第四十九話 怪盗の天敵
――“器”を狙う怪盗・Dに対してまともに取り合う気など全くなかった僕たちに挑戦的な言葉を投げかけたローゼさん。正直、その時に彼をかっこいいと思ってしまったのは誰にも言えない秘密だ。
ところで、ムンナたちがまた僕ら以外で侵入者を捕らえたらしいんだけど……?
★
「何ッ!? 侵入者ですって!? 今度こそ怪盗ですか!? こうしてはいられないッ!?」
ナハラ司祭はムンナからの報告を受けた瞬間、電光石火の早さで部屋から飛び出した。もしかして、また勘違いしてる……?
「はぁ。怪盗は犯行時刻まで絶対に現れないと思いますがね……」
ローゼさんが頬杖をつきながら興味無さそうに言う。その横でシャナさんは立ち上がった。
「……その侵入者、気になるな。俺たちも行こう!」
「えぇ!? マジかよ!」
「確かに、私たちみたいに誤解を受けているかも知れませんね」
嫌がるルテアさんの横でミーナさんが言った。その言葉はローゼさんを除く全員の腰を浮かせるには十分すぎる説得力があった。何せ、僕らは今さっき誤解を受けたわけだからね。
「行こう、カイ……」
「うん……」
眠そうに言うスバルに、僕も同じく眠そうに答えた。
「わたくしはここで待っていますからねー」
ローゼさんは行く気が更々ないようだ。……はぁ。今日は一日が長いなぁ……。
★
僕らが先ほどの地下牢にたどり着くと、ムンナたちとナハラ司祭があるひとつの牢の前に集まっていた。そして……?
「だからぁ、私は怪しいものじゃないと申しているではありませんか! どうすれば信じてもらえるんです……!」
牢屋の中にある一匹のポケモンがうんざりした声をあげた。
茶色を基調とした体に、腹の部分には逆三角形の模様、頭には独特のツノのようなものが。ヨルノズクというポケモンが鉄格子の間から手……ではなく羽を出して必死にムンナたちに訴えているが……やはり、ミーナさんが懸念した通り聞く耳を持たないようだ。
彼(声で判断する限りオス)を怪盗だと信じて疑っていないようである。ちなみに、そのヨルノズクは“見通しメガネ”をかけていた。
「黙りなさい! あなたが怪盗“D”だというのはわかっているのです!」
「いや、ディーって何なんですかいったい……?」
「ちょっといいか?」
険しい表情のナハラ司祭とうんざりしているヨルノズクが会話をしている間に、シャナさんが慎重に彼らの間に割って入った。二人は同時にシャナさんを見る。
「ナハラ司祭、ちょっとこの人から話をうかがっても?」
「い、いえ! あなたたちの手を煩わせるわけには……!」
「……アリシアさんが同じことを言ったら?」
「ぐっ!」
シャナさんはナハラ司祭の少々痛い部分をついた。意地悪だね、この人。ナハラ司祭が押し黙ってしまったのをシャナさんは了承と見なし、牢屋越しのヨルノズクに近づいた。
「とりあえず……お気の毒だな」
シャナさんの第一声に全員がずっこけそうになった。いや、あのねシャナさん……!!
ヨルノズクのほうはというと、シャナさんを見るとムンナ以外のポケモンがいたのに驚きつつ、やっと話が出来るポケモンが来てくれてほっと安心しているように見えた。
「あ、あなたがたは……」
「俺たちは探検隊と救助隊だ。俺の名前はシャナ」
「ああ、よかった探検隊ですか! お願いします! ムシャーナさんの誤解を解いていただけませんか!?」
ヨルノズクさんはまるでシャナさんを救世主を見るような目付きになった。
「その前に、あなたの身元を教えてくれないか?」
「もう、ここから出られるのならいくらでも!」
そう叫んだヨルノズクさんは、自分の身元を明かし始めた。
「私の名前はヴェッタと申します。えー……職業は、地方を旅しながら探偵稼業をしています」
『――た、探偵!?』
全員の声がシンクロした。これはまた、怪盗と同じぐらいに聞かない職業が……!まって、これ出来すぎてない? 怪盗が“器”を盗む予告をした矢先、探偵が現れるなんて……!
「た、探偵ってもしかして……最近巷で噂になってる探偵かッ!?」
ルテアさんが興奮ぎみに叫んだ。……噂って?
「各地で起きている難事件を、どこからかフラリと現れて解決しては、お礼もなにも受けないままフラリと去るという――“さすらいの探偵”!」
「はあ……確かに私をそう呼ぶポケモンもいましたね……」
「うぉおお!! すげー! サインくれサインッ!!」
「「……ルテア……」」
シャナさん、スバルの師弟コンビが同時に呆れた。その横で、さらに状況が理解できないナハラ司祭がシャナさんに歩み寄る。
「……それで、この人はいったい……? “たんてい”とはなんですか?」
怪盗は知ってるのに探偵を知らないって珍しいね。
「ああ……簡単に言ったら、まあ怪盗と反対と言いうか……事件を解いたり犯人を言い当てるのを生業にしている人だな……」
「それなら、怪盗“D”の犯行もこの人に阻止してもらえばいいじゃないですか」
そう言ったのはミーナさんだ。確かに、話の流れだとそうなるよね。
「ここでもなにか事件が起きてるんですか?」
さすが探偵というか、ヴェッタさんはミーナさんの言葉からある程度の事情を察したらしい。
「ああ……いまこの“眠りの山郷”で、怪盗の犯行予告が届いていて……」
シャナさんの言葉に、ヴェッタさんの目付きが変わった。
「ほう! それは探偵としては放っておけませんね。私でよければその怪盗の逮捕に全力を尽くしますが?」
そう言って彼は自分が牢屋の中にいるのも忘れて、羽でメガネをクイッ、と押し上げた。
「そりゃあ良いじゃねえか! ヴェッタさんがいれば怪盗はお縄につくし、こっちは安心して“器”も回収できる。いいだろう? ナハラ司祭!!」
ルテアさんがナハラ司祭に詰め寄って脅……ごほんっ、提案をした。彼は垂れ下がった鼻(口?)をひくひくさせる。
「は、はぁ、“器”が守護できるのなら私は……」
「じゃあ決まりだ。ナハラ司祭、彼を出してやってくれ」
「はい」
シャナさんの言葉を受けたナハラ司祭は、すぐに牢屋に近づいて何か細工をした。
ガチャン。鉄格子はすんなりと開いて、ヴェッタさんが晴れやかな顔で牢から出てきた。
「ありがとうございます!! 何てお礼を言えばいいのか……」
「お礼をされるようなことは別に何も。怪盗逮捕、よろしく頼む」
「了解です!」
こうして、“眠りの山郷”にヴェッタさんという新たなポケモンが増えた。
★
僕らはそのまま全員でナハラ司祭の家まで戻った。
部屋で待っていたローゼさんは、ヴェッタさんの姿を見ると一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの胡散臭い顔に戻ってヴェッタさんにしきりに話しかけた。やれ「人間に興味がありますか」だの、やれ「いやぁ、探偵というものを私は初めて見ましたよ」だの。
そのあと僕らは遅すぎる夕食のもてなしを受けた。正直僕とスバルはあくびを噛み殺すのに必死だった。部屋に戻ったあとにスバルと何回あくびを我慢したのか比べ合ったのは、二人だけの秘密である。
疲れた……!
僕らはやっとのことで割り当てられた部屋で藁のベッドに身を預けることができた。長かった、今日は長かったよ……。
窓から空を見ると、少しだけ欠けた満月に近い月はすでに真上に来ていた。普段なら完全に夢の中の時間だ。僕はスバルと同じ部屋に割り当てられた。他はシャナさん・ルテアさんで一部屋、ミーナさん・ヴェッタさんで一部屋、そしてローゼさんは一人だという。
「スバル……まだ起きてる?」
「……んぅ……何、カイ?」
「今日は色々ありすぎたね」
「……そうだね」
スバルがそこまで答えると、部屋を沈黙が支配した。僕らはお互いに背中を向けながら寝ているから、スバルの表情は見えない。
「……スバル」
「何?」
「ローゼさん……やっぱりだめ?」
「……うん」
「別に興味で聞くけど、何でだめなの?」
スバルはしばらく沈黙したあと、聞こえるか聞こえないかわからないぐらいの声でこう言った。
「……あの人の目……何でも見透かそうとするような目をしてるの……それでいて、写ったものを何も信じていない目をしてる……」
「……」
どういうことだろう?
見透かしてるけど、信じていない?
「……だめ……あの人と一緒にいると、私の秘密が……弱さが……ばれてしまいそうで怖い。あの人は恐らく誰も信じてない。なのに、そんな人に弱さを見せたくないの……」
……スバル。僕はゴロンと寝返りをうってスバルの方を向いた。僕からはスバルの背中と割れた尻尾が見える。
弱さを……見せたくない……? スバル……僕は……。
「僕は、その気持ちが知らず知らずのうちに自分を追い詰めないか心配だよ……」
「……」
「スバル?」
僕は起き上がってスバルの顔を覗いた。……彼女は目を閉じて静かな寝息をたてていた。
「……ふぅ」
まあいいか、僕も早いこと寝ちゃおう。明日のほうが今日より大変だろうし……。
「……おやすみ、スバル……」
★
「……っ……ぅうっ……ぁ……! ……いやぁッ!」
ガバッ!
……な、なに……!? また……変な夢を……!!
「……はぁっ……はぁっ……!」
私は荒い息を繰り返しながら、辺りを見回した。誰か……! 誰かいるッ……!?
見ると、私のすぐ隣でカイが深い眠りについていた。呼吸で胸が上下する以外に全くといっていいほど動作が感じられない。寝てるときにここまで動かないのも珍しい。
「……はぁ……」
よかった……独りじゃない……!
私はカイの姿を確認できると自然と呼吸が楽になった。静かに上半身をベッドに預ける。
また、あの夢を見た。なぜだか暗くて何も見えないのに……痛みだけがひたすらに襲ってくる夢……。だけど、夢にしては鮮明すぎるほどの痛み……。なぜ、なぜこんなことが……!? もしかして、私の失った記憶が関係してるの……?
私……人間だったころ……何をしていたの? 何でこんな痛みが襲ってくるの? 私……悪い人だったの? 悪い人だったから、罰として痛みを受けてるのかな……? でも……そもそも私は本当に人間、だったの? 私が自分でそう思い込んでるだけなの……?
わからないよ……! お願い……誰か教えて……!
――私は……誰なの? 何者なの……!?――