第五十四話 疑心暗鬼
――なくなった宝玉はあっさりと見つかった。だけど……なんでローゼさんの部屋から!?
★
まさか……!
そんな馬鹿な、ローゼさんの部屋から宝玉が見つかっただって!?
「ローゼさん……どういうことか、説明願いますか?」
ヴェッタさんが鋭い視線をローゼさんに向けた。
え、えぇ?
僕が慌てて周りを見てみると、スバルやミーナさん、ルテアさん、シャナさんまでもがローゼさんにこれでもかというほど敵愾心を露にさせて睨んでいる。みんな、本当にローゼさんが怪盗だと思ってるの!?
疑われている当の本人は相変わらず胡散臭い笑みを崩さなかった。逆に表情が余裕すぎて僕には怖い。
「いやはや……。みなさん、わたくしの部屋に宝玉があったからといって、わたくしを怪盗だと疑うのは早計すぎやしませんかねぇ。もしかしたら、怪盗がわたくしに疑いの目を向けるために、そうしたのかもしれませんよ?」
「私たちにとっては、そう考えることもまた早計過ぎるかもしれないということですよ。あなたが怪盗である証拠はありません。しかし同時に、あなたが怪盗でない証拠もないのです」
ローゼさんの最もらしい意見に、ヴェッタさんもまた最もらしく切り返す。僕には頭がこんがらがりそうな反論をしたヴェッタさんに、ローゼさんはホッ、と軽いため息をついた。
「……仮に私が怪盗“D”だとすると、そうですね、まず……動機から説明願いましょうか」
つまり、ローゼさんが二つの宝玉を盗む目的はなんなのか、ということか。
「わたくしはただの旅人です。宝玉など盗んでも旅の道連れにはできませんよ」
ローゼさんは今の言葉を冗談混じりに言ったらしいけど、誰も取り合ってくれなかった。確かに、ローゼさんには宝玉を盗む理由がない。これには誰も反論できないんじゃないかな。
……と、僕が思ったそのとき。
「あんたが“イーブル”なら、説明がつく」
ヴェッタさんじゃない誰かがそう声をあげた。なんと……シャナさんだ。
「どういうことですか、師匠?」
「ほう……興味深いですね」
スバルがそう聞いたあとすぐにローゼさんが『面白い』という風に声をあげた。ローゼさんが、イーブルだって?
「あんたがもしイーブルなら、今回の出来事すべてを説明することができる。たとえば、カイが宝玉をギルドに持ち帰ろう、と提案した時」
シャナさんがそう言うので、僕の脳内で昨日の出来事がフィルムのように鮮明に再生された。
『わたくしは、怪盗を捕まえた方がいいと思いますがねぇ――』
あの時か……。
「もし、あんたが怪盗だとしたら……あんたにとって器をギルドに持ち出されるのは都合が悪い。だから“プライド”とか最もらしいことを言って俺たちをここに留まらせたことも納得できる」
「ですが、怪盗Dがイーブルの仲間だとは限らないんじゃ?」
ミーナさんがちょこんと首をかしげながら聞いた。シャナさんは複雑な表情をしながら言葉を続ける。
「……仮に、俺たちが初めてローゼさんに会ったときから、すでに彼との出会いが仕組まれていたとしたら?」
ローゼさんとのファーストコンタクト……たしかシェイミの隠れ里に行く直前のことだ。実際は一ヶ月たらず前のことなのに、僕には何年も前のことのように思える。そのときから仕組まれていた、とは……?
「俺たちはローゼさんの案内でシェイミの隠れ里にたどり着いた。しかし、ローゼさんは里の中に入らなかった。そして俺たちはタイミング良くアリシアさんと遭遇したわけだが、同時にタイミング悪くダークライに消されそうになったのもまた事実だ」
「つまり、アレか……?」
ルテアさんが必死にシャナさんが言うことについていこうとして、一歩前に出た。
「そこのフローゼルは、わざとシャナたちを里に誘い込んで、ダークライに始末させようとしたと? だからこいつがイーブルだと……そういうことか?」
「俺だって信じたくないが……ローゼさんがイーブルで、怪盗“D”としてここに訪れたのなら……一連の出来事の説明はすべてつく」
……シャナさんは恐らく、今の考えを心のなかで温めておいたに違いない。しかし、温めておいたその考えを言い切った彼の顔は晴れやかなものとはほど遠かった。
「なるほど、筋は通っていますねぇ」
ローゼさんは相変わらず余裕の笑みを崩さない。その底無し沼のような自信はいったいどこから来るんだ?
「しかし、動機があったとしても私に犯行は不可能ではありませんか。何せ、わたくしはあなたたちと共に張り込みをしていたという立派なアリバイがあるのですから」
「ええ……張り込みの時はね」
ヴェッタさんがメガネを押し上げながら含みのある言い回しをした。ローゼさんはその言葉に対し、器用に片眉をあげるという動作で無言の反応をする。
「たしかにあなたは私たちと一緒に張り込みをしたのですから、昨日の日没時から今日にかけてのアリバイは完璧です。しかしそれ以外――たとえば一昨日の夜などはどうでしょう?」
一昨日の夜というと、ヴェッタさんがこの“眠りの山郷”に来た後の夜だ。
「部屋のメンバーを思い出してください……あなただけ、一人の部屋だったのではありませんか?」
たしかに、その時は僕・スバルで一部屋、シャナさん・ルテアさんで一部屋、ミーナさん・ヴェッタさんで一部屋、そして……ローゼさんは一人でひとつの部屋を使っていた。
「その時間帯は、あなたにとって自由に行動ができる時間であり、それはつまり……犯行に向けた細工をしても、誰にも気づかれない時間帯です。その時のアリバイを証明できる物は誰もいない」
「なーるほど……そういう考え方もありましたか」
ローゼさんはフムフムと顎に手を当ててしきりに頷く。そして唐突に僕らに真っ直ぐな視線を向けた。
「で、あなたたち全員が……わたくしを怪盗“D”だと疑っているのですね?」
ローゼさんはさらりと言ってのけた。僕にとってその言葉は……すごくショックだ。周りを見上げてみると全員が全員、すでにいつでもローゼさんを捕まえられるように身構えている。つまり――誰もがローゼさんを怪盗だと思っているんだ……!
どうして? どうしてみんなローゼさんを疑ってるの? 今まで一緒に行動してきたのに……!
僕は……僕は!
「――ま、待ってよみんな!」
僕はお互いに対峙しているローゼさんを庇うようにみんなの前に立った。
「どうしてみんなローゼさんをそんな風に疑うような目で見てるの!? ローゼさんは仲間でしょ!?」
「カイ……?」
スバルが、ローゼさんを庇う言葉を発した僕に、驚いたように目を見開いた。ついでに耳をピクピクさせる。
「カイ、そいつから離れろ! お前が仲間だと思っていても、そっちはそう思ってないかもしれないだろう!?」
ルテアさんも僕に向かって怒鳴る。うぅ……。僕は足がすくんだ。ルテアさん怖い……! で、でも!
「たとえ相手が僕らを裏切ったり騙そうとしてたとしても!少なくとも僕はローゼさんを……信じてる! 一度仲間になった誰かを疑うなんて……僕にそんなことはできないんだっ!」
「そんなこと言ったって……カイ……!」
スバルが心配そうな目付きで僕を見つめてきた。ローゼさんがもし、イーブルだとしたら……今一番に攻撃されやすいのは僕だ。スバルがそんな声になるのも納得はできる。僕はくるりと振り返ってローゼさんに向き合った。
「ローゼさんも、なんで自分が疑われてるのに何も言い返さないんですかっ! ねぇ! ローゼさんはイーブルなんかじゃないんでしょう!? なんとか言ってくださいよっ!」
いやだ! これ以上仲間同士で睨み合うなんて! 僕は仲間割れで誰かを失いたくない!
「ねぇ! ローゼさんっ!!」
「――ふふっ」
ローゼさんがいきなり――それはもう、誰も予想していなかったぐらい唐突に――その口から含み笑いを漏らした。
ろ、ローゼさん?
「ふふふ……あっはっは! あっはっはっは!」
ローゼさんが狂った人形みたいに哄笑し始めた……。片手は“さも面白い”といった感じで目をおおうように額に当てている。
「あっはっはっ!! いやいやいや! ひーっあっはっは! あはっ……げほげほっ!」
最後らへんは笑いすぎて腹を抱える始末だ。ついでにむせて咳き込む。な、なんでこの人は笑ってるんだ……? 自分が疑われてるというのに。
「何がそんなに可笑しいんだよッ!?」
緊張した雰囲気の中で場違いな高笑いをするローゼさんを見て、ついにルテアさんは耐えられなくなったらしい。今までで一番の怒声を放った。一方ローゼさんは笑いでこぼれた涙を軽く拭き取りながら、いまだに小さく笑いつつルテアさんの問いに答える。
「ふふふっ……いやぁ、失礼しました。あなたたちが、“わたくしが怪盗でイーブルかもしれない”という笑えない冗談でこんなに議論しているものですから……こらえきれなかったんですよ、はい」
「なんだとッ……!?」
あぁ……! そんなことを言ったらルテアさんの神経を逆撫でするだけなのに!
「てめぇ!! 俺たちに向かってそうほざくっつうこたぁ、てめぇが怪盗じゃねぇ根拠があるからなんだろうなぁ!? そうじゃなかったら、俺が真っ先にしばいてやるッ! 覚悟はできてるな!? ああ!?」
「まあまあ、そう熱くならないでくださいよ。わたくしは怪盗ではありません……」
ローゼさんは胡散臭い笑みでルテアさんの火に油をそそ……いや、落ち着かせる。そして、「それ以前にですね、みなさん。まず私より先に疑うべきポケモンがいるでしょう?」と言った。
疑うべきポケモン? いったい誰のこと? すると、ローゼさんはクルリと踵を合わせてあるポケモンの方に振り返った。
「……ヴェッタさん? あなたのことですよ、はい」
「は?」
ヴェッタさんは所謂すっとんきょうな声をあげた。
ヴェッタさん? どいうこと? 僕のみならず、この場にいた全員が恐らく首をかしげた。しかしローゼさんはそんなのお構いなしに言葉を続ける。
「――あなたは、本当に“さすらいの探偵”なのですか?」
「何をいってるんですか! ヴェッタさんがそう言ってるんだから……」
ミーナさんの反論をローゼさんは手で制する。
「あなたたちの中で“さすらいの探偵”はちまたで噂レベルの存在でしょう。誰もその姿を見たことがない。なら、その名を騙ることも容易なはずですよねぇ」
「はぁ……今度は私が疑われる番ですか」
ヴェッタさんはため息をひとつつき、“見通しメガネ”越しにローゼさんをキッと見据える。
「では聞きますが、あなたは私が探偵の名を騙っている証拠でもあるのですか?」
「えぇまぁ。証拠というほどのものではありませんが、わたくしは本物の“さすらいの探偵”を知っているんでね」
『はぁ!?』
なんて爆弾発言なんだ!? 僕ら全員は声を合わせて叫んだ。
誰なんだ!? 本物の“さすらいの探偵”って!
僕らの疑問を読み取ったローゼさんは、なぜかため息をついて肩を落とすしぐさをした。そして――。
「――何を隠そう、わたくしが“流浪の探偵”なんですから」