第五十三話 宝玉の行方
――僕らの張り込みをあざ笑うかのように、二つの宝玉は忽然と僕らの前から消えてしまった!! 怪盗がまんまと盗んだって言うの? いったいどうやって? 宝玉はどこへ行っちゃったんだー!?
★
「宝玉が……無い!?」
僕は思わず声を上ずらせて叫んだ!
僕が見ているこの光景は、決して幻なんかじゃない! きれいさっぱりと、跡形もなく、僕らの前から二つの宝玉は消え失せてしまったんだ!
「な、なんですってッ!?」
僕以上に大声をあげたのはナハラ司祭だった。彼は面白いほどの狼狽ぶりを見せながら、うろうろと広場を歩き回る。
「ほ、宝玉が……! ムンナの一族が代々守護してきた宝玉が盗まれたですって!? ど、どうすればいいんです!? これでは私はアリシア様に顔向けが……!」
「今はそんなこといいからさっさと中に入りやがれッ!」
ビクッ!
ルテアさんが腹の底から低くドスの効いた叫び声をあげた。その声はナハラ司祭に向けられたものだが、その場にいる全員が例外なく彼の声に怯む。
「そうですねぇ、まずは状況を確認すべきでしょう。何か手がかりが残っているかもしれませんし」
……前言撤回。ローゼさんにはルテアさんの叫び声ですらも通じなかった。
まぁとにかく、二人の言葉は取り乱したナハラ司祭を落ち着かせるには十分な威力を持っていた。彼は冷や汗をかきながらコクコクと首を何回も縦に振る。……というか、体をゆする。そして彼は祭壇の中に入った。僕らもナハラ司祭に続いてぞろぞろと台座の前に立つ。
「本当に……! 跡形もありません……」
ミーナさんが目を丸くして小さく叫んだ。ヴェッタさんは素早く祭壇の隅々を鋭い眼光で見て回る。
「まさか、本当に怪盗は宝玉を盗んだのか!? この鉄壁を掻い潜り?」
シャナさんも信じられないと言った感じで目を見開く。しばらく祭壇の中を見て回っていたヴェッタさんは、ひとつため息をついて僕らの方へ戻ってきた。
「だめです……手がかりはありませんでした……私がついていながらなんたる失態……!」
僕はヴェッタさんを見ているとなんともいたたまれない気持ちになった。悪いのは、ヴェッタさんじゃないのに。
「……いえ、ここでとやかく言っても仕方がありません。取り合えずやれることだけはやりましょう。――みなさん」
ヴェッタさんは気を取り直したようで、目に強い光を称えながら僕らに向かって言った。
「手分けして山郷の中を隅々まで捜索しましょう! もしかしたら、まだ怪盗は宝玉を持ち去らずに、どこかに隠しているかもしれません!……こうなったら人海戦術です!」
ヴェッタさんの探偵の意地により、僕らの山郷一斉捜索がはじまった。
残っているムンナたちも総動員して二つの宝玉を探す。正直望みは薄いのではないか、という一抹の不安はあったものの、やはりここはヴェッタさんの言う通り僕らが今出来ることをやるほかないんだ。
「カイー! そっちはどうー!?」
「まだ無いー!! スバルはー!?」
「こっちもだめ……! もう!」
しかし。
数時間かけた捜索も虚しく、宝玉が見つかったと言う知らせはどこからも聞かなかった。まさか本当に、怪盗はあの祭壇から宝玉を持ち去ったのか……!
★
――祭壇前の広場。
僕らは再び同じ場所に集合することになった。僕らが来た時にはシャナさん、ローゼさん、ミーナさんがすでに集まっていた。そして、僕らが来たすぐ後にルテアさんがしかめっ面をしながら広場に入ってくる。シャナさんはそんなルテアさんに向かって控えめにたずねる。
「あったか?」
「あったらこんな顔してねぇだろうが」
かなりギスギスした物言いのルテアさんに対し、シャナさんはばつの悪そうな顔をした。そして「……すまない」と呟く。
「……イライラするからあやまんなっつーの!」
どうやら、シャナさんの謝りは逆にルテアさんを怒らせる結果になったようだ。
「みなさん、揃っていますか!」
ここにきてヴェッタさんが広場の中に入ってきた。その顔には、薄い望みが砕かれたがためか悲壮感が漂っている。
「みなさんのその様子だと、やはり宝玉は見つからなかったようですね……」
と、その時。
「ヴェッタさんッ!!」
どこからともなく聞こえてきた叫び声と共に、ナハラ司祭が僕らのいる広場へと滑り込むように浮遊してきた。な、なんなんだいったい……急に叫んだりして、らしくないなぁ……。
「どうしたんですかナハラ司祭?」
ヴェッタさんは、また何か悪いことでも起きたのではないかという考えが頭をよぎったのか、顔をしかめながら聞いた。するとナハラ司祭は……?
「み、見つかりました! 二つの宝玉がッ!」
な……!
『なんだってーーーーッ!?』
「どこにッ!?」
「いやはや……」
「早くっ、早く出せ!!」
「意外とあっさり……!」
「……」
スバル、ローゼさん、ルテアさん、ミーナさんたちが各々反応する。シャナさんは無言のままだった。
「いったいどこにあったんですか? 誰が見つけたんです?」
ヴェッタさんは興奮と冷静の間にあるような口調でナハラ司祭に言った。すると彼は広場の入り口を振り返って、何者かに中へ入ってくるように目で合図する。そして、入り口から入ってきたのは……?
「トニア……?」
スバルが僕のとなりで小さく声をあげた。
僕らの前に現れたのは、ムンナだった。そのムンナのすぐ横には、“念力”で浮かび上がらせたらしい二つの宝玉がフヨフヨ漂っている。
……っていうかスバル? 君はいつからムンナと知り合いになっちゃってるの? フレンドリーすぎやしないかい?
「確かにそれは、本物の宝玉なんですか?」
ヴェッタさんが疑いのこもった目でトニアと言うらしいムンナの持っている宝玉を見つめた。しかし、ナハラ司祭は断固とした口調で、
「私が確認しました。紛れもなく本物です」
と言った。
「いったいどこにそれがあったんだよ!?」
ルテアさんは、もう待っていられない! ……といった様子で叫んだ。すると、トニア君はゆっくりと……あるポケ物に向かって指をさした。
「このひと、へや」
僕らは……その指差された相手の方をゆっくりと振り返る。
「……どうやら、そろそろ正体を暴くときが来たようですね――」
僕が振り向きざま、ヴェッタさんが厳かな口調で言い放った。
「――ローゼさん? ……どういうことか、説明願いますか?」