へっぽこポケモン探検記




















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第五章 “眠りの山郷”編
第五十八話 逃亡、追跡
 ――やっと怪盗に追い付いたと思ったら、今度は僕らの前にミケーネというジャローダが立ちはだかった! なんとこのジャローダは“イーブル”四本柱というものの一匹だったんだ!





「――四本柱だと?」
 シャナさんがミケーネにむかって聞き返した。四本柱ということはつまり……?
「そう、あたくしは“イーブル”を支える“柱”。組織の中でも一番強い四匹のうちの一匹ですわ」
 このポケモン、自分で自分を強いって言ってるけど……。
「なるほど……私たちの足止めをしに来たのですね……」
 先ほどミケーネに攻撃を受けたミーナさんがこちらに戻りながら言った。
「足止め……認めたくはありませんが、そういうことですわ」
「……カイ、スバル!」
 ふぇっ!?
 僕はいきなりシャナさんに名前を呼ばれてビクッとした。スバルは耳をピクピクさせながらシャナさんの次の言葉を待つ。
「……あのミケーネとかいうジャローダは俺たちが相手をする。二人はトニアたちを追え!」
 な、なんだって!? 僕たちが!
 僕が狼狽している横でスバルがこくりと頷く。そしてシャナさんは先ほどのことで若干不機嫌になりつつあるローゼさんを向く。
「ローゼさん」
「なんですかー」
「……さっきは疑って悪かった」
「……おや、どういう風の吹き回しですかねぇ。単刀直入にお願いしますよ」
「あんたに頼みがある。……ヴェッタさん――いや、怪盗を追ってくれ」
「……」
 不機嫌そうだったローゼさんの顔がほんの少し見開かれた。シャナさんが怪盗の追跡をローゼさんに頼むということは、シャナさんが彼を信じたという証拠だ。
「わたくしに任せてしまってもいいのですか?」
「……ああ」
 シャナさんがまっすぐローゼさんの目を見る。ローゼさんはしばらく視線を合わせていたが、やがてほっとため息をついて視線をそらした。
「……そうですねぇ、わたくしも探偵の端くれ、犯罪者の逮捕には協力すべきですし……もとよりそのつもりでしたから。わかりました」
「頼む」
「ただし、あのジャローダを出し抜く道は作ってくださいよ」
「わかっている!」
「――お話は終わりまして?」
 二人の会話にミケーネが割って入った。シャナさんはローゼさんにそっと目配せをする。そして、僕らにむかって「いいか?」と言った。
「悪いが、そこを通らせてもらうぞ! 四本柱のミケーネ!」
「あなたのような平民があたくしの先を通るなど許しませんわよ」
 へ、平民……?
「……いや、通って見せるさ――“火炎放射”!」
「“十万ボルト”!」
「“エナジーボール”!」
 シャナさんが放った“火炎放射”を皮切りに、ルテアさん、ミーナさんが示し合わせたようにミケーネに向かって技を放った! そして……。
「行きますよっ!」
 僕らにそう言うや否や、ローゼさんはシャナさんたちが放った技の後ろから走った! スバルはそれに続いて走り出す。ちょ、ちょっと待ってよ!
「っ!?」
 一方ミケーネの方はいきなりの奇襲に驚いたのか、自分に向かって放たれた攻撃を相殺する暇がなかったらしい。三匹の技は見事に彼女へ命中して小爆発を起こした。その隙を狙ってミケーネの脇をローゼさん、スバル、僕の順番で通り抜けた。ローゼさんは脇を通り抜けた後、クルリと振り返って叫ぶ。
「そちらは頼みましたよ!」
 そして、僕ら三匹はヴェッタさんとトニア君が逃げていった方向に向かって走り出した。





「うまく捕まえてくれよ……!」
 技を出したことで起きた小爆発により、ミケーネとシャナたちの間に煙が立ち込めた。そんななかシャナは過ぎ去っていったローゼとシャインズに向かって小さく呟く。と、その時。

「――キィイイイイイ!」

 いきなり煙の向こう側から金切り声のようなものが三匹の鼓膜を刺激した。
「な、なんだ……!?」
「何の音ですか?」
「知る訳ねぇだろ」
 三人が各々反応を示していると、煙がだんだんと晴れてきた。そして……。
「キィイイイイイッ! あんな平民に逃げられましたわぁああああ!!」
 見ると、金切り声の発生源はなんとミケーネの叫び声だったようだ。彼女の体は先ほどの三匹の技により所々が焦げていた。そんななか、彼女は全身を震わせる。
「許しませんわ……! 許しませんわよ、この愚民ども! あたくしの体に傷をつけたあげく、そのすきに仲間を逃がすなんてぇえええ!! 許しませんわぁッ!!」
「てめぇさっきから“平民”とか“愚民”とかほざいてやがるが、てめぇにそんなことを言う資格があんのかよ!?」
 ルテアは異常に取り乱しているミケーネに向かって青筋を浮かべながら叫ぶ。横にいたミーナがルテアの行動にギョッとした。
「ちょ、ちょっとルテアさん? 今は余計なことをしゃべるよりあのジャローダを倒すことに集中しま――」
「いや、待つんだミーナさん!」
 と、ミーナの叫びにシャナが待ったをかけた。当然、まっとうな意見を言っているはずなのに待ったをかけられたミーナは眉を潜める。
「なぜ止めるんです! 今がチャンスなんですよ!?」
「待ってくれ。……あのジャローダはどうやら感情の起伏が激しいらしい。うまくいけば自分から“イーブル”のことをしゃべってくれるかもしれない」
「だ、だからといって……!」
「今は少しでも情報が欲しいんだ、頼む」
「……」
 ミーナはしばらくの間シャナを見ながら眉を潜めていたが、やがてふと表情を元に戻してこう聞いた。
「ルテアさんは、ミケーネから情報を引き出すためにあんなことを言ったんですか?」
「いや」
 シャナの声がミーナの言葉の語尾と重なった。それほどまでの即答にミーナはちょっと驚く。
「ルテアは本気で怒っている。あいつも怒り狂ったら見境がなくなるから、敵でも平気であんなことを聞くんだ……」
「へ、へぇ……」
 ミーナは心なしか顔の筋肉をひきつらせていた。
 ――見境、ねぇ……。





「――止まってください!」
 森とも茂みともわからない木々の中を僕たちは走っていた。するとしばらくしてローゼさんがいきなりそう叫びながら急ブレーキをかけた。
「うわぁっ!?」
 どん!
 ローゼさんのすぐ近くを走っていたせいかスバルはローゼさんの声に反応しきれずにローゼさんにぶつかってしまう。そして僕は……。
「…………っ、はぁっ、な、どう、したんですかっ、ぜぇ、ローゼさ、ん……!!」
 息が上がりすぎてうまく喋ることができない……!だけど、いまここでローゼさんと会話ができるのは僕しかいないから、どうしようもないんだ……。だってスバルはやっぱり、まだローゼさんのことを警戒しているから。
 僕がなんとかローゼさんにそう言うと、さすがに彼も心配そうに僕を見た。
「大丈夫ですかカイ君? 尋常じゃない息切れぶりですが?」
「お、おかまいなく……。いつもの、ことなんでっ……」
「まあ、そう言うならいいんですけどね。……と、二人ともこれを見てください」
 ローゼさんは地面に生えた草をどかして僕らに地面を指差して見せた。僕らがその方を覗いてみると……?
「――足跡だ」
 そう、そこには指が三つに枝分かれした鳥ポケモン特有の足跡があった。これは、もしかして……!
「はい。怪盗さんの足跡ですねぇ、これは」
「どうして? ヴェッタ……怪盗はトニアと一緒に低空飛行をしながら逃げていたから、足跡はつかないはずなのに……!」
 スバルが心底不思議そうな顔をしながらひとりごちた。ローゼさんはスバルの話を聞くと、フッと微笑む。
「つまりですね――彼らは二手に別れたということです。それぞれがどちらかの宝玉を持って、ね」
 二手に別れた?
「鳥ポケモンは羽がそのまま手のかわりにもなります。恐らく怪盗さんは“サイコキネシス”のような技を持っていなかったのでしょう。だから宝玉を羽で持ったまま地面に足をつけて逃げているということです。羽が使えなければ空は飛べませんからね。いちいちそんなことをしたということは、それぞれが一つずつ宝玉を持って二手に別れたと考えるのが妥当でしょうねぇ」
「なるほど……」
 相変わらずローゼさんの推理が冴え渡っている。でも、二手に別れたということは、僕らも同じようにして二人を追わなきゃいけないってことだよね?
「……そうですねぇ。では、わたくしがヴェッタさんを追いましょうか。あなたたちはトニア君を。年が近いですから説得も可能でしょう」
「わかりました」
「……」
 僕らはヴェッタさんがつけた足跡とは別の道に向かって走り出す。去り際に「うまくいったら“眠りの山郷”で落ち合いましょう」というローゼさんの声が聞こえた。僕がローゼさんの方を振り返ってみると、すでに彼の姿はなかった。





 茂みの中をかき分け、邪魔な草は踏みつけたり払ったりしながらローゼはただ一点――ヴェッタのいる方向を目指して駆けていた。
 自分の通り名を騙ったヴェッタを本物の“流浪探偵”である自分が成敗しなくて誰がするのか。そう思いながらローゼは内心で怪盗を捕まえることを強く決意していた。
 相手は今、鳥ポケモンでありながら歩いて(あるいは走って)移動している。そんな彼に普段陸上半分、水中半分で 生活しているフローゼルであるローゼが追い付けないはずはなく、しばらくすると遠方から小さい茶色の点が見えてきた。
 ――いました。
 ローゼが標的を確認したと同時に、相手の方もあの探偵が自分を追いかけているのに気づいたらしい。走る速度をあげる……が。
「はい、とうせんぼですねぇ」
「くっ……!」
 ついにローゼはヴェッタの前に両腕を広げて立ちはだかった。ヴェッタは苦い顔をしながらブレーキを掛ける。
「しつこいですね、あなたも!!」
「いやはや、探偵という職業をしているとどうもストーカー並みにしつこくなってしまうみたいですねぇ。職業柄ってやつでしょうか」
 ローゼは軽口を叩きながらヴェッタが両羽で持っている宝玉を見た。その色は透き通った無色。つまり、これは……。
 ――こちらは“器”でしたか。では、カイ君たちの方が“命の宝玉”……。
「それを返してはいただけませんかねぇ? ヴェッタさん」
「返せと言われて素直に従う怪盗が古今東西どこに存在するんですか!」
「いませんよねぇー。残念です。では……」
 ローゼは片足を引いて肩や腕の力を抜いた。目付きがいくぶん鋭くなる。

「――仕方がありません。力に物を言わせることにいたしましょうか。……怪盗“D”」

ものかき ( 2014/04/01(火) 14:42 )