第六十二話 牽制と説得
――NDに侵されて痛覚を感じなくなった厄介な相手と戦うことになったルテアとミーナ。しかし、彼らの反撃はここから始まる!
★
「ミーナ、作戦だ! よく聞いてくれよ」
二人で相手に向き直った矢先に、ルテアは小さな声でミーナにそう言った。彼は先ほど『彼らを倒す方法が見えた』と言った。ミーナは期待を込めた声音でルテアに問う。
「なんですか? 作戦って」
「ああ、それはだな……」
ルテアがミーナにゴニョゴニョ、と耳打ちをする。しばらくは素直に聞いていたミーナだが、次の瞬間……。
「ふざけているんですか」
「え゛?」
ミーナの形相にルテアは思わず顔をひきつらせる。今の自分の作戦のどこがミーナを怒らせることになったのかわからない彼は、背後に(NDとは違う意味で)黒いオーラを放つミーナに必死に説明する。
「いや、あのな? もちろんこの作戦には意味があるんだぜ?行き当たりばったりなんかじゃねぇよ?」
「あなたのその作戦を行き当たりばったりと言わずに何というんです!? 私に丸投げしているのと同じじゃないですか!」
「頼む、信じてくれ! な!? 詳しい説明は面倒だから省かせてもらってるだけで……」
「なぜ省くんです!? “省いている”のではなく“作戦がない”んじゃありません!?」
「いや、だから……」
「“怪しい風”!」
「「!!」」
今まで静かだった相手サイドからいきなり技が放たれた。ライドの“怪しい風”である。二人が話しているうちに力を溜めていたのか、かなりの強風が周りの草木を枯らしながら二人に放たれた。
「チッ! “守る”!」
バトルが始まってから三度目の“守る”をルテアは放った。もう連続して技を放出しているので、次回の“守る”には期待できない。しかし。
「来ましたよッ!?」
バリアの中にいるミーナが焦ったように叫んだ。
技を出していないクーガンとバソンがこちら側に走ってきたのだ! “守る”の効力が切れると同時にこちらを仕留めようとする魂胆らしい。迫り来る二人は当然“怪しい風”の中を走ってきているので彼らもダメージを負っているはずである。しかし、やはり今の彼らの頭にはダメージという言葉が存在しないらしい。
「ど、どうしましょう!?」
「まったく厄介だぜ! ……仕方がねぇ! 俺が一瞬隙を作るからミーナは作戦の方を頼むぜ!」
「わかりました。不安要素はありますが、今はそれしか手はないようですね!」
「んじゃ、“守る”を解いたら全力で目と耳を塞いでくれよ!」
「え……なぜですか」
「隙を作るからに決まってんだろ! ほら、行くぜ!!」
ルテアがそう叫ぶと、ミーナは慌てて前足を耳(シェイミの耳がどこにあるかは不確かだが)に当てて、目を固く閉じ、地面に伏せた。
何だかとっても嫌な予感がする。ミーナはルテアからそんな危機感を感じ取った。何だろうか、いまからドッキリに近いイタズラをされるのではないか、という嫌な予感に近い。そして、ミーナのその予感はものすごい形で的中することになる。
「覚悟しやがれよ……!」
ルテアはバリアを解くと、自身も固く目を閉じて耳を塞いだ。そして……。
「――“スタンボルト”ッ!!」
★
「トニア……?」
ムンナ――トニア君は、宝玉を“念力”で中に浮かせたまま怯えたように泣いている。(ちなみに彼が持っているのは“命の宝玉”だ)。スバルは茂みの中でうずくまってそうしている彼にそっと、近づいて声をかけた。しかし。
「こないで!」
トニア君はぐずりながらもしっかりとした声で僕らに叫んだ。スバルはピタッと立ち止まり、困ったように僕を見る。僕にそんな顔をされてもどうにかできるわけじゃないんだけどなぁ……。逆に僕はスバルに向かって小声でこう聞いた。
「どうしよう……?」
「……わからない」
「……」
気まずい沈黙が流れた。とりあえず僕は宝玉を何とかしなきゃいけないと思って、トニア君に恐る恐る話しかける。
「あの……トニア君? 宝玉を返してくれないかな? それは君の山郷の大切なものなんでしょ?」
そこにすかさずスバルが加勢する。
「宝玉を返しても、もう誰も君を責めたり攻撃したりしないから……ね?」
「うそだ……!」
トニア君は小さく叫ぶ。よほどヴェッタさんに攻撃されたのがトラウマになっているのだろうか。僕は彼を安心させるためにさらに言葉を選び出す。
「う、嘘なんかじゃないよ! 怪盗はローゼさんが必ず捕まえてくれる……たぶん。だからね? 安心してよ!」
「ちょっとカイ! たぶんとか言わないでよ」
「あ、ごめんっ……」
思わずポロリと出た失言のせいで僕はスバルから肘うちを食らうことになった。痛い……!
「とにかく、トニアはもう安全なんだよ? だから戻ろうよ、ね?」
スバルが取り繕うように言ったものの、トニア君はやっぱり首を横に振って拒絶の意を示した。
「……もしかして、ナハラ司祭が怖いの?」
藪から棒にスバルがボソリとそう呟いた。
た、確かに。僕がトニア君の立場なら司祭が恐ろしくて山郷に戻る気力が起きないだろう。
「それなら大丈夫! 私からルテアに、ナハラ司祭をおど……説得して怒らないように言っておくから!」
何か今不穏な単語が聞こえたのは僕の気のせいだろうか?
これを聞いたトニア君は、首を縦に振ってくれるかと思ったけど、答えはやっぱりNOだった。まだ何か不安要素が彼の中にあるのかな?
「トニア……なんで? まだ宝玉を渡せない理由があるの?」
スバルが若干声音を険しくしてトニアに聞いた。慌てて僕もフォローに回る。
「誰にも言わないから言ってみてよ! 何が不安?」
「……ぐすんっ……“でぃー”がっ……」
“でぃー”って……ああ、ヴェッタさんね。
「ほうぎょくをわたしたら……うらぎったりしたらやまさとをけすって……!」
「「えぇッ!?」」
何てことを言ったんだ! ヴェッタさんは!?
「トニア! なんでそんな言葉を信じてるの!?」
……どうやらスバルの着眼点は僕と違うようだ。
「Dは捕まるんだから、そんなことできるわけないじゃない!」
「できるっ!」
トニア君は、今度はあらんばかりの声で叫んだ。“できる”ってどういうこと?
「……“でぃー”は、なかまいる! なかまが、やまさとけすって! だれもいかさないって!」
「仲間……?」
僕とスバルは首をかしげた。仲間ってもしかして……四本柱のこと? トニア君は、ヴェッタさんにそんなことを言われたから嫌でも宝玉を盗むのに協力したのかな……?
――山郷を消す……誰も生かさない――
もし、僕が同じ脅しを受けたら……?
「だから……! ぼく……ぼく……!」
「「……」」
トニア君はボロボロと涙を流す。僕らは再び顔を見合わせた。彼はまだ僕らと年が変わらないはず……。なのにこんなことを言われて……辛かったに違いない。スバルは僕に一つ頷いて、またトニアに向き直った。
「トニア……辛かったんだね。本当はこんなことしたくなかったのに……本当のことを言えなくて……」
スバルはゆっくりトニアに近づく。
「でもね……どんな敵が来ても師匠たちがボコボコにするはずだよ。私たちが山郷を壊させない。だから心配ないって!」
「ううっ……ほんと……?」
「本当だよ! ね、カイ!」
「え? う、うん……」
いきなり話を振られて、身構えていなかった僕は慌てて答えた。
「だから、宝玉を返そう? 私たちがついてるから」
そう言って、スバルはゆっくり両手を差し出した。トニア君はしばらくスバルの両手を見ていたが、やがて宙に浮かせた宝玉を“念力”でスバルの両手へ動かした。よし……これで……!
『――カイ! 後ろだ、気を付けろ!!』
え――?
★
一瞬、何が起きたのか理解ができなかった。目をつぶっていたミーナの視界が真っ白に染められ、塞いでいた耳からは“無音”という“音”しか聞き取ることができなかった。
「くぅッ……!?」
音が聞こえないはずなのに鼓膜がビリビリと振動して痛い。ミーナは必死に耳を塞ぐ手を強めた。
――これは……! 無音なんかじゃありません……! まさか……!
ミーナはしばらく経ってようやく理解した。すなわち、この無音は“爆音”から来ているということを。
ポケモンの耳も、例外を除いて人間と同じような構造になっている。耳は一定の音量を越えた場合、その音に耐えられなくなると“無音”に近い状況に陥ることがある。いま、その一定の臨界点を越えた大轟音がルテアの技によって作られたのである。それと同時に視界が真っ白になったのは、恐らくルテアの技が大轟音と一緒に強い閃光を撒き散らしたからに違いない。
「き、きついですッ……!」
ミーナはやっとのことで目を開けて、キンキンと痛む耳から手を離した。周りを見ると、クーガン、バソン、ライドの三びきはいまだに閃光と爆音の余波から脱しきれていないらしく、目を閉じて弱ったままになっていた。(バソンは特性の関係で閃光の被害しか受けていないようだが。)痛覚がなくとも視界が真っ白になることは変わりないのだから、攻撃ができないのは当然かもしれない。
そして、技を放った当の本人はというと……。
「ふぃー……。相変わらずな技だぜこりゃぁ……。ミーナ! あとは頼んだぜ!」
ルテアは、味方がどんな被害を被っているかいまいちわかっていないようである。
――そうですね……。確かに隙を作ることは出来ましたが……。この人は後でとっちめることにしましょう……。聞きたいことは沢山ありますが……。
ミーナはため息をつく。思わず自分の強靭な精神力を誉めたくなった。
“スタンボルト”。
スタンとは“ビックリさせる”、“気絶させる”、さらには“耳をガーンとさせる”という意味合いが含まれている。まさに今のミーナたちそのものだ。
この技は“フラッシュ”に加え、“雷”から来る強い電撃音からなる補助技だ。強い閃光と轟音を撒き散らすだけなので殺傷能力はほぼ無いといっていい。相手を牽制、もしくは行動不能にするのに持って来いな技なのだが、開発者曰く『技を出した本人が使い方を誤ったらかなり危険』らしい。確かな注意力とコントロールを要する技である。
「“エナジーボール”!」
ひとまずはミーナに話を戻そう。予想より早く行動ができるようになった三匹がミーナに向かって来たので、“エナジーボール”で牽制する。ルテアはというと、ミーナの一歩後ろで全身に電気を溜め込んでいるところだった。
ミーナは、先程彼に言われた“作戦”に、思わずため息をつきたくなった。“スタンボルト”を放つ前の会話がフラッシュバックする。
『なんですか? 作戦って』
『ああ、それはだな――俺が良いって言うまで時間稼ぎをしてくれないか?』