第六十一話 利用価値
――ミケーネが用意していた“戦力”は、なんと今までに探検隊側と接触をしたことがあるスカタンクのクーガン、バクオングのバソン、フワライドのライドだった! 不気味なほど静かな彼ら様子を見て、ルテアの導き出した答えは……。
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「恐らくあいつらは……NDに侵食されすぎて我を失っているんだ」
「え、ND……!?」
ミーナは、ルテアの放った衝撃的な事実に、ただ驚くしかなかった。
“ナイトメア・ダーク”。“イーブル”の一員かと思われるダークライが発生させた謎の黒いオーラだ。それに取り込まれたポケモンは普段の活発さを失い、無気力になったりする。
ルテアの言葉を聞いたミーナには“我を失う”というのがどういうことなのか――誰に、どんな影響を及ぼすのかどんなに想像してもわからない。ただ、不気味さを感じるだけだった。
「どういうことなんですか、それ……」
「俺もNDの被害を調査していた別の救助隊から聞いた話だから、実際に見たのはこれがはじめてだが……」
ルテアはそう前置きをした後に厳かに語り始める。
「NDっつうのは、ダークライが作り出した黒い何かが対象に取り付き、取り付かれた奴は無気力になったりするのが特徴だ。だが、まだ初期の段階ではまだ自我は存在する」
ルテアはそう言いながら、内心で少し前にNDに陥っていた親友・シャナの姿を思い浮かべた。チッ、と思わず舌打ちが漏れる。
あいつがNDに陥ってしまったのは、ある意味当然だったじゃねぇか、と。
「――それで?」
ミーナが先を促したことでルテアはふと我に帰った。そうだ、今はそんなことを考えてる暇はねぇ、と親友のことを頭から追い払う。
「だがな、長い間NDに侵された奴は徐々に我を失っていく。今のこいつらみたいに虚ろになる奴もいれば、凶暴化する奴もいる」
そういったルテアの瞳の中には、脱け殻のような三匹のポケモンが映っている
「いずれにせよ、そうなった奴等は痛覚だったり、自分の体を守る本能だったり……そういう思考回路を失ってる場合が多いってこった。――今みたいにな」
「そんな! 痛みを感じなかったら、自分の体がどれだけ傷付いてるのかもわからないじゃないですか!」
「ああ……。ヘタすりゃ死ぬだろうな」
「……」
ミーナは絶句した。
“死ぬ”って、まさか……本当に? どうして“イーブル”が勝手に作り出したNDで、他人が死に追いやられなければならないのか? そもしそうなった場合、間接的に命を奪っているのと一緒ではないのか?
ミーナの中でそれらの感情がループした。
――そんなの……ひどい……!
「……だから厄介だっつうんだよ、NDは」
「あら、気づきまして? 脳味噌がスカスカかと思っていましたが、意外に理解が早くて驚きましたわ」
ミケーネは嘲るようにルテアを見下ろしながら皮肉った。暗にルテアが馬鹿だと言っているようなものである。しかし、今回ばかりのルテアは激昂はおろか反論の一つもしなかった。そして、こう言う。
「残念だが今の俺に挑発は通じねぇ。今はバトルだからな、冷静さを欠く訳にはいかねぇんだ」
「ふん。平民でも冷静さは持ち合わせていますわね」
ミケーネの言葉にルテアは内心で“平民は関係ねぇし”と感じた。
「あなた……! あなたはNDに侵されて我を失ったポケモンたちを見て何も感じないんですか……!?」
ミーナは声を震わせた。ミケーネをキッと見据えて、ゆっくりと吐き出すように言葉を紡ぐ。対するミケーネは……。
「何を感じるんですの?」
「な……!?」
「感じる必要がありますの? 所詮この三びきは組織ですでに用無しになった者たちですわ。それにまた利用価値を見いだしているのだから、感謝してほしいものじゃなくて?」
「かれらは、痛みも、感情も、無くなってしまったんですよ!? 無茶したら、それこそ死んでしまう……!」
「何度も言わせないでくださいませ! こいつらは元々利用価値が無かったのですわ! そんなポケモンがどうなろうとあたくしの知ったことではありませんわ!」
「――ふざけないでッ!!」
「「……」」
し……ん。
ミーナは今までに無いぐらい、声を張り上げて激昂した。ルテアとミケーネはその叫びに驚いて沈黙する。
「この世に……! この世に利用価値の無いポケモンなどいません……! いえ、“利用価値”なんて言葉で他人をはかってはいけないんです……! なぜあなたにはそれがわからないんですか!」
「ミーナさん!」
ルテアは、ありったけの声で叫ぶミーナを、前足でゆっくり制止した。ミーナは、血が昇ってしまった頭にルテアの声が響き、ビクッと震える。
「ミーナさん、落ち着こうぜ」
「でもッ……!」
「まあ待て。俺もあいつは腐った思考の持ち主だとは思うが……あいつが間違ってるってことはバトルで思い知らせてやろうじゃねえか」
ルテアはそう言って、ミーナを制止していた前足を下ろし、射るような目付きでミケーネとNDに侵されている三匹を見据えた。
「ミーナさん……ああ、なんか“さん”付けするのめんどくせぇや。呼び捨てでいいか?」
「えっ? あ、はい……」
豹変、とまでは行かないが、いきなり冷静かつ闘争心を露にしたルテアに、ミーナは少なからず狼狽を覚えながらも頷いた。
「ミーナ。――今から俺の指示通りに動いてくれ」
★
もうどれぐらいトニア君を追いかけただろうか?
僕はさすがにまずいと思った。呼吸をしても息を吸えてる感じがしない……。僕の前では、スバルが四足歩行で茂みを掻き分けながら走っている。やっぱり浮遊できる種族は移動が早いからなのか、トニア君はいまだに見つからない。このまま見つからなかったらどうしよう……?
「――あっ! 待って!」
うわッ!? スバルがなんの前触れもなしにそう叫んで急停止した。僕もスバルにぶつかる前に止まる。
「なに……? ハァ、ど、どうしたの……?」
「今……かすかに泣き声が……」
「鳴き声?」
「涙を流してる方のね」
「誰の?」
「……」
スバルは僕の問いには答えずに、慎重に茂みの中を探った。彼女はそのまま何メートルか進んでいく。ちょっと……。スバルどこまでいくつもり? スバルがとうとう見えなくなってしまうのではないかと心配になったとき、ふと彼女は歩を止めて、
「……見つけた」
「え……!?」
ほ、本当!? 僕は息が上がっているのも忘れてスバルのもとへ走った。そして、同じように茂みから中を覗く。そこには……。
――声を押し殺しながら涙を流しているムンナの姿があった。
★
「ミーナ。今から俺の指示通りに動いてくれ」
「えッ……!? どうしていきなり……!?」
「こいつらはまともに戦って勝てる相手じゃねぇ。あんたの助けが必要なんだ」
「何か策があるんですか?」
「……今から考える!」
「……」
じとっ……。
何とも形容しがたい視線がミーナからルテアに注がれた。『どうして策がない者の指示を受けなければいけない?』という気持ちがひしひしと伝わってきて、ルテアは若干後ずさる。
「ま、待てよ! わかってる! 作戦はまだ無いが、漠然としたものは見えてるんだ! 頼むよ、俺を信じてくれ!」
弱腰になりながらミーナに頼み込むルテア。
「はぁ……わかりましたよ……」
「よっしゃ! ……覚悟しろよ! そこの紫ども!」
「ふん! おまえたち、あの口うるさいレントラーと、シェイミを倒しなさい!」
ミケーネが三匹に向かって叫ぶと、彼らは一瞬全身をビクリと震わせてルテアたちに向いた。命令を受理した模様である。そして――。
「“ハイパーボイス”ッ!」
先陣を切ったのはバソンだった。彼が放った空気の振動が音速で二匹に迫る!
「“守る”!」
ルテアはミーナに寄り添って、二人を包み込むようにバリアを張る。すると、“ハイパーボイス”でできた強力な音波がバリア全体を振動させた。
「くっ……! なんて力だッ!」
「“空の頂”の時に放ったものとは段違いです!」
「そうか……! いくら大声を張ろうと喉の痛みを感じねぇからこんなに威力が高いんだ!」
ルテアがそこまで言うと、息が足りなくなったのか、技が途切れた。しかし、ルテアがバリアを解除したとたん残る二匹――クーガンとライドがミーナたちにせまる。
「待ってたぜ! ――“電磁波”!!」
ルテアはこの時を狙っていたという風に、相手を痺れさせる弱い電気を二匹に放つ。これで相手は動けなくなるはずだと思った。しかし――。
「“捨て身タックル”!」
「っ!?」
“電磁波”で痺れているその体で、クーガンが油断していたルテアに迫った。ルテアの方は予想しなかった攻撃に息を飲みつつ、辛うじて避ける。しかし!
「“シャドーボール”!」
“捨て身タックル”を避けた隙を狙って、今度はライドが“シャドーボール”――通常の二倍以上はあろうかというほどの――をルテアに打ち込んだ。
「やべっ……!?」
「――“エナジーボール”!」
すると、後ろにいたミーナがルテアの前に立ち、迫り来る黒い塊にみどりの球を打ち込んだ。だが、“シャドーボール”は、ミーナの技を軽く消滅させ、そのままミーナに迫った!
「なッ……!?」
「あぶねぇ!?」
ルテアはとっさに体をひねって尻尾をふるい、ミーナの体を……吹っ飛ばした!
「うっ……!」
ルテアの尻尾がミーナの腹部に入ってしまい、呻き声を上げながら吹っ飛ばされる。だが、吹っ飛ばされたことで“シャドーボール”はギリギリミーナには当たらずに通過した。黒い塊は大樹にぶつかり、メキメキと音をたてながら倒れる。
「おい……! 威力高すぎだろッ……!!」
「かはッ……! ひ、ひどいですよルテアさん……! もっと優しく運んでほしかったです……」
尻尾で飛ばされてしまったミーナが、お腹の痛みに呻きながら恨めしそうに言う。
「わりぃ。だが、あの“シャドーボール”は危険だったからな。……それにしても、こいつらまさか“電磁波”も効かないとは……!」
「痺れも感じないということですね」
「厄介だぜ、まったく……。だが」
「?」
ミーナは、ルテアとの会話中はずっと敵の方を見ていたが、彼の妙な接続詞に思わずその顔を見る。するとルテアは……。
「これではっきりしたぜ。こいつらを黙らせる方法がな!」
「本当ですか!? 今度は信じて良いんですね」
「ああ! んじゃ、行きますか――」
ルテアのその言葉を合図に、二人はザッ、と再び戦闘体勢に入った。
「――俺たちの攻撃はここからだぜ」