第五十五話 流浪探偵の反駁 前編
――奪われた宝玉はまだ外に持ち出されていなかった。見つかった場所はなんと……ローゼさんの部屋!? みんながローゼさんに疑いの目を向けるなかで、彼はいきなり“自分が流浪の探偵”だと言い出すし……。もう、何がどうなってるのー!?
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「ろ、ローゼさんが……!」
「さすらいの探偵だと……!?」
ミーナさんとシャナさんが、“信じられない”といった声音で口々に呟いた。それにうなずくローゼさんに対し、もちろんこの人は黙っていない。ルテアさんだ。
「てめぇ、この期に及んでシラを――」
「切ろうなんて気は更々ありませんよ、ルテアさん」
しかしローゼさんはルテアさんの叫びを先回りして制してしまった。
「わたくしは確かに“さすらいの探偵”です。まぁ、“流浪探偵”とも呼称されていますが……。なんなら証拠でも披露しましょうか?」
「証拠、ですって?」
ナハラ司祭が絞り出すような声で聞く。するとローゼさんは。
「ええ。――わたくしが宝玉が盗まれたトリックを暴いて見せましょう」
★
「いや、ちょっと待ってくれ!」
ローゼさんが言葉を発したその直後、静まったかと思われたこの空間に声が響いた。声の主――シャナさんがローゼさんに視線を向ける。
「おや。どうしました、シャナさん?」
「あんたが本当に探偵で、宝玉を盗んだ犯人でないとしても、まだイーブルの一員じゃないのかはっきりしない! そこはどうなんだ?」
シャナさんの言葉に、僕らはハッとさせられた。確かに彼の言う通りだ。怪盗とイーブルは、必ずしもひとくくりではない。しかし当の本人はしばらく呆けたような顔をした後、いきなり閃いた顔になる。
「ああ。なんだ、そのことですか」
「そ、『そのこと』って……」
自分の言葉が軽くあしらわれて戸惑うシャナさんなどお構いなしにローゼさんは続ける。
「わたくしがあなたたちにミーナさんがいる里まで道案内をしたときのことですね? わたくしがあなたたちをダークライの所に誘いだし始末させる……その推理は実に鋭いのですが、しかし欠陥がひとつあります」
欠陥? なにも矛盾しているようには思えなかったんだけど。
「あなたたちは想像したことがありますか? あのときのダークライの“任務”を」
『任務?』
全員が声を合わせた。あの時のダークライの任務なんて考えたことがなかったけど。と、僕のとなりでスバルがなにかに気づいたように「あっ」っと声をあげた。ローゼさんはスバルの反応に細く微笑む。
「……スバルさんはお気づきになったようですね。そう、あの時ダークライが“空の頂”に来た目的は“アリシアさんの始末”です。その目的の中にあなたたちの始末は含まれていない。あなたたちが来たことは、全くの想定外だったのですよ」
ここに来て彼は改めてシャナさんに向き直る。
「考えてみてください。任務内容にないあなたたちをわたくしが連れ込んだことで、ダークライはアリシアさんの始末に失敗してしまったのです。もしわたくしが“イーブル”なら、そんな失態をしてしまったわたくしをダークライが生かしてくれますかね? ……いや、それ以前に、わたくしが“イーブル”なら、まずそんなヘマは起こしませんが」
シャナさんの顔が少々ひきつった。どちらかと言うと、自分の推理が外れたことよりも、ローゼさんが今の推理を淀みなく一息で言い切ったことでそんな表情になったみたいだ。
「でも……」
今度はミーナさんが声をあげる。
「空の頂に登ったときに遭った幹部は、“あのお方に足止めを命令された”って言ってましたけど」
「ダークライは恐らく、あなたがたが空の頂に入った時点でその存在に気づいていたのでしょう。だからいち早く幹部に足止めを命令したのです。アリシアさんの始末を邪魔されないように、ね」
ローゼさんの完全な説明に、誰も反論できる者がいなくなった。辺りが静寂に包まれる。
「文句はありませんね? ではさっそく、僭越ながらわたくしが宝玉が盗まれたトリックを、推理して差し上げましょう」
「あんたにはもう宝玉を盗んだ犯人わかってるのかよ?」
ルテアさんが幾分うかがわしい表情になりながら問う。
「ええ。宝玉を盗んだのはあなたですよ。
――ヴェッタさん」
……へっ?
★
探偵と言う種族は、自身の推理によほどの自信があるのか、犯人の正体をはぐらかすことが多い。しかし! 今の彼――ローゼさんはそんな探偵の“法則”を完全無視、“溜め”も何も無しにいきなり言い放った犯人の名は……ヴェッタさんッ!?
「なッ……何を言っているのですかっ? それはつまり、私が怪盗“D”だとでも?」
「それ以外に別の解釈があるのですか? 今の言葉で」
「先程私に疑われた仕返しのつもりですか」
犯人を名指しされたヴェッタさんは、前半を狼狽ぎみに、後半を皮肉ぎみに言った。僕だって信じられないよ! 何をどう推理したら犯人がヴェッタさんという結論に転がるんだ?
「仕返しなどではありません。しっかりと根拠を交えて申しているのですよ、はい」
ローゼさんは余裕過ぎる笑み。それに対してヴェッタさんは、多少嘲りを含んだため息をもらした。
「私がどうやったら犯人になりうるのです? 私には確固たるアリバイがあるでしょう、一緒に見張りをしていたあなただって証人です」
「そうですよ! どうやったらヴェッタさんに宝玉が盗めるんですか!」
ミーナさんもヴェッタさんに続いて反論する。そうだよね、僕だって証人の一人だ。ただ……僕は寝てたから自信ないけど……。
「それはですね、ヴェッタさんは……“分身”を使ったのですよ」
『分身!?』
僕らの叫びが重なった。分身……って、なに?
「あなたの作り出した分身は、姿を消すことができ、ナハラ司祭の張ったバリアもすり抜けられる……宝玉盗みには持って来いの分身です。その分身がわたくしたちの前で堂々と犯行をやってのけたのですよ」
「流浪探偵と名乗るからには、どんな推理が飛び出すのかとハラハラしましたが……私の分身ですって? 馬鹿馬鹿しい! 私にそんな高度な分身が作れるわけがないでしょう!」
ヴェッタさんは、ローゼさんのとんちんかんとも言える“推理”に、ついに声を荒げて叫んでしまった。確かに、怒ってしまうのも無理はない。“分身”なんて、そんな非科学的な――。
「――“分身”なんて、そんな非科学的なことをわたくしが言うはずがないじゃないですか、落ち着いてくださいよー、ヴェッタさん」
……僕が考えていたことを、ローゼさんが一字一句そのまま口に出してヴェッタさんを挑は……ごほん、なだめた。
「わたくしが今言った“分身”は、あくまで比喩です。わたくしはこのトリックを解くに当たって……ある可能性を提示します」
「……どんな可能性?」
今まで黙っていたスバルが、ここで初めてまともな文章を口にした。ローゼさんはにっこり笑う。
「――共犯、という可能性です。」
★
「共犯!? ヴェッタさんに――仮にヴェッタさんが怪盗だとして――誰か協力者がいるということですか!?」
ミーナさんが、ローゼさんの発言に驚きつつも律儀な言い回しで聞き返した。するとローゼさんは苦笑する。
「いえいえ、“協力者”というほど大層なものではありませんよ。言ったでしょう……“分身”、と。“分身”は“オリジナル”である怪盗の手足であり言いなりなのです」
「いったい誰なんだよ? その共犯者は?」
ルテアさんは、早く共犯者が誰かを知りたくてソワソワしていた。まさか、名前を聞いた瞬間襲いかかるなんて……無いよね?
「単純な消去法です。まず探検・救助隊面々は除外、わたくしは見張りなので犯行は不可能、同じ理由でナハラ司祭も省いたら……残りは一匹しかいません」
僕らは自然と、この空間で残ったあと一匹のポケモンに目を移した。そのポケモンは……?
「――トニア君……でしたっけ?共犯者はあなたです」
「ありえません」
ローゼさんが、オドオドするトニア君を共犯者だと宣告した瞬間、即座に反論する者が現れた。
「この山郷にいるムンナたちで、クレセリアを売るような、そんな裏切り行為をするはずがありません。ムンナたちの信仰心は絶対です!」
ナハラ司祭は熱烈に反論した。確かにトニア君がヴェッタさんに協力なんて、そんなことするかな。 と、その時。
「――“絶対”? ……この世の中に絶対などというものが存在すると思っているのですか」
あの間延びした語尾が特徴の普段の口調が嘘のように、ローゼさんは珍しく強気な発言をした。
「九十九パーセントの信仰心があろうと、残りの一パーセントで裏切り行為に走ることなど十分すぎるぐらいにありますよ」
早口にそう捲し立てたローゼさんに、スバルが恐る恐るたずねる。
「本当に……トニアが共犯者なの? 宝玉を盗むのを手伝っても、トニアにはなんのメリットも無いじゃない」
「ああ……“共犯者”というには少し語弊がありましたか。そうですね、トニア君は――“脅された”。はい、こっちの方がしっくり来ます」
お、脅された!? ヴェッタさんに!?
僕の想像力ではどうやってもヴェッタさんがトニア君を脅す光景なんて浮かばないんだけど。
「証拠があるのか? ヴェッタさんがトニア? ……そこのムンナを脅したという証拠が」
シャナさんが険しい表情でたずねる。
「そりゃあ、証拠無くして推理なしですよ。みなさん、覚えてらっしゃいますか? わたくしたちがムンナたちに眠らされる前にトニア君に会いましたよね? ――傷だらけの姿のトニア君に」
「まさか、その時の傷はヴェッタさんに脅された傷……とでも言うのですか?」
「あのときの傷を、トニアは自分で『崖から滑った』って言ってたけど」
ナハラ司祭とスバルが立て続けに声をあげる。やはりまだ誰もローゼさんの推理を信じてはいないようだ。
「どなたも覚えていませんか? トニア君が受けた傷の特徴を」
……あ。その時のことならよく覚えてる。確か、トニア君が受けていた傷を見て、僕はこんな印象を抱いた。
「――切り裂かれたようでした」
僕がこう声を発すると、みんなが僕の顔を見た。ローゼさんは“その言葉を待っていた”という風に満足げにうなずく。
「ええ。さすが、よく覚えてらっしゃいますね。トニア君の傷は、崖から落ちたことでつくそれとは全く違う。まるで何かの技を受けたようなものでしたね。例えば……“エアスラッシュ”、とか」
“エアスラッシュ”――。僕の脳裏にある記憶がフラッシュバックした。
『しょうがないですね……行っちゃいますよ?』
そう……。ナハラ司祭が張ったバリアに攻撃するとき……使った技は……。
『――“エアスラッシュ”!』
まさか、ヴェッタさんは本当にトニア君を……!
「あれは確かに“エアスラッシュ”による傷だったのか?」
「わたくしの長年の探偵稼業で培った観察眼がそう告げていますね。あの傷は“エアスラッシュ”でないとつかないものです」
シャナさんの疑いに、これまたローゼさんは淀みなく答えた。
「技による恐怖――また攻撃を受けるかもしれぬという恐怖がその九十九パーセントの信仰心を上回ったがために、精神的に怪盗に支配されてしまったのです」
「で? いったいそこのムンナはどうやってバリアを掻い潜り宝玉を盗んだ? 入り口で見張っていた俺たちが気付かないとでも?」
ルテアさんの眼光が鋭い。……そう言えば、レントラーの目は種族柄相当良かったはずだ。トニア君は、ルテアさんたちさえにも見つからずに宝玉を盗んだのかな。
「簡単な話です。バリアのことは言わずもがな、ムンナ・ムシャーナはこのバリアなど無いも同然なのですから、宝玉を盗むこと自体は朝飯前なはずでしょう。問題は、わたくしたちが見張っていたのにも関わらずどうやって誰にも気づかれずに宝玉を盗んだか、ですが……」
ローゼさんは語尾を焦らすようにしながら僕ら――探検・救助隊のほうを向く。
「あなたたちならよくご存じ、“透明玉”を使ったのですよ」