第五十九話 流浪探偵の実力
――宝玉を盗まれてしまった探検隊一行は、それぞれヴェッタをローゼが。トニアをシャインズが。そして、四本柱の一匹であるミケーネをシャナ・ルテア・ミーナが相手をすることになった。そして今、シャナサイドはというと……。
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「てめぇらの目的は一体なんなんだ!」
「ふん、あなたのような平民に答える必要などありませんわ」
ルテアとミケーネが、仁義なき戦い(口喧嘩)を繰り広げていた。
「てめっ……! また俺を平民だとか言いやがって! 俺はな、町長の息子なんだぞてめぇ!」
「え……そうなんですか!?」
意外な事実発覚に、黙っていたミーナが思わず声をあげてしまった。そして真相を知っているであろうシャナの顔を見上げる。
「うん……まぁ、そうだなあいつは次期町長だな」
シャナはミーナの視線を受けて、別段興味もなさそうにそう答えた。ミーナからすれば、驚愕以外の何物でもないのだが。
「ふんっ! 町長だなんて、笑わせてくれますわね! いいこと? あたくしの家系は数百年前から続く由緒正しい貴族の家系なんですわ!」
「き、貴族だとぉおおお!?」
ガクッ……!
なんのダメージを受けたのかは知らないが、ルテアは後ろ足の膝をついてうちひしがれた。
「ま、負けたぜ俺……すまねぇ! 親父……!」
「……四本柱でありながら貴族であるあんたが、なぜわざわざこんなところで足止めなどしている?」
シャナは、うちひしがれているルテアなど存在しないかのように振る舞いながらミケーネから更なる情報を引き出そうとする。
「ふん、あたくしたちだって部下の失敗のせいで敵に姿をさらすことなどしたくありませんでしたわ!」
「部下? ヴェッタ……怪盗のことか」
「あいつは“イーブル”の参謀客でしたが、敵を内部から壊滅させ、なおかつ二つの宝玉を盗む方法を思い付いたというから、任せてみたというのに……。やっぱり失敗しましたわ、あの鳥! キィイイイイ!!」
「なんだ、ヴェッタさんは怪盗でもなかったのか」
「じゃあ、“D”ってなんでしょうね?」
シャナとミーナはお互いに顔を見合わせながら首をかしげた。
「まてまて! てめぇら! それよりもっと重要なことがあるだろうが!」
ルテアがショックから立ち直ったのか、体勢を直しつつ二人に叫ぶ。
「なんだ、もう立ち直ったのか次期町長」
「クスッ……似合わないですね、ルテアさんが次期町長だなんて」
「お・ま・え・らーッ!!」
ルテアは、今にも二人に飛びかかってしまいたい衝動を抑えつつ、“もっと重要なこと”を教えてやることにする。
「お前ら聞いてなかったのかよ! あいつは今“あたくしたち”つったんだぞ! それってつまり、四本柱がもう一人来てるってことだろ!?」
「っ……!」
ルテアにそう言われて二人はようやくミケーネが先程口走ったことを思い出す。
「だが、そのもう一人はいったいどこに……!?」
「あら……今さら気づきまして?」
「!」
三人が焦るなか、ミケーネが暇そうな声で彼らに言った。三人は彼女を見る。
「もう一人は今頃、宝玉を奪いに行っているはずですわ。ヴェッタを追いかけたあの三匹……もう生きていないかもしれませんわよ?」
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「――仕方がありません。力に物を言わせることにいたしましょうか。……怪盗“D”」
「っ……!」
ローゼが体勢を構えつつ、ヴェッタに対してそういった瞬間、彼はローゼからただならぬ気迫を感じた。
――来る!!
ヴェッタはとっさに手に持った“器”をローゼに見せて、焦燥を悟られないように気を付けながらこう叫んだ。
「待ちなさい! あなたが私に攻撃しようとすれば、私はその前にこれを壊しますよ!」
「はい?」
“はい、攻撃しますよ〜?”の一歩手前だったローゼは、ヴェッタの言葉をすぐには理解できなかった。
――“器”を壊す……? どういう意味でしょうか……?
「……ああ! あなた、わたくしを脅迫しようとしているのですね?」
ポンッ、とローゼは手を打ち合わせて言った。漫画で例えるなら、ローゼの頭に電球が灯った状態だろう。
「つまりあなたは、わたくしが攻撃をする間に“器”を壊す余裕があると思っている、と?」
「は?」
今度はヴェッタが声を上げる番になった。何を言っているんだこいつは? ヴェッタとローゼとの距離は十メートルほどだ。どんなに早く迫ってこようと、器を壊すのに時間稼ぎをすることが可能な距離だ。
「何を言っているのです? あなたは」
「――三秒」
「は?」
「この距離なら、あなたを三秒で黙らせられます。はい」
ローゼはヴェッタにむかって三本指を突き立てた。それを見たヴェッタは、一瞬呆けたような表情をした後、思わず小さく吹き出してしまう。
「ふっ……。私が流浪探偵の名を騙ったことに、あなたがいくら怒っているからといって、そんな不可能なことを無責任に口にしてしまっていいんですか?」
「……わたくしはねぇ、怪盗さん」
「……?」
幾分口調が真剣になったローゼの表情は、今までになく眉間にシワが寄っていた。目付きが相手を射抜いてしまうかのように鋭い。
「“流浪探偵”としての名を騙られたことに対して怒っているわけではないのですよ」
「なに……?」
「わたくしは、相手が自分の名を語るだけならば――強いて言うなら、わたくしを名乗ることで、誰かを救ったり、笑顔にさせたりできるのならば、わたくしはなにも口出しはしません。現に、あなたが私の前で名を名乗った時も、わたくしは何も言いませんでした。――しかし」
彼の語調は徐々に低くなっていく。
「あなたは、わたくしの名でたくさんのポケモンを不幸にしました。宝玉を奪われたナハラ司祭、利用されたトニア君、他人を疑う羽目になった探検隊のみなさん……。
探偵のプライドにかけて、わたくしはそんなあなたを許すことができないのですよ。例え神が許したとしても、ね……」
「っ……!?」
ヴェッタは全身にローゼの気迫を感じとり、嫌な汗を流した。彼は思う。あれが飄々として胡散臭かったあのフローゼルと同一人物なのか、と。
「さて……。これ以上あなたと会話をする気はありません」
ローゼはそう言って、自らの利き腕である左腕を前に構え、静かにその拳を握った。すると、拳の周りから湯気のようなものが立ち込める。いや、それは湯気ではなかった ――冷気だ。
彼は“冷凍パンチ”の要領で拳に冷気を宿らせたのだ。
「――ああ、ひとつ聞き忘れていました」
ローゼは唐突に声をあげて、ニコリとまた胡散臭い笑みを漏らす。
「あなた……なぜ名前が怪盗“D”なんですか? イニシャル的な要素は何ひとつありませんよね? それだけが引っ掛かります」
「な、なに?」
――このタイミングでそれを聞くのか?
「そ、そんなこと……深い意味はありません」
ヴェッタはローゼがいつ攻撃してきても対処できるように身構えながら慎重に答えた。
「誰しも怪盗の名前にイニシャルがあれば、それが含まれた名前のポケモンを疑うでしょう。だから適当な名前をつけて、私から少しでも疑いの目をそらさせようと思いました」
「……そうですか。いやはや、聞いたわたくしが悪かったのですね。これは」
まともな答えを期待していたローゼは、彼の答えにため息をついて肩を落とした。
「これでもう聞き残すことはありません。……覚悟はいいですか?」
そして彼は、冷気を宿らせた拳を開き、今度は手刀のように指をピンッと伸ばした。すると、冷気もまた彼の伸ばした手に合わせて、より鋭敏になっていく。そう、彼の手に宿っているのは“冷凍パンチ”ではなく、言うならば“氷の刀”というべきだった。
――さて、準備はできましたね……。
ローゼは遠くで身構えているヴェッタに、ニコリ……と恐ろしいほどの笑顔を向けた。この笑みで、ヴェッタの背筋が氷点下まで下がったのは言うまでもない。
「では怪盗さん……さようなら」
「なっ、ちょっと待ちなさい! あなた、いったいなにを――」
「……氷刀――“
瞬き”」
ローゼは低く、静かに、そう唱えた。と、その瞬間……。
――ローゼが、消えた。
「なっ……!?」
ヴェッタは消えたローゼの姿を探そうと回りを見渡した、その時。
ヒュンッ、とヴェッタの隣で風が吹いた。そして――。
――ザンッ!
「か……っはッ……!?」
気づいたときには、ヴェッタは右脇腹に痛み……というより熱さを感じ――そのまま前乗りに倒れた。
そしてローゼは、倒れたヴェッタの数歩後ろで、攻撃が終わった体制のままたたずんでいた。彼はヴェッタが倒れたのと同時に、技を解き、くるりと振り返る。
「――きっかり三秒。安心してくださいね? 氷刀はあなたにとって効果抜群ですが、急所は外しましたから。……とはいっても、聞こえませんよねぇ」
ローゼは一人でそういいながら、白目を向いて倒れているヴェッタの近くに落ちていた宝玉――“器”を拾い上げる。
「さて、目的は無事達成。後はこの怪盗さんを連れて帰るだけですが……」
ローゼはしばらくの間ヴェッタの顔を見つめた。そして、なにを思ったのか彼がかけている“見通しメガネ”を……ヴェッタから取り外して自分の顔にかけてみた。
「おお……これは。なかなかいい代物じゃないですか、ヴェッタさん。では、これは私が貰い受けることにいたしましょう」
ローゼは、片手に“器”を、もう一方の片手にピクリともしないヴェッタの片翼を持って歩き出した。
ヴェッタはズルズルと引きずられる形になる。
「――いやぁ、あなたもこんなことになってお気の毒ですねぇ。……え? 聞こえない? はっはっ。そうでしたね、これは失礼」