第六十三話 もう一人の四本柱
――三匹を倒すためにミーナへ課せられた任務は……なんと時間稼ぎ! 無計画か、はたまた作戦の一部か? ミーナにそんなお願いをしたルテアの真意とは……?
★
「――ルテアさんッ! まだなんですか!?」
バソンの“踏みつけ”を回避したあとに、ミーナはありったけの怒りを声に込めて叫んだ。
「あ……待ってくれ! あと一分!」
「急いでーッ! ……“天使のキッス”!」
ミーナは隙のできた三匹に投げキッスをした。その瞬間、三匹は千鳥足さながらに足元をふらつかせ、お互いに攻撃を出し合う。端から見れば内輪揉めに見えただろう。だが、本当は三匹が混乱状態に陥っただけである。ミーナはその間に背中の花をすべて開花させ、力を溜める。そして、目を強く見開くと……?
「“シードフレア”!!」
ズバァン!
強力な衝撃波が三匹に向かって一直線!避けられずに大きな爆発を起こした。
「やりましたかっ……?」
ミーナは肩で息をしつつ、爆発で起きた煙の向こうにいるであろう三匹を見据える。
「やっぱり、倒れてはくれませんよね……!」
クーガン、バソン、フワライドはいまだに立ち上がっていた。足取りはふらふらとしていて、傷も深い。本当なら間違いなく戦闘不能のはずなに……彼らはまだ立ち上がっていた。ミーナは、敵ながらそんな彼らの姿に哀れみを感じずにはいられなかった。
――早く……早く彼らを解放してあげたい!
ミーナは強くそう決意しながら戦闘体勢に入る。自身もダメージが半端なかったが、今はとやかく言っている場合ではない。そう思って三匹に走り出そうとした、その時。
「――待たせたな」
ミーナの真横で低い声が響いた。ミーナは肩で息をしつつ、その方を向く。
「後は俺がやる。わりぃな、押し付けちまって」
「る、ルテアさん……?」
自分の横でそう言うルテアの姿を見て、ミーナは狼狽のまじった声で思わず名を呼んだ。今の彼は、全身にビリビリと強い電気がまとわりついていた。帯電、というのがふさわしいのかわからないが、今の彼にもし指一本でも触れたら自分が感電してしまいそうな、そんな様子だった。
「下がっててくれよ、あぶねぇから!」
「い、いったいどうしちゃったんですか……?」
「説明は後だ! 行くぜ」
ルテアがなんの説明も無しに準備体勢に入るものだから、ミーナは慌てて安全地帯へ避難した。
ルテアは全身に帯びた電気をビリビリッと鳴らし、それらを一ヶ所に集めだした。ルテアの額の前で強い光を放つ球体の電気が生成される。ルテアがそんな目立つことをしているからか、クーガン、バソン、フワライドは自分の倒すべき敵をミーナから彼に定め直した。一直線に走り出す。
「てめぇら! 覚悟しろよ――」
ルテアが作った電気の球体は、自身の顔ぐらいまで膨れ上がっていた。
「――必殺! “ボルテック・アシスタンス”ッ!」
ルテアはそう叫び、球体を三匹に向かって撃ち込んだ!
★
『カイ! 後ろだ、気を付けろ!』
え……? 今の声は……!
ドンッ!
「がッ……!?」
いきなり僕は背後から衝撃を感じた。視界が反転して、気づいたら地面に伏している。草が生い茂る地面のひんやりした感触と同時に、背中に言い様のない痛みが伝わってきた。すると……。
「きゃあッ!?」
「うわぁッ!」
僕と同じようにスバルとトニア君が叫び声をあげてドサリと地面に倒れる。それと同時に、スバルの両手に乗っていた宝玉も地面に落下した。
「ぐっ……!」
な、何が起こったんだ!?
僕は立ち上がろうとするけど、背中の痛みが予想以上にダメージとなって、立ち上がることができない。
「うぅっ……!」
スバルも僕と同じように腕に力を込めているけど、やっぱり力が入らないようだ。
ザッ、ザッ、ザッ……。
立ち上がれない僕の耳に、草を踏む足音が聞こえてきた。僕らに奇襲をかけた張本人が近づいてきてる……!
「ぐぅっ……!」
僕は痛みにうめきながらも首だけでなんとか足音のする方を見た。そこには……。
胸には赤色の角、長く伸びた緑色の腕、頭には水色の角――。
エルレイドと呼ばれるポケモンが僕ら三人の方にゆっくりと近づいてきていた……。冷たい表情からなる鋭い視線は、トニア君の横に落ちている宝玉――“命の宝玉”に注がれている。
「だ、だめッ……! それは……!」
スバルが必死になってエルレイドが拾おうとしている宝玉に手を伸ばすが……。
「……これが、“命の宝玉”……」
エルレイドはいとも簡単に宝玉を手に取った。まずい……!このままでは宝玉を持っていかれてしまう……!
「……」
しかし、宝玉を持ってそのまま去って行くかと思ったエルレイドは、なぜか痛みにうずくまるトニア君の前で立ち止まった。
いったい……何をする気なんだ……!?
「……貴様、俺たちを裏切り宝玉を手渡そうとしたな」
「えっ……?」
トニア君が……裏切っただって!まさか、このエルレイドは“イーブル”の一員……! もしかして……四本柱……?
「違う! トニアは脅されてたの! あなたの仲間なんかじゃない……!」
スバルがうつ伏せになりなりながらも顔をあげて叫んだ。するとエルレイドはその冷たい表情をゆっくりスバルに向ける。あんな冷徹な表情、今までに見たことがない……。
「……脅されていようと、一度加担したのならそれなりの責任を負うべきなのは当然のことだ。裏切り者は……始末する」
「「!」」
し、始末……!
トニア君の体がビクリと震えた。エルレイドは宝玉を持っていない方の腕を振り上げて今にも攻撃しようとする。
「あ……あぁ……!」
トニア君の恐怖がにじみ出る叫びが僕らに届いた。トニア君が危ない……!
なんで僕の体が動かない!? こんなときに限って、いっつも……! その間にも、エルレイドの腕がトニア君に降り下ろされる……!
「“リーフブレード”」
「うわぁあああ!」
ドンッ!
腕が降り下ろされる瞬間に、斜め下から何かがエルレイドに突進した! そして……?
――ザンッ!
エルレイドの斬撃の軌道が若干反れ、トニア君の腹部をえぐる! 彼の悲鳴が轟いた。
「トニア君ッ!!」
「……」
僕が叫んだ横で、エルレイドは自身を邪魔した相手の方に振り返る。もし、邪魔が入っていなかったら、“リーフブレード”はトニア君を一刀両断していたところだろう。
「……邪魔をするな。貴様も斬られたいのか」
邪魔をした張本人――スバルは、背中から全身に伝わるダメージに手足を震わせながらも、踏ん張って四足歩行で立っていた……。
「ぐッ……。や、やめてッ……! トニアを、傷つけないでッ!」
「……俺は友情ごっこが大嫌いなんだ。貴様も斬られたくなければ黙っていろ、最後の警こ――」
「――嫌ッ!」
「……」
トニア君にとどめをさそうとしたエルレイドの背中を、言葉の途中で遮るスバルの叫びが貫いた。エルレイドの動きがピタリと止まる。そしてスバルの方にくるりと振り返った。
「死に損ないが……! なぜ貴様らは全員“正義”なんぞのために死に急ぐ……!」
そう言って、エルレイドは彼女に腕を振り上げた! スバル! 危ないッ!!
「“サイコカッター”!」
「スバルーッ!!」
お願いだッ!
“もう一人の僕”! 聞こえるならもう一度、僕に力を貸してッ!
彼女を……スバルを、助けたいッ!
『……わかった』
「!」
夢でしか聞いたことのないあの声が、そして先ほど僕に警告をした声が、僕の呼びかけに答えた。
次の瞬間、僕の体が誰かに持っていかれるような感覚を覚える。そして、僕の脳裏に再び声がこう言った……。
『だが、カイ――君は、このままでいいのか?』
★
「――“ボルテック・アシスタンス”ッ!!」
ルテアは叫び声をあげたと同時に、額に集めていた電気の球体を三匹に撃ち込んだ! 撃ち込まれた電気は三匹に直撃する。
ドガァン!
轟音をたてながら電気は爆発を起こした。お互いの視界が遮られる。
「な、なんですの!?」
これには後ろで一部始終を傍観していたミケーネも狼狽えられずにはいられなかった。
ミーナはルテアに近づいて恐る恐る、といった風にたずねる。
「“電磁砲”……ですか?」
“電磁砲”は、電気技の中で最強クラスを誇る攻撃技だ。命中率は低いものの、ひとたび命中させれば強力な電撃と共に“麻痺”状態というおまけがつく。
「ああ、だがこれは普通の“電磁砲”じゃねえ」
「ふん! “電磁砲”がなんだって言うんですの!?ND状態の彼らにそんな技は通じませんわ!」
「はっ! そんなことはそいつらの様子を見てからほざきやがれ!」
ミケーネが余裕の表情で叫ぶのに対し、ルテアは同じく大声で言い返した。その間に彼らを隔てていた煙が徐々に晴れていく。そして、技を食らった三匹はというと……?
「あれ? 三匹とも倒れてますよ!」
「なんですって!?」
ミーナが、予想外な三匹の様子に首を捻りながら言った。これを受けたミケーネの顔色が百八十度変わる。
三匹は、なんと意識があるのにも関わらず立ち上がることができずに倒れたままでいるのである。まるで糸が切れた人形さながらだ。
「何をしているんですの!? 早く立ち上がって二人を倒すのですわ!!」
彼らは命令を忠実に承り、表情が“必死に体を動かそうとしている表情”になった。しかし、ミケーネの叫びもむなしく、三匹は一向に立ち上がる兆しを見せない。それを見たルテアは、まるで実験の成功をひそかに満悦する科学者のような笑みをにやりと浮かべた。
「フフン、動けねえだろ」
「……あなたいったい何をいたしましたの!?」
「べーつになんもしちゃいねぇ。“ボルテック・アシスタンス”が命中したからこうなったんだ」
ルテアは笑い声を「べーつに」に含ませながら言う。そんな彼をミーナは訝しげに見上げた。
「なんなんです? その“ボルテック・アシスタンス”って」
「言葉通り補助(アシスタンス)に特化した“電磁砲”さ。本来なら相手をマヒ状態にさせる電気に、ちょっとした細工をしてある。簡単に言うと……」
ルテアは自分が今から説明しようとする事柄を頭のなかで整理するように暫く黙り込むと、おもむろに口を開く。
「ポケモンは、手足といった体を動かすときは必ず脳が指令を送るだろ? 例えば、前足を動かしたいときは“前足を動かせ”って脳が指令を送るわけだ。コンマ以下単位の速さでな」
ミーナもミケーネも、ルテアの次の言葉に耳を傾ける。
「んで、脳の指令がどうやって末梢神経に伝達されるかっつうと、微弱な電波が脳から流れるわけだ。それが筋肉やらなんやらに指令を伝えてる。わかるな?」
「は、はぁ。まあなんとか」
「そこで、“ボルテック・アシスタンス”は普通の“電磁砲”にちょっと特殊な電磁波を含ませるわけよ。被弾した奴はその電磁波が、脳からの指令を伝達する微弱な電波を遮断しちまうって訳だ」
「はあ、だから動けないんですね」
「ただこの技は、特殊な電磁波を作るのに結構時間がかかっちまう。だからミーナには時間稼ぎをしてもらったんだ」
「……」
そういわれたミーナは、納得したような、出来ないような複雑な気持ちになった。
確かに、“ボルテック・アシスタンス”はこの状況を打開する技である上に、あの状況では今みたいな複雑な説明をする暇は無い。と言っても、さすがに少しぐらいのは説明があってもよかったではないか。訳もわからず時間稼ぎをするこちらの身にもなってほしいものである……と、ミーナは感じた。
しかし、今さらルテアにそんな気持ちが通じるはずもない。彼は何事もなかったかのように遠くで苦い顔をしているミケーネをここぞとばかりに睨む。
「んで……? あんたどうするんだよ、ミケーネとやら。もう頼りの三匹は行動不能になっちまったんだぜ? あんたが戦うのかよ、あぁ?」
「……フッ、こいつらであなたたちを倒せなかったのは不愉快でしたが、収穫ではありましたわ。……限界がいつ来るのかおおよそわかりましたし」
「げんかい、だと……?」
ルテアは不可解な発言をするミケーネに詰め寄ろうとした。と、その時。
――ドクン!
「! なんだ?」
いきなり響いた鼓動のようなものに、ルテアはピタリと動きを止めた。そして、ミーナと同じタイミングで音のした方に振り返る。そこには先程行動不能にした三匹がいるのだが……?
「な、なんですかッ……これ……!」
ミーナは思わず息を飲んで後ずさりした。
――三匹の体が……禍々しいオーラに包まれている……!?
黒い煙のような、触れただけで何かが起こることを予感させるオーラ。 それが彼らにまとわりついている。この光景には、さすがのルテアも狼狽した。
「……いったい、こいつらに何が起こってるってんだ……!?」