第五十六話 流浪探偵の反駁 後編
――本当の流浪探偵・ローゼさんは、ヴェッタさんを怪盗だといい始めた上なんとトニア君も犯行に関与していると言い出した! そして、祭壇に侵入するために使った道具はなんと……?
★
「――“透明玉”?」
まったくもって初めての単語を耳にした僕は、思わずペラップ返しに声をあげてしまった。
「ええ、ダンジョンにて汎用される“不思議玉”の一種で、文字通り自分の姿を透明にすることができます。“透明玉”なら、レントラーの目ですらも欺くことが可能でしょう」
そうか、だからルテアさんですらもわからなかったんだ! だとしたらまさかトニア君は……!
「“透明玉”を使って姿を消し、堂々と祭壇から宝玉を盗んで見せたとでも言うのか!」
シャナさんが驚嘆の混じった声で、僕が考えていたことと同じことを小さく叫んだ。ローゼさんは目を細めて「シャナさん、あなたの第六感は素晴らしいですよ」と言った。
「あなたが張り込み中に感じた四匹以外の気配。その気配はまさしく盗みに入ろうとした、もしくは宝玉を持って逃げようとしたトニア君の気配だったというわけです」
じゃあ、あのときは気のせいなんかじゃなかったんだ。本当に僕ら四匹以外でポケモンがいたのをシャナさんは正確に感じ取っていたんだ!
「これで全てのヒントが揃いましたね。――では、今回の事件の流れを整理してみましょうか」
「まず、事件はすでにわたくしたちが“眠りの山郷”に来る前から始まります」
ローゼさんはゆっくり、事件の概要について語り始めた。その眼差しはヴェッタさんに向けられている。
「わたくしたちより何日か早く“眠りの山郷”付近にたどり着いていたあなたは、ムンナのうちの誰かを自分の言うことを聞いてくれるよう、“技による攻撃”という手段で脅しを加え、結果的にトニア君を精神的に支配しました。そして、バリアが張られた祭壇に予告状を置くように指示をします」
ここで、ローゼさんの視線が僕らに向けられる。
「その数日後、道に迷ったわたくしたち一行が、ヴェッタさんから攻撃を受け傷ついてしまったムンナ――トニア君を見つけるわけですね。これは余談ですが、おそらくトニア君は定期的……と言うには少し違うかもしれませんが、とにかく連続的に攻撃を受けていたと思われます」
ローゼさんは淡々と説明を続ける。正確には、僕たちはスバルについていったわけで、つまりスバルが傷ついたトニア君を見つけたわけだけど。
「トニア君は、わたくしたちから手当てを受けた後、“眠りの山郷”に戻ります。その頃わたくしたちの方は眠らされて牢屋に入れられているぐらいでしょうね」
あの催眠術は怪盗とは関係無いようだ。なんだか安心したような……。
「そしてヴェッタさんは“さすらいの探偵”としてその名を騙り、あたかも初めて山郷に来たかのようにわざと牢屋に入りわたくしたちと接触します。おそらく、わたくしたちの素性は会う前から調べていたのではありませんか?」
「……あ」
僕は思わず声をあげてしまった。そうだ、シャナさんがヴェッタさんと初めて牢屋で話したとき……!
『あ、あなたがたは……』
『俺たちは探検隊と救助隊だ。俺の名前はシャナ』
『ああ! よかった探検隊ですか!……』
そう、シャナさんは自分たちのことを『探検隊と救助隊』とは言ったけど、自分がどちらかとは言わなかった。なのにヴェッタさんは、正確にシャナさんが探検隊だとわかっていた――。
「牢屋から出て結局怪盗を捕まえることになった私たちに、ヴェッタさんは張り込みの提案をする。これは言わばアリバイ工作ですね、自分に疑いの目を向けられないための。そして、張り込み前の自由時間を利用し、あなたは再びトニア君と接触します。今度は『“透明玉”を使い宝玉を盗め』とでも指示したのでしょう」
僕はトニア君を見た。彼は今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃに歪ませている。
「張り込みが開始されて数時間後、トニア君は犯行を開始。“透明玉”で姿を消した彼は、入り口のルテアさんたちの目を欺き、シャナさんにバレるかもしれない危険と戦いながらも、見事に宝玉を盗むことに成功したわけですねぇ。そして、張り込みが終了しナハラ司祭がバリアを解いた頃には、宝玉はこつぜんと消えているというわけです」
「そんな、ことが……」
ナハラ司祭の声が震えていた。ローゼさんのいうトリックに驚いたのか、はたまた信じていたトニア君がなりゆきとは言え宝玉を盗んでしまったのが許せないのか……。
「宝玉を盗むのに成功したヴェッタさんは、最後の一押しに“山郷一斉捜索”を提案します。そして、トニア君が宝玉を私たちの前に持ってきて、わたくしの部屋にあったと伝えて、今に至るというわけです。もちろん、私の部屋にあったと言ったのは怪盗の作戦のうちです、はい」
「ひとつ気になることがある」
説明を終えたローゼさんに、シャナさんが声をあげた。トリック自体におかしなところは無かったけど、何が気になるのかな?
「怪盗は“宝玉を盗む”のが目的だったんだろう? ならば、なぜさっさと盗まずに予告状を出したり、盗んだあとに宝玉をまた俺たちの前に出したり……そんな面倒くさいことをしたんだ?」
まあたしかに、予告状なんか出さなければ、誰にも気づかれずに宝玉を盗むこともできたよね。
「おや、わざわざそうした意義は大いにあったではありませんか」
そう言いながらローゼさんは、僕たちに向かって笑みを浮かべる。
……しかし、目元は全く笑っていなかった。
「あなたがたは、わたくしを疑っていたではありませんか。怪盗の目的は――内輪揉めですよ、わたくしたちの結束を崩し、自滅させたかったのです。彼らの計画に邪魔なわたくしたちを、ね」
自滅……。僕らはまんまと怪盗の作戦に嵌まるところだったの……?
僕は、シャナさんやルテアさん、ミーナさん、スバルがローゼさんに攻撃している場面を想像してしまった。
――最悪の光景だ。
しかし、現実にそうなる可能性が高かったのは紛れもない事実……。
「計画って、いったい何のですか?」
ミーナさんが眉間にしわを寄せながら聞いた。ローゼさんは胡散臭く笑う。
「――“イーブル”の計画、ですよ」
「えっ……?」
まさか……怪盗“D”は……イーブルのメンバー……??
「――以上が、わたくしの推理です。……なにか文句はありますか?」
ローゼさんは今までと変わらずその顔に微笑を称えながら全体を見回した。うさんくさいのは変わらないけど、その表情は推理前のそれとは決定的に違っていた。
今のローゼさんには……そう、探偵としてのささやかなプライドが垣間見える。
――プライドの問題だと思いますよ――。
あのとき、ローゼさんは言った。探検隊・救助隊のプライドにかけて、目の前のお尋ね者は捕まえるべきだと。けど、それはまた別の意味を持っていたんだ。
自分もまた探偵として、目の前にいる怪盗を捕まえたい。僕らと同じ志(こころざし)でいるんだということを、暗に僕らに伝えたかったのではないか――?
「――馬鹿馬鹿しいですね」
ふと突然、ある声が僕を現実に引き戻した。その声を発したポケモンは、羽で見通しメガネをくいっと押し上げて鼻で息をつく。……ヴェッタさんだ。
「ほう……何が馬鹿馬鹿しいか伺いたいですね」
ローゼさんの目付きが心なしか険しくなった……ように見えた。
「何が馬鹿馬鹿しいかって……あなたの推理は“仮説”に過ぎないではありませんか。その推理は“私がトニア君を脅した”という前提の元になり立っている。しかし、私がトニア君を脅したという確固たる証拠はなにも上がっていません。状況証拠のみです。それに、私がイーブルに関与しているという証拠もない」
「ルテアさんの言葉を借りるわけではありませんが……『この期に及んでまだシラを切るつもりかてめぇ!』」
……ローゼさん、思いっきりルテアさんの声真似してるじゃないか……。
「では、証拠を見せてください、絶対的証拠を。私がこの事件を画策し、トニア君を脅し、あなた方を陥れようとしたという確固たる証拠を!」
「くっ……」
僕の横でシャナさんが悔しそうにうめいた。今まで気づいていなかったが、シャナさんはすでに手首から火を放出して犯人をとらえる体制に入っていたのだ! だけど、ヴェッタさんの切り返しが効いているのか、なかなか手が出せないという状況にもどかしさを感じているようで……。ルテアさんを見ると、彼も同じ状況だった。『よし』と言われれば真っ先に飛びかかれるに違いない。
みんなローゼさんの言葉を信じている。
しかし……“絶対的証拠”は今のところ無いの間も確かなことだ。この膠着状態をいったいどうすればいいのだろうか……!
「――本当に……」
また新たな声が発せられた。ナハラ司祭がトニア君の前に立って静かに声を震わせる。
「本当にあなたが……宝玉を持ち出したのですか、トニア……! 掟を破ってまで……」
「……」
辺りがシン……と静まった。誰もが目に涙を浮かべるトニア君の次の言葉を待った。そして……。
「ぼく、ぼく……!」
彼の瞳から、滴が落ちた。
「ひとりでやった……このひと、かんけいない……!」
「なんですって……!?」
ミーナさんが僕らの気持ちを代表するかのように小さく叫ぶ。
トニア君は自分が宝玉を持ち出したことを認めた、しかし……ヴェッタさんは……関係無いだって!? そんな馬鹿な! これには回りは驚きを隠せなかったし、さすがのローゼさんも表情を険しくしていた。
「まさかあなた、ヴェッタさんは関係無いと……?」
「ぼく、ひとりで、やったの! うそじゃ、ないっ! とうめいだま、つかった!」
涙が叫びに呼応して飛び散った。その反応で、僕らはわかってしまった……。
――トニア君は、本当に脅されている――!
あんなにボロボロ涙を流すなんて……。怯えているようにしか見えない。
「……そういうことです。私は怪盗ではありません」
突然ヴェッタさんが“さも当然”という風に声をあげた。
この人……!
万が一の時のために、最初からトニア君にひとりでやったと言わせるつもりだったんだ!そして今、すべてをトニア君一人に擦(なす)り付ける気だ……!
ヴェッタさんが怪盗だということははっきりした。しかし、絶対的証拠がなければ、僕らは目の前の怪盗をとらえることはできない……!
どうすれば……!
「――おかしいですねぇ」
行きなりそう言い出したのは、顎に手を当てていたローゼさんだ。心なしか彼の表情が緩んでいるように見える。
「これはおかしい。矛盾しています」
「いったいなにが?」
ヴェッタさんは彼のしつこさに、呆れを通り越して穏やかな表情になった。悟りを開いたのかもしれない。ローゼさんのほうは、なぜか勝ち誇ったような顔をしている。
「おかしいではありませんか。トニア君は透明玉を使い祭壇に侵入したのなら……なぜ、あなたは“反応”しなかったのか、謎ですねぇ……」
反応……?
「トニア君は確かに透明玉を使い、わたくしたちの前を通って宝玉を盗んだ。間違いありませんね?」
「う……うん……」
トニア君はローゼさんのいきなりの質問にオロオロしながらも答えた。何で今さらそんなことを聞くんだろう?
「ほう。ならばヴェッタさん、単刀直入にお聞きします」
彼はヴェッタさんの方に向き直って静かに訊ねた。
「――あなたは、そのメガネをかけていながら、なぜトニア君の侵入に気づかなかったのですか?」
『あ!!』
「なッ……!?」
“見通しメガネ”の用途を知る探検隊・救助隊組三人が綺麗に叫び声をシンクロさせた。その後ヴェッタさんが顔をひきつらせながら呻いた。
「“見通しメガネ”は、本来肉眼ではとらえられない隠されたものを見ることができる道具。もちろん、透明状態も例外ではありません。ならば、トニア君がわたくしたち入り口前張り込み組の前を堂々と通りすぎたトニア君を気づかないなど……ありえないではありませんか。それとも――」
ローゼさんの言葉が進むに比例して、ヴェッタさんの顔からは余裕の文字が消え去り、新たに焦燥の文字が追加された。そんな彼に、ローゼさんは最後の畳み掛けをする!
「祭壇に入ろうとするトニア君を……わざと見逃したのですか――怪盗さん?」
「……」
今度こそ、この空間に沈黙が訪れた。全員、この事件の真犯人を見つめたまま、誰も動かない。極限の緊張が張りつめる。
「……なんて」
「はい?」
不意にヴェッタさん――怪盗がなにかを呟いた。ローゼさんは間の伸びた反応をする。すると……。
「――まさかあなたに、正体がばれるなんて」
「ルテアッ!」
「おうよ!」
ヴェッタさんが声を発した後、コンマ単位の早さでシャナさんとルテアさんが同時に地を蹴った!まっすぐに、目の前の怪盗を捕まえんと、ものすごいスピードでヴェッタさんに飛びかかる!
……と、その時――。
「――“フラッシュ”!」
「なッ!?」
「くッ!」
「「うわぁ!?」」
目も開けていられないほどの閃光が辺りを激しく照らし、僕は腕で顔を覆った!
そして――。