第四十六話 “器”捜索隊、波乱万丈な始動
――“満月のオーブ”を探すために選ばれたメンバーの中に……なぜかローゼさんが加わった。何がどうしたからって流浪ポケモンであるローゼさんが助っ人なんかに選ばれたんだろう……?
★
沈黙。
僕らはアリシアさんの示した、“満月のオーブ”の“器”があるという場所――眠りの山郷という場所に向かって歩を進めていた。
無言で。
確かにシャナさんやミーナさん、僕が静かなのはわかるんだけど、なんでルテアさんやスバルまで静かなのか。それは、この人(ポケモン)のせいだ。
「――いやはやっ! 雲ひとつない晴天! “満月のオーブ”の“器”の回収には持って来いな天気ですねぇ!」
そう、全員が一言も発しない中でひとり場違いな声をあげる――ローゼさんのせいだ。
「おい、カイ……あいつ誰だよ……?」
ルテアさんが僕に小声で聞いてくる。そんなルテアさんの表情は完全に不審者を見たときと同じになっていた。はぁ……僕が知りたいですよ……。
スバルはローゼさんが加わった瞬間から超がつくほど警戒心を露(あらわ)にして一言も発しないし、シャナさんに至っては完全に知らん顔。ミーナさんもローゼさんとはシェイミの里で面識があるようだが、やはりどうすればいいのか困った顔になっている。
「なんでローゼさんがこのチームに入ることになったんですか。会議で何があったんです?」
僕はルテアさんに質問で返した。すると彼はため息をつきながら首を振る。
「はぁ……それはだなぁ。あのおかしなフローゼルが会議に乱入してきやがったんだよ」
ルテアさんのわかりにく……えー、説明らしからぬ説明によると……。
いきなり会議中にどこからか現れた彼は、なんとウィントさんと知り合いだったらしい。そのとき会議では“器”の回収の要員が足りないという話になっていたので、ウィントさんが勝手にローゼさんを要員に加えてしまったらしいのだ。「彼はなかなか腕がたつからー」といいながら。
「はっきり言って、こんな胡散臭い奴で大丈夫か心配だぜ……」
「ご心配には及びませんよ、ルテアさん」
「「うおあっ!?」」
び、びっくりしたぁ!! いきなりローゼさんが僕らの間にニュッ、と入ってきた!
「てめぇはいきなりなんなんだ! あー、ビックリしたぜ……」
「皆さんなんでそんなに静かに黙々と歩いていらっしゃるんですか? せっかく団体行動をしているというのに……」
そのとき、僕らは全員同じことを思ったことだろう。
――あんたのせいだよッ!
……って。
「ところで、今から向かう“眠りの山郷”はいったいどこにあるんだ?」
ルテアさんが、ローゼさんのとばっちりを受けないように終始無言で先頭を歩いていたシャナさんに訊ねた。
「ギルドから北にある“幸せ岬”の近くの山あいだ。ただアリシアさんが言うには、“器”を隠してあるだけあって見つかりにくい場所にあるから迷わないように気を付けろ、だと」
「迷わないように……ねぇ」
ミーナさんがジトッとした視線をローゼさんに送った。そう、彼は生粋のド方向音痴なのだ。ローゼさんのいう方角だけにはついていかないように気を付けよう……。
僕(もしかしたら僕ら)がそう決心しているのを露ほども知らない当の本人はというと――。
「いやぁ、スバルさん? 今日はなんだか無口ですねぇ。私と“人間”について熱く語り合いませんか!?」
「……いえ」
「最近探検隊になられたそうじゃないですか、おめでとうございます!」
「……どうも」
「噂によれば、駆け出しながらダイヤモンドランクの探検隊相手に大健闘だったそうじゃないですか!」
「……はあ」
しきりにスバルに話をかけていた……。それをあしらうスバルもスバルだけど。
「なんて人です……?」
ミーナさんが僕の横で呆れているのも無理はない。
★
「おーい、シャナ! まだ着かねぇのかよ?」
ぜぇ……。
僕らがギルドを発って早四時間。いまだに目的地である“眠りの山郷”には着けずに、森のなかをさまよい歩いていた。先頭のシャナさんは地図を様々な角度で見ながら困った顔になる。
「うーん……地図上によればここら辺であっているはずなんだが……」
「んじゃ、なんで着かない?」
「これは……迷っ――」
「だぁあああっ! 俺は認めねぇぞ!? 救助隊ともあろうものがダンジョンで!」
ルテアさんはシャナさんの冷静な分析(冷静すぎるような気もするけど)を遮って叫んだ。
いやぁ、“認めねぇ”っていったって、迷っちゃったものは仕方がないをじゃ……? でも、シャナさんってこんなに方向音痴だったっけ?
「なんとかしやがれシャナぁああ! 遭難だけはごめんだぞ!」
「お前昔も道に迷って取り乱してたな」
「いまはそんなの関係ねぇ!」
「あ、みなさん」
ルテアさんがそろそろぶちギレるぐらいの声音になったとき、いきなりローゼさんが二人の間に割って入った。
「なんだよあんたは?」
「ひとつ言い忘れていたことがありました」
「あん? なんだと?」
ルテアさんのイライラした口調にも動じずに(あるいはイライラしていること自体に気がつかずに)ローゼさんは胡散臭く微笑んだ。
「……すごく嫌ーな予感がするのは私だけですか?」
ミーナさんが僕とスバルに向かって呟く。……ミーナさん、実を言うと僕もそう感じてるんです……。
……と、僕は言おうとした。だけど、それを言葉にするとなんだか負けてしまうような気がしたから言うことができなかった。……何に負けてしまうかって聞かれたら……返事に窮するけど。
「……何を言い忘れてたんだ?」
シャナさんがため息混じりに先を促すと、ローゼさんはいっそ清々しいぐらいの胡散臭い笑みを浮かべてこう言った。
「ほら、わたくしって方向音痴じゃないですか。で、わたくしと歩いてると――一緒にいる人まで迷ってしまうんですよねっ」
『……』
全員が目を見開いて沈黙した。
それって。
つまり。
この状況は。
「てめぇのせいかぁあああッ!!」
ルテアさんの叫び声が森の中にこだました。その瞬間、木々にとまっていた鳥ポケモンたちが、一斉に飛び上がっていたのを見たことを補足しておく。
★
……仕方がない……迷ってしまったものは仕方がないんだ。
とにかく僕らは手当たり次第に山あいを歩き回って“眠りの山郷”を探す……んだけどね。そりゃ、一度迷ったのに歩き回るだけで見つけられたら、僕らは最初から苦労しないよね。
「……まさかここまで見つからねぇとは……なんてはた迷惑な方向音痴だ、あのフローゼル……!」
ルテアさんがうんざりとした様子で西側に沈む太陽を見た。このままだと、最悪の場合野宿かもしれないと思うと、確かにこの空間を支配する重い空気もうなずける。ぼくがルテアさんの境遇を考えていると、いきなり場に大きな声が響いた。
「――待って! みんな止まって!」
な、なんだ!?
スバルがいきなり僕たちに向かってそう叫んだのだ。歩いていた僕らは当然その声に反応して立ち止まる。
「どうしたんですか、スバルさん?」
ミーナさんが心配そうに声をあげる。すると、彼女は……?
「……悲鳴……誰かの悲鳴が聞こえたの!」
ええ!? 悲鳴だって!? 全然気づかなかった……。気づかなかったのは僕以外も同じだったようで、みんな腑に落ちない顔をしている。
「確かなのかそれは?」
シャナさんがスバルに聞くけど、スバルは悲鳴とやらが聞こえたらしい方向を凝視したまま……。
「……行かなきゃ……!」
ダッ!
彼女はいきなり走り出した。あ! ちょ、ちょっとスバル!?
「おいおいマジかよ」
「追うぞ!」
「スバルさん待ってー!」
「ほう、面白くなってきましたねぇ」
全員は弾かれたようにすぐさま走り出してしまった。え!? ちょっと置いてかないでー!
★
僕が一番遅れてスバルが走っていった場所にたどり着いた。すると、スバルがしゃがんで何かを覗いているのが見えた。
「みんな来て! 誰かが倒れてる!」
僕ら全員がスバルのほうに走っていった。するとそこには……?
ピンク色に花柄模様が入ったまるっこい体、手足は短く垂れ下がった鼻(くち?)が特徴の――ムンナというポケモンだ。
だけど、このムンナは全身に怪我を負い倒れていたんだ。見ただけで痛々しい。
「ねぇ! 大丈夫!? しっかりしてよ!」
「あー、待て待て。動かすと傷に障る」
ムンナを揺さぶろうとするスバルをルテアさんがすかさず止めた。そして彼はムンナの様子を調べた。さすが救助隊、慣れた手つきだ。
「……この程度の傷ならオレンの実ぐらいで大丈夫だ。ほらチキン、早くオレンの実よこせよ」
「チキンは余計だ! まったく……ほら」
シャナさんがオレンの実を手渡すと、ルテアさんはそれを絞ってムンナに振りかけた。
「ま、後は“アロマセラピー”だな。ミーナさん、頼んだぜ」
「はいっ」
すかさずミーナさんが“アロマセラピー”をかける。するとムンナは「うぅ……」と唸りながらゆっくりと目を開けた。傷はいつの間にか癒えているようである。すごい……!
「……ぁ……れっ……?」
僕らに囲まれているこの状況の中で目を覚ましたムンナは、わけがわからずに呆然と声をあげる。するとそこに……?
「よかった! 目を覚ましたんだね!」
ギュッ、とスバルが飛び付く勢いでムンナを抱き締め……ようとして、ピタッとすんでのところで止まった。……前のサスケさんの経験から、自分がムンナに触れるとどうなるか、思い出したらしい。
「よかった……! でも、どうして怪我をしていたの? こんなところで……」
緊張の糸が切れたのか、はたまた抱きしめられなかった反動か、スバルはタネマシンガンのようにムンナを質問攻めにした。なぜだか僕には、スバルのそれに比例してムンナの顔色がだんだん悪くなっていくように見えた。
「……ぼく、だめだ……はやく、いかなきゃ……!」
「え?」
ムンナは小さく呟いた。その体は何かに恐怖するように震えている……?
「……いかなきゃ」
「え、あ! ちょっと待って!」
スバルから離れたムンナは、そのまま浮かび上がってどこかに飛んでいってしまった。スバルはかなり驚いた表情になる。
「待って!」
ダッ、とまたスバルは走り出してしまう。あ、ちょっと待ってスバル! 今度はどこへ……!?
「くそっ、またかよ!」
「今日のスバルさん、なんか挙動不審……」
「はぁ……」
「いやはや、元気でいいことじゃないですか!」
★
再び僕らがスバルのところに追い付くと、彼女はどうやらさっきのムンナを見失ってしまったみたいで、「あれ……どこへいっちゃったんだろう……?」と、つぶやきながらキョロキョロと辺りを見回していた。
「はぁ、いい加減にしろよスバル! 単独行動はやめてくれ」
シャナさんはうんざりしてスバルに言った。実にごもっともな言い分なのだが、それで納得しないのがスバルだ。
「だって! あんなに怪我したムンナを放っておけないじゃないですか!誰かに攻撃されたのかも……!」
「だからといって毎度これじゃあいつまで経っても……?」
ん?
シャナさんの言葉が途切れた。僕らが不審がってシャナさんを見ると、彼は茂みの向こうの一点を見据えて固まっていた。
「なにがどうしたんですかししょ……」
そう言いながらシャナさんの視線の先――自分の背後の茂みを見るために振り返ったスバルも、唖然とした。いったい僕らの前に何が現れたかというと……?
「――ムンナ……?」
……そう、ムンナが僕らの前に現れたのだ。――大所帯で!
『え、えぇえええ!?』
僕らは全員で叫んだ!
「何がどうなっているんですー!?」
「知るかー!」
「いや絶景ですねぇ」
「意味不明だ!」
「さっきのムンナいないの!?」
ミーナさん、ルテアさん、ローゼさん、シャナさん、スバルが各々反応した。
なんでこんなにムンナがたくさんいるの!?
待て、落ち着け! これは何かの間違いだ。ムンナに囲まれているなんていう目の前の光景は夢に違いない!
だが、このムンナたち……。
「……しんにゅうしゃ」
「……きけん」
何かをものすごく勘違いしている! 僕らが完全にパニックに陥ったところで、僕らを囲んでいるムンナたちは一斉に叫んだ。
『――“さいみんじゅつ”』
ぐわん。
……はれ?
……なんだかいきなり睡魔が……?
僕は地面に倒れそうになりながら周りをみてみると……?
「くそっ……!」
「なんだっ……!?」
「ふわぁああ……眠いですね」
「う……」
「待って……!」
バタッ、ドサッ!みんなが次々と地面へ倒れていった……。
そして……ぼ、く……も……。