第四十五話 合同会議
――カイたちとリオナがカフェで話をしている一方で、ギルドではある会議が始まろうとしていた。
★
――ギルド三階・大展望台。
展望台には普段、何も置かれておらず開かれた空間なのだが、今回はテーブルと椅子が円卓のように並べられていた。それぞれの席に座ったポケモンのうち、真ん中に座っている色違いのサザンドラ・ラゴンが席から立つ。
「では今から、探検隊連盟・救助隊連盟による合同会議を行う」
まばらな拍手が起きた。ウィントが一番一生懸命に拍手していたので、何か場違いな雰囲気が辺りを漂う。全員を見渡したラゴンはおもむろに口を開いた。
「まずは自己紹介といこうか。お互い知っている顔ぶれもいると思うが、改めて、な」
そういった彼は、その場に立ち上がった。
「俺の名前はラゴンだ。ビクティニのギルドの副親方兼代理、及びPEUの一員だ。一応この“イーブル”対策本部では総責任者をつとめている。ちなみに……」
ラゴンはちらっとウィントを見る。
「なぜ親方を差し置いて総責任者なのか、という疑問は受け付けない」
ラゴンが席に座ると、次はすぐ横のフーディン――フォンが席を立つ。
「救助隊・“フォース”のリーダー及び救助隊連盟(PRU)一員のフォンだ。ここでは一応副責任者になっている。よろしく頼む」
そのあと、ラング・ランティフ・ルテア・シャナ・ウィントの順で自己紹介をした。(ただし、ウィントが自己紹介をするときは全員グミを詰め込まれた。)
そして自己紹介は円卓最後の一人となった。そのポケモンはおどおどとしている。自分がどうすればわからないみたいだ。そのポケモンというのは……?
「……アリシアさん、自己紹介を」
そう、クレセリアのアリシアだ。シャナは、彼女の隣で静かに耳打ちをする。
「ええ……と、な、何を言えばいいんでしょうか?」
アリシアは小さい声でシャナに返す。
「自分の名前と、これからどういうことをしていくか、とか……」
「わ、私の名前はアリシアと申します。ええと、三日月の羽根の場所や、満月のオーブの場所を探って皆さんをお手伝いしようと思っています……こんな感じでいいんですか……?」
アリシアは上目遣いにシャナを見る。しかし、どんな感じか好ましいのかわからなかったので彼は曖昧に返事をしておいた。
「では、自己紹介が終わったところで、今後の方針について話をしようと思う」
ラゴンが間をおかずに本題に入った。アリシアは自分の自己紹介が無視されたのでは、という考えが頭をよぎる。すると横にいるシャナが「これがラゴンさんのやり方なんだ」と、小さな声でフォローした。
「まず、“イーブル”についての情報を共有する。報告はシャナ。アリシアは、シャナの報告に漏れがあったら補足を頼む」
「は、はい」
アリシアはこんな経験を今までしたことがなかった。ガチガチに緊張している様子である。他のポケモンたちは、話に聞いていた伝説のポケモンであるクレセリア像とアリシアとのギャップに面白いほど驚いていた。
――クレセリアでも、オロオロするんだ……。
「では、現時点での“イーブル”についてわかっていることを報告します」
シャナが立ち上がって報告に入った。内容については、ラゴンに報告したときと大差なかった。
現在確認されている“イーブル”のメンバー、ナイトメアダークの正体と、原因であるダークライのこと、カイの“覚醒”……等々。
残念ながらアリシアが口を挟む機会はなかったようである。
「では次にルテア、NDの被害状況を報告してくれ」
「りょーかい」
ラゴンの言葉をルテアは軽く返した。どうやら普段敬語を使い慣れていないらしい。
「救助隊の調べたナイトメアダーク――NDの被害状況は、まず確認できている範囲で千匹ちょっとですね。んで、そのうち凶暴化してきているのが三割程度、意識不明が一割。どちらも今後増えていくと見込んでいて、早急に“三日月の羽根”を回収しないとまずいかと。……なお、NDから自力での回復が一匹います」
「……」
当の本人は無視を決め込んだ。
ルテアの報告が終わると、ラゴンが深刻な顔でこう言う。
「今の報告の通り、俺たちは一刻も早い“イーブル”への対処を迫られている。やるべきことはまず、各地に散らばった“三日月の羽根”の回収……」
「それは救助隊(こちら)側に任せてもらおう」
ラゴンが最後まで言い終わらないうちにフォンが言った。
「“三日月の羽根”を見つけることが、ポケモンたちをNDから救うことになるならば、それはれっきとした“救助”だ。我らに任せてもらいたい」
「では、“三日月の羽根”回収は救助隊に一任する。次に、“満月のオーブ”の“器”の回収だ。これが一番重要になってくる」
ラゴンはアリシアを見た。
「アリシア、“器”の場所は特定済みか?」
「は、はい。“眠りの山郷(やまさと)”という場所にあるはずです」
アリシアは、ラゴンの迫力にたじたじになりながらも、答えた。ラゴンはニヤリと満足げにうなずく。
「よし、“器”の回収には即戦力がほしい。“器”の回収は敵さんにとって喜ばしいことではない。よって“イーブル”との接触の可能性が高くなる。メンバーは……」
「その前に、ひとついいかね?」
ラゴンが意気込んでメンバーを選定しようとしたところで、ある声が彼を遮った。その声の主は――バンギラスのランティフ。
「どうした、ランティフ?」
「我輩がラゴンの話の腰を折ったのは、“満月のオーブ”を確保した後が心配だからなのだ」
「後――?」
ラゴンは心底わからない、といった様子で首をかしげた。もちろん、嫌みな意味合いは含まれていない仕草で。
「“満月のオーブ”を手に入れたら、対策本部となるギルドに保管される、だな?」
「うん、そうだよー?」
ランティフの確認に答えたのはウィントだった。
「つまり、今後このギルドと周辺のトレジャータウンは、“イーブル”に襲撃される可能性が大幅に高くなる訳ではないのかね?」
「単刀直入に頼む」
ラゴンはこの手の会話をあまり好まないようだった。できるだけ穏やかに言うと、代わりにカメックスのラングがこう言う。
「つまり、そこの坊っちゃんみたいなギルドの親方に、“満月のオーブ”を、“イーブル”の襲撃から守れるのかって話だよ」
「……なんだと?」
ラゴンの声音が一瞬にして氷点下に下がった。その瞬間、その場にいた全員がびくりとおののく。
「まさか、救助隊“フォース”が我がギルドに対してそんな感情を抱いていたとは、夢にも思わなかったぞ」
「――ラゴン!」
険悪な雰囲気なラゴンを止めたのは……他ならぬウィントだった。
「親方様……」
「いやぁ、ラゴンが折角のムードをぶち壊しちゃってごめんねぇ」
いきなりの間の抜けた声に、ラング、ランティフのみならず、その場にいた全員が唖然とした。そんな雰囲気の中ウィントはお構いなしに口を開いた。
「あのねぇ、確かに僕は弟子たちに仕事を任せっきりなところもあるけど、これだけは言えるよ。“満月のオーブ”は指一本触れさせない。仲間は絶対に傷つけさせない。必ず全員を僕が守ってみせる。……ギルドの親方、そして――インビクタ家の名にかけて、ね」
……今までに聞いたことの無いウィントの宣言に全員が沈黙した。弟子であるラゴン、シャナのみならず、先程までウィントの力量を疑っていたラング、ランティフまでもがウィントの断固とした口調に気圧された。
――親方の威厳――。
いまのウィントにはそんなオーラが滲み出ていた。
「……ウィントがそう言うのなら心配あるまい。先ほどの無礼は私から謝ろう」
フォンがそう沈黙を破ったことで、全員がハッと我に返った。そんななか、ウィントはフォンに向かってにっこりと笑う。
「いいよぉ。ほらラゴン、続けてー!」
そう言う彼の口調は完全にいつものものに戻っていた。
「……では、“満月のオーブ”回収のメンバーを選定する。まずシャナ。それとルテア、お前は救助隊だがこちらに加わってもらおう。一時的に“フレイン”に入ってくれ」
「りょーかい」
ルテアの了承にラゴンはさらに続けた。
「そして……ミーナ」
「ミーナさん?」
シャナが我が耳を疑うようにラゴンに聞き返した。それに対してラゴンは、すました顔で頷く。
「ミーナは“イーブル”の幹部を簡単に下したんだろう? その戦力があれば大丈夫だ。後は……」
彼はニヤリと笑う。シャナ、並びにルテアとアリシアは非常に嫌な予感がした。
「――“シャインズ”の二匹」
「な、なんですって!?」
シャナの声が裏返った。
「あいつらは駆け出し(ノーマルランク)の探検隊ですよ!? いくらなんでもそれは……!」
「……俺の決定が不満か? ――師匠?」
「ぐうっ……!?」
ラゴンのからかいにシャナは言葉をつまらせる。
そう、ラゴンは“シャインズ”の能力を認めているのから名前を出している。しかし、シャナからすれば弟子を危険にさらすことにつながるのだ。師匠としては嬉しいような心配なような……とにかく複雑な心境だ。それを見透かされた上でからかわれては何も言えないし、それ以前に総責任者であるラゴンの決定をシャナが崩せるはずもない。
これで回収に向かうメンバーは五人になった。しかしラゴンはなぜか顔を曇らせる。
「に、しても……やはりもうひと押し戦力が欲しいところだな……」
「しかし、これ以上戦力を他から削いだらバランスが崩れるぞ」
フォンが眉を潜めながら言う。と、その時。
「――わたくしでよければ、お手伝いいたしましょうか?」
『!』
その場にいた全員が、いきなりの声に驚愕した。声のした方を振り返る。この会議室には関係者以外誰も入れないはずだ。
「誰だッ!?」
シャナは全員を代表するかのように叫んだ。すると。
「いやはや。シャナさん、わたくしを忘れてしまったのですか? 残念ですねぇ……」
そう言いながら会議室の陰から現れたのは――?
★
“ヤンキーズ”との対戦から一夜明け次の日、僕たちは朝礼をするために一階の大広間に集まっていた。
いつものようにラゴンさんがなぜかウィントさんを差し置いてこの場を取り仕切っている。
「では朝礼を始める。早速本題に入りたいのだが、その前に……」
珍しくラゴンさんが本題を焦らした。僕とスバルはお互いに顔を見合わせながら首をかしげた。なんだろう?
「予定外ではあったが、急きょこのギルドに助っ人が来てくれた。“イーブル”の対処に力を貸してくれるそうだ。本題の前に、その助っ人を紹介する。……入ってきてくれ」
ラゴンさんはなぜか複雑な表情をしながら大広間の入り口に向かって叫んだ。全員がその方に振り返る。
すると、入り口から一匹のポケモンが悠々と入ってき……って、えぇえええッ!?
「……あ、あなたはッ……!?」
ま、待って……! す、助っ人って、まさかこの人!?
「いーやはや、皆さんおはようございます! いいんですかねぇ、朝からこんなに注目を浴びてしまって……」
そのポケモンは、みんながしらけるような台詞を吐きながら、胡散臭い笑みを称えて一礼した。
「わたくしは各地を旅する流浪ポケモン――ローゼと申します。どうぞ、よろしくおねがいします」