕はスバルから離れちゃいけないんだ……!
「ふむ……なるほど」
ローゼさんは、納得したのかしていないのか、顎にてを当てて小首をかしげる。そして、何かを思い付いたらしく、ポンッと手を叩いた。
「では、あなたはスバルさんが目覚めるまでずっとここにいるわけですね?」
「は、はい……」
「それはいけない! 長期戦ではありませんか。それなら、今のうちに十分くらい休んでおかないと来るべき長期戦に耐えることはできませんよ!」
「は、はい……?」
「ここはわたくしがしばらく看ていますから休んでらっしゃい。先は長いですよ!」
ローゼさんは意味もわからずに僕を立たせて部屋から追いたてた。僕は反論する間もなくに部屋から追い出される。ちょ、長期戦っていったいなんなんだろう?
でも……確かにローゼさんの言う通り、ちょっと休憩した方がいい、のかなぁ……?
★
一方、場所は変わってギルド二階・親方(代理)執務室では……。
「……なるほど、話は粗方わかった。さらに詳しいことは報告書を書いてくれ、いいな?」
副親方なうえに、今は親方がいるのにも関わらず我が物顔で親方の席に座っているラゴンが、目の前で淡々と報告をするシャナに向かってそう言った。しかし、ラゴンには腑に落ちないことがあった。それは他でもない、シャナの様子の微弱な変化だ。
――こいつ……。何かあったな。態度がまるであのときと一緒じゃないか。……五年前と。
五年前、シャナがギルドをやめると言い出したあの時と態度が酷似しているのに、ラゴンは引っ掛かりを覚えた。
「――ラゴンさん」
ふと、シャナが自分を呼んだのでラゴンは慌てて我に返った。ラゴンを見るシャナの表情は、猜疑心(さいぎしん)……とまではいかないがそれに近いものがあった。
「なんだ?」
「聞いてはいけないこととわかっていますが、質問させてください」
「答えてはいけないこととわかっているが、話は聞こう」
「……なぜ、シャインズをメンバーにいれたのですか」
えらく単刀直入な質問だった。一昔前の彼なら考えられない質問である。彼の性格上、聞いてはいけないことを聞く勇気が無かったからだ。
ラゴンはしばらく黙っていた。しかし、今のシャナに嘘もはぐらかしも通用しないと感じて、静かにため息をつく。
「……怒っているんだな、シャナ。シャインズ……特にスバルは今回かなり危険な目に遭った」
「二人がこの任務につくのはまだ早いことは、少し考えればわかることでしょう。危険と知っておきながら、二人を入れた理由は?」
「……カイも、スバルも、未知数な点が多い。“もう一人”の存在、記憶喪失……。もし、二人が“イーブル”と関係があるのであれば、二人を敵さんに接触させればあちらが何かしらのボロを出すと思った」
「……だから、二人を……」
「わかっているさ、それがどれだけ危険だったのかも、そうした俺がどれだけ非情なのかも……わかっていながらやった。なぜなら――俺は“イーブル”対策の総責任者だからだ」
「……」
最後の一言で、なにかを言おうとしていたシャナが口を閉ざした。ラゴンは、責任者として“イーブル”の壊滅を優先した。カイとスバルの安全より。
「……シャナ、俺がその判断に踏み込んだのは、お前が二人を守ってくれると信じていたからだ」
ラゴンがシャナを見る。その瞬間、シャナがほんの少し怯んだ。そしてラゴンは、最後にこう言う。
「――シャナ、お前は二人を守れたか?」
「……」
「俺からは以上だ」
ラゴンは静かにそう告げた。シャナは何も言わずにきびすを返した。
「……ああ、シャナ」
ラゴンが呼び止めたので、シャナは振り返る。
「お前、俺になにか隠してないか?」
「……」
しばらく二人の視線が合わさる。睨み合うような対峙――。
「……いえ、何も隠していません」
最初に視線をはずしたのはシャナだった。彼はラゴンの言葉を待たずに執務室を出る。だから、気づかなかった。
その扉の裏に、リオナが静かに立っていたのを――。