第四十八話 ムンナの山郷と“怪盗”
――牢屋からはミーナさんのアレもあり短時間で脱出できたんだけど、今度は“サイコキネシス”で締め付けられるという笑えない待遇を受けた僕たち。どうしてこんなことになっちゃったんだろう……?
……あ、アリシアさんの説明不足が原因か。
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「――申し訳ありませんッ!!」
僕たちがアリシアさんの仲間であるとわかった瞬間、ムシャーナは誠意の限りを尽くして僕らに謝り始めた。その平身低頭ぶりといったら、さっきまで“サイコキネシス”で僕らの意識を沈ませようとしていた同一人物とは思えない。
「あなたたちがアリシア様のお仲間だったとは知らなかったのです! どうか、どうか私たちの無礼をお許しくださいぃ!!」
「いや、あの、もう……」
シャナさんは“サイコキネシス”を受けていたときよりも一層げっそりとした表情でそんなことを口にした。確かに謝りすぎだよね、この人。僕らがそのまま無視してたら土下座でもする勢いだ。ムシャーナに土下座をできるかわからないけど。
「あんたさっきからアリシアさんを“様”付けしてるけど、面識あんのかよ? どんな関係だ?」
ルテアさんは呆れに近い形で言うと、スバルが「その前に、あなただれ?」と小声で聞いた。
「私はここ――“眠りの山郷”にて司祭をさせていただくナハラと申します。先程も申しましたが、“器”の守護をさせていただいている身です」
へぇ……司祭ね……。
「それで、アリシアさんとの関係は?」
これはミーナさんの言葉だ。
「はい。私たちムシャーナ族は、光の泉にて“月光リボン”を使い進化する種族です。そしてクレセリアは月の化身。“月光リボン”で進化する種族はクレセリアを尊敬し、崇めています。“器”の守護を任されている“眠りの山郷”のムンナはさらに信仰心が深い。もちろん、私も」
「なるほど。しかし、なぜアリシアさんは事前に教えてくれなかったのでしょうかねぇ? そんな重要事項を」
いままで言葉を発していなかったローゼさんが胡散臭い微笑をたたえながら聞く。それにボソッと答えたのはシャナさんだった。
「……コミュニケーション不足だろうな、彼女の場合……」
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ひとまずこのまま地下の牢屋で話すのもなんだと言う話になり、僕らはナハラ司祭の案内で一旦外に出ることにした。
「わ、もう外は真っ暗だ……」
スバルが外に出たときに思わず呟いた。先頭にいたナハラ司祭は僕らに振り返る。
「ここから山郷の中心まで少し歩きます」
そう言って彼(?)は歩くと言うより浮遊しながら生い茂る木々のなかを縫って行った。僕らがしばらくついていくと、星たちしか明かりがなく真っ暗に近かった茂みから少し先に松明のような光が見えた。そして、生い茂る草木が突然終わりを告げる。
「ふう……。色々と手違いはありましたが――。ようこそいらっしゃいました。ここが“眠りの山郷”です」
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“眠りの山郷”は土地の形がきれいな円形で、中央におかれた巨大な松明を中心に集落を築いているようだった。(ただし、集落にすむポケモンはムンナたちだけ。)夜はこの松明が主な光源になるらしい。
「……カイ、見て……。あれ……」
「ん?」
彼方に目を凝らしながらスバルが呟くように僕を促す。僕がスバルの視線の先をたどると、この山郷の中心から少し離れた場所に切り立った崖がそびえていた。その崖の中腹に……なんと建物が埋め込まれるように建っていたのだ!
「なにあれ……神殿……?」
スバルが半ばひとり言に近い形で、感動の吐息と共にそう漏らす。するとそれに気づいたナハラ司祭が僕らに視線を移す。
「あれは神殿ではなく祭壇です。私はあそこで仕事をしています……普段は立ち入り禁止ですが」
「ほほう! もしや、あの祭壇に“満月のオーブ”の“器”が納められているのですか?」
ローゼさんがナハラ司祭に顔をギリギリまで近づけながら言った。なんでそんなことをする必要が……? 普通に喋ればいいのに。
「え、ええ。まあ、そうなのですが……」
「お。なら早めにその“器”をくれよ。こっちは一刻を争ってるんだ」
ルテアさんの言葉に、ナハラ司祭はなぜだか非常にフクザツな表情――それはもう、既に不味いと知っている食べ物を、不本意ながら誰かに食べさせようとしているような、なんとも言えない表情になった。
「いや、あの、それがですね……。できれば私たちもそうしたいんですが……」
ナハラ司祭の言葉の歯切れが悪い。
“できればそうしたい”? “器”を僕らに渡したくてもそう出来ない理由があるってこと?
「なにか都合が悪いのか?」
「説明すると非常に、ひじょーに長くなるのですが」
“ひじょーに”を強調しながら、ナハラ司祭はシャナさんに言う。あとから聞いた話、シャナさんはこの時『なんで毎度毎度ことがうまく運ばれた試しがないんだ!』と、頭を抱えたくなったと言う。
そんな彼の心情を知ってか知らずか(たぶん知らないだろうなぁ)、ローゼさんは興味深いといった形でこう言う。
「ほほう? その込み入った事情は先程おっしゃった“怪盗”となにか関係があるのではありませんか」
「か、怪盗って……マジで言ってんのかよ」
ルテアさんの呆れも無理のないことだった。
怪盗なんて、それこそおとぎ話にしか出てこないような単語だ。いや、実際に現実にも怪盗は存在するにはするんだけど、少なくとも僕らには縁がないシロモノであって……。
僕が聞いたことがある“怪盗”は、昔に“時の歯車”を盗んだというある意味勇者並みの勇気を持った怪盗ぐらいだ。
そんな怪盗なんていう就職率の低い職業のポケモンが、この秘境に近い“眠りの山郷”に、わざわざ現れるって言うのなら、僕らの運は最強……もとい最凶だ。こんな面倒なときに現れるなんて。
「まさかあなたの言う“怪盗”が……“器”を盗みに来たとか、そんなハタ迷惑なことは言いませんよね?」
にこり。
ミーナさんが満面の笑みでナハラ司祭に言う。……額に筋を浮かべているように見えるのは、僕の目の錯覚であると信じたい。
「あはは! いやー、実は……! その通り、なん、です……」
最初は冷や汗を浮かべながら笑っていたナハラ司祭だけど、語尾にいくにつれてその声のボリュームは見事に小さくなった。
僕らの運もアレだけど、ナハラ司祭のお気の毒ぶりもまたなかなかのものだね。
★
とりあえず僕らは“眠りの山郷”で一番大きな建物(祭壇を抜く)であるナハラ司祭の家に案内された。……広い。シェイミ長老の時もそうだったが、なんで偉い人の家ってこんなに広いんだ!
「……カイ? 大丈夫?」
僕がそんなことを思っていると、スバルが訝しげに僕に言った。おっと。変なことを考えてるうちに、いつの間にか全員が席についたようだ。
それを確認したナハラ司祭は、もてなしもそこそこに本題に入った。
「怪盗に『“器”を盗ませてもらう』という予告状が届いたのはつい三日前のことです……」
ナハラ司祭が厳かに語る怪盗の話は、要約するとおおよそこんな感じだ。
ナハラ司祭はいつものようにあの崖のに建っている祭壇で自らの仕事をこなそうとしていた。しかし、祭壇のなかに入ってみると(この世界じゃなかなか貴重な)紙が一枚落ちていたと言う。
「もうその時の私は……紙に書かれた内容を見る前に驚きで飛び上がりましたよ! ……といっても、私は元々浮遊しているので、もちろん今のは比喩ですが」
……まあ、そうだよね。
「なぜ紙の内容を見る前に飛び上がったのですか?」
ローゼさんがなかなかこの話に興味を示しているせいか、まえかがみになって聞いた。
「この“眠りの山郷”では、司祭になった者にある能力を授けられます」
『能力?』
「はい。その能力というのは、私とムンナ以外に入ることが出来ない“絶対防御”のバリアを張る能力です。司祭だけに授けられるこの能力で、私たちは“器”を守ってきたのですが……」
「そのバリアを張っていたのにも関わらず、何者かが紙をそこに置いたのに対して、飛び上がったということ?」
ナハラ司祭の言葉をスバルが引き継いだ。なるほど、そういうことね。
「はい、とりあえず私はその紙に何かが書かれていたので読んでみたのですが……」
その紙には、『次の満月の夜に祭壇にまつられた宝玉を盗みに参上する』という内容の文が書かれていたという。
差出人である怪盗は自らを“D”(ディー)と名乗っていたらしい。変な名前。なんでDなの?
……まあとにかく、ただでさえバリアをかいくぐられてパニックだった司祭は、文面を見てこんどは目が飛び出そうになったという。(もちろん比喩だけど)
司祭はすぐムンナたちに『辺りへの警戒を強め、山郷への侵入者は例外無く捕らえるように』という伝達を下した。
……その結果、僕らは“さいみんじゅつ”であっけなく御用になって今に至るというわけだ。なんてはた迷惑な、怪盗D……!
「しかし……俺たちを怪盗と間違えたとは……」
シャナさんがいよいよ本格的に目頭を手で押さえ始めた。相当ストレスがたまっているらしい。
「で? 怪盗が予告した犯行時刻――“次の満月”はいつなんですかねぇ?」
ローゼさんの疑問に、ナハラ司祭は……?
「――明日です」
『明日ッ!?』
なんでなんでよりにもよって僕らが“器”を回収しにここにきた次の日に盗むんだ怪盗D!?
……ん? 待って。
わざわざ“器”を盗まれるのを待ってる必要なんかないじゃないか。
「あのぅ……怪盗が“器”を盗む前に、僕らがギルドへ“器”を持ち帰ってしまえばいいんじゃ……?」
僕がそう言った瞬間、全員がバッ! ……っと僕を見た。
え、え?
なんでみんなそんな顔で僕を見るの?
「……カイ……」
ルテアさんがみんなを代表するかのように呟いた。
「……は、はい?」
「……お前……天才じゃね?」
「……はい?」
「そうだぜ! なんで今まで気づかなかったんだ!?」
ルテアさんが立ち上がった! そしてナハラ司祭に詰め寄る。
「おい! “器”の場所に案内しやがれ、いますぐ!」
「え、えぇええ……?」
鋭さを通り越しもはや命の危険しか感じさせない彼の眼光に、ナハラ司祭は身震いしながら後ずさる。
「確かにそうですよね。わざわざ盗まれるのを待つ必要はありませんよね」
「なんでいままで思い付かなかったんだろう……?」
ミーナさん、スバル! ルテアさんを止めてあげて! ちょっと! シャナさん!? 誰か止めて、ナハラ司祭が危ない!
「……手っ取り早く終わらせようルテア」
「おうよ!」
えぇええ!? シャナさんまでどうしたの!? ああ! ナハラ司祭の身に危険が……!
「――少々よろしいですか?」
「あ?」
「ん?」
ナハラ司祭が今にも脅されるってタイミングでそれを遮る声が響いた。
……ローゼさんだ。
「わたくしは、ここで怪盗を捕まえるべきだと思いますねぇ、はい」
……え?
「なぜだ? どう考えたって怪盗に盗まれる前に“器”を回収した方が、確実だし安全だぞ」
シャナさんが、顔には出していないが“丸く収まろうとしてるのに横槍を入れるな”というオーラを放ちながら聞く。しかし、ローゼさんはそんなの全くお構いなしに微笑をたたえた。
「怪盗を無視するということは、この地域にのサボらせている犯罪者をみすみす野放しにすることと同意義だとは思いませんか」
全員が返事に窮した。
「それは探検隊や救助隊としてどうかと思いますけどねぇ。プライドの問題ですよ、これは。あちらからわざわざ現れるとおっしゃっているのです。こんなチャンスは二度と訪れないかもしれませんよ?」
う、うーん……。意外に説得力があるなぁ。
「わたくしたち六名が集まったのは、もちろん“器”の回収のためですが、このタイミングで怪盗が現れたのは……運命がわたくしたちに“怪盗を捕まえろ”と言っているように思えてならないんですよ、ええ」
そこまでいい終えた彼は、僕らに――つまり、探検隊、救助隊である僕らに向けて挑戦とも取れる笑みを浮かべた。胡散臭いが、説得力がある。
「さあ、どうするんですか?」
ローゼさんがそこまで言った時――。
「――しんにゅうしゃ、ほかく」
ドアの向こう側からくぐもった声が響いた。恐らくムンナだろう。
ん……? “しんにゅうしゃ”ってことは……?
えッ!? 僕ら以外に部外者の誰かがいたの!?